フィギュアスケートは、ジャンプの成功率に体重が直結する競技だ。プロフィギュアスケーターの宮原知子さんは、全日本選手権4連覇・平昌五輪4位入賞を果たした現役時代、毎日体重を測り、独自のルールで体を絞り続けていた。しかしその裏で、月経異常・骨密度低下・疲労骨折という代償を払っていた。引退後に気づいた「数字に縛られない体づくり」の考え方は、部活動生からトップアスリートまで多くの示唆を与えてくれる。
「数字」に縛られた現役時代の体重管理
宮原さんの体重管理は、思春期から始まっていた。同世代の選手が成長期に体重増加を経験するなか、宮原さんは自らルールを設けて数値をコントロールし続けた。その背景には、完璧主義の性格と、フィギュアスケートにおけるジャンプへの強いこだわりがあった。
毎日の体重測定と「マイルール」の誕生
「中学・高校の頃、ふっくらする時期があると思いますが、それを自分に許さなかった。思春期に太ってジャンプができなくなることが、本当に嫌だったんです」と宮原さんは語る。彼女が設けたのは「身長が2センチ高くなったら体重を2キロ増やしてもOK」というマイルール。身長148cmなら体重38kg、150cmなら40kgという具合に、数値を刻みながら管理を続けた。
毎日の体重測定は義務のように行われ、試合前には徹底的に体を絞り込んだ。そのこだわりは、本人いわく「いわゆる完璧主義」から来るものだった。加えて宮原さんは体力が人より高く、体重を落としてもパフォーマンスが落ちにくかったため、制限の代償を実感しにくかったという。
絞り込みが常態化した背景
ジュニアからシニアに上がったことで試合のプレッシャーが増し、「ちゃんとやりたいから、ちょっと食べる量を減らそうか」という方向に自然にシフトしていった。昼食は軽く済ませ、シーズン中は体重を落とした状態で試合に臨み、大会後はメンタルの影響でさらに痩せてしまうことも。「気持ちが影響して痩せてしまう。1.5キロ痩せてしまう。どこを使って痩せているのかと不思議に思っていた」と振り返る。
(参考)「この体重でも跳べるんだ」月経異常や骨密度低下を経験、引退後に気づいた数字に縛られない体作り – W-ANS ACADEMY
22歳で訪れた体の変化とREDsのリスク
長年の厳格な体重管理は、22歳という節目に異変として現れた。それまでフリーの演技を全力で通しても疲弊しなかった宮原さんが、1本目のジャンプで力が入らなくなるという経験をするようになる。血液検査では問題が見つからず、「今まで無理してきたことが積み重なった結果」と感じた。
女性アスリートの三主徴という現実
宮原さんはJISS(国立スポーツ科学センター)の婦人科で定期的な診察を受けるようになり、月経異常と骨密度の低下が確認された。これは「女性アスリートの三主徴」(利用可能エネルギー不足・視床下部性無月経・骨粗しょう症)の典型的なパターンだ。疲労骨折の治療と並行して、ホルモン補充療法が行われた。「月経は引退してからやっと正常に戻ってきた感覚があり、治るまでには本当に何年もかかる」と宮原さんは実感を込めて語る。
REDs(相対的エネルギー不足)とは何か
REDs(Relative Energy Deficiency in Sport)とは、運動量に対して摂取エネルギーが不足することで、ホルモンバランスや骨密度、免疫機能などに広範な悪影響が生じる状態だ。特に女性アスリートは月経機能への影響が顕著で、長期的に骨密度低下や疲労骨折のリスクが高まる。国際オリンピック委員会(IOC)は2014年以降、REDsを深刻なスポーツ医学的問題として位置づけている。スポーツのパフォーマンスを追い求めるあまり、摂取エネルギーを慢性的に制限することは、長期的には競技力そのものを損なう要因になりうる。
骨密度が劇的改善した食事のバランス改革
引退後、宮原さんの骨密度はわずか2年で「こんなに上がった人を見たことがない」と医師が驚くほど改善した。その鍵は食事の在り方を根本から変えたことにある。
「枯渇を補う」から「成長させる」食事へ
現役時代の宮原さんの食事の考え方は「動いて枯渇した分を食べてゼロに戻す」というものだった。それが引退後、「動いてゼロになり、食べた分だけプラスになり、その分成長する」というシステムに変わった。朝・昼・夜のバランスある食事と、動く量に見合ったエネルギー補給の確保が骨密度回復の核心だった。現在は引退後に身長が1cm伸びるほど、骨の成長が続いているという。
試合期・オフ期で変える食事の戦略
宮原さんが今、部活動生やアスリートに最も伝えたいのは「オンとオフの切り替え」だ。「試合の時期には試合の時期に合った食事があります。オフの時は体もオフにしてあげていい。試合期が来れば嫌でも絞ることになりますから」と語る。1年中ストレスをかけるのではなく、体を”ふわっ”とさせる時期と絞る時期のメリハリが、心と体を守ることにつながる。
引退後に気づいた「体重でなく機能」を見る視点
現役時代より体重が5〜6kg増えた状態でアイスショーに出演し続ける宮原さんは、今「この体重でも跳べるんだ」という感覚を掴みつつある。体の「数字」ではなく「機能と感覚」を見るというアプローチへの転換だ。
体と対話しながらトレーニングを組む
現在は自分でトレーニングメニューを組み、滑りながら「殿筋が落ちているな」「コアトレーニングが足りないかな」と体の変化を細やかに観察する。月に1回、ケアのトレーナーに体を診てもらい、答え合わせをしながら体づくりを進めている。数値に縛られるのではなく、体が何を必要としているかを感じ取る能力を磨くことが、長く競技を続けるための鍵だと宮原さんは実感している。
「軽い方がいい」という意識からの脱却
「今も『軽いほうがいい』という意識から抜け切れてはいません」と正直に語る宮原さん。しかし「この体重で今日はここまで跳べた。つまり以前の体重まで落とさなくても跳べるということだよね」という気づきの積み重ねが、少しずつ意識を変えていっている。現役の時だったら考えられないような体重で今ジャンプしているという事実が、「数字でなく機能」を見ることの重要性を証明している。
まとめ:宮原知子の体重管理から学ぶこと
- 現役時代は「身長2cm増で体重2kg増OK」というマイルールで厳格に管理していたが、月経異常・骨密度低下という代償を払った
- REDs(相対的エネルギー不足)と女性アスリートの三主徴は長期的にパフォーマンスと健康の両方を損なう深刻なリスクだ
- 骨密度の劇的改善は「枯渇を補う」でなく「食べた分成長する」という食事観の転換から生まれた
- 試合期とオフ期でメリハリをつけることが、心と体の長期的な健康を守る
- 体重という「数字」より体の「機能と感覚」を観察する習慣が、長く競技を続けるための土台になる
よくある質問(FAQ)
宮原知子さんは現役時代、どのように体重管理をしていましたか?
毎日体重を測定し、「身長2cm増えたら体重2kgまで増加OK」というマイルールを設けていました。思春期に体重が増えることを自分に許さず、シーズン中は試合に向けて徹底的に絞り込んでいたと語っています。
宮原知子さんが経験した月経異常・骨密度低下の原因は何ですか?
REDs(相対的エネルギー不足)と女性アスリートの三主徴(利用可能エネルギー不足・視床下部性無月経・骨粗しょう症)が要因と考えられます。運動量に対して摂取エネルギーが慢性的に不足したことで、ホルモンバランスと骨密度に影響が出ました。
骨密度が劇的に改善した方法は何ですか?
宮原さんによると、朝・昼・夜の食事バランスを整え、動く量に見合ったエネルギーを食事で確保するようになったことが最大の要因です。「動いて枯渇した分を補う」から「食べた分だけ成長する」という考え方の転換が鍵でした。
フィギュアスケート選手に最適な体重管理方法とは?
宮原さんの経験が示すのは「数字(体重)でなく体の機能と感覚を観察する」というアプローチです。試合期は競技に最適な体づくりを行い、オフ期は体を回復させる。オンとオフのメリハリをつけることが、長期的なパフォーマンス維持につながります。
部活動生が体重管理で気をつけるべきことは?
宮原さんは「常にやせていなければいけないとストレスをかけるのでなく、今は大丈夫・ここからは絞る時期というメリハリをつけることが大切」と語っています。過剰な制限は月経異常や骨密度低下などの長期的健康リスクにつながるため、専門家(栄養士・スポーツ医)への相談も重要です。
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