世界選手権3連覇(2022・2023・2024年)、全日本選手権4連覇というフィギュアスケート界の頂点に立ち続けた坂本花織選手。北京2022冬季五輪の銅メダルに続き、ミラノ・コルティナ2026冬季五輪への出場でキャリアを締めくくった。しかし、その輝かしい成績の裏には、長らく「食べない減量」に悩まされ続けてきたという事実がある。
坂本選手が味の素社の「ビクトリープロジェクト」によるサポートを通じて語った食事への向き合い方は、フィギュアスケートという体重管理が求められる競技の本質的な課題と、それを乗り越えるためのアプローチを示している。本記事では、坂本選手の実践内容を分析し、競技特性とスポーツ栄養学の観点から解説する。
坂本花織が長年抱えていた「食事の落とし穴」
坂本選手は味の素社のインタビューで、現役生活の多くの時間、食事をネガティブに捉えていたことを率直に認めている。「大きな大会が重なる年明けはいつも不調に」という状態が続いており、その原因を栄養士との対話を通じて初めて理解した。「省エネの体になっていた」という表現は、慢性的なエネルギー不足による代謝低下の状態を的確に描写している。
「”減量”イコール”食べない”」という認識から「食べて燃やす(減量する)」という発想への転換は、一見シンプルに見えるが、アスリートにとって根本的なパラダイムシフトを意味する。燃えやすい体をつくるためには燃料(食事)が必要だという理解は、スポーツ栄養学の基本原則だ。
(参考)坂本花織は、味の素社が本気で支える – 味の素グループ
「省エネ体質」になるメカニズム
食事制限による減量を続けると、体はエネルギー不足に適応して基礎代謝を下げる。これが「省エネ体質」だ。フィギュアスケート選手は、氷上での技術練習とオフ氷でのトレーニングを組み合わせた高強度の練習を毎日行う。それに見合ったエネルギー摂取がなければ、体は筋肉を分解してエネルギーとして使い始める。坂本選手が大会シーズンに不調を繰り返していたのは、エネルギー不足による筋力低下と免疫機能の低下が複合的に作用していたと考えられる。
「食べて体重を管理する」ための3つのアプローチ
味の素社のサポートディレクター高柴氏が坂本選手に提案した食事改善は、3点に絞られていた。①リンクへの移動前に食べること(移動時間を回復に使う)、②外食・中食でも栄養バランスを取れる選択肢を持つこと、③夜、しっかり食べること(就寝前に体を温める汁物の活用)。この3点は、忙しいスケジュールの中で実行可能な「最小限の改善」として設計されている点が重要だ。完璧な食事を目指すのではなく、継続できる改善を積み重ねることがコンディショニングの本質だ。
フィギュアスケートの競技特性とコンディショニングの関係
フィギュアスケートは、体重と筋力のバランスが特に繊細に問われる競技だ。4回転ジャンプを安定して降りるためには、跳び上がる爆発的な筋力と、着地時の衝撃を受け止める柔軟性・筋持久力の両方が必要になる。
体重管理と筋力の両立という矛盾
フィギュアスケートでは「軽いほど跳べる」という思い込みが根強い。確かに体重が軽ければジャンプの滞空時間は伸びやすい。しかし、筋肉量が不足すると着地の安定性が失われ、ジャンプ失敗のリスクが高まる。坂本選手の課題はまさにこの矛盾にあった。減量のために食事を制限すると筋肉が落ち、跳べるようになっても降りられない体になるという悪循環だ。「食べて筋肉を維持しながら、適切な体組成を保つ」という方向に舵を切ったことが、3連覇という結果につながったと考えられる。
シーズン終盤の不調を防ぐための食事設計
フィギュアスケートのシーズンは10月から翌年3〜4月まで続く。この間、グランプリシリーズ・全日本選手権・四大陸選手権・世界選手権と大きな大会が連続する。特に年明け以降は試合の連続で疲労が蓄積しやすい。坂本選手が「年明けはいつも不調」と語っていたのはこの時期だ。シーズン後半に向けて体力を温存するためには、シーズン前から丁寧に栄養基盤を積み上げておくことが必要だ。「試合前に食べない」ではなく「試合期こそしっかり食べる」という発想が、シーズン終盤のパフォーマンス維持を支える。
他アスリートとの比較から見えるフィギュア選手の特殊性
陸上・水泳・バレーボールなど多くの競技では、体重が増えても競技パフォーマンスに直接影響しないケースが多い。しかしフィギュアスケートは美的要素と運動能力の両立が求められる特殊な競技だ。他の女子フィギュア選手の間では、過度な食事制限による無月経・骨密度低下・疲労骨折という問題が深刻で、スポーツ医学の分野では「フィメールアスリートトライアド」として問題視されてきた。坂本選手が味の素社のサポートを通じて「食べることを楽しめるようになった」という変化は、単なるパフォーマンス向上ではなく、健康リスクの回避という意味でも大きな意義がある。
「栄養バランス的には壊滅的」からの脱却
坂本選手はインタビューの中で「栄養バランス的には壊滅的で(笑)」と過去の食生活を振り返った。プロアスリートでも食事の知識がないまま競技を続けるケースは珍しくない。この自覚と改善の意志が、サポートを受けた際の変化を大きくした。知識と実践の間にあるギャップを埋めることが、コンディショニング改善の第一歩だ。
ビジネスパーソンへの応用:「省エネ化」しない体と頭のつくり方
坂本選手が体験した「省エネ体質」は、ビジネスパーソンの世界でも同様の現象が起きやすい。睡眠を削り、食事を簡素化し、運動をやめて仕事に専念するという生活が続くと、体はエネルギー節約モードに入る。その結果、集中力・判断力・創造性が低下する。坂本選手から学べる最大の教訓は「高いパフォーマンスを出すには、それを支える燃料(食事・回復)が不可欠」という当たり前に見えて実践が難しい原則だ。
「移動前に食べる」習慣の普遍的な価値
サポートディレクターが坂本選手に提案した「リンクへの移動前に食べておく」という習慣は、ビジネスパーソンにも直接応用できる。会議前・商談前に何も食べずに臨むのではなく、脳が最大限に機能するための糖質と少量のタンパク質を事前に補給しておくことで、思考の質が変わる。「後で食べればいい」という先送りではなく、「本番の前に整える」というアプローチが、高いパフォーマンスの前提条件だ。
FAQ
Q1. 坂本花織選手はどんな食事管理をしていたのですか?
以前は「減量=食べない」という考え方で年明けに不調になることが多かったが、味の素社のサポートを通じて「食べて燃やす」方針に転換しました。移動前の食事・外食での栄養選択・夜の汁物習慣などを実践しています。
Q2. フィギュアスケート選手が「食べない減量」をしてはいけない理由は?
食事を極端に減らすと基礎代謝が落ちる「省エネ体質」になり、筋肉量も低下します。その結果、ジャンプの安定性が損なわれ、パフォーマンス低下と怪我リスク増加という悪循環に入ります。
Q3. シーズン後半の不調を防ぐための食事設計は?
シーズン前から十分な栄養摂取で体力貯金をしておくことが重要です。特にタンパク質・炭水化物・ビタミン・ミネラルのバランスを維持し、試合期にこそしっかり食べることが疲労蓄積を防ぎます。
Q4. 忙しくても栄養バランスを保てる食事の工夫は?
坂本選手への提案のように、①外食でも野菜・タンパク質が摂れる選択肢を知っておく、②汁物や冷凍野菜を活用する、③移動時間を回復に使えるよう事前に食べておく、という3点が実践しやすい方法です。
Q5. フィメールアスリートトライアドとは何ですか?
エネルギー不足・無月経・骨密度低下が連動して起きる女性アスリート特有の健康問題です。特に体重管理が求められる競技では深刻な問題となっており、適切な栄養摂取によって予防できます。
まとめ:坂本花織の食事改革が示すコンディショニングの本質
坂本選手のコンディショニング改善の核心は、「食べないことで体を絞る」という誤った信念を捨て、「食べることで体を機能させる」という正しい理解に切り替えたことだ。この転換は、フィギュアスケートという特殊な競技特性を理解した上で初めて実践できる。
世界3連覇という結果は、技術と精神力だけでなく、競技を支える体の土台があってこそ実現したものだ。「栄養バランス的には壊滅的」と笑えるほど正直に過去を振り返り、具体的な改善に踏み出せた坂本選手の姿勢は、アスリートだけでなく、すべてのパフォーマンスを追求する人への一つのメッセージになる。
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