世界短水路選手権400m個人メドレー史上初の6連覇を達成した瀬戸大也選手。バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ・自由形という4種の泳法をすべて高いレベルでこなす「個人メドレー」の頂点に立ち続けるために、彼はどのようなトレーニングを積んでいるのか。
その答えは意外にも「ウエイトトレーニングを減らした」ことにあった。リオ五輪後に梅原孝之コーチと練習メニューを根本から見直し、「すごく効率の良い練習ができるようになった」と語る瀬戸選手のメソッドを、一次証言とスポーツ科学の知見から解説する。
4種目を泳ぎこなすために何が必要か──個人メドレー選手の身体設計
個人メドレーとは、バタフライ→背泳ぎ→平泳ぎ→自由形の順に全種目を連続して泳ぐ競技だ。それぞれの泳法は使う筋肉のパターンが異なり、一種目に特化した選手とは異なる「全身バランス型」の身体が求められる。
4種泳法が使う筋肉の違い
バタフライは「広背筋・大胸筋・体幹」の爆発的収縮、背泳ぎは「僧帽筋・菱形筋・肩甲骨周辺」の持続的な安定性、平泳ぎは「内転筋・ハムストリングス・膝関節」の特異的な使い方、自由形は「広背筋・三角筋・回転軸となる体幹」が主役となる。これら4種を1本のレース内でこなすには、特定の筋肉を肥大させるのではなく、全身を効率よく協調させる能力が必要だ。
「4種目のバランス」を壊す落とし穴
瀬戸選手はリオ五輪前について「つねにガッツリやっていたので、ヘロヘロになり過ぎて良い練習ができないこともあった」と振り返っている。過度なウエイトトレーニングは特定の筋肉を肥大させ、水中での「流線型の動き」を損なうリスクがある。個人メドレー選手にとってのトレーニングは「強くする」より「泳ぎに活かせる動きを強化する」ことが本質だ。
「これが筋トレ?」と驚いた──瀬戸大也流ドライランドトレーニング
リオ五輪後、梅原コーチと共に専属トレーナーを加えて見直した練習の中心は「ドライランドトレーニング(陸上でのトレーニング)」の質的転換だった。
「泳ぎに活きる」動きに絞り込む
瀬戸選手がNumber Webのインタビューで語った変化の核心は「泳ぎに活きるメニュー、泳ぎに繋がるメニューを追求」した点だ。他の選手がウエイトトレーニングに1時間半以上費やすようなときも、瀬戸選手は1時間以内で終わることが増えた。量を減らしながら質を高めたことで、水中練習への集中度が上がり「好循環」が生まれた。
バランスボール・クランチで体幹を水泳動作に直結させる
瀬戸選手はバランスボールを使ったクランチ(腹筋)で体幹を鍛えるトレーニングを採用している。不安定な面の上でのクランチは「腹直筋」だけでなく「多裂筋・腹横筋」など深部体幹筋を同時に活性化させる。これにより水中での「体幹固定+四肢の爆発的動作」を可能にする協調性が養われる。
また、瀬戸選手が共同開発した筋活ギア「クロススライダー」は、自分の体重負荷を利用した複合的な動きをトレーニングできるツールで、水泳の推進動作に近い「引き込み」パターンを陸上で再現できる。
(参考)「えっ、これが筋トレ?」の練習で、瀬戸大也の泳ぎが好循環した理由 – Number Web
体幹と肩甲骨の強化──水泳パフォーマンスの核心
水泳のパフォーマンスを左右するのは「筋肉の大きさ」ではなく「力の伝達効率」だ。特に4種目を泳ぐ個人メドレー選手では、体幹と肩甲骨周辺の機能的な強さが全種目に共通する土台となる。
肩甲骨の可動性と安定性を両立させる理由
背泳ぎとバタフライでは、肩甲骨の「可動性」と「安定性」を矛盾なく両立させる必要がある。背泳ぎでは肩甲骨を引き下げて安定させながらストロークし、バタフライでは肩甲骨を最大外旋させながら水を押し下げる。この相反する動きを1本のレースでこなすには、「肩甲骨を思い通りにコントロールする神経系の訓練」が欠かせない。瀬戸選手のドライランドトレーニングでは、ローイング系の動作やブリッジ系のエクササイズが組み込まれていると考えられる。
体幹が弱いと「4種目で崩れる」メカニズム
400m個人メドレーは100mを4種目連続で泳ぐ。後半の平泳ぎ・自由形で疲労が蓄積すると、体幹が崩れて「頭が上がる」「腰が落ちる」などの姿勢劣化が起き、水の抵抗が急増する。瀬戸選手が200m個人メドレーで「バタフライから果敢に飛ばし、背泳ぎのテンポも非常に速かった」と評価されたのは、この後半崩れが起きにくい体幹基盤があるからだ。
(関連)水泳選手のトレーニング基礎 – Human Soar
試合期のトレーニング調整──「夏に調子を上げる」技術
瀬戸大也選手について、スポルティーバの松田丈志氏は「夏に向けて調子を上げていくのが抜群にうまい選手」と評している。これはトレーニング量の「テーパリング(減量調整)」を正確に実行できることを意味する。
ウエイト減が自己ベスト更新につながった理由
2019年の日本選手権で瀬戸選手は200m個人メドレーで4年ぶりの自己ベスト(1分56秒69)を更新した。スポルティーバの分析では、その要因として「ウエイトトレーニング減」が挙げられた。試合前にウエイトを減らすことで「筋肉の疲労が抜け」「神経系の応答速度が上がる」ためだ。これは一般的なピーキング理論とも一致する。
「やるところはやる、抜くところは抜く」のメリハリが力を生む
瀬戸選手本人が語ったこの言葉は、現代スポーツ科学の「ピリオダイゼーション(周期化)理論」そのものだ。超回復を最大化するには、高負荷→低負荷→高負荷のサイクルが必要で、常に全力で練習することは逆効果になる。瀬戸選手のパフォーマンス向上は、この科学原則を梅原コーチとともに実践できた結果だ。
(参考)瀬戸大也が自己ベスト更新。要因は「ウエイトトレーニング減」にある – スポルティーバ
まとめ──瀬戸大也のトレーニングから学べること
- 「泳ぎに活きるトレーニング」に絞り込んだことで練習の質が上がり、世界記録更新・自己ベスト更新につながった
- バランスボールクランチなど不安定面での体幹トレーニングが、4種目すべての推進効率を底上げしている
- 肩甲骨の可動性と安定性の両立が、個人メドレー全種目の「力の伝達効率」を高める鍵
- 試合前はウエイトを減らすテーパリングが自己ベスト更新につながることを自ら証明した
- 「やるところはやる、抜くところは抜く」というメリハリがピリオダイゼーション理論と合致しており、科学的にも正しいアプローチ
よくある質問(FAQ)
瀬戸大也選手はどのくらいの頻度でウエイトトレーニングをしているの?
リオ五輪後から週あたりのウエイト時間を削減し、他の選手の3分の2程度に抑えるようになった。その分、水中練習とドライランドトレーニングの質に集中している。
個人メドレー選手に向いた筋トレはある?
「種目特異的」より「全身協調動作」を重視した種目が向いている。バランスボールクランチ、チューブを使った肩甲骨ローイング、懸垂などが個人メドレー選手に適している。瀬戸選手が愛用する「クロススライダー」も推進動作に直結したドライランドツールだ。
400m個人メドレーで後半崩れないためには?
深部体幹筋(腹横筋・多裂筋)の持久的強化が最重要。プランクや不安定面でのトレーニングを通じて「疲れても体幹が崩れない」状態を作ることが、後半の水抵抗増大を防ぐ。
試合前にトレーニング量を減らす「テーパリング」とは?
試合2〜3週間前からトレーニング量を段階的に減らして疲労を抜き、試合当日に筋力・神経系のパフォーマンスをピークに持っていく調整法。瀬戸選手がウエイト減で自己ベストを出したのはこの原則の実証だ。
一般のスイマーが瀬戸大也のトレーニングから取り入れられることは?
①「つねに全力」をやめてメリハリをつける②バランスボールクランチで体幹の協調性を高める③試合や記録会の2〜3週間前はウエイトを減らして泳ぎに集中する──これら3点は一般スイマーにも実践可能だ。
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