「緊張というか、楽しいが最初にくる」——卓球東京五輪3種目メダリスト・伊藤美誠の言葉は、世界トップアスリートのメンタルの在り方を一言で表している。オリンピック金メダリストと対戦しても「感情が無だった」と語るほどのメンタルの強さは、生まれつきではなく、幼少期からの徹底した訓練と、緊張を「楽しさ」に変換するルーティンによって培われてきた。本記事では、伊藤美誠のメンタルルーティンの核心に迫り、誰でも実践できるメンタル技術を解説する。
「メンタルトレーニングは必要ない」と診断された天才の素地
伊藤美誠のメンタルの強さは、小学生時代に専門家によってすでに証明されていた。
大学教授の前で爆睡した「神メンタル」の証明
母親が心配してメンタルの専門家(大学教授)に連れていったとき、伊藤美誠は教授を目の前にして爆睡し始めた。教授は「この子?必要ありませんよ。(ここで)寝るということは『私はあなたを必要としていません』ということ。子供心にそれがわかっているんです」と答えた。専門家でさえ驚くほどの自然なメンタルの強さは、幼少期から積み上げてきた徹底した訓練が土台にある。
4歳から始まった「訓練」という名の集中力づくり
伊藤家では練習を「訓練」と呼ぶ。平日4時間以上、休日6時間以上という量をこなし続けることで、集中力・忍耐力・メンタルの土台が自然に形成された。母親が寝ている間に「中国を倒せるのは、あなたしかいない」と語りかけ続けたことも、潜在意識へのポジティブな刷り込みとして機能した。こうした環境が、後の「神メンタル」の核心を作り上げた。
(参考)”緊張より楽しめる”神メンタル、伊藤美誠選手 – スポーツメンタルコーチ・鈴木颯人
なぜ伊藤美誠は「オリンピック金メダリスト相手でも緊張しない」のか?
14歳で初出場した世界卓球で、オリンピック金メダリストの李暁霞選手と対戦した伊藤美誠は「感情が無だった。この精神力凄いなと自分でも思ったくらいです」と語った。
「感情が無」になれる理由——不安の正体をなくす訓練量
試合での不安や緊張の多くは「準備不足の自覚」から生まれる。伊藤の場合、4歳から積み上げた膨大な練習量が「自分は準備してきた」という確信になっており、大舞台でも平常心を保てる。スポーツ心理学で言う「自己効力感(Self-Efficacy)」が極めて高い状態だ。「やってきたことがある」という確信が「緊張する必要がない」という感覚を生む。
世界女王・劉詩雯を破ったルーティン——「楽しいが最初にくる」
18歳のとき、日本人相手に37連勝中だった世界女王・劉詩雯との対戦で「緊張はない」と答えた伊藤は、「緊張というか、楽しいが最初にくる」と語った。この「緊張ではなく楽しさ」という感覚の転換こそが、伊藤のメンタルルーティンの核心だ。強敵との対戦を「脅威」ではなく「挑戦の機会」として捉える習慣が、本番での集中力を最大化する。
試合中の「笑顔」というメンタルルーティン
伊藤美誠の試合を見ていると、サーブの前や得点のたびに笑顔が浮かぶ場面が目立つ。これは単なる感情表現ではなく、意識的なメンタルルーティンだ。
「笑顔が出るときが一番ペースがいい」——感情と集中力の連動
「試合中、笑顔が出ているときは、一番ペースがいいです。心から楽しんでいるとき」「サーブの前にちょっと笑みが出るときも調子いいですね」と語る伊藤。笑顔と集中力の高い状態が連動しているのだ。さらに「自分のペースに試合をもっていきたいなという場面でわざと笑うこともあります」という言葉は、笑顔を意識的なペース管理ツールとして使っていることを示す。
「相手も緊張してるんでしょ?」——相手の状態を読むメンタル技術
4連続ポイントを奪って逆転勝利した劉詩雯戦で伊藤が実践したもう一つのルーティンが「(相手の選手が)緊張してるんでしょ?」と自分に言い聞かせることだ。相手の緊張を想像することで、相対的に自分のメンタルを優位に保つこのセルフトークは、プレッシャー場面での有効な集中力回復技術だ。
スポーツ科学が解明する「緊張を楽しさに変える」認知的再評価
伊藤美誠が自然に実践しているメンタル技術を、スポーツ科学は「認知的再評価(Cognitive Reappraisal)」として説明する。
心臓バクバク=緊張ではなく「楽しさ」と捉える脳の仕組み
科学的にわかっていることとして、心拍数が150を超えると理解・判断・論理などの認知機能が大きく低下する。私たちの脳は「心臓バクバク=緊張(ネガティブ)」と思い込みやすいが、同じ身体反応を「ワクワク・楽しさ」と捉え直すことができる。これが認知的再評価(リアプレイザル)だ。伊藤が「緊張というか楽しいが最初にくる」と語るとき、まさにこのプロセスが自然に起きている。
「良い緊張」と「悪い緊張」を区別する心拍数の活用
緊張を全て排除しようとするのは逆効果で、ある程度の緊張(arousal)はパフォーマンスを高める。「ヤーキーズ・ドットソン法則」によれば、最適な興奮状態(ゾーン)でパフォーマンスは最大化される。伊藤の「楽しいが最初にくる」という状態は、まさにこの最適ゾーンを意識的に作り出すメンタルルーティンだと言える。
1球1球への集中——「ラリー中に喋りながらアイデアを出す」思考法
伊藤美誠のメンタルルーティンには、試合中の思考プロセスにも独自の特徴がある。
「今この瞬間」に集中するプロセス志向の思考
「1点を取ることに集中して大事にできるようになったのは、経験も大きいですが、自分の性格や思考の特徴がわかってきたからです」と語る伊藤。ラリーの最中に自分で喋りながらアイデアを出すという独自の集中法は、「今この瞬間のプレー」だけに意識を向けるマインドフルネス的なアプローチだ。過去の失点や未来のプレッシャーに引きずられずに、現在の1球に全集中できる。
「自分のコピー選手は作れるはずがない」という個性への自信
「自分だけのスタイルで突っ切ろう」という伊藤の言葉は、比較による不安を切り捨て、自分の強みへの完全な集中を意味する。他の選手の戦術や強さに引きずられず、「自分のスタイルで勝つ」という確信がメンタルの揺れを防ぐ。これは「比較集中」ではなく「自己集中」と呼べるアプローチだ。
▶ アスリートのメンタルルーティン・集中力に関する記事はこちら
まとめ:伊藤美誠のメンタルルーティンから学ぶ5つの技術
- 「訓練量が自己効力感を生む」——圧倒的な練習量が「自分は準備できている」という確信を作り、本番での緊張を消す
- 「緊張を楽しさに変換する認知的再評価」——「心臓バクバク=楽しさ」と捉え直す習慣が、プレッシャーをパフォーマンスの燃料に変える
- 「笑顔をペース管理ツールとして使う」——自然に出る笑顔を集中のサインとして認識し、ピンチの場面でも意識的に笑顔を作ることでペースを取り戻す
- 「相手の緊張を想像するセルフトーク」——「相手も緊張しているはず」と自分に言い聞かせることで、相対的に自分のメンタルを優位に保つ
- 「今この1点への完全集中」——過去の失点や未来の結果ではなく、目の前の1球だけに意識を向けるプロセス集中が、本番での冷静な判断力を維持する
よくある質問(FAQ)
伊藤美誠はなぜ試合で緊張しないのですか?
幼少期からの圧倒的な訓練量が「準備できている」という確信(自己効力感)を生んでいるからです。また「緊張ではなく楽しいが最初にくる」という認知的再評価の習慣が、プレッシャーを前向きなエネルギーに変えています。
「認知的再評価(リアプレイザル)」とは何ですか?
同じ身体反応(心臓バクバク)を「緊張(ネガティブ)」ではなく「楽しさ・ワクワク(ポジティブ)」と捉え直すメンタル技術です。脳は思い込みやすい性質を持っているため、意識的に捉え方を変えることで感情とパフォーマンスをコントロールできます。
試合中に笑顔を作ることは本当に効果がありますか?
はい。笑顔は副交感神経を活性化し、過度な緊張(過覚醒状態)を和らげる効果があります。伊藤のように「笑顔が出るとき調子が良い」と気づき、意識的に笑顔を作ることで集中状態を作るのは、スポーツ心理学的にも有効な手法です。
「相手も緊張しているはず」と思うセルフトークは効果がありますか?
効果的なセルフトーク(自己内対話)の一形態です。相手の緊張を想像することで「自分だけがプレッシャーを感じているわけではない」という認識が生まれ、心理的な優位性を保てます。伊藤が劉詩雯戦で逆転勝利した際にも実際に使った技術です。
普通のスポーツ選手がこのメンタル技術を習得するにはどうすればいい?
①まず訓練量を増やして「準備できた」という確信を作ること、②「緊張=楽しさ」と捉え直す練習(試合前に「ワクワクしている」と声に出す)、③笑顔ルーティンを意識的に導入すること——の3ステップから始めることをおすすめします。
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