25歳にして棒高跳びの世界記録を14回更新し、東京世界陸上2025でも6.30mを跳んで3連覇を達成したアルマンド・デュプランティス選手(スウェーデン)。世界陸上・五輪の金メダルという競技の頂点に立ちながら、さらに記録を更新し続けるその軌跡の背景には「賢いトレーニング」という一言で表される哲学がある。
本記事では、デュプランティス選手がレッドブルのインタビューで語ったトレーニング哲学と競技への向き合い方を分析し、棒高跳びという技術・体力・心理が三位一体となった競技の訓練法と科学的背景、そして一般人が応用できる考え方を解説する。
デュプランティスが語る「6年間変わらない取り組み方」
デュプランティス選手はレッドブルのインタビューで「取り組み方は6年前からほとんど同じですが、自分の身体をより理解できていると思います。結果的に、より効率的なトレーニングについての理解が深まりました」と語っている。この言葉は、世界記録を14回更新し続けた選手の変化の本質が、メニューの刷新ではなく「自己理解の深化」にあることを示している。
「1回のトレーニングセッションをどれだけ価値あるものにできるかに集中しています。それだけです」というシンプルな言葉には、過剰なトレーニング量よりも「1回の質の最大化」を優先するという、現代スポーツ科学とも一致した哲学がある。
(参考)デュプランティス スペシャルインタビュー – Red Bull
「自分の身体を理解する」とはどういうことか
デュプランティスが「自分の身体をより理解できている」と言う時、それは単なる自己管理の話ではない。スポーツ科学的には「個別最適化されたトレーニング負荷」と「回復のシグナル読み取り」の精度が高まったことを意味する。どの練習で疲労がたまりやすいか、何日間の回復で完全に戻るか、競技直前にはどのような調整が必要か、という個人特有のパターンを把握することが、年を重ねるごとにパフォーマンスが上がるというユニークな現象を可能にしている。25歳でも世界記録を更新し続けられる理由の一つは、この自己理解の蓄積だ。
家族を含む「密接なチーム」の役割
デュプランティス選手のトレーニングには、父で元コーチのグレッグ・デュプランティス氏も関わっている。インタビューでは「非常に密接なチーム」という言葉で、両親を含む身近な人々のサポートを言及している。トップアスリートのパフォーマンスを支える「サポート環境」の質は、多くの場合、競技力の差に直結する。デュプランティスの場合、幼少期から棒高跳びの英才教育を受けながら、家族という信頼関係の土台がある環境でトレーニングを積んできたことが、長期的な精神的安定と競技継続に貢献している。
棒高跳びに必要な体と技術の構造
棒高跳びは、走る・跳ぶ・回転する・腕で体を押し上げるという多様な動作が高速で連続する複合的な競技だ。デュプランティスの6.30mという高さを生み出すには、フィジカルと技術の両面が高次元で統合されている必要がある。
下半身と上半身の連動:エネルギー変換の連鎖
棒高跳びの成功は「走る運動エネルギーをポールを介して位置エネルギーに変換する」プロセスの効率に依存する。このために必要なのは、①助走での最大スピード(下半身の爆発的な推進力)、②ポール刺しでの体幹の固定(エネルギーロスを最小化)、③ポールが反発する瞬間の上半身の押し上げ(腕・肩・広背筋の連動)の3段階が、0コンマ数秒の間に精密に連動することだ。体幹が弱ければ中間でエネルギーが分散し、上半身の筋力が不足すれば最終の押し上げができない。デュプランティスのように6m超を跳ぶためには、下半身・体幹・上半身の機能的な一体化が不可欠だ。
重量トレーニングとスプリント:棒高跳び特有の筋力設計
棒高跳びのウェイトトレーニングは、他の跳躍競技(走り幅跳び・三段跳びなど)と比べて特殊だ。単純な下半身爆発力だけでなく、体を逆さに持ち上げる上半身の引き付け力(懸垂系・体操的動作)が必要になる。この「体操選手的な上半身力」と「スプリンター的な下半身力」を同時に高めることが、棒高跳び選手の筋力設計の難しさであり、デュプランティスが体操バックグラウンドを持つ選手(彼の父は棒高跳びのコーチであり、母はバレーボール選手)として有利な点だ。
他競技・他選手との比較
棒高跳びは体操・陸上・筋力トレーニングの要素が混在する競技として、フィジカル設計が特殊だ。走り幅跳びは下半身爆発力が中心、体操は上半身と体幹の制御が中心だが、棒高跳びはその両方を必要とする。デュプランティスが競技をほぼ独占できているのは、このハイブリッドな能力を子供の頃からバランスよく鍛えてきたからだ。一方、スウェーデンという北欧のトップアスリートであるデュプランティスが年齢を重ねながらも記録を更新できているのは、過剰なトレーニングを避け「1セッションの質の最大化」という哲学で長期的な体のダメージを防いできたからだとも言える。
「一貫性を維持しながらさらに上を目指す」という成長の原則
デュプランティスは「記録がすべてではない。一貫性を維持しながらさらに上を目指し続けることが何よりも重要」と語っている。この言葉は、単発の最高記録より「毎回高いレベルで競技できる再現性」を重視するという姿勢を示している。一貫性と向上を同時に実現するためには、過剰な負荷で体を壊すことなく、持続可能なペースで積み上げることが前提になる。「賢いトレーニング」というキーワードには、この持続可能性の設計が含まれている。
ビジネスパーソンへの応用
デュプランティスの「賢いトレーニング」という発想は、仕事においても直接応用できる。量より質の集中、自己理解に基づく最適化、一貫性と向上の両立という三つの原則は、スポーツでも仕事でも共通する高パフォーマンスの条件だ。
「1セッションの質の最大化」をビジネスに応用する
デュプランティスが「1回のトレーニングセッションをどれだけ価値あるものにできるかに集中する」と語るように、ビジネスパーソンも「1時間の会議をどれだけ価値あるものにするか」「1日のコアタイムをどれだけ質の高い作業に充てるか」という問いが重要だ。量(時間・回数)より質(集中度・成果)を優先する発想が、長期的なパフォーマンスの差を生む。
自己理解の深化がパフォーマンスを上げる
デュプランティスが6年間で変えたのはメニューよりも「自分への理解」だったように、ビジネスパーソンも自分のエネルギーの波・集中力が高まる時間帯・疲労のシグナル・回復に必要な条件を深く理解することで、同じ時間でより高いアウトプットを出せるようになる。「どのタイミングで何をすれば最大のパフォーマンスが出るか」という自己の取扱説明書を作ることが、長期的な成果につながる。
FAQ
Q1. デュプランティスのトレーニングの特徴は?
「6年間変わらない取り組み方」と「1セッションの質の最大化」を基本哲学としています。大きなメニュー変更よりも自己理解の深化によって、より効率的なトレーニングを実現しています。
Q2. 棒高跳びに必要な筋力はどこですか?
下半身の爆発的な推進力(スプリンター的)と、体を逆さに持ち上げる上半身の引き付け力(体操選手的)の両方が必要です。この二つを体幹で接続することが棒高跳びのフィジカル設計の核心です。
Q3. 世界記録を14回更新できた理由は何ですか?
早期からの体の基盤づくり(棒高跳びに特化した全身機能の統合)、自己理解の深化による効率的なトレーニング設計、そして長期視点での「一貫性の維持」が組み合わさった結果です。
Q4. 棒高跳び初心者が最初に取り組むべきトレーニングは?
スプリント能力の強化・懸垂・体幹トレーニング(特に逆さ姿勢での安定性)の3要素が基本です。ポールへの恐怖心をなくすためのマット着地の練習も初期段階では重要です。
Q5. 25歳でも記録を更新し続けられる理由は?
「賢いトレーニング(過剰負荷を避け、1回の質を最大化する)」によって体のダメージを蓄積せず、自己理解の深化によって年々効率が上がっているためです。多くのトップアスリートが30代でピークを迎えることを考えると、デュプランティスはまだ伸び代が大きい。
まとめ:デュプランティスのトレーニング哲学が示す「賢さの正体」
14回の世界記録更新という前人未到の軌跡の背景にあるのは、革新的なトレーニング法ではなく「賢く、一貫して、自分を理解しながら続ける」という本質的な姿勢だ。「取り組み方は6年前からほとんど同じ」という言葉が示すように、基本の徹底と自己理解の深化が、上限のないパフォーマンス向上を可能にしている。
「一貫性を維持しながらさらに上を目指す」というデュプランティスの信念は、スポーツでも仕事でも同じだ。劇的な変化より継続的な改善、量より質、外部の評価より自己理解、という原則を実践し続けることが、長期にわたる成果の蓄積につながる。
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