レスリング女子のパリ五輪金メダリスト・藤波朱理は、高校2年から4年間にわたる無月経という重大な体のサインに直面しながら、53キロ級の王座を守り続けた。金メダル獲得後、「体が限界のサインを出していた」として57キロ級への階級変更を決断。+4kgという大きな変化の中で、「スピードを落とさない体重増加」という新たな体づくりに挑んでいる。藤波の体重管理の軌跡は、減量と健康の両立という普遍的な課題への深い示唆を与えてくれる。
無月経という「体のサイン」が告げた限界
藤波朱理は20歳でパリ五輪金メダルを獲得したが、その裏には高校2年生から4年間にわたる無月経という健康上の問題が潜んでいた。JISS(国立スポーツ科学センター)での検査で特に異常は見られなかったものの、ストレスの影響が考えられた。
53キロ級での7〜8kg減量が限界に
通常時60〜61キロという体格から、試合に向けて2か月で7〜8キロを落とすことへの限界感は、パリ五輪前から積み重なっていた。「体がサインを出しているんだなって」という言葉には、月経停止という身体の警告を真剣に受け止めた本人の実感が込められている。「生理が来ていないこともあったし、自分はもう階級を上げないとな」という決断は、パリ五輪の1年前から固まっていた。
「金メダルを取ってからの決断」が持つ意味
階級変更表明はパリ五輪後の2025年4月だったが、その決断は試合前から下されていた。「53キロ級は今回が最後と決めていました」という言葉は、金メダルへの集中と並行して体の将来を見据えていたことを示している。宮原知子さんの事例と同様、女性アスリートの三主徴(利用可能エネルギー不足・視床下部性無月経・骨粗しょう症)への対処として、階級変更という根本的解決策を選んだ判断だ。
(参考)「負けが怖い時もある」無月経を経て「+4kg」決断…150連勝中の金メダリストが探す本当の強さ – W-ANS ACADEMY
「スピードを落とさない体重増加」の体づくり戦略
57キロ級への転向で最大の課題は、4キロの体重増加による相手のフィジカル強化だ。「コンタクトスポーツの4キロ差はかなり大きくて、本当にモロにフィジカルの差を感じます」と藤波は語る。この課題に対して、藤波が選んだ解決策は明確だった。
ウエートトレーニング増加で筋力底上げ
「ウエートトレーニングの量を増やしながら、練習で階級の重い選手や男子選手と組む機会も増やして」という体づくりのアプローチは、体重増加分の筋力を同時に増強することで、フィジカル差を埋めることを目指している。単に体重を増やすのではなく、機能的な筋肉量の増加を目指す点が重要だ。
「体重が増えてもスピードは落とさない」という意識
藤波の最大の武器はタックルのスピードとタイミングだ。「体重が増えるのでスピードが落ちるんじゃないかと心配されるかもしれないけど、やっぱり自分の武器ですし、体重が増えてもスピードは落とさずに、というのを意識した体づくりをしています」という言葉は、自分の武器を守りながら新たな体を作るという、明確なコンセプトを持った体重管理の姿勢を示している。
階級変更後の成果と体づくりの科学
新たな体づくりの成果は早くも現れた。57キロ級初の公式戦となった昨年10月のU23世界選手権(セルビア)で優勝し、同12月の全日本選手権も制覇。連勝記録は150に到達した。
筋肥大と俊敏性の両立はスポーツ科学的に可能か
「体重が増えてもスピードを落とさない」という藤波のコンセプトは、スポーツ科学的に可能だ。適切なプライオメトリクス(瞬発系)トレーニングとウエートトレーニングを組み合わせることで、筋力と筋力発揮速度(RFD:Rate of Force Development)を同時に向上させられる。体重増加が筋肉量の増加によるものであれば、パワーウエイトレシオ(体重当たりの出力)が維持または向上し、スピードの保持が可能になる。
体重管理は「数字」ではなく「体の状態」を主軸に
「アスリートとして心と体が健康であるのは、本当に基本だと思います。パリ五輪までの自分は、そこがまだまだ未熟だった」という藤波の言葉は、競技成績という数字だけでなく、体の状態を最優先にする体重管理の本質を示している。無月経という体のサインを無視してきた過去への反省から生まれた、このマインドシフトこそが持続可能な体づくりの核心だ。
将来の指導者として伝えたいこと
自身の経験から、藤波は将来の目標として「女子選手の体の悩みにも寄り添える指導者」になることを掲げている。「レスリングの指導者はほとんどが男性で、女性がなかなかいない。それも私が将来、レスリングの先生になりたい一つの理由」という言葉は、女性アスリートの体の課題を解決するための構造的な問題意識から生まれている。
まとめ:藤波朱理の体重管理から学ぶこと
- 4年間の無月経という体のサインを受け止め、根本的解決として57キロ級への階級変更を決断した
- 「体重増加+スピード維持」という明確なコンセプトのもと、ウエートトレーニング増加と重量級選手との練習で新しい体を作っている
- 体重管理は「数字」ではなく「心と体の健康状態」を主軸にするべきという体験的な結論を持っている
- 筋肉量の増加を伴う体重増加はスポーツ科学的に俊敏性と両立可能であり、適切なトレーニング設計が鍵だ
- 周囲の人たちと一緒に戦うことへの意識転換が、プレッシャーへの対処と競技の楽しさの回復をもたらした
よくある質問(FAQ)
藤波朱理はなぜ57キロ級に階級を上げたのですか?
高校2年から4年間続いた無月経という体のサインと、53キロ級での7〜8kg減量への限界感が主な理由です。パリ五輪の1年前から「53キロ級は今回が最後」と決めており、金メダル獲得後の2025年4月に正式表明しました。
女性アスリートの無月経はなぜ起こりますか?
運動量に対するエネルギー摂取の不足(REDs)や過度なストレスにより、視床下部機能が抑制され月経が止まる状態です。女性アスリートの三主徴(エネルギー不足・無月経・骨粗しょう症)の一つで、長期的には骨密度低下などの深刻な健康リスクにつながります。
階級を上げることのデメリットは何ですか?
藤波が経験したように「コンタクトスポーツでの4キロ差は大きく、フィジカルの差をモロに感じる」という点です。相手の力の強さ・重さへの対応が必要になり、自分の武器を活かすための体の再構築が求められます。
体重を増やしながらスピードを維持する方法は?
増加した体重が筋肉量の増加によるものであれば、プライオメトリクス(ジャンプ系・瞬発系)トレーニングと組み合わせることで、体重当たりのパワー(パワーウエイトレシオ)を維持しながら筋力を高められます。藤波もこの方向性での体づくりを進めています。
減量と健康を両立するアスリートの体重管理とは?
藤波の教訓が示すのは「体のサイン(月経異常など)を無視しない」「数字ではなく体の健康状態を優先する」ことです。短期的な体重目標ではなく、長期的な健康を維持しながらパフォーマンスを高める体づくりが、持続可能なキャリアの基盤になります。
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