PGAツアーで活躍する松山英樹は2023年、飛距離低下と首の痛みという二重の苦しみの中で「当時の”貯金”が完全に尽きた」と語った。プロ1年目から積み上げてきた体の資産が、怪我によって「全部はき出してしまった」という率直な反省から、体の作り直しへの挑戦が始まった。米国のドラコン選手との予想外の出会いが松山のコンディショニング哲学を変え、30代での再起への道を切り開いた。
「”貯金”が尽きた」30代の体とキャリアの転換点
PGAツアー本格参戦10年目となった2023年、松山英樹は「全部かみ合わなかった」シーズンを経験した。飛距離の著しいダウン、首の痛み、試合中に「振れない」感覚という三重苦が重なり、自信を失い続けた1年だった。
「年寄りのゴルフ」という苦い自己評価
「ビトウィーンの距離が残った時、振れていた時は振って距離を落としていた。今年は振れないまま、飛ばないからアイアンの番手を上げて”ちょーん”って。ホントに”年寄りのゴルフ”ですよ」と松山は苦笑いして振り返る。30歳前後で多くのスポーツ選手が経験する「蓄積疲労と体力の転換期」が、彼にも訪れていた。
足腰と上半身のアンバランスが故障を招いた
松山はプロキャリアを通じて足腰のトレーニングには熱心だったが、「肩や胸の周囲の筋肉を大きくし過ぎることでスイングへの影響が大きくなることを恐れ、上半身の増強をおろそかにしていた」という反省がある。ドラコン選手から「下半身はまずまず強い。でもこういうところが弱っているから首に負担がかかったんじゃない?」と指摘されたことで、上下のバランスという視点が加わった。
(参考)「”貯金”が尽きた」30代のカラダとコゴロ 松山英樹2023年末インタビュー – ゴルフダイジェスト・オンライン
ドラコン選手との出会いが開いた新たなトレーニングの扉
コンディショニングの転機は、米国で出会ったシニア世代のドラコン(ドライビングコンテスト)選手2人との出会いだった。「このおじさん、すごい球を打つ、エグイなあ」という第一印象が、松山の体づくりの哲学を変えた。
ヘッドスピード130マイル超の「シニア世代」という衝撃
軽く振っただけでヘッドスピード130マイル(約58.5m/s)、ボールスピード190マイル(約84m/s)というデータは、松山が全力で振った時の最高値に近かった。さらに力を入れたスイングでは144マイル(約64.4m/s)を記録した。「『すごいなあ』って言ったら、『too slow(遅すぎ)』だって(笑)」という反応が、自分の限界設定を見直すきっかけになった。
「背中がつった」から始まった上半身再構築
彼らのトレーニングメニューを初めて試した際、「背中を”つって”しまった」という経験が、上半身の弱さを松山自身に実感させた。それ以来、肩のトレーニングを段階的に取り入れ、「ウェアが少し小さく感じるようになった」という変化を実感。首の痛みも6月頃から大幅に改善した。
プロゴルファーのコンディショニングに関する科学的視点
松山の経験は、プロゴルファーのコンディショニングが直面する普遍的な課題を示している。スポーツ科学の視点から、ゴルフ選手の体づくりのポイントを解説する。
体幹と肩甲骨周囲筋のバランスがスイングを決める
ゴルフスイングは、下肢の地面反力を体幹を通じてクラブヘッドに伝えるキネティックチェーン(運動連鎖)によって成り立つ。松山が経験したように、下半身が強くても体幹・肩甲骨周囲筋が弱いと、力の伝達が非効率になり首・肩への過負荷が生じる。上下バランスの均衡が、怪我のない高いパフォーマンスの基盤だ。
30代以降の「蓄積疲労」管理の重要性
松山が語った「”貯金”が尽きた」という表現は、スポーツ科学で言う「慢性的な蓄積疲労」の問題と一致する。20代に蓄積した体の資産(筋肉・靭帯・関節の耐久性)は、適切な回復と再投資なしには30代で枯渇していく。定期的なオフシーズンの体の「再構築」と、シーズン中の適切な休養が、長期的なコンディション維持に不可欠だ。
「制限なく練習できる体」を目標にした再構築のアプローチ
松山が2024年に向けて掲げた目標は「まずは制限なく練習できる体を作ること」だった。技術的な向上よりも先に、体の基盤を整えるという優先順位の設定が、長期的な再起の鍵だ。
マイナーチェンジを積み重ねる適応型アプローチ
「試してみて、自分にとって心地良い方向に向かっていたら続けてみる」「変えて直した結果、悪い球が出るのであれば、どこを変えたら気持ち良いところに出球が出るのかと細かく、マイナーチェンジをしていく」という松山のアプローチは、スポーツ科学で言う「個別最適化」そのものだ。一般的なトレーニング理論を盲目的に適用するのではなく、自分の体の反応を観察しながら継続的に調整する姿勢が重要だ。
結果より先に「土台」を整える長期視点
「来年は結果に出なかったとしても、再来年に出るかもしれない」という松山の言葉は、コンディショニングの本質を突いている。技術的改善の成果は体が追いついた後に現れる。体の再構築に先行投資する長期視点こそが、プロアスリートとして長く第一線に立ち続ける条件だ。
まとめ:松山英樹のコンディショニングから学ぶこと
- 足腰と上半身(肩・胸・体幹)のバランスを意識したトレーニングが、怪我のない安定したパフォーマンスの基盤だ
- 30代では20代に積み上げた「体の貯金」が枯渇しやすく、意識的な再投資(体の再構築)が必要になる
- 外部の専門家や異分野のアスリートから吸収する姿勢が、自分の限界設定を超える突破口になった
- 「試して感触を確認し、マイナーチェンジを積み重ねる」個別最適化のアプローチが長期的なコンディション維持につながる
- 技術成果より先に「制限なく練習できる体」を最優先にする長期視点が、再起の基盤だ
よくある質問(FAQ)
松山英樹はどんなコンディショニングを行っていますか?
米国のドラコン選手との出会いをきっかけに、上半身(肩・背中・胸)のトレーニングを積極的に取り入れています。それ以前は足腰トレーニング中心でしたが、上下バランスの欠如が首の故障につながったと反省し、体全体のバランスを重視したトレーニングに転換しました。
30代のゴルファーがコンディショニングで気をつけることは?
松山の経験が示すように、20代に蓄積した体の資産は30代で枯渇しやすくなります。定期的な体の点検と再構築、休養と練習のバランス管理、特に上半身と下半身のバランスを意識したトレーニングが重要です。
ゴルフスイングに重要な筋肉はどこですか?
下肢(臀筋・大腿筋)、体幹(腹筋・脊柱起立筋)、肩甲骨周囲筋(菱形筋・前鋸筋)、前腕の筋肉が重要です。松山が学んだように、これらの上下バランスが崩れると故障リスクが高まり、パフォーマンスも低下します。
プロゴルファーのオフシーズンの過ごし方は?
松山の場合、怪我をした年のオフシーズンは「制限なく練習できる体を作ること」を最優先にしました。技術練習より先に体の再構築に投資するオフシーズンの使い方が、翌シーズン以降のパフォーマンス回復につながります。
スポーツにおける「体の貯金」とは何ですか?
若いうちに積み上げた体力・筋力・関節の耐久性という資産のことです。適切なメンテナンス(定期的なトレーニング・回復・専門家のケア)なしに使い続けると枯渇し、30代以降に急激なパフォーマンス低下や故障リスクの増大として現れます。
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