午後2時の会議。資料は開いているのに、同じ行を3回読み直している。そんな場面で「少し歩いてきたら」と声をかけるのは、気休めではありません。
結論から言うと、運動は集中力に関わる脳の働きを直後から高めますが、その効果は小さめです。10分の軽い運動でも実験で効果が確認されており、続く時間は数十分から最大2時間と報告されています。この記事では、運動と集中力の関係を示す研究を条件別に整理し、職場に取り入れる手順までまとめます。
運動と集中力の関係は「小さいが確かな効果」

1回の運動は、注意を向け続ける力や、余計な情報を抑えて判断する力を少しだけ高めます。複数の研究をまとめて分析した「メタ分析」が、そろって同じ方向の結果を出しているためです。
代表的なのが、Changらが2012年に学術誌Brain Researchで発表した分析です。79件の研究を統合したところ、1回の運動が認知機能に与える効果は全体で「正で小さい」(効果量g=0.097)でした。運動している最中はg=0.101、直後はg=0.108、時間をおいた後はg=0.103と、どのタイミングで測ってもプラスになっています。
2024年にはGarrettらが、健康な若年成人に絞った113件の研究(参加者4,390人)を分析し、やはり小さな有益効果(g=0.13)を報告しました。課題への反応が速くなることも確認されています。対象は若年成人だけなので、すべての年代にそのまま当てはまるとは言えない点には注意が必要です。
つまり「運動すれば別人のように集中できる」わけではありません。それでも、薬も設備もいらず、10分あれば試せる手段としては、根拠がそろっている部類に入ります。運動を従業員の健康づくり全体の中でどう位置づけるかは、スポーツとウェルビーイング経営の全体像をまとめた記事も参考になります。
Q. 運動すると集中力は上がりますか?
上がりますが、効果は小さめです。79件の研究をまとめた2012年のメタ分析では、1回の運動が認知機能に与える効果は「正で小さい」(効果量g=0.097)と報告されています。劇的な変化を期待するより、毎日の仕事の質を少しずつ底上げする手段と考えるのが現実的です。
運動と集中力の研究を4つの条件で比べる
「どんな運動を、誰が、どれだけやった結果なのか」を並べると、自社で試すときの目安が見えてきます。ここでは論文の要旨と大学の発表で内容を確認できた研究を、運動の条件ごとに4つに分けました。
| 運動の条件 | 対象と人数 | 確認された変化 | 発表 |
|---|---|---|---|
| 軽い運動を10分 | 若年者25人 | 注意や判断の課題(ストループ課題)の成績が向上 | 筑波大学・中央大学ほか(NeuroImage, 2014) |
| 中くらいの強さで10分 | 健常成人21人 | 難しい記憶問題の正答率だけが向上 | 筑波大学(Hippocampus, 2017) |
| 高強度の有酸素運動を1回 | 健常成人85人 | 前頭前野に関わる認知機能が30〜120分後まで向上 | Bassoほか(J Int Neuropsychol Soc, 2015) |
| 昼休みに10分・週3回を10週間 | ホワイトカラー59人 | 活気・仕事満足度が改善(集中力そのものは測っていない) | Michishitaほか(Journal of Occupational Health, 2017) |
運動の条件別にみた主な研究(各論文の要旨と大学の発表資料をもとにHuman Soarが整理。対象・人数は原典の記載どおり)
軽い運動を10分|楽な強さでも注意と判断の成績が上がった
息が上がらない程度の運動でも、効果は確認されています。筑波大学の征矢英昭教授らのグループは、若年者25人に最大酸素摂取量の30%という低い強さで10分間ペダルをこいでもらい、その後の課題成績を調べました。
結果、色と文字の食い違いを見分ける「ストループ課題」の成績が向上し、脳の左の背外側前頭前野などの活動も高まっていました。同じグループは2018年にも、健常な若齢成人36人で、10分の超低強度運動の直後に記憶課題の成績が上がったと発表しています。
筑波大学の発表資料は、この強さを「主観的には、かなり楽だと感じる程度」と説明しています。前頭前野については「注意・集中や計画・判断に関する実行機能を担っている」と解説しており、集中力と結びつけて読める結果です。ただし対象は若い世代の数十人で、測ったのは運動の直後だけという限界があります。
(参考)短時間の軽運動で記憶力が高まる!(2018年9月26日) – 筑波大学
中くらいの強さで10分|難しい問題でだけ差が出た
少し息がはずむ強さでは、難度の高い課題に効果が出ています。筑波大学が2017年に発表した実験では、健常成人21人が最大酸素摂取量の50%で10分間ペダルをこぎ、その後に記憶のテストを受けました。
似た絵を見分ける問題のうち、正答率が有意に高くなったのは類似度が高い、つまり難しい問題だけでした。やさしい問題では運動した日としなかった日で差が出ていません。
仕事に置き換えると、単純な入力作業よりも、細かな違いを見極める確認作業や、判断が要る仕事の前に動くほうが意味がありそうです。こちらも21人という小さな実験なので、傾向として受け取るのが適切です。
(参考)短時間の運動で記憶力が高まる(2017年2月7日) – 筑波大学
高強度の運動を1回|最大2時間後まで効果が続いた
強い運動では、効果が長く続いたという報告があります。Bassoらは2015年、健常成人85人を高強度の有酸素運動をするグループと動画を見るグループに無作為に分け、30分後・60分後・90分後・120分後に認知検査を行いました。
運動したグループは、前頭前野に関わる課題の成績が高く、時間がたっても差は縮まりませんでした。一方で、記憶をつかさどる海馬に関わる課題では向上が見られていません。筑波大学の実験とは結果が食い違う部分で、運動の強さや課題の違いが影響している可能性があります。
高強度の運動は、着替えやシャワーの時間まで含めると勤務中に取り入れにくい方法です。出社前や昼休みに走る習慣がある人に向いた選択肢と言えます。
昼休みに10分・週3回を10週間|活気と仕事満足度が上がった
日本の職場で行われた実験では、集中力の手前にある「活気」が改善しています。Michishitaらは、ホワイトカラー59人(介入5職場29人、対照6職場30人)を職場単位で無作為に分け、介入側には昼休みに1日10分・週3回の集団運動を10週間続けてもらいました。
その結果、介入した職場では活気、対人関係のストレス、上司や同僚からの支援、仕事満足度が改善しました。参加した回数が多い人ほど活気が高まる傾向も確認されています(相関係数r=0.467)。
この研究は集中力や認知機能そのものを測っていません。それでも、厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」が職場の事例として取り上げており、国内の企業が計画を立てるときの土台にしやすいデータです。昼休みの運動を制度にする方法は、次の記事で費用面まで整理しています。
あわせて読みたいオフィスフィットネス導入|人事が押さえる費用と効果›
(参考)健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023(令和6年1月) – 厚生労働省
集中力のための運動時間は10分から始められる
運動時間の出発点は10分です。前の章で見たとおり、10分の軽い運動で直後に効果を示した実験が複数あり、日本の研究グループが繰り返し使ってきた条件でもあります。
効果が続く時間は、研究によって幅があります。Joyceらの2009年の実験(10人)では、中程度より軽い自転車運動のあと、反応の速さや抑える力の向上が運動終了後52分まで続きました。先ほどのBassoらの実験では、高強度の運動で最大2時間後まで効果が確認されています。
ただし「何分運動すれば何時間もつ」という対応関係は、はっきりしていません。10人規模の実験や、高強度に限った結果が根拠になっているためです。現時点では、大事な会議や集中したい作業の直前に10分動くという使い方が、実験の条件に最も近いと言えます。
世界保健機関(WHO)は2020年のガイドラインで、成人に週150〜300分の中強度の有酸素性身体活動を勧め、利益のひとつに「認知的健康」を挙げています。そのうえで「少しの身体活動でも、しないよりよい」としており、10分から始める考え方と矛盾しません。運動の強さや続け方は、運動でストレスを減らす方法の記事でも詳しく扱っています。
Q. 何分運動すれば集中力が上がりますか?
10分の軽い運動でも、直後に効果が確認されています。筑波大学などの実験では、かなり楽に感じる強さで10分間ペダルをこいだ直後に、注意や判断に関わる課題の成績が向上しました。長く続けるほど効果が大きくなるという定説は、まだ確認されていません。
Q. 運動の効果はどのくらい続きますか?
報告によって幅があり、数十分から最大2時間です。85人を対象にした2015年の実験では、高強度の有酸素運動のあと30〜120分後まで前頭前野に関わる認知機能が高い状態でした。ただし根拠となる研究は少なく、軽い運動で同じ長さだけ続くかは分かっていません。
朝の運動は「午後まで座り続けない」とセットで考える
朝に運動するなら、その後も座りっぱなしにしないことが前提になります。朝の運動だけを取り出して、ほかの時間帯より集中力に効くと示した研究は、今回調べた範囲では見つかりませんでした。
参考になるのは、Wheelerらが2020年に発表した実験です。座りがちで過体重または肥満の高齢者67人(平均67歳)が、次の3つの過ごし方をそれぞれ別の日に試しました。8時間座り続ける日、朝に中強度で30分歩いてから座り続ける日、朝30分歩いたうえで30分ごとに3分ずつ軽く歩く日です。
8時間を通してみると、ワーキングメモリ(情報を一時的に覚えて使う力)は「朝の歩行+こまめな歩行」の日が、座り続けた日より良好でした。実行機能は、朝に歩いた日が座り続けた日を上回っています。
対象は高齢者で、働く世代の結果ではありません。それでも「朝に動く」と「途中で立つ」を組み合わせる設計は、デスクワークの多い職場に応用しやすい考え方です。座りっぱなしによる体のこわばりを減らす動きは、胸椎の可動域を戻す3つの動きで紹介しています。
Q. 朝に運動したほうが集中力は高まりますか?
朝がほかの時間帯より効くことを直接比べた研究は、今回調べた範囲では見つかりませんでした。67人の高齢者を対象にした2020年の実験では、朝に30分歩き、その後も30分ごとに3分歩いた日のほうが、8時間座り続けた日よりワーキングメモリの成績が良好でした。時間帯よりも、座り続けないことのほうが根拠は確かです。
職場では集中力より先に「活力と気分」が変わる

職場に運動を取り入れたとき、最初に変わりやすいのは活力や気分です。テストで測る集中力は、差が出なかった実験もあります。
Bergouignanらの2016年の実験では、座りがちな成人30人が、6時間座り続ける日、朝に30分歩く日、1時間ごとに5分ずつ計6回歩く日を比べました。歩いた2つの日はどちらも自覚的な活力が高まり、こまめに歩いた日は気分の改善と疲労感の低下も見られました。一方で、注意力を測る課題の成績には、3つの日で有意な差がありませんでした。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」も、働く人については「集中力」ではなく「労働生産性」という言葉で整理しています。身体活動の不足と長い座位時間は腰痛や肩こり、頭痛につながりやすく、労働生産性にも影響する可能性があるという説明です。
会社が仕組みを用意する意味は、数字にも表れています。スポーツ庁の令和7年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」(全国18〜79歳、有効回収40,000件、2025年11月調査)では、勤務先に運動・スポーツを活用した取組がある就業者の週1日以上の実施率は71.1%でした。取組がない就業者は45.2%で、25.9ポイントの開きがあります。取組があるから運動するのか、運動好きが多い会社ほど取組があるのかまでは、この調査からは分かりません。
上の図は、ここまでの研究を「1回で効くか、続けて効くか」と「個人でできるか、職場の仕組みが要るか」の2つの軸で、Human Soarが整理したものです。集中力そのものを狙うなら左側、職場の活気や満足度まで狙うなら右側の施策が合います。心の状態から集中を高める方法は、フロー状態理論を仕事に生かす記事で扱っています。
(参考)令和7年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」の結果について(令和8年3月11日) – スポーツ庁
企業が運動で集中力を高める3つの導入手順
研究の条件に近い形で、小さく始めて測るのが近道です。ここでは、費用をほとんどかけずに試せる順に3つの手順を並べます。
手順1|会議と集中作業の前に10分歩く枠をつくる
最初の一歩は、予定表に10分の空きをつくることです。会議を50分で終える、午後の作業の前に10分の移動時間を入れる、といった形にすれば、制度を新しくつくらなくても始められます。
強さは「かなり楽」と感じる程度で十分です。筑波大学の実験が使った条件であり、着替えも要りません。階段を使って別のフロアまで往復する、建物の周りを1周する、といった動きが当てはまります。
手順2|昼休みに10分・週3回を10週間続ける
次は、個人任せにせず職場単位で続ける仕組みです。国内の実験と同じく、昼休みに10分、週3回、10週間という区切りを最初から決めておくと、効果を比べやすくなります。
スポーツ庁の同じ調査では、就業者が勤務先に希望する取組の1位は「勤務時間中の運動・スポーツプログラム(体操やストレッチ、ヨガ・ピラティス等)」で26.4%でした。運動の取組がある勤務先は21.3%にとどまり、希望する人(32.1%)との間に差があります。
従業員のスポーツ活動を後押しする企業を認定する、スポーツ庁の「スポーツエールカンパニー」も目標にしやすい制度です。2026年は過去最多の1,635団体が認定されました。取組を社外に示す手段として使えます。
あわせて読みたいメンタルヘルス研修|スポーツ活用4類型と企業の導入手順›
(参考)「スポーツエールカンパニー2026」として、過去最多の1,635団体を認定(令和8年1月30日) – スポーツ庁
手順3|活力と仕事満足度で効果を測る
効果の確認は、集中力のテストではなく、活力や仕事満足度の変化で行います。職場の実験で実際に動いたのがこの指標で、短いアンケートで測れるためです。
開始前と10週間後に同じ質問をして、参加回数ごとに比べてみてください。国内の実験では、参加回数が多い人ほど活気が高まっていました。同じ傾向が自社でも出れば、続ける根拠になります。
集中力の向上は、その先にある結果として追うのが現実的です。会議の時間や作業のやり直し件数など、すでに社内にある数字の変化とあわせて見ていくと、無理のない評価になります。
あわせて読みたい従業員エンゲージメントスコア|人事が測る3段階とスポーツ活用›
まとめ|運動と集中力は10分の軽い運動から試す
運動は集中力に関わる脳の働きを高めますが、効果は小さく、条件によって結果も変わります。最後に要点を振り返ります。
- 1回の運動が認知機能に与える効果は「正で小さい」(79研究のメタ分析でg=0.097)
- かなり楽な強さの10分間の運動でも、直後に注意や判断の成績が上がった実験がある
- 効果が続く時間は数十分から最大2時間の報告があり、対応関係はまだ確定していない
- 職場では、集中力より先に活力や仕事満足度が改善しやすい
- 会議前の10分歩行から始め、昼休み10分・週3回・10週間で効果を測る
まずは来週の予定表に、10分の空きをひとつ入れてみてください。大きな制度をつくる前に、小さく試して数字で確かめることが、続く施策への一番の近道になります。
FREE DOCUMENT
関連する資料を無料でダウンロード
ご質問・ご相談はお気軽にどうぞ
お問い合わせはこちら →




コメント