歯を磨いた後、冷蔵庫を開けて同じドリンクを口にする。それだけの動作を31年間、一日も欠かさず続けている選手がいる。イチロー氏は2025年、ドジャースの山本由伸投手との対談で「野球以外で長く続けているもの」を問われ、真っ先にこの習慣を挙げた。
本記事では、この31年続く習慣をきっかけに、イチロー氏が現役時代から大切にしてきた「同じ行動を繰り返す」ことの意味を、複数の取材記事をもとに整理する。
山本由伸との対談で語られた31年続く習慣
2025年4月に公開されたトークムービーで、山本投手から「野球以外で長く続けているものはありますか」と尋ねられたイチロー氏は、「これが一番続いていますね」と即答した。歯を磨いた後に冷蔵庫を開けて口にするという、31年に及ぶ愛飲の習慣だという。
この対談は、ドラフト4位でオリックスに入団し、のちにメジャーへ移籍したという共通項を持つ2人が、コンディショニングや長く現役を続けることをテーマに語り合ったものだ。イチロー氏は食事面でのアドバイスや、現役生活を長く続けるための準備についても、後輩世代に向けたメッセージを残している。
カレーからバットまで同じものを使い続けた理由を整理する
イチロー氏の「同じ行動を繰り返す」姿勢は、31年続く習慣に限らない。過去の取材記事をもとに、筆者が対象別に整理すると次のようになる。
| 対象 | こだわりの内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 食事 | マリナーズ時代はカレー、その後は食パンと素麺など年単位で同じものを継続 | 味や体調の“不確定要素”を減らす |
| バット | 20年以上同じスペックを使用し、除湿剤入りケースで湿度管理 | イメージ通りに身体を動かすための再現性確保 |
| グラブ | 試合後は必ず自分の手で磨く | オンとオフを切り替える儀式 |
| 車内の音楽 | 同じ曲を2〜3時間聴き続ける | 気分の波を作らないため |
※文春オンライン「イチロー『驚異のルーティーン』に学ぶ」の取材内容をもとに筆者が対象別に整理・作成
味や体調に“不確定要素”を入れたくないという考え方
同じ食事を年単位で続けるのは、違うものを食べることで美味しくないと感じたり体調を崩したりする“不確定要素”を、野球のパフォーマンスに入れたくないためだと関係者は語っている。ホームでの夜の食事は100パーセント自宅で、長年連れ添う夫人が口に合う食事をバランスよく用意し続けてきたという。
バットの芯の狭さがもたらす再現性へのこだわり
20年以上使い続けているバットは、通常よりも芯が狭いタイプだという。ミートすれば飛距離が出る一方、芯を外せば凡打になるリスクもある。それでも同じスペックを使い続けるのは、パフォーマンスの源が「どれだけ正確にイメージ通りに身体を動かせるか」にあり、バットの特性が変わることのデメリットの方が大きいと考えられているためだ。
同じ行動を繰り返すことでメンタルを安定させる仕組み
関係者の証言によれば、イチロー氏は同じ行動を繰り返すことでメンタルを安定させているという。「心と身体は同調している」というのが本人の考え方で、気持ちが安定してくると身体の状態も安定し、自分の状態の変化に対してより敏感になるとも語られている。
野球には必ず不確定要素が生じるからこそ、自分でコントロールできるものを周りに増やしていきたいという発想が根底にある。臨床スポーツ心理学者は、これを脳科学的に理に適った行動だと説明し、決まった行動が「これをやっておけば大丈夫」という意識を脳に形成し、集中状態への切り替えを助けると解説している。

図:筆者がイチロー氏の取材内容をもとに整理した、ルーティンが集中状態につながる流れ
グラブ磨きに象徴されるオンとオフの切り替え
一見極端に思えるイチロー氏のルーティンのなかでも、一般人が取り入れやすい要素として挙げられているのがグラブ磨きだという。試合後、チームメイトが談笑するなかで一人黙々とグラブを磨くこの作業は、道具を大切にするだけでなく、その日の行動を丹念に振り返りながら、スタジアムを出た後は仕事を家に持ち帰らないための「切り替えの儀式」になっている。
視力を温存するために生活のなかから削ったもの
メジャー移籍当初、イチロー氏は「視力はボールを見るためだけに温存しておきたい」という考えから、遠征先のホテルでは明るい電球に交換を依頼し、活字やテレビを極力見ないようにしていたという逸話も残っている。目的から逆算して、日常生活の何を削り何を残すかを判断していた一例だ。
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ルーティンによる集中力向上は企業の人材育成にも応用できる
スポーツ庁のハイパフォーマンススポーツセンターは、メンタルトレーニングについて「自分で自分のこころをコントロールする能力を高めるために行う」ものだと説明し、注意の切り替え技法として、あらかじめ「○○を見たら集中」といった視線の対象や、気持ちを引き締める言葉(キューワード)を決めておく方法を紹介している。
イチロー氏の一連のルーティンは、まさにこうした注意の切り替え技法を生活全体に広げた実践例だといえる。企業研修の場面でも、始業前の短いルーティンや、集中したいタスクの前に決まった動作を挟む工夫は、切り替えのスイッチとして応用しやすい。
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(参考)メンタルトレーニング技法 – 日本スポーツ振興センター
準備を重視する姿勢が“ロボット”と呼ばれた理由
イチロー氏は本番の試合そのものよりも、そこに至るまでにいかに準備をしてきたかを大事にしてきたと、臨床スポーツ心理学者は解説している。翌日の試合開始時間から逆算して寝る時間・起きる時間・食事の時間まで決め、シーズンが始まれば行動のほとんどが自動的に決まっていくほど、準備の段階に重きを置いていたという。
こうした徹底ぶりから、しばしば「ロボットのようだ」とたとえられることもあった。しかし本人の行動原理は、決して禁欲的な我慢の連続ではない。遠征先の夜には決まったステーキハウスやイタリアン、日本食のレストランに足を運び、好きなものを欲しいだけ食べていたとも伝えられている。ストイックに見える習慣の裏には、むしろ「ノーストレスな状態をどう作り出すか」という発想があった。
終始一貫して自分の決めたことをこなす
本番よりも準備を重視する姿勢について、専門家は「終始一貫、自分の決めたことをきっちりとこなすことが成果を出すカギであると信じてやり続けた」と評している。派手な特訓よりも、決めたことを淡々と積み重ねる継続力こそが、31年にわたる習慣の土台になっている。
好きなものを楽しむ余白も残していた
同じ食事を続ける一方で、遠征先の外食では好きな店で好きなだけ食べるという“余白”も持ち合わせていた。すべてを禁欲的に管理するのではなく、コントロールする部分と楽しむ部分を切り分けていたことが、長期間ルーティンを継続できた理由の一つと考えられる。
よくある質問
イチロー氏が31年続けている習慣とは何か
歯を磨いた後に冷蔵庫を開けて同じドリンクを口にするという習慣で、2025年の山本由伸投手との対談で本人が明かしている。
イチロー氏が同じ食事を続けていたのはなぜか
違うものを食べることによる体調不良や気分の低下という“不確定要素”を、野球のパフォーマンスに持ち込みたくないためだとされている。
イチロー氏のバットへのこだわりはどのような内容か
20年以上同じスペックのバットを使い続け、移動時も除湿剤入りのケースで湿度管理を徹底している。
ルーティンにはどのような効果があるのか
同じ行動を繰り返すことで心と身体の状態を安定させ、不確定要素の多い競技のなかで自分がコントロールできる要素を増やす効果があるとされている。
まとめ
- イチロー氏は歯磨き後にドリンクを飲む習慣を31年間続けており、山本由伸投手との対談で明かしている。
- 食事・バット・グラブ・音楽など、生活のあらゆる場面で同じものを使い続けることで“不確定要素”を減らしてきた。
- 「心と身体は同調している」という考え方のもと、同じ行動の繰り返しがメンタルの安定につながっている。
- グラブ磨きのような習慣は、オンとオフを切り替える儀式としての役割も果たしている。
- 視線の対象やキューワードを決める注意の切り替え技法は、企業の人材育成や日々の集中力向上にも応用できる。
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