50代の社員に、体力を要する仕事や長時間の出張を任せてよいものか。人事担当者からそんな相談を受けることが増えています。「もう若くないから」という感覚的な判断ではなく、加齢によってどの能力がどれだけ落ちるのかを、数字で把握しておきたいところです。
そこで参考になるのが、マスターズ陸上(35歳以上を5歳刻みで区分する競技)の公認記録です。トップアスリートが年代ごとにどれだけのタイムを出しているかを見ると、加齢による身体能力の低下カーブが具体的に見えてきます。この記事では、その記録データを独自に集計し、企業のシニア人材活用にどう接続できるかを解説します。
マスターズ陸上の記録が示す加齢による衰えの実際の大きさ
日本マスターズ陸上競技連合が公認する男子100m日本記録を年代別に並べ、体力的なピークとされるM30クラス(10.40秒)を基準に、各年代の記録がどれだけ遅くなっているかを独自に算出しました。
| 年代クラス | 100m日本記録 | ピーク比の低下率 |
|---|---|---|
| M30(ピーク) | 10.40秒 | ±0% |
| M40 | 10.78秒 | 約+3.7% |
| M45 | 11.02秒 | 約+6.0% |
| M50 | 11.18秒 | 約+7.5% |
| M55 | 11.64秒 | 約+11.9% |
| M60 | 12.21秒 | 約+17.4% |
| M65 | 12.72秒 | 約+22.3% |
※日本マスターズ陸上競技連合が公認する男子100m日本記録(2025年3月31日時点)をもとに、Human SoarがM30クラスの記録を基準として低下率を独自算出。
30代後半から40代にかけては緩やかな下降にとどまる
表を見ると、体力のピークとされるM30からM40にかけての低下は3.7%程度で、想像するほど大きくありません。トップ選手に限った数字ではありますが、40代前半までは「本人の意識次第で現役水準を維持しやすい年代」だと読み取れます。企業の人事評価でも、40代前半までを一律に「体力の衰えが始まる年代」として扱うのは、実態とややズレている可能性があります。
50代から60代にかけて下降カーブが急になる
一方でM50からM60にかけては7.5%から17.4%へと低下幅がほぼ倍増しています。加齢による身体機能の低下は直線的ではなく、50代半ばを境に加速するカーブを描くというのが、このデータから読み取れる特徴です。人事施策でも「40代」と「50代後半以降」を同じ基準で扱わず、後者により丁寧な配慮を設計する根拠になります。
維持しやすい能力と落ちやすい能力を分けて見る
加齢による衰えは、すべての能力に一様に起きるわけではありません。スポーツ科学の知見をもとに、企業のシニア人材活用に関わる4つの能力を「低下が大きい領域」と「維持・向上しやすい領域」に整理しました。
身体的な衰えが避けられない領域は業務設計で補う
瞬発力や骨密度のように加齢の影響を強く受ける領域は、努力だけで維持し続けるのが難しい部分です。人事の実務としては、こうした領域が直接パフォーマンスを左右する業務(重量物の運搬、長時間の立ち仕事など)を50代以降の社員に一律で割り当てるのではなく、業務の一部を再設計して負荷を分散させる方が現実的です。
経験と工夫で伸ばせる領域を評価に組み込む
一方で持久力や自己管理力のように維持・向上しやすい領域は、健康経営施策と相性が良い部分です。運動習慣づくりの支援や、ペース配分を評価するマネジメント方針を取り入れることで、50代以降の社員が若手より高いパフォーマンスを発揮する場面をつくれます。
エイジフレンドリー指針が示す企業の対応義務
厚生労働省は、高年齢労働者の労働災害を防止するための指針を新たに定め、令和8年4月1日から適用しています。加齢による身体機能の変化を前提に、職場環境を見直すことを企業に求める内容です。
令和8年施行の指針が示す身体機能変化への配慮
この指針は、加齢とともに筋力や敏捷性、持久性といった体力が低下し、フレイル(心身の活力低下)のリスクが高まるという特性を踏まえ、作業内容や職場環境の見直しを事業者に求めています。視力低下を前提とした照明・文字サイズの調整など、具体的な配慮事項も示されており、感覚的な対応ではなく指針に沿った制度設計が必要になっています。
70歳までの就業確保に取り組む企業はまだ35%にとどまる
厚生労働省の令和7年「高年齢者雇用状況等報告」によると、65歳までの雇用確保措置はほぼすべての企業(99.9%)が実施している一方、70歳までの就業確保措置を実施しているのは34.8%にとどまります。65歳以降の雇用をどう設計するかは、多くの企業にとってこれから本格的に取り組む課題だと言えます。
(参考)高年齢労働者の安全衛生対策について(高年齢者の労働災害防止のための指針) – 厚生労働省
(参考)令和7年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果 – 厚生労働省
シニア人材の配置転換で見るべき2つの指標
ここまでのデータを踏まえると、50代以降の人材配置は「体力年齢」を一律に扱うのではなく、能力ごとの低下・維持のパターンを見て設計するのが合理的です。
落ちにくい持久力を活かせる業務かどうかを見る
瞬発力や強い負荷を必要とする業務よりも、持久力や自己管理力を強みにできる業務(顧客対応の継続的な関係構築、プロジェクト全体の進行管理など)への配置転換は、50代以降の社員の強みを引き出しやすい選択です。
リカバリーの個人差をデータで把握する
同じ50代でも、疲労からの回復力には個人差が大きいことがスポーツ科学の分野でも指摘されています。配置転換の判断を年齢だけで一律に行わず、実際のコンディションデータを参考にする視点も欠かせません。
健康経営投資として体力施策を経営陣に説明する方法
人事担当者・健康経営担当者がこうしたデータを社内で使う際は、「シニアだから配慮する」という情緒的な説明ではなく、能力ごとの低下・維持パターンとエイジフレンドリー指針の義務化という2つの根拠を組み合わせて経営陣に説明すると、投資判断を得やすくなります。
コンディションデータを配置・評価の判断材料に接続する
現場で取得できるコンディションデータを日々の配置判断に活かす仕組みがあれば、年齢だけに頼らない、より精度の高い人材活用が可能になります。具体的なデータ活用の手順は、以下の記事でも詳しく解説しています。
あわせて読みたい現場で使えるコンディショニングのデータ活用手順›
よくある質問
50代の社員に体力を要する業務を任せてよいか判断する基準は?
年齢だけで一律に判断せず、瞬発力・持久力など能力ごとの特性と、本人の実際のコンディションデータを組み合わせて判断するのが適切です。
エイジフレンドリー指針への対応はいつまでに必要か?
「高年齢者の労働災害防止のための指針」は令和8年4月1日から適用されています。作業内容の見直しや職場環境の点検は、可能な限り早期に着手することが推奨されます。
まとめ
- マスターズ陸上の公認記録では、体力のピーク(M30)からM40までの低下は約3.7%にとどまるが、M50からM60では低下幅がほぼ倍増する
- 瞬発力・骨密度は加齢の影響を強く受ける一方、持久力・技術理解・自己管理力は維持・向上しやすい
- 令和8年4月施行のエイジフレンドリー指針は、加齢による身体機能変化を前提とした職場環境の見直しを企業に求めている
- 70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は34.8%にとどまり、65歳以降の制度設計はこれからの課題
- 配置転換や評価は年齢だけでなく、能力ごとの特性とコンディションデータを組み合わせて判断するのが合理的
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