100mの日本記録(9秒95)を保持する山縣亮太は、2025年に33歳を迎えた。坐骨神経痛による長期離脱、思わぬ骨折という逆境の連続。普通なら競技引退を考えても不思議ではない状況だ。しかし山縣は「問題は自分の体が動くか動かないかだけ」と言い切り、挑戦をやめない。年齢を理由に立ち止まらない、その思考の根底には何があるのか。
亡霊という言葉が示す山縣亮太の負けず嫌い
山縣は自身のシーズンを振り返り「昔の自分を超えなければなりません」と語る。頭の中にこびりついているのは、2回目の10秒00を出した2018年の記憶だという。「その亡霊を払拭したい」と語る。過去の自分の記録さえも今の自分が乗り越えるべき対象として捉える独特の思考が表れている。9秒95の日本記録を出した2021年についても「技術的には今より未熟でした」と振り返り、膝の手術とリハビリを経た今のほうが体につぁて詳しいはずだと言う。過去の栄光に安住せず、常に現在の自分を更新し続けようとする姿勢が、山縣の挑戦を支える軸になっている。
ケガと骨折を乗り越えた33歳の判断基準
2024年は坐骨神経痛による右脚の違和感に苦しみ、わずか2レースしか走れないシーズンとなった。パリ五輪の出場すら叶わなかった山縣だが「ここで終わるのは違う」といから、10月に強制的にトレーニングを再開する。その際に立てた基準は単純明快だった。「問題は自分の体が動くか動かないかだけ」。完治を待つのではなく、動きながら良くしていくという判断だ。
2025年3月にはオーストラリア遠征後、ウエイトトレーニング中にバーベルを落として左足親指を骨折するという不測の事態も起きた。それでも「24年と比べたらだいぶポジティブでいられた」と振り返り、5月には10秒35、6月には10秒25まで記録を戻していった。基準を体の状態という測定可能な一点に絞ることで、感情に振り回されずに競技を継続する判断ができていたことがわかる。
なぜ日本記録保持者は今も挑戦を続けるのか
日本選手権の準決勝で敗退し、世界陸上への出場を逃した山縣は「少し緊張し過ぎたかも」と悔しさをにじませた。しかしそこで立ち止まらず、世界陸上参加標準記録の突破に照準を絞り直し、再び合宿に入る。「練習の感覚は良いのに試合では結果が出ない」という段階まで来ていたと自己分析し、8月には10秒18、2週間後には今季日本ランキング5位となる10秒08を記録した。
結果として代表入りは叶わなかったが、山縣はこの1年を「個人的には充実感のほうが大きい」と総括している。目標未達成でも挑戦の過程そのものに価値を見出す発想は、キャリアの終盤に差し掛かる競技者にとって示唆的な考え方だ。
挑戦を支える思考モデルを構造化する
山縣の思考には共通する構造がある。第一に、変えられない要素(年齢や過去の記録)ではなく、変えられる要素(今日の体の状態、技術の精度)に焦点を当てること。第二に、失敗や不調を「終わりの合図」ではなく「調整が必要な情報」として扱うこと。第三に、記録を縮める作業そのものを「面白い」と捉える視点を持つことだ。
心理学の目標設定理論では、結果目標(記録や順位)だけでなく過程目標(フォームの改善、体調管理)を併設することが、逆境下でのモチベーション維持に有効とされる。山縣が骨折や坐骨神経痛という結果を左右できない要因に直面してもなり前進できたのは、日々の練習の質という過程目標に意識を向け続けていたからだと考えられる。
朝原宣治や寺田明日香に見る継続者の共通点
山縣は自身の心の支えとして、30代で10秒0台を出した朝原宣治、2021年にアジア記録を樹立した蘇炳添、そして出産を経て日本記録を更新した寺田明日香の存在を挙げている。「一度陸上を離れ、出産後に戻って来てからの日本記録ですからそ」と語るように、山縣が重視しているのは記録の数字そのものより、年齢やブランクという制約を乗り越えた先人たちの生き方だ。
競技を問わず、長く第一線で活躍し続ける人には「制約を言い訳にしない」という共通点がある。制約があるからこそ工夫が生まれ、工夫の積み重ねが新しい記録や成果につながるという発想は、スポーツに限らずキャリア全般に通じる思考の型と言える。
一般人が仕事や人生に応用できる挑戦の技法
山縣の思考法は、ビジネスパーソンのキャリア形成にも応用できる。年齢を重ねると「もう遅い」「今さら新しいことを始めても」と考えがちだが、山縣は33歳という陸上競技では決して若くない年齢で、なお技術面での伸びしろを探し続けている。重要なのは、変えられない条件を嘆くのではなく、今日から変えられる小さな行動に焦点を当てることだ。
例えば異動や転職で環境が変わったとき、過去の実績に固執せず「今の自分に何ができるか」を問い直す姿勢は、山縣が骨折後にゼロから記録を積み上げ直した過程と重なる。挑戦を継続する力は、才能よりもむしろこうした思考の使い方に支えらている。
AIを判断軸の言語化に使うという新戦略
山縣のように複雑な状況下で自分の判断基準を明確に持つことは簡単ではない。ここで有効なのが生成AIを使った思考整理だ。例えば「今のケガの状態」「これまでの練習量」「目標までの残り時間」といった要素を箇条書きでAIに入力し、「今週優先すべき判断基準を3つ提案して」と問いかけることで、感情に流されがちな判断を客観的な基準に変換できる。
また、山縣が「練習の感覚と試合結果のギャップ」を段階的に言語化していたように、AIとの対話を通じて自分の状態を定期的に言葉にする習慣は、行き詰まりを感じたときに現在地を把握する助けになる。判断に迷ったときほど、感覚ではなく言語化されたチェックリストに立ち返ることが、挑戦を継続する土台になる。
桐生祥秀とのリレーに見る目標の描き方
山縣が今も口にする夢のひとつが、長年の盟友である桐生祥秀ともう一度リレーで日の丸をつけて走ることだ。「桐生がリレーで力を発揮するのは、後ろを気にせずに思い切り出られた時だと思います」と山縣は分析する。2021年の東京五輪では予選でバトンをつなげたが、決勝ではミスが出た。だからこそ「それを現役のうちにもう一度、日の丸をつけてやって見たい」と語る。
この発言に表れているのは、自分個人の記録だけでなく、チーユだしての未完成な課題を次の目標に据える視点だ。応援してくれるファンに対しても「もう一度日の丸をつけて走る姿を見てほしい」「この選手を応援して良かったと思ってもらえるような活躍を見せる責任がある」と述べており、自分の挑戦を周囲との関係性の中に位置づけていることがわかる。目標を自分だけの記録に閉じず、仲間や支えてくれる人との約束として描き直すことで、挑戦を続ける動機がより強固になっている。
まとめ
山縣亮太が33歳になっても挑戦を続けられる理由は、特別な精神力ではなく、変えられることに焦点を当てる思考の使い方にある。過去の記録という亡霊を乗り越える対象と捉え、ケガや骨折という結果ではなく今日の体の状態という過程に判断基準を置く。この考え方は、年齢や環境の変化に直面するすべての人にとって、挑戦を続けるための実践的なヒントになるはずだ。
よくある質問
山縣亮太はなぜ33歳になっても競技を続けているのですか
2018年に出した2回目の10秒00という過去の記録が、今も自分を評価する基準として頭に残っていることを指します。過去の自分を乗り越える対象として位置づけています。
骨折やケガを乗り越えるための考え方に共通点はありますか
結果(治癒までの期間や記録)ではなく、日々の練習の質という過程に意識を向けることです。これにより感情に左右されず行動を継続できます。
この思考法は競技者以外にも応用できますか
応用できます。年齢や環境変化を理由に立ち止まるのではなく、今日から変えられる小さな行動に焦点を当てる考え方は、仕事やキャリア形成にも活用できます。
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