試合開始のホイッスルが鳴る直前、スタンドの一角だけざわめきが収まらない。応援歌のイントロが流れ始めると、声出しの得意な常連ファンが一斉に立ち上がり、周りの新規ファンも釣られるように腰を上げる。
この一体感は偶然生まれたものではない。クラブがどのファンに、いつ、何を届けるかを設計した結果であることが多い。
チケット購入履歴、来場回数、グッズ購入額——こうしたデータをばらばらに抱えたままでは、ファンの熱量を可視化することも、次の一手を打つこともできない。そこで存在感を増しているのが、スポーツクラブ・団体のファンデータを一元管理し、コミュニケーションを最適化する「ファンエンゲージメント・CRM」領域の専門企業だ。
本記事では、この領域を支える国内企業3社を、公式サイトを直接調査した一次情報をもとに比較する。クラブ経営者やマーケティング担当者が自社に合う企業を選ぶときの視点も合わせて整理する。
スポーツの「ファンエンゲージメント・CRM」とは|観戦体験を支えるデータ基盤
ファンエンゲージメント・CRMとは、チケット購入・会員登録・グッズ購入・公式アプリの利用といった接点で得られるファンの行動データを一元管理し、そのデータに基づいてコミュニケーションや施策を最適化する仕組みを指す。単なる会員名簿の管理ではなく、「誰が」「どれくらいクラブに関わっているか」を可視化し、来場頻度やグッズ購入額に応じて施策を打ち分ける点が、従来の紙・メールベースのファンクラブ運営と異なる。
スポーツ庁は第3期スポーツ基本計画のなかで、スポーツ界におけるDXの推進をスポーツの成長産業化と並ぶ政策の柱の一つに位置づけている。観戦体験のデジタル化はこの流れとも重なり、クラブが単独でシステムを構築するのではなく、専門企業のプラットフォーム・CRMシステムを活用する動きが広がっている。
(参考)スポーツの成長産業化(第3期スポーツ基本計画) – スポーツ庁
ファンエンゲージメント市場を支える3つの機能レイヤー|データ・コミュニケーション・収益化
ひとくちに「ファンエンゲージメント企業」といっても、提供する機能はさまざまだ。今回3社を調査するなかで、各社が担っている役割を整理すると、「データ基盤」「コミュニケーション」「収益化」という3つの機能レイヤーに分けて捉えると理解しやすいことが分かった。この3レイヤーを軸に、各社がどこを強みにしているかを見ていく。
データ基盤層|会員・購買データを一元管理する
チケット・グッズ・会員登録といった複数チャネルに散らばるデータを統合し、分析可能な形に整えるレイヤー。ここが整っていないと、次のコミュニケーション施策も「なんとなく」の判断になりやすい。
シナジーマーケティング株式会社はCRMクラウドシステム「Synergy!」を通じてこの領域を専門に扱っており、同社の公式サイトでは福岡ソフトバンクホークスや名古屋グランパスなど複数クラブの顧客データ分析を支援した事例が紹介されている。
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コミュニケーション層|アプリ・SNSでファンと直接つながる
統合したデータをもとに、公式アプリやプッシュ通知、SNSでファン一人ひとりに合わせた情報を届けるレイヤー。来場頻度が低いライト層にどう働きかけるかが、このレイヤーの主戦場になる。
株式会社H&Eテクノロジーが提供するファンエンゲージメントプラットフォームは、Jリーグ・リーグワンのクラブに導入実績があり、チェックイン機能や歩数連動企画などを通じてスタジアムへの来場を後押しする仕組みを備えている。
収益化層|ファンクラブ運営とパートナー活動を収益に変える
データとコミュニケーションの成果を、ファンクラブ会員数やグッズ売上、スポンサー活動の成果に変えるレイヤー。現場運営に近い分、伴走型の支援体制が求められる。
Fan Circle株式会社は浦和レッドダイヤモンズの公式ファンクラブ「REX CLUB」の会員設計・運用や、川崎フロンターレのMD部門向けメールマーケティング支援など、現場に伴走する形でこの領域を担っている。
ファンエンゲージメント・CRM企業3社を比較する
ここまで整理した3つのレイヤーを踏まえ、実際に公式サイトを調査した3社の事業内容・特徴を一覧にまとめた。
| 企業名 | 事業内容 | 特徴 | 設立 |
|---|---|---|---|
| シナジーマーケティング株式会社 | CRMクラウドシステムの提供・運用支援 | プロスポーツクラブ向けCRM「Synergy!」を展開し、複数球団・クラブの顧客データ分析を支援 | 2000年9月(創業) |
| Fan Circle株式会社 | スポーツ・エンタメ領域のマーケティングコンサルティング | ファンクラブ運営やチケッティング企画・運営に伴走し、Jリーグ・プロ野球・Bリーグに対応 | 2020年1月 |
| 株式会社H&Eテクノロジー | ファンエンゲージメントプラットフォームの開発・提供 | Jリーグ・リーグワン導入実績のある公式アプリ基盤を月額固定型で提供 | 2021年5月 |
表:各社公式サイトの情報をもとにHuman Soarが作成(2026年8月時点)
シナジーマーケティング株式会社|CRMシステムでクラブの顧客データ活用を支える
シナジーマーケティング株式会社は大阪市北区に本社を置き、デジタルマーケティング領域のクラウドシステム・コンサルティング・運用支援を主軸とする企業だ。自社のCRMクラウド「Synergy!」を、BtoB企業や不動産、金融機関などと並ぶ業種特化ソリューションのひとつとして「プロスポーツクラブのCRM」という形で提供している。
公式サイトの事例紹介では、福岡ソフトバンクホークスのファンエンゲージメント顧客データ分析や、名古屋グランパスの3年間にわたるマーケティング支援、東京ヤクルトスワローズのファンクラブ運営における集計レポート・HTMLメール支援などが挙げられており、プロ野球・Jリーグ・Bリーグと幅広いスポーツ種目のクラブに対応してきた実績を持つ。
Fan Circle株式会社|Jリーグ・Bリーグクラブに伴走するファンクラブ運営コンサル
Fan Circle株式会社は東京都渋谷区に本社を置き、「スポーツ&エンターテイメントで社会の課題を解決する」というミッションを掲げるスポーツマーケティング・コンサルティング会社だ。2020年1月設立と、今回比較した3社の中では最も新しい。
公式サイトの実績紹介によれば、浦和レッドダイヤモンズの公式ファンクラブ「REX CLUB」では会員設計・会員獲得プロモーションの設計から運用、会員向けオリジナルアイテムの企画までをトータルで担当し、川崎フロンターレではMD(マーチャンダイジング)部門のマーケティングオートメーション導入・運用を支援している。クラブの現場業務に深く入り込む「伴走型」の関わり方が特徴と言える。
株式会社H&Eテクノロジー|Jリーグ・リーグワン導入実績のファンエンゲージメントアプリ
株式会社H&Eテクノロジーは2021年5月設立、東京都中央区銀座に本社を置く企業だ。もともとITコンサルティングや教育分野のDX支援を手がけてきたが、2024年10月からプロスポーツチーム向けのファンエンゲージメントサービスの提供を始めている。
同社が提供するファンエンゲージメントプラットフォームは、公式サイトによるとJリーグ・リーグワンの複数クラブで導入実績があり、チーム公式アプリのPUSH通知・チェックイン機能・歩数連動企画(ウォーク機能)などを共通基盤として提供することで、クラブ単独で独自アプリを開発するよりも低コスト・短期間(約2カ月)での導入を可能にしている。ITの専門スタッフがいないクラブでも、少人数で運用できる設計になっている点も特徴だ。
導入するとクラブに何が起きるのか|来場・グッズ・スポンサー収益への波及
ファンエンゲージメント・CRMを導入すると、まず変わるのは「誰が、どれくらいクラブに関わっているか」が数字で見えるようになることだ。これまで感覚的に語られてきた「ロイヤルファン」が、来場回数やグッズ購入額といった具体的な指標で可視化される。
株式会社H&Eテクノロジーは自社サイトで、1試合あたりの来場者数が増加すると、グッズ売上・飲食売上・ファンクラブ会員数が向上しやすくなるとの見方を示している。これは単一の指標を追うのではなく、来場という入り口の指標を底上げすることで、その先の収益指標が連動して伸びやすくなるという考え方だ。
スポンサー企業の視点でも、CRMで蓄積したデータはスタジアムイベントの効果測定に活用でき、協賛先の担当者へ費用対効果を説明しやすくなるというメリットがある。データに基づいた効果測定は、スポンサー収入の維持・増加にもつながる要素として位置づけられている。
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自社に合うファンエンゲージメントCRMを選ぶ3つの視点
3社の特徴を踏まえると、クラブ・団体が導入を検討する際に押さえておきたい視点は大きく3つに整理できる。
データ統合の範囲で選ぶ
既存のチケット販売システムや会員データベースとどこまで連携できるかは、導入効果を左右する最初の分岐点だ。リーグ側が提供するCRMシステムがある場合は、まずそのデータを最大限活用したうえで、自クラブ独自の分析に強みを持つ企業を組み合わせる発想が有効になる。データが分断されたまま複数ツールを導入すると、かえって運用の手間が増えてしまう点に注意したい。
運用負荷とスタッフ体制で選ぶ
スポーツクラブの運営スタッフはシーズン中の実務に追われがちで、ITやデータ分析の専任者を置けないケースが多い。少人数でも運用できる管理画面や、伴走型のコンサルティングが付いているかどうかは、継続的に使いこなせるかを分ける重要な条件になる。
パートナー企業との共創可能性で選ぶ
ファンエンゲージメントの取り組みは、スポンサー企業との協業に発展させやすいという側面もある。蓄積したデータをもとにスタジアムイベントの効果を可視化できれば、スポンサー契約の更新交渉や新規開拓の材料としても活用できる。導入検討の段階で、パートナー企業向けの機能や活用実績があるかを確認しておくとよい。
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よくある質問
ファンエンゲージメント・CRMは小規模なクラブでも導入できますか
可能だ。今回紹介した3社のうち、Fan Circleのようなコンサルティング型の企業は、規模の大きいプロクラブだけでなく地域密着型のクラブとも取り組んだ実績がある。H&Eテクノロジーのプラットフォームも、共通基盤を複数クラブで利用する形式のため、独自アプリを一から開発するよりも低コストで始めやすい。予算・人員に応じてサービスの範囲を選べるかを、問い合わせの段階で確認するとよい。
導入までにどれくらいの期間がかかりますか
H&Eテクノロジーの公式サイトでは、公式アプリプラットフォームの導入までに約2カ月を目安としている。CRMクラウドシステムの場合も、既存データの整理・移行作業が発生するため、シーズンオフのタイミングで着手するクラブが多い。契約前に、自クラブの年間スケジュールと導入作業がどう重なるかをすり合わせておくと、シーズン中の運用負荷を抑えやすい。
ファンクラブ運営とCRMシステムは別々に契約する必要がありますか
必ずしも一体である必要はない。CRMシステムでデータ基盤を整えたうえで、ファンクラブの会員施策や現場運営はコンサルティング会社に個別で依頼するという組み合わせも可能だ。本記事で紹介した3社も、データ基盤・コミュニケーション・収益化という異なるレイヤーを強みにしており、自クラブの課題がどのレイヤーにあるかを見極めたうえで、単独導入か組み合わせかを検討するのが現実的だ。
まとめ
スポーツのファンエンゲージメント・CRM領域を支える国内企業3社の特徴を振り返る。
- ファンエンゲージメント・CRMは、チケット・グッズ・会員データを一元管理し、ファンとのコミュニケーションを最適化する仕組み
- 市場は「データ基盤」「コミュニケーション」「収益化」の3レイヤーで捉えると理解しやすい
- シナジーマーケティングはCRMシステムでの顧客データ活用、Fan Circleはファンクラブ運営への伴走、H&Eテクノロジーは公式アプリ基盤の提供と、それぞれ強みとするレイヤーが異なる
- 導入検討では「データ統合の範囲」「運用負荷とスタッフ体制」「パートナー企業との共創可能性」の3つの視点で比較するとよい
- 来場者数の向上は、グッズ・飲食売上やファンクラブ会員数、スポンサー収益にも波及する起点になり得る
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