高校2年時の交通事故で左足を切断した山本篤は、義肢装具士を目指す専門学校で陸上用義足と出合い、競技の世界に足を踏み入れた。北京パラリンピックで銀メダルを獲得し、2016年には走幅跳で世界記録を更新、リオパラリンピックでも2つのメダルを手にした山本は、2024年5月に現役を退くまで、大学時代に築いた科学的データ活用の考え方を一貫して大切にしてきた。その思考法をインタビューをもとに紹介する。
陸上用義足との出合いから始まった競技人生
事故で左足を失った当初、山本は競技者になることを想定していなかった。義肢装具士の専門学校で陸上用義足を目にした時に感じた「これを履けばかっこよく走れるかもしれない」という気持ちが、スポーツとして陸上を始めるきっかけになったという。
専門学校卒業後に大阪体育大学へ進学したのも、「なぜこの練習をしなければいけないのかを知りたい」という思いからだった。一人での練習では妥協してしまうという自身の性格を自覚し、仲間と練習できる環境を求めて進学したことが、その後の競技人生の土台になっている。
家族はいつでも応援してくれる支えであり、陸上部の仲間はもう一歩の頑張りを引き出してくれる存在だったと山本は振り返っている。
恩師とのデータ収集で学んだバイオメカニクスの視点
大阪体育大学でスポーツバイオメカニクスを専門とする伊藤章氏と出会ったことが、山本のデータ活用の原点になった。大学1年生の頃から「データは記録しておくべきだ」という伊藤氏の勧めで研究データを取り続けたことが、後の競技人生を支える財産になったと山本は振り返っている。
「それくらいわかっている」と感覚的に思っていたことが数字として裏づけられ、なぜその結果が出るのかを理解できたことが、パフォーマンス向上における大きな転機になったという。恩師との出会いや大学進学といった一つひとつの巡り合わせが重なったことで、科学的根拠に基づく判断ができる土台が築かれていったと山本は振り返っている。
「義足を鍛えるか健足を鍛えるか」を数値で判断する
山本が強調するのは、バイオメカニクスのデータそのものは「結果」でしかないという点だ。義足側を鍛えるべきか、健足側を鍛えるべきか、どちらに重点を置くかという方向性を、データを見て観察し考えることで導き出してきたという。
科学的根拠という土台がないまま考え続けても方向性を誤り、時間を無駄にしてしまう。逆に根拠があるからこそ、正しい方向に進むことができたと山本は語っており、データを「材料」として使いこなす姿勢が、感覚だけに頼るトレーニングとの違いを生んでいる。競技を続けられる時間が限られている中で、無駄のないトレーニングを選び取るためにも、自分の状態を数値で把握しておくことが欠かせないという考え方が根底にある。
跳躍せず助走だけを行う独自のトレーニング法
走幅跳の練習では、跳躍を繰り返すことで自信を失う悪循環に陥ると感じた山本は、普段はスピードをつくる助走の練習だけを行い、そのスピードを試合本番の跳躍につなげるという独自の方法をとっていた。跳躍という結果を毎回の練習で問うのではなく、土台となる要素を切り分けて磨くという発想だ。
常に「トライアンドエラー」を意識し、どう走れば速くなれるかを考えながら練習することが日々の心がけだったと山本は述べている。科学的に裏打ちされた練習方法という表現からも、感覚と検証を行き来しながら方法を磨き続けてきたことがうかがえる。
(参考)陸上競技[パラリンピック] 山本篤選手インタビュー – Athlete Pathway アスリート育成パスウェイ
PDCAサイクルで自分を知り抜く思考法
山本の取り組みは、計画・実行・確認・改善というPDCAサイクルの実践例としても読み解ける。「なぜこの練習をしなければいけないのか」を理解し納得した上で挑戦を重ねることで、良かった点と改善点が明確になり、次のパフォーマンス向上に生かせるようになる。
ただ言われたことをこなすのではなく、主体性を持って取り組めるかどうかが重要だという山本の考え方は、競技環境や年齢を問わず応用できる普遍的な視点だと言える。意味のない練習はしたくない、効率的に取り組みたいという山本自身の言葉には、限られた競技生活を最大限に生かそうとする姿勢が表れている。
「2番ではなく1番を目指す」という強い気持ちと、「なぜこの練習をするのか」を突き詰めて考える姿勢の両方を持ち続けたことが、長く世界のトップで戦い続けられた理由のひとつだったと言える。
ウェアラブル端末でPDCAサイクルを支える
山本が実践してきたPDCAサイクルは、GPSランニングウォッチを使えば「勘」ではなく数値で回せるようになる。
「実行」の中身をGarmin Forerunnerに記録させる
装着して走るだけでペース、ピッチ・ストライド、対応モデルなら左右の接地バランスまで自動で記録される。山本が「義足を鍛えるか健足を鍛えるか」を判断してきたような視点を、左右のデータという形で手元に残せる。
「確認」をなんとなくの振り返りで終わらせない
Garmin Connectアプリのグラフを見れば、「練習メニューを変えてからペースが安定してきた」「左右の接地バランスに偏りが出ている」といった変化を、印象論ではなく数字で確認できる。
「改善」につなげる基準を自分の中に持つ
ペースが安定しないなら同じ練習メニューを2週間続けてから見直す、バランスの偏りが続くなら弱い側を重点的に補強するというように、データが示した課題に応じて次の一手を決める基準をあらかじめ用意しておく。
よくある質問
なぜ山本篤はデータを重視するようになったのか
大学時代にバイオメカニクスを専門とする恩師と出会い、大学1年生の頃からデータを記録し続けたことがきっかけだ。感覚的にわかっていたことが数字で裏づけられ、なぜその結果が出るのかを理解できたことが、データ重視の姿勢につながっている。
バイオメカニクスのデータだけで方向性は決まるのか
山本自身、データは「結果でしかない」と述べており、そのデータをもとに何を考え、どう次につなげるかという解釈が欠かせないとしている。データと科学的根拠に基づく考察をセットで扱う姿勢が重要だ。
跳躍せず助走だけを行う練習にはどんな狙いがあるのか
跳躍という結果を毎回問うと自信を失う悪循環に陥ると感じたため、スピードをつくる助走部分を切り分けて磨き、そのスピードを試合の跳躍につなげるという狙いがある。
PDCAサイクルを競技以外でも生かせるのか
「なぜこの練習をするのか」を理解し納得した上で取り組む姿勢や、計画・実行・確認・改善を回す考え方は、競技に限らず仕事や学習など幅広い場面に応用できる普遍的な思考法だ。
まとめ
- 山本篤は義肢装具士の専門学校で陸上用義足と出合い、大阪体育大学進学を機に競技へ本格的に取り組み始めた
- 大学時代の恩師とのデータ収集がきっかけで、バイオメカニクスに基づく科学的な視点を身につけた
- 「義足を鍛えるか健足を鍛えるか」という判断を、データという結果をもとに考察して導き出していた
- 跳躍を繰り返さず助走だけを磨く独自の練習法で、自信喪失の悪循環を避ける工夫をしていた
- PDCAサイクルを意識し、主体的に「なぜこの練習をするのか」を理解した上で競技に取り組んでいた
障がいの捉え方という切り口では、以下の記事も参考になる。


データ活用によるパフォーマンス向上については、こちらの記事も参照してほしい。

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