2019年ラグビーワールドカップ開幕戦、ロシア代表戦。国歌斉唱で涙を流した姫野和樹は、試合開始早々のファーストタッチでボールを落とした。原因は緊張ではなく、メンタルを上げすぎたことによる視野の狭まりだったと本人は振り返る。この経験をきっかけに、姫野は試合前のメンタルを自分の手で作り込む方法をつくり上げていった。
ワールドカップ開幕戦で気づいた「上げすぎ」の危険性
満員のスタジアム、日本開催・日本代表初陣という舞台で、姫野は国歌斉唱の最中に自然と涙を流した。誰もが高揚する場面だが、後から振り返ると、この高ぶりがメンタルを上げすぎる結果を招いたという。
メンタルが上がりすぎると視野が極端に狭くなり、普段見えているものが見えなくなる。試合序盤に見せた小さなミスは、緊張ではなく、メンタルコントロールの失敗そのものが原因だったと姫野は分析している。
この気づきが重要なのは、原因を「緊張したから」で終わらせなかった点だ。感情の状態を客観的に切り分け、何が視野を狭めたのかを具体的に特定したことで、次の試合に向けた明確な改善点が見えてきた。
ミスを「良いこと」と捉え直す思考の転換
ミスをした直後、姫野はすぐに立ち上がり、「ミスしてもいいやん、オレがどんどん前に出た方がチームも勢いが出る」と気持ちを切り替えたという。この切り替えの速さが、その後のプレーの質を左右した。
ミスや失敗そのものは悪いことではなく、同じ失敗を繰り返すことこそが問題だという考え方が根底にある。試合後には必ず原因を振り返り、次に同じ状況でどう対応するかを具体的に言語化していたという。
この思考の転換は一朝一夕で身についたものではなく、開幕戦での苦い経験を経て磨かれたものだ。ミスが起きた瞬間に落ち込むのではなく、すぐさま「次にどう活かすか」へ意識を移す訓練を重ねてきたことがうかがえる。
試合前に音楽を聴く理由とその使い分け
姫野は試合前、必ず音楽を聴いてメンタルを整える。特徴的なのは聴く順番へのこだわりだ。最初にアップテンポで激しめの洋楽を集めた「UP」用プレイリストで、フラットな状態から気持ちを高ぶらせる。
その後、竹内まりやの楽曲や『アメイジンググレイス』など、静かで穏やかな「DOWN」用プレイリストで、一度上げたメンタルを意図的に抑え込む。高すぎても低すぎてもパフォーマンスは発揮できないという経験から生まれた、独自の調整方法だ。
特定のアーティストへのこだわりがあるわけではなく、あくまで「メンタルの動き方」に合わせて選曲している点が特徴的だ。試合会場やコンディションが変わっても、この手順そのものは崩さないことで、毎回同じ状態を再現しやすくしている。
「ベストなメンタルレベル」という発想の構造
音楽関連の研究では、ルーティーンを持つ選手はそうでない選手に比べて成功体験が多いことが指摘されている。ルーティーンに意識を向けることで、緊張下でも呼吸や心拍数を通常に近い状態に保ちやすくなるためだ。
姫野の「UP」と「DOWN」を組み合わせる手法は、単に気持ちを上げるだけの一般的なルーティーンとは一線を画す。高揚と鎮静を意図的に往復させることで、自分にとって最も力を発揮できる中間地点を毎回同じ手順で再現しようとしている点に独自性がある。
スポーツ栄養や心理学の分野でも、音楽が心拍数や呼吸、脳の報酬系に働きかけることが指摘されている。姫野の手法は、こうした音楽の生理学的な作用を経験的に理解し、UPとDOWNの2段階に分けて活用している点で、一般的な「テンションを上げるための音楽」の使い方より一歩踏み込んでいるといえる。
あえて「失敗する環境」を選んだキャリアの選択
姫野はその後、居心地の良いトヨタから、ニュージーランドの名門ハイランダーズへの期限付き移籍を決断する。理由は「失敗したかったから」だという一見矛盾した動機だった。
慣れた環境では大きな失敗をする機会すら失われてしまう。あえて誰も自分を知らない場所に飛び込むことで、失敗から学び直す機会を自ら作り出そうとした。この決断も、試合前のメンタル作りと同じく、感情の状態を自分で設計するという一貫した姿勢の延長線上にある。
実際、ハイランダーズでは世界最高峰リーグ・スーパーラグビーに参戦し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得するまでの結果を残している。居心地の良さを手放したことが、結果的に大きな飛躍につながった好例といえる。
他の一流選手との比較で見える独自性
多くのアスリートは試合前に気持ちを高める工夫をするが、姫野のように高めた後にあえて鎮める工程を組み込む選手は多くない。上げるだけでは本番でオーバーヒートしやすく、下げるだけでは闘争心が乗らない。その両方を経験則から使い分けている点が特徴的だ。
また、失敗を恐れて安全な選択をする選手が多い中、姫野はあえて失敗のリスクが高い環境に身を置くことを選んだ。安定と挑戦のどちらを取るかという判断軸において、彼は一貫して「学びの量」を優先している。
試合中のミスへの対応と、キャリア選択という長期的な決断の両方に、「その場に留まらず、次にどう活かすか」という同じ思考パターンが貫かれている点も見逃せない。
仕事のプレゼンや面接にも応用できる調整法
姫野自身、この「ベストなメンタルレベル」を掴む考え方はスポーツに限らず、仕事のプレゼンや面接など、ここぞという本番の前にも応用できると語っている。緊張しすぎている自覚があるなら、あえて気持ちを落ち着ける行動を挟む。逆に淡々としすぎている自覚があるなら、少し気持ちを高める行動を挟む。
大切なのは、自分にとっての「ちょうど良い状態」がどのあたりにあるかを事前に把握しておくことだ。本番直前になって初めて調整しようとしても間に合わないことが多い。
普段の練習や日常の小さな成功・失敗を通じて、自分がどんな状態のときに最も力を発揮できるかを観察しておくことが、いざという本番での再現性を高める第一歩になる。
AIを使って自分だけのルーティーンを設計する
姫野のように音楽の好みや順番を明確に言語化できる人ばかりではない。過去に「調子が良かった日」と「悪かった日」の行動や気分を記録し、生成AIに共通点を分析してもらうことで、自分なりのUP・DOWNのパターンを見つけ出す助けになる。
プレイリストに限らず、香りや軽い運動、深呼吸のリズムなど、調整の手段は人によって異なる。AIとの対話を通じて自分の反応パターンを整理すれば、本番前のルーティーンをより精度高く設計できるだろう。
よくある質問
姫野和樹はなぜ試合前に音楽を聴くのか
メンタルを一度高めた後、意図的に鎮めることで、高すぎず低すぎない「ベストなメンタルレベル」を作るためだ。アップテンポな曲で気持ちを高め、その後に穏やかな曲で落ち着かせるという2段階の手順を踏んでいる。
ミスをしたときはどう切り替えればよいか
ミス自体を悪いことと捉えず、同じ失敗を繰り返さないことに意識を向けるのが姫野の考え方だ。ミスの直後にすぐ気持ちを切り替え、次のプレーに集中することが重要だとしている。
安定した環境と挑戦できる環境、どちらを選ぶべきか
姫野は居心地の良い環境よりも、失敗を経験できる環境をあえて選んだ。学びの量を優先するのか、安定を優先するのかは状況次第だが、成長を重視するなら失敗できる環境に身を置く選択肢も検討する価値がある。
まとめ
姫野和樹の試合前のメンタル作りは、単に気持ちを高めるだけでなく、高揚と鎮静を意図的に往復させて自分にとって最適な状態を作り出す点に特徴がある。ミスを恐れず学びに変える思考、あえて失敗できる環境を選ぶ決断力とあわせて、仕事や人生の本番でも応用できる示唆に富んでいる。
参考:ラグビー日本代表・姫野和樹が試合前「ベストなメンタル」作りに聴く“意外な曲”とは(ダイヤモンド・オンライン)


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