2013年12月、ソチ五輪代表選考をかけた全日本選手権のフリープログラム。演技開始まで十数分というタイミングで、村上佳菜子はトイレで生理が来たことに気づいた。動揺すれば演技が崩れる。そう分かっていた19歳の村上は「来てない、何も見てない」と自分に言い聞かせ、そのまま氷上に立った。結果はほぼパーフェクトな演技で2位、悲願のオリンピック切符をつかんだ。この一瞬の判断に、彼女が20年間かけて向き合ってきた体との関係のすべてが凝縮されている。
体を管理するのではなく体に管理されていた日々
村上が体重を意識し始めたのは、体重が30キロにも満たない小学生の頃だった。先輩たちから「軽くていいな」と言われ、明確な理由も分からないまま「体重は軽い方がいい」という価値観が刷り込まれていった。母からの教えは「食事は最後の一口を必ず残しなさい」。その一口で太るから、という理屈だった。
練習場の下にあったケンタッキーでこっそりチキンを買い、自転車で10分の距離を20分かけて食べながら帰る。外食では「量は頼んでいいけど、全部一口ずつにしなさい」と言われ、残した分は母が食べる。村上はできるだけ食べて、残った物を薄く伸ばして多く見せる術を身につけていったという。育ち盛りの小学生が「満腹」を知ることは、ほとんどなかった。
18歳での体の変化がすべてを変えた
体重で本格的に悩み始めたのは18歳、初めて生理が来たのと同じ時期だった。ちょうどソチ五輪シーズンの目前で、コーチからは「回っている時にお尻が揺れてる」「動きが重いよ」と体型について指摘されるようになった。選手同士でも食事制限をしている相手を意識し、罪悪感やマウントの取り合いが生まれる。とにかく痩せなきゃという思考が頭を支配し、食事量を制限して一気に4キロ減量したこともあった。
自分の体をコントロールできなかったという告白
村上は生理そのものに無頓着だったと振り返る。「来なければ、来ない方がいい」。生理は邪魔なものという感覚があり、初潮が遅かった際に周囲からホルモン剤の注射を勧められても母が断った。過度な食事制限もあってか生理不順が常態化し、1か月で来ることもあれば3か月、半年来ないこともあったという。
疲労骨折が多かったことについて、月経不順がその一因とされることを本人は取材で初めて知ったと明かしている。「疲労骨折くらいなら練習できるという感覚。深く考えたこともなくて、こう話すと相当過酷なところにいたんだと改めて思います」。この言葉は、当時の村上にとって体のケアより競技継続が優先されていた思考の順位を端的に表している。
誰にも相談できなかった理由
コーチにも家族にも友人にも、体重や生理の悩みを言えなかったと村上は語る。「自分の弱さを見せたくない気持ちはありました。それはアスリートの本能なのかなと思います」。大人の指示を忠実に守り、常に自分と誰かを比べる。自分に軸がなく、自分の体に関心を持てなかったという振り返りは、勝つための忍耐力と自己認識の欠如が表裏一体だったことを示している。
科学的に見る女性アスリートの体重管理リスク
スポーツ医学の分野では、利用可能エネルギー不足によって月経異常や骨密度低下が引き起こされる状態が「女性アスリートの三主徴」として知られている。エネルギー摂取が消費に見合わない状態が続くと、ホルモンバランスが崩れて無月経になりやすく、骨の代謝にも悪影響が及び疲労骨折のリスクが高まるとされる。村上が経験した生理不順と度重なる疲労骨折は、この構造と重なる部分が大きい。当時は本人も周囲も、体重管理と疲労骨折を結びつけて考える情報を持っていなかった。
取材の中で村上自身が「そうなんですか、初めて知りました」と語っている点は象徴的だ。競技の第一線で結果を出し続けていた選手でも、自分の体で起きている変化の医学的な意味を知る機会がなかった。これは個人の意識の問題というより、当時のスポーツ現場全体が体重や疲労骨折を精神論や根性論の延長で捉えがちだった構造の反映でもある。近年は女性アスリートの健康管理に関する研究や啓発が進み、指導現場でも数値だけでなく体の状態を多角的に把握する動きが広がりつつある。
引退後に始まった体との向き合い方の転換
22歳で現役を退いた村上は、引退後に婦人科に通うようになり、初めて自分の体そのものに関心を向けるようになった。引退後には体重が13キロ増加し、「パンパンだね」「凄い太ったね」という悪気のない言葉に傷つき、自信を失った時期もあったという。それでも今、若い選手たちに伝えたいこととして挙げるのは「ご褒美の日を作ること」だ。
試合後のバンケットパーティーでは「食べる」と決め、バイキングを気にせず食べる。栄養の知識を持った上でしっかり食べることが良い動きにつながるという考え方は、現役時代の「最後の一口を残す」という発想からの大きな転換といえる。今はメンタルケアや栄養士がチームに入ることも珍しくなく、痩せることや綺麗な体になることだけを目的にせず、競技力を高めるための学びの機会を選手に提供する体制づくりが重要だと村上は語っている。
比較で見える指導観の変化
村上の時代は、コーチが見た目や動きの印象だけで体型を指摘する感覚的な指導が主流だったという証言がある。一方で近年は栄養士やメンタルケアの専門家がチームに関わるケースが増え、選手個人の体調やコンディションをデータや対話で把握する体制が広がりつつある。同じ「体重管理」というテーマでも、精神論から専門知識に基づくサポートへと軸足が移りつつある現在の流れは、村上自身が経験した苦悩の裏返しでもある。
一般人のキャリアや自己管理にも通じる視点
村上の経験は、フィギュアスケートという特殊な競技に限った話ではない。「弱さを見せられない」「誰にも相談できない」という感覚は、仕事や勉強で結果を求められる場面でも起こりうる。頑張ることと自分の状態を無視することは本来別の話だが、成果を追う過程でその境界があいまいになりやすい。村上が語る「ご褒美の日を作る」という発想は、我慢し続けることを美徳とせず、意図的に緩める時間を組み込むという自己管理の一つの形として、競技以外の場面にも応用できる視点だ。
また、村上が「自分に軸がなく、自分の体に関心を持てなかった」と振り返っている点も重要だ。常に他者と比較し、外部からの評価軸だけで自分を測ってしまうと、自分自身の状態に気づく感覚が鈍くなる。これは仕事における評価や成果指標にも通じる話で、他人との比較だけを判断基準にすると、自分の体調や心の状態を後回しにしてしまう危険性がある。定期的に自分の状態を振り返る時間を意図的に確保することが、長く走り続けるための土台になる。
思考を言語化する手段としてのAI活用
村上のように長年抱えてきた葛藤を言葉にするには、まず自分の感情や状況を整理する作業が欠かせない。近年はAIチャットツールに自分の状況を書き出し、対話形式で気持ちを整理する人も増えている。「何にストレスを感じているか」「誰にも言えない理由は何か」といった問いをAIに投げかけながら答えを書き出すことで、頭の中だけでは言語化しづらかった感情の輪郭が見えてくることがある。専門家への相談の前段階として、自分の考えを整理するツールとしてAIを使う選択肢は、弱さを見せることへのハードルを下げる一助になり得る。
よくある質問
村上佳菜子はなぜ体重や生理の悩みを誰にも相談できなかったのですか
本人は「自分の弱さを見せたくない気持ちがあった」と述べており、それをアスリート特有の本能だったのではないかと振り返っている。大人の指示に忠実に従う環境で、自分の体調より競技継続が優先される思考が根付いていたことも背景にある。
女性アスリートの体重管理で注意すべきことは何ですか
エネルギー摂取が不足した状態が続くと月経異常や骨密度低下につながりやすいとされる。村上が経験した生理不順や疲労骨折の多発は、こうしたリスクと関連する可能性がある事例として参考になる。
引退後に村上佳菜子の体との向き合い方はどう変わりましたか
婦人科に通い始め、自分の体そのものに関心を持つようになったという。試合後に「ご褒美の日」を作るなど、我慢一辺倒ではない体との付き合い方を意識するようになった。
まとめ
村上佳菜子が語ってきたのは、体重という数字に人生の判断基準を委ねてしまっていた20年と、そこから少しずつ抜け出していく引退後の歩みだ。誰にも相談できなかった過去を隠さず語る姿勢そのものが、同じ悩みを抱える人への一つのメッセージになっている。我慢を重ねることと自分を大切にすることは矛盾しない、という気づきは競技の枠を超えて参考になる。


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