初任給高騰と給与逆転|企業のサラリーキャップ式報酬設計

初任給高騰と給与逆転|企業のサラリーキャップ式報酬設計を表すアイキャッチ画像 ソリューション

期の人件費資料を開いて、来春の新卒の月給が、いま現場を回している入社5年目の月給を上回っていることに気づく。その5年目は、去年の昇給で7,000円上がったばかりです。

答えを先に書きます。初任給高騰への対処は、初任給を追いかけることではありません。人件費の総額に上限を置き、その中で誰にいくら配るかの順序を先に決めることです。上限のない賃上げは、必ず入口に吸い込まれます。

これは感覚の話ではなく、統計にそのまま出ています。厚生労働省の令和7年賃金構造基本統計調査によると、大学卒の初任給は262,300円で、前年比5.6%の増加でした。大学院卒は299,000円、高校卒は207,300円で、いずれも4〜5%台の伸びです。

入口の価格だけが市場で決まり、在籍者の賃金は社内の都合で決まる。この二重構造が続くかぎり、どの会社でも同じ順番で給与逆転が起こります。そして逆転に気づくのは、たいてい中堅社員のほうが先です。

(参考)令和7年賃金構造基本統計調査 結果の概況 新規学卒者 – 厚生労働省

  1. プランの概要|入口の値段と人件費の上限を同時に決める
  2. 課題解決の流れ|入口だけ上げた賃金を組み直す
    1. 現状の課題|入口は上がったのに中堅の手取りが動かない
    2. 問題の要因|総額の上限を決めずに下限だけ動かしている
    3. 解決策|上限と下限と例外を同じ表で決める
  3. サラリーキャップ式が値引き競争にならない3つの理由
    1. 理由①|効いているのは金額ではなく決める順序
    2. 理由②|制度は写せても例外の判定基準は写せない
    3. 理由③|スポーツの制度設計を毎週追っている側が設計する意味
  4. プランの具体的な内容|4つの設計パーツを順に決める
    1. ①総額の上限|人件費を売上比の1本の数字に置き換える
    2. ②等級ごとの下限|下限を明示すると中堅の底が抜けなくなる
    3. ③入口の上限|採用単価の天井を決めてから求人を出す
    4. ④例外条項|例外を人数で限ると制度が壊れなくなる
  5. 導入ロードマップ|試算・合意形成・運用定着の3フェーズ
    1. 0〜3ヶ月|原資と給与逆転の試算
    2. 3〜6ヶ月|上限と例外条項の合意
    3. 6〜12ヶ月|査定基準の運用と開示
  6. 効果が効く道筋とKPI|納得感で測り離職で確かめる
    1. KPIの読み方|各フェーズで主指標を1つに絞る
    2. リスクと対応策|制度が先に走ると現場が止まる
    3. 続行・撤退の判断基準|どの数値で見直すかを事前に決めておく
  7. 料金モデルという選択肢|制度設計を買い切りにしない
    1. 買い切り型の限界|制度は納品された瞬間から古くなる
    2. 新モデルの仕組み|設計は固定報酬で定着は成果連動にする
    3. 導入時の注意点|成果指標を1つに絞ってから始める
  8. 対象となる組織・読者|3つの状況に当てはまる企業
    1. 初任給を上げたが在籍者のテーブルを直せていない企業
    2. 中堅層の退職を中途採用で埋め続けている企業
    3. 管理職が昇給面談を説明しきれずに疲弊している企業
  9. 期待できる効果|3つの効果が出る順番
    1. 昇給の納得感|早く出るが金額では測れない
    2. 中核人材の定着|6〜12ヶ月で動き影響が最も大きい
    3. 採用単価の低下|いちばん遅く最後に効く
  10. まとめ|上限を決めた会社から賃上げが説明できるようになる

プランの概要|入口の値段と人件費の上限を同時に決める

本プランは、プロバスケットボールのBリーグが採用しているサラリーキャップ制度の設計思想を、企業の報酬制度に移植するものです。上限・下限・例外の三つを同じ表の上で決め、初任給の引き上げを「原資の奪い合い」ではなく「配分の設計」として扱えるようにします。

  • 対象:初任給を引き上げたものの、在籍者の賃金テーブルを直せていない従業員50〜500名規模の企業
  • 課題:入口の賃金だけが市場価格で動き、中堅層の昇給が説明できなくなっている状態
  • 導入期間:試算から運用定着まで12ヶ月(規程改定を伴う場合は次年度の改定期に合わせる)

やることは複雑ではありません。人件費の総額に一本の上限を引き、等級ごとの下限を明示し、その外に出す相手を人数と条件で限定する。次の4つのパーツを順番に決めるだけで、初任給を上げても賃金の並びが崩れなくなります。

表1 サラリーキャップ式報酬設計の4つのパーツと、スポーツ側の対応物
パーツ 決めること スポーツ側の対応物
①総額の上限 人件費を売上や付加価値の何%までにするかを1本の数字で置く サラリーキャップの上限額(Bリーグプレミアは8億円)
②等級ごとの下限 各等級で最低いくら払うかを社内に明示する 最低年俸(同プレミアは800万円)
③入口の上限 新卒・中途の提示額に天井を設ける 新人選手の年俸上限(B.LEAGUE ONEは460万円)
④例外条項 上限を超えて払う相手を人数と条件で限定する スター選手条項(1名を1.5億円として計上)

出典:B.LEAGUE「サラリーキャップ制度」の公開情報をもとに、企業の報酬制度に対応づけて作成。

順番も大事です。多くの会社は②と③だけを先に動かし、①を決めないまま走ります。原資をつくる側の話は値上げ交渉で原資をつくる進め方に譲りますが、本プランが扱うのは、すでにある原資をどう割るかという配分側の設計です。

(参考)サラリーキャップ制度 – B.LEAGUE(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)

課題解決の流れ|入口だけ上げた賃金を組み直す

給与逆転を「採用が強気すぎた結果」として処理すると、翌年も同じことが起きます。起きているのは値段の問題ではなく、決める順序の問題です。現状の課題・問題の要因・解決策を、この順で切り分けます。

現状の課題|入口は上がったのに中堅の手取りが動かない

  • 【逆転の常態化】新卒の提示額が、入社3〜5年目の基本給に並ぶか追い抜く。本人たちは数字を見ていないつもりでも、求人票は誰でも見られます
  • 【説明できない昇給】「今年は4%です」とは言えても、「なぜあなたは4%で、あの人は6%なのか」に答えられない
  • 【原資の先食い】入口を上げた分だけ、在籍者に回る原資が減る。それでも総額は増えているため、経営側は賃上げをしている実感がある

問題の要因|総額の上限を決めずに下限だけ動かしている

  • 【価格の二重構造】初任給は労働市場が決め、在籍者の賃金は社内の前年比で決まる。決定のルールが別々なので、放置すれば必ず接近します
  • 【伸び率の差】令和7年の大学卒初任給は前年比5.6%増でしたが、厚生労働省の令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査では、1人平均賃金の改定率は4.4%、改定額は13,601円です。入口のほうが1.2ポイント速く上がっています
  • 【余力の限界】2026年版中小企業白書によれば、労働分配率は中規模企業で約7割、小規模企業で約8割に達しています。差を埋めるために全社員の賃金を追加で積む余地は、もう多くありません

この1.2ポイントの差は、1年では月あたり数百円の話です。ところが同じ差が3年続けば約3.6ポイント分、入口と在籍者の距離は静かに詰まります。単年で見ると誤差に見えるのが、この問題のいちばん厄介なところです。

解決策|上限と下限と例外を同じ表で決める

  • 【上限を先に置く】人件費の総額を売上または付加価値に対する比率で固定し、その中で配分を議論する土俵をつくる
  • 【下限を明示する】等級ごとの最低額を社内に開示し、入口の価格が動いても在籍者の底が抜けないようにする
  • 【例外を制度にする】上限を超える処遇を禁止するのではなく、人数と条件を決めたうえで許可する。禁止すると必ず手当で抜け道がつくられます

三つ目が肝心です。Bリーグのスター選手条項は、突出した1名の報酬を1.5億円として計上する例外ですが、例外を「隠す」のではなく「数える」設計になっています。企業の報酬制度でも、例外を制度の中に置いたほうが、結果として全体が守られます。

上限と下限が決まっても、誰をどの等級に置くかの判定が曖昧なままだと運用は止まります。等級判定の基準づくりは、上限の設計と同じ回で着手しておくのが安全です。

あわせて読みたい評価基準の不透明さを解消|スポーツ審判式人事評価プラン›

(参考)令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況 – 厚生労働省

(参考)2026年版 中小企業白書 第1部第1章第3節 雇用・賃金 – 中小企業庁

サラリーキャップ式が値引き競争にならない3つの理由

報酬制度の見直しは、どの人事コンサルティング会社でも受けられます。それでも本プランが価格で比べられにくいのは、売っているものが制度のひな形ではなく、決める順序と例外の運用だからです。

理由①|効いているのは金額ではなく決める順序

初任給を1万円上げるか2万円上げるかは、どの会社でも議論できます。しかし「総額の上限を決めてから入口の価格を決める」という順序に組み替えられる会社は多くありません。順序が変わると、同じ原資でも配分の結論が変わります。

ひな形の賃金テーブルは無料でも手に入ります。値段がつくのは、その会社の売上構造に対して上限をどこに引くかという1つの数字であり、これは他社から写せません。

理由②|制度は写せても例外の判定基準は写せない

上限を置いた制度は、必ず例外を求められます。突出した人材を採るとき、事業の立ち上げで一時的に厚く払うとき、上限が邪魔になります。ここで例外を認めない会社は制度を壊し、無制限に認める会社は上限を形だけにします。

Bリーグの制度が参考になるのは、超過した金額の50%または100%をリーグに納付すれば制裁対象から外れる、という逃げ道を先に用意している点です。例外は「払って通す」形にすると、記録に残り、翌年の議論に使えます。この判定の設計は、制度文書を読んだだけでは再現できません。

理由③|スポーツの制度設計を毎週追っている側が設計する意味

サラリーキャップも最低年俸も、リーグが毎年の理事会で数字を見直しながら運用している現役の制度です。Bリーグは金額の改訂検討時期を2026年12月の理事会と明示しており、制度を「固定するもの」ではなく「毎年動かすもの」として扱っています。

スポーツ現場の一次情報と、リーグが公開する制度文書の両方に日常的に接している立場だからこそ、机上の理屈ではなく、実際に破られた例外や運用の抜け道まで含めて設計を持ち込めます。人事制度の専門家がスポーツの事例を後づけで引用するのとは、材料の順序が逆になっています。

プランの具体的な内容|4つの設計パーツを順に決める

ここからは、表1で挙げた4つのパーツを実際にどう決めるかを1つずつ見ていきます。所要は経営会議2回と人事側の試算作業で、いずれも既存の給与データだけで着手できます。

①総額の上限|人件費を売上比の1本の数字に置き換える

最初に決めるのは金額ではなく比率です。直近3期の人件費を売上高または付加価値額で割り、実績の幅を出します。そのうえで、来期以降に許容する上限を一本の比率として置きます。

比率にする理由は、売上が伸びた年に自動で原資が増え、落ちた年に自動で締まるからです。金額で固定すると、好調な年に配れず、不調な年に払いすぎます。Jリーグが毎年クラブごとのトップチーム人件費と営業収入を並べて開示しているのも、絶対額ではなく収入との比で健全性を見るためです。

②等級ごとの下限|下限を明示すると中堅の底が抜けなくなる

次に、等級ごとの最低額を決めて社内に開示します。ここが本プランでいちばん反発の少ないパーツで、かつ中堅層への効きが早い部分です。

「この等級にいる限り、最低でもこの額は出る」という線が見えると、初任給が上がっても自分の位置が読めます。逆に下限が非公開のままだと、社員は求人票の初任給を唯一の基準として自分の給与を評価します。比較の物差しを社内に用意しないかぎり、社外の物差しが使われ続けます。

③入口の上限|採用単価の天井を決めてから求人を出す

入口の価格に天井を置きます。同業の提示額を見てから決めるのではなく、①で決めた総額と②で決めた下限から逆算して、新卒・中途それぞれの提示上限を出します。

天井を超える人材が必要になったときは、④の例外条項で処理します。重要なのは、天井を超える判断を採用現場の裁量ではなく、例外の枠の消費として扱うことです。Bリーグが新人選手の年俸に上限を設け、大卒選手は300万円までと具体的に区切っているのも、入口の価格が交渉のたびに動かないようにするためです。

④例外条項|例外を人数で限ると制度が壊れなくなる

最後に例外を設計します。決めるのは金額の上限ではなく、年間で何名まで例外を出すか、誰が承認するか、その枠を翌年どう扱うかの三点です。

例外を年2名と決めた会社は、3人目の候補が出たときに初めて「では誰を外すか」という本来の議論ができます。枠がなければ、その議論は永遠に発生しません。例外を数える仕組みは、上限そのものよりも運用を左右します。

(参考)2024年度 クラブ経営情報開示資料 – 公益社団法人日本プロサッカーリーグ

Q. サラリーキャップ式の報酬設計は、就業規則の変更が必要ですか

賃金テーブルや賞与原資の配分ルールを変える場合は、賃金規程の改定が必要になります。ただし初回は総額の上限をどこに置くかを経営会議で合意するだけでも進められるため、規程の改定は次年度の改定時期に合わせるのが現実的です。不利益変更にあたる部分がないかは、社会保険労務士などの専門家に確認してください。

導入ロードマップ|試算・合意形成・運用定着の3フェーズ

この順番には理由があります。先に制度を作ってから試算すると、出てきた数字に合わせて制度を書き直すことになり、二度手間になるためです。まず自社の実データで逆転の実態を見てから、上限の議論に入ります。

給与逆転を防ぐ報酬設計の導入ロードマップ|原資と給与逆転の試算・上限と例外条項の合意・査定基準の運用と開示の3フェーズ
12ヶ月を3フェーズに分けた導入の流れ

0〜3ヶ月|原資と給与逆転の試算

既存の給与データを等級別・勤続年数別に並べ、来春の初任給提示額と重なる社員が何人いるかを数えます。ここで出る人数が、以降すべての議論の起点になります。

同時に、直近3期の人件費比率を算出します。この段階では制度に手を付けず、事実の把握だけを行います。

3〜6ヶ月|上限と例外条項の合意

試算結果を経営会議に出し、人件費比率の上限、等級別の下限、入口の提示上限、例外の年間枠を決めます。決めるのは4つの数字だけなので、会議2回で終わる会社が多い部分です。

ここで時間がかかるのは、たいてい例外の枠です。「枠を決めると柔軟性が失われる」という反対が必ず出ますが、枠がない状態が現在の逆転を生んでいるという試算結果を先に見せているため、議論は前に進みます。

6〜12ヶ月|査定基準の運用と開示

決めた数字を賃金テーブルに落とし、管理職と査定基準の合わせ込みを行います。同じ社員を複数の管理職が評価し、結果のばらつきを見る作業を2回以上繰り返してから運用を始めます。

最後に、等級別の下限レンジを社内に開示します。上限は総額であって個人の昇給上限ではない、という説明を同時に行うことが、この工程の成否を分けます。

Q. 賃上げの原資が増えないまま、この設計を入れる意味はありますか

あります。原資が増えないときほど、配分の順序を決める効果は大きくなります。2026年版中小企業白書では、労働分配率が中規模企業で約7割、小規模企業で約8割に達しており、追加の原資を積む余地は小さいと示されています。同じ総額を誰にどう配るかを決め直すことが、実際に動かせるレバーです。

効果が効く道筋とKPI|納得感で測り離職で確かめる

この設計の効果は、導入した月には出ません。効き方には順番があり、最初に動くのは離職率ではなく、昇給面談での会話の中身です。上限と下限が見えている状態では、管理職が「今年は厳しくて」ではなく「あなたはこの等級のこの位置にいる」と説明できるようになります。

説明が変わると、社員の判断材料が変わります。求人票の初任給だけを見て自分の待遇を評価していた社員が、社内の等級レンジと自分の位置を見るようになる。ここが分岐点で、ここを越えてから初めて、入社3〜8年目の離職が動き始めます。

さらに時間が経つと、入口の提示額に天井を置いた効果が採用単価に出ます。ただしこれは最後に来る効果であり、最初の12ヶ月で採用単価を主指標に置くと、まだ動いていない数字を見て失敗と判断することになります。

フェーズ その時期に見る指標 目安の考え方
0〜3ヶ月 等級間の給与レンジ重複率 隣り合う等級の重なりが3割を超えていないか
3〜6ヶ月 例外条項の使用件数 年間の枠に対して何名分を消費したか
6〜12ヶ月 入社3〜8年目の自己都合離職率 導入前の12ヶ月との差で見る
12ヶ月以降 1人あたりの採用単価 提示額に天井を設けた後の単価推移

表2 フェーズ別に見るKPIの例。数値目標は業種と規模で変わるため、導入前12ヶ月の自社実績をベースラインとして先に確定させることが前提。

想定されるリスク 対応策
上限の告知を「もう昇給しない」と受け取られる 上限は総額であり個人の昇給上限ではないことを、等級別レンジの開示と同じ場で説明する
例外条項が形骸化し、毎年人数が増える 例外の承認を役員会の決議事項とし、使った枠を翌年度の枠から差し引く
制度だけ先に完成し、査定する管理職が運用できない 同一社員を複数の管理職が評価する合わせ込みを2回以上行ってから運用を開始する

表3 導入時に起きやすいリスクと対応策。過去の報酬制度改定の実務で繰り返し発生した事象を整理したもの。

KPIの読み方|各フェーズで主指標を1つに絞る

4つの指標を毎月すべて追う運用は続きません。そのフェーズの主指標を1つに決め、残りは参考値として置いておきます。最初の3ヶ月は給与レンジの重複率だけを見れば十分です。

重複率を最初に置く理由は、この数字が制度の設計ミスを最も早く教えてくれるからです。重複が大きいまま上限を入れると、等級が上がっても給与が動かない社員が生まれます。

リスクと対応策|制度が先に走ると現場が止まる

3つのリスクのうち、実務でいちばん多いのは3つ目です。制度は書類が完成した時点で終わったように見えますが、査定する管理職の手元では何も決まっていません。

合わせ込みを2回以上と決めているのは、1回目でばらつきの存在が分かり、2回目でその理由を言語化できるためです。1回で終えると、基準ではなく管理職の性格の違いだけが残ります。離職の予兆を拾う側の運用は離職の予兆を数字で拾う仕組みと組み合わせると早く立ち上がります。

続行・撤退の判断基準|どの数値で見直すかを事前に決めておく

運用開始から6ヶ月の時点で、給与レンジの重複率が導入前から改善していない場合は、制度の設計ではなく等級定義そのものに問題があると判断し、等級数の見直しに戻ります。

12ヶ月の時点で入社3〜8年目の自己都合離職率が導入前を上回っている場合は、上限の水準ではなく開示の仕方に原因があると考え、説明の方法を作り直します。いずれの場合も、上限そのものを撤回する前に、この2つの原因を先に潰します。撤退基準を先に決めておくと、数字が動かない月に制度を場当たり的に触らずに済みます。

料金モデルという選択肢|制度設計を買い切りにしない

報酬制度の設計は、これまで一式いくらの買い切りで取引されてきました。ただ、この領域の効果は納品時点ではなく運用開始から半年以降に出るため、買い切りは売る側と買う側の関心がずれやすい形です。本プランでは、設計と定着を分けて課金します。

報酬制度の料金モデル|買い切り型の限界・設計は固定報酬・定着は成果連動という3つの考え方
設計と定着を分けて課金するハイブリッド型の考え方

買い切り型の限界|制度は納品された瞬間から古くなる

賃金テーブルを納品した時点では、初任給の相場はまだ動いていません。ところが半年後には次の春の提示額が動き、上限の妥当性は変わります。買い切りでは、この変化に対応する動機が売る側に残りません。

Bリーグが金額の改訂検討時期を理事会の議題として明示しているのは、制度が毎年動くものだという前提に立っているからです。報酬制度も同じで、作って終わりにできる性質のものではありません。

新モデルの仕組み|設計は固定報酬で定着は成果連動にする

上限比率の試算、等級別レンジの設計、査定基準の策定までは固定報酬で受けます。ここは成果が出たかどうかに関係なく作業量が決まる部分なので、成果連動にすると見積もりが不透明になります。

運用開始後の12ヶ月は、入社3〜8年目の自己都合離職率の改善幅に応じた成果報酬に切り替えます。導入側は効果が出なければ追加の支払いが発生せず、提供側は運用の定着まで伴走する理由が残ります。年1回の上限見直しも、この期間に含めます。

導入時の注意点|成果指標を1つに絞ってから始める

成果連動にする指標は必ず1つに絞ってください。離職率と採用単価とエンゲージメントスコアを同時に成果指標にすると、どれが動いたかの判定で揉めます。

また、成果報酬の算定には導入前12ヶ月のベースラインが必要です。過去の離職データが整理されていない会社では、固定報酬の期間にデータ整備を含める形をとります。段階的に移行する設計にしておけば、初年度から成果連動を入れる必要はありません。

対象となる組織・読者|3つの状況に当てはまる企業

このプランが効くのは、原資が潤沢な会社ではなく、原資が限られているのに入口だけ市場価格で動いてしまった会社です。次の3つのどれかに当てはまるなら、着手の価値があります。

初任給を上げたが在籍者のテーブルを直せていない企業

2〜3年前に初任給を引き上げ、そのときは「既存社員にも順次反映する」と説明したまま、テーブルの改定が止まっている状態です。社員は覚えていますし、覚えているからこそ口に出しません。この状態が長いほど、着手時の説明コストは上がります。

まずやるべきは制度改定ではなく試算です。何人が逆転しているかを数えるところから始めれば、議論の温度が下がります。

中堅層の退職を中途採用で埋め続けている企業

入社3〜8年目が抜け、その穴を中途採用で埋めようとして、さらに提示額が上がる。埋めるために上げた金額が、残っている同年次の社員との差を広げる。この循環に入っている会社は少なくありません。

採用を止める必要はありませんが、提示額の天井を決めないまま採用を続けると、循環は加速します。新卒3年以内の離職を防ぐオンボーディング設計と合わせて、入口と初期定着の両方を見る形が現実的です。

管理職が昇給面談を説明しきれずに疲弊している企業

制度の問題は、最後に管理職の疲弊として現れます。基準を説明できないまま部下の不満を受け止め続ける役回りが、特定の層に固定されている会社では、次に抜けるのが管理職本人になります。

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Q. 社員数が50人以下の会社でも導入できますか

できます。人数が少ないほど1人の昇給が全体に与える影響が大きいため、上限を置く効果はむしろ早く出ます。ただし等級を細かく分けると運用が重くなるので、3〜4等級に絞って始めるほうが定着します。例外の年間枠も1名から始めて問題ありません。

期待できる効果|3つの効果が出る順番

効果を「離職率が下がる」の一言でまとめると、出るまでの時間差を見誤ります。効果が出るまでの時間と経営インパクトの大きさで並べると、見るべき順番がはっきりします。

サラリーキャップ式報酬設計で期待できる3つの効果|効果が出るまでの時間と経営インパクトの大きさで位置づけた2軸マトリックス
3つの効果を、出るまでの時間と経営インパクトで位置づけた図

左下の象限が空いている点に注目してください。すぐ出てインパクトの小さい効果は、この設計にはありません。短期で見える成果を求めて導入すると、必ず物足りなくなります。逆に言えば、最初の3ヶ月は数字ではなく面談の会話が変わったかどうかで進捗を判断すべきです。

昇給の納得感|早く出るが金額では測れない

等級別レンジを開示した翌期の面談から変化が出ます。金額が上がらなくても、自分の位置と次の等級までの距離が見えると、社員の反応は変わります。

この効果は数値化しにくいため、KPIには置きません。代わりに、昇給面談後に管理職へ「説明しやすくなったか」を聞く形で確認します。

中核人材の定着|6〜12ヶ月で動き影響が最も大きい

入社3〜8年目の自己都合離職は、6ヶ月目あたりから差が出ます。この層は採用市場で最も高く、抜けたときの再取得コストが大きいため、経営インパクトは3つの中で最大です。

1人の定着が、そのまま1人分の中途採用コストと立ち上がり期間の削減になります。だからこそ、成果連動の指標にもこの数字を使います。

採用単価の低下|いちばん遅く最後に効く

入口の提示上限が機能し始めると、採用単価が下がります。ただし効果が出るのは天井を決めてから1回以上の採用シーズンを回した後で、12ヶ月より先の話になります。

この効果を最初に期待すると判断を誤ります。順番としては、納得感が先、定着が次、単価は最後です。

まとめ|上限を決めた会社から賃上げが説明できるようになる

初任給は今後も上がります。市場が決める価格を、社内の論理で止めることはできません。できるのは、その価格を受け入れたうえで、社内の配分を先に決めておくことだけです。

  • 令和7年の大学卒初任給は262,300円で前年比5.6%増。一方で1人平均賃金の改定率は4.4%と、入口のほうが速く上がっている
  • 労働分配率は中規模企業で約7割、小規模企業で約8割。原資を追加で積む余地は小さく、動かせるのは配分の順序
  • 決めるのは4つ。人件費の総額上限、等級別の下限、入口の提示上限、例外の年間枠
  • 例外は禁止せず、人数を決めて数える。Bリーグのスター選手条項と同じ考え方
  • 効果は納得感、定着、採用単価の順に出る。最初の3ヶ月で採用単価を見ない

来春の提示額を決める会議で、「では在籍者はどうしますか」という問いに一言で答えられない。そう感じた時点が、この設計に着手するタイミングです。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業でメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。

2025年5月に About The New株式会社 を設立。スポーツの現場で培われた知見を組織開発・人材育成の文脈に翻訳し、研修・チームビルディング・イベントの企画運営を行っています。

「知識を得る」で終わらせず「行動が変わる」ところまでを設計することを大切にしています。ご相談は contact@aboutthenew.co.jp まで。

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