全日本卓球選手権、女子シングルス決勝。張本美和(木下グループ)は第6ゲームでマッチポイントを握った。あと1点で初優勝という場面で、頭の中が真っ白になった。「レシーブ何したらいいんだろう?サービス何出したらいい?」。勝てるはずの場面で、逆に自分が追い込まれていく感覚だけが残った。結果は逆転負け。だが最終第7ゲーム、張本は何も考えずに放った1本のサービスで自分を取り戻し、そのまま日本卓球史上初の4冠を達成した。長年苦しめられてきた早田ひなという壁を越えた瞬間でもあった。この記事では、張本美和自身の言葉から浮かび上がる「卓球はメンタルのゲームだ」という気づきを軸に、実力を発揮するための思考の整え方を読み解く。
「卓球はメンタルのゲーム」という気づきが生まれた瞬間
張本美和は4冠達成後の会見で「卓球はメンタルのスポーツだとすごく感じた」と語っている。技術ではなく心の状態が勝敗を分けるという実感は、決勝で自ら経験した振れ幅の大きさから来ている。同じ大会、同じ相手との対戦の中で、良い時と悪い時の差がはっきりと現れたからだ。
張本自身の言葉を借りれば、メンタルを良く保つことで「自分の実力がプラス2とか3とかアップされる」。逆に崩れれば、本来の技術が発揮できないまま試合が終わる。つまり張本にとってメンタルは精神論ではなく、実力を上下させる具体的な変数として捉えられている。
メンタルをよく保つことによって、自分の実力がプラス2とか3とかアップされると気づいて…メンタルがしっかりしていれば、本来の自分より強くなることもありますし、メンタルが悪ければ自分らしくないプレーになってしまうこともある、そう感じた大会だったので、改めてメンタルって大事だと思いました。
張本美和インタビュー(中編)/卓球レポート
(参考)全日本卓球史上初の4冠達成! 張本美和インタビュー(中編) – 卓球レポート
なぜ張本は「安心できる技術」を手放したのか
張本には長年苦しめられてきた相手がいる。早田ひな(日本生命)だ。初対戦から5連敗ほどを喫し、「壁というより別世界」だと感じていたという。しかし対戦を重ねる中で張本が選んだのは、弱点を克服して「絶対的な武器」を作ることではなく、対応力そのものを磨くという方向だった。
以前の張本は「大事なときに自信を持ってできる技術を確立したい」と語っていたが、今は考え方が変わっている。「それはなくてもいいんじゃないか」。バックハンドという武器はあっても、それに頼り切らず、どんな技術も戦術も引き出しとして持つスタイルを選んだ。これは弱さの許容ではなく、変化し続ける相手に対応するための戦略的な柔軟性だ。
負けた試合の動画をあえて見ない工夫
張本は早田との対戦を分析する際、自分が負けた試合の映像は見ないようにしていたという。「あれもできない、これもできない。そりゃ負けるよね」とネガティブな感情しか生まれないからだ。代わりに、早田と接戦を演じた他選手の映像を見て、通用したレシーブや技術を参考にした。感情を消耗させない情報収集の順番を、経験の中で自ら組み立てている。
0コンマ何秒の判断を支える思考モデル
張本のプレースタイルは、事前に「ここに来たらこう打つ」と決め込むタイプではない。むしろ、来た球の質に応じて強さとコースを瞬時に判断し、「0コンマ何秒で決めている」と本人は表現する。決め打ちを避けるのは、想定通りの球が来た瞬間に力みが生まれ、逆にミスにつながる経験があるからだ。
スポーツ心理学では、パフォーマンス発揮時の意識の向け方を「プロセスフォーカス」と「アウトカムフォーカス」に分けて説明することが多い。結果(勝敗や得点差)に意識が向きすぎると、体の動きが固くなり本来の技術が発揮されにくくなる現象は、緊張下でのパフォーマンス低下(プレッシャー下でのチョーキング)として知られる考え方に近い。張本が決勝の第6ゲームで語った「勝てると思ったら何をしていいか分からなくなった」という状態は、まさに結果への意識が過剰に高まったことで、普段は自動化されているはずの判断が乱れた例だと解釈できる。
逆に最終第7ゲームの立ち上がり、張本は「何も考えずに打った」ボールで得点し、そこから自分を取り戻している。これは目の前の1球という直近のプロセスに意識を戻すことで、結果への過剰な意識をリセットした行動だと読み取れる。
また心理学では、過去に自分がうまくやれた経験の記憶が「自分にはできる」という感覚(自己効力感)を支えるとされる。張本が自分の負け試合の映像を避け、善戦した選手の映像を参考にしていたのは、結果的に「これならできそうだ」という手応えを持てる情報だけを選び取る行為でもあった。うまくいかなかった記憶を繰り返し見ることは、次の挑戦への自信をむしろ削ってしまう可能性がある。何を見て、何を見ないかという情報の取捨選択そのものが、メンタルを整える技術の一部になっている。

他の卓球選手・他競技のトップ選手との比較
同じ卓球代表の篠塚大登は、練習の集中力を保つためにルーティンという型を重視するタイプだ。一方の張本は、型を固定するのではなく「決めすぎない」ことで柔軟性を保つ道を選んでいる。同じ「メンタルを整える」という目的でも、アプローチは選手によって異なる。型で安定させるか、余白を残して対応力で乗り切るか。どちらが優れているという話ではなく、自分の特性に合った整え方を見つけることが重要だという点で両者は共通している。
7〜8連敗の相手にどう向き合ったか
張本は早田ひなとの対戦成績について「たぶん、7〜8回は連敗していると思います」と振り返っている。5敗目くらいまでは勝ち方が想像できず「別世界」だと感じていたというが、対戦を重ねるうちに相手のサービスの微妙な違いやラリーの強さといった具体的な特徴が見えるようになり、ようやく1ゲーム、2ゲームを取れるようになった。初勝利はパリ五輪代表選考会というかなり後になってからだったという事実は、圧倒的な差を感じた相手であっても、対戦経験の蓄積そのものが分析材料になり、差を縮める材料になることを示している。一度や二度の敗戦で「別世界」だと結論づけず、負け方の中身を観察し続けた姿勢が、後の4冠につながっている。
他競技でも、プレッシャー下での思考の乱れは共通の課題として語られる。試合終盤の重要な局面で「勝ちを意識した瞬間に体が硬くなる」という現象は、卓球に限らずゴルフのパッティングやテニスのマッチポイントなど、一瞬の判断が結果に直結する競技全般で報告されている感覚だ。張本の経験は、卓球という競技に閉じた特殊な話ではなく、勝負のかかった一瞬に誰もが直面しうる思考の罠を具体的に言語化したものだと言える。
一般人がキャリアや日常に応用できること
張本の経験から一般の読者が持ち帰れる考え方は大きく4つある。
結果ではなく次の1手に意識を戻す
プレゼンや商談、試験など「ここで結果を出さなければ」という場面ほど、人は結果そのものを考えすぎて手が止まる。張本が最終ゲームの1点目を「何も考えずに」打ったように、意識を目の前の1つの作業に戻すことで、過剰な緊張から抜け出せる場合がある。
ネガティブな情報より「うまくいっている状態」を観察する
張本は自分の負け試合の映像ではなく、相手に善戦した選手の映像を見た。仕事で失敗した記憶を反芻するより、うまくいっているケースやロールモデルの行動を具体的に観察する方が、次の行動につながりやすい。
「絶対的な武器」を持たない選択肢もある
1つの得意技に頼り切るキャリア設計だけが正解ではない。状況に応じて手段を切り替えられる対応力そのものを強みにするという考え方は、変化の速い仕事環境にも当てはまる。
圧倒的な差を感じる相手にも「観察」で向き合う
張本が早田ひなを「別世界」だと感じながらも対戦を重ねて特徴を掴んでいったように、圧倒的な実力差やキャリアの差を感じる相手・環境に直面したときも、一度の失敗で結論を出さず、繰り返しの中で違いの正体を具体的に観察し続けることが、差を縮める現実的な方法になる。
ChatGPTで自分の「意識の向け方」を言語化する3ステップ
張本のように「結果ではなく次の1手に意識を戻す」という考え方は、頭では理解できても、いざというときに実践するのは難しい。感覚的なコツを言葉にせずに放置していると、本番の緊張の中では再現できない。ここでは対話型AIのChatGPTを使い、自分自身の緊張のパターンと、切り替えるための言葉(セルフトーク)を事前に言語化しておく方法を紹介する。
ステップ1:緊張で崩れた場面を書き出してもらう
ChatGPTに「私が仕事で結果を意識しすぎて手が止まった場面を3つ、時系列で整理してください」と伝え、直近の失敗パターンを箇条書きで洗い出してもらう。感情的に整理しづらい経験も、対話形式で聞かれることで言語化しやすくなる。
ステップ2:意識を「結果」から「次の1手」に戻す言葉を作る
「上記の場面それぞれについて、結果ではなく次の具体的な1つの行動に意識を戻すための短い自分向けの合言葉を考えてください」とプロンプトを入れる。張本の「とりあえず打つ」に相当する、自分専用の一言を複数案出してもらい、しっくりくるものを選ぶ。
ステップ3:本番前に読み返すメモとして保存する
作成した合言葉と場面の対応表をChatGPTに短くまとめてもらい、スマートフォンのメモに保存する。本番直前に読み返すことで、張本が試合中に無意識に行っていた意識の切り替えを、事前準備の形で再現できる。
張本美和の強さの本質とは
張本美和の強さは、特定の技術や戦術の完成度ではなく、崩れた自分をどう立て直すかという思考の運用力にある。決め打ちをしない柔軟性、負の感情を増幅させない情報の選び方、そして結果ではなく次の1球に意識を戻す切り替え。これらはすべて、卓球という競技を超えて、プレッシャーのかかる場面で結果を出したい誰にでも応用できる考え方だ。「メンタルが強い」とは生まれつきの性質ではなく、経験の中で磨かれる技術であることを、張本の言葉は静かに示している。第6ゲームで一度は自分を見失いながらも、次のゲームで立て直せたという事実こそが、完璧であることよりも重要な再現性のあるスキルなのだ。
張本美和はなぜ「安心できる技術」を持たない選択をしたのですか?
特定の技術に依存すると、対戦相手に対応されたときに引き出しがなくなるためです。張本はどの技術も高いレベルでこなせる対応力そのものを強みとする道を選びました。
メンタルが実力に影響するというのは科学的に説明できますか?
結果への意識が過剰になると身体の動きが硬くなり、普段自動化されている技術が発揮されにくくなる現象は、プレッシャー下でのパフォーマンス低下として広く知られています。張本が語った「勝てると思ったら分からなくなった」という感覚はこれに近いものです。
一般の仕事にも応用できる考え方はありますか?
結果ではなく次の1つの行動に意識を戻すこと、失敗の記憶ではなくうまくいっている状態を観察すること、そして1つの得意分野に頼り切らない対応力を持つことの3点は、仕事の場面にも応用できます。
張本美和が参考にしたのはどんな情報でしたか?
自分が負けた試合の映像ではなく、対戦相手(早田ひな選手)に善戦した他選手の映像を見て、通用した技術やレシーブを参考にしていました。
ChatGPTを使った振り返りはどんな場面で役立ちますか?
プレッシャーのかかる本番前に、自分がどんな場面で結果を意識しすぎて崩れるかを事前に言語化し、切り替えの合言葉を用意しておくことで、本番中の思考の乱れを減らす助けになります。事前に整理しておくことで、張本が試合中に無意識に行っていた切り替えを、誰でも再現できる準備の手順に変えられる点が大きな価値です。
ご質問・ご相談はお気軽にどうぞ
お問い合わせはこちら →



コメント