廣中璃梨佳が語る、仙骨疲労骨折から掴んだ復活の走り

廣中璃梨佳の仙骨疲労骨折からの復活|長距離ランナーの故障対応 スポーツアスリート

半年間走れなかった女子陸上選手が見せた復活劇

日本郵政グループ女子陸上部に所属する廣中璃梨佳は、2024年に右膝の怪我と仙骨の疲労骨折が重なり、長期間まともに走ることができない時期を経験した。それでも2025年4月の日本選手権女子10000mで優勝、5月のアジア選手権でも準優勝と、完全復活と呼べる走りを取り戻している。本人の言葉から、離脱期間中の体との向き合い方を追う。

右膝の腫れと仙骨疲労骨折が重なった離脱期間

2024年の廣中は、右膝の怪我によって長期間満足に走ることができず、やっと走れるようになった矢先に仙骨の疲労骨折にも見舞われた。「半年もまともに走れないというのは経験したことがなかったので大変でした。最初の2カ月くらいは焦りを感じましたし、その後もなかなか走ることができず、『もう走りたくない』という気持ちにもなりました」と振り返る。

「右膝はすごく腫れてしまい日常生活を送るのもつらい状態でした。こんなに長期間ケガをしたことがなかったので、どうやってコンディションを戻していけばいいのかもわかりませんでした」。この時期、期待されていたパリオリンピック出場は叶わなかったが、テレビ観戦を通じて「またあんなふうに世界と戦いたい」という気持ちを取り戻したという。

(参考)「おかえり!」日本選手権優勝&アジア選手権準優勝の廣中璃梨佳に聞く、「復活までの道のり」 – JP CAST

膝だけでなく股関節と足首も診てもらったことでの気づき

2024年8月にドクターの許可が下り練習を再開した際、チームメイトの紹介でトレーナーに体のバランスを診てもらったところ、膝の怪我の原因は膝そのものだけでなく、股関節の柔軟性や足首の動き方にも影響を受けていたことがわかったという。

筆者はこの点を、部分的な故障であっても全身の連動を見直す機会になり得る好例だと分析する。痛みの出ている箇所だけを治療対象にするのではなく、隣接する関節の可動域まで含めて評価することが、再発防止につながる可能性を示している。

疲労骨折という故障の特殊性

疲労骨折は、一度の強い衝撃で生じる外傷性の骨折とは異なり、繰り返しの負荷が蓄積して骨にひびが入る故障とされる。仙骨のように体幹に近い部位で発生すると、走行時の衝撃を吸収する仕組み全体に影響が及びやすく、痛みが引いた後も走力がすぐには戻らないことが多いといわれる。廣中が「半年もまともに走れないというのは経験したことがなかった」と語った背景には、こうした疲労骨折特有の回復の遅さがあったと考えられる。

一般的な打撲や捻挫であれば数週間で競技復帰の目処が立つケースもあるが、疲労骨折は骨の癒合を待つ必要があるため、焦って負荷を戻すと再び同じ箇所を痛める可能性がある。廣中のケースでも、練習再開の初期をサイクリングなど衝撃の少ない運動に限定した点が、再発を防ぎながら基礎体力を維持する合理的な選択だったといえる。

サイクリングから始めた段階的な練習再開の設計

練習復帰の初期は思うように走れず、サイクリングなど負荷の低い別メニューからのスタートだったという。「でもチームのみんなと時間を共有していくことで、『いっしょに走りたい』と、改めて思えたんです」と、仲間との時間が自信回復のきっかけになったことを明かしている。合宿後半になってようやく同じ練習メニューをこなせるようになり、走る喜びを再認識したそうだ。

疲労骨折からの競技復帰は、一般的に痛みのない有酸素運動から段階的に走行距離と強度を戻していく設計が取られることが多いとされる。廣中のケースでも、いきなり走り込むのではなく代替運動を挟みながら体を慣らしていった点が、無理のない回復につながったと考えられる。

チームメイトである太田琴菜選手からトレーナーを紹介してもらったというエピソードも、個人競技に見える陸上長距離種目において、チームという環境がリハビリの質を左右し得ることを示している。専門家への橋渡しをチーム内の関係性が担った点は、環境づくりの実践例として参考になる。

復帰直後のクイーンズ駅伝と本人にしかわからない葛藤

2024年11月のクイーンズ駅伝では、各チームのエースが集う最長区間「花の3区」を任された。「正直、当時の私は3区を走れるようなレベルにはなく、『本当に自分でいいのだろうか』と自問自答しましたね」と振り返るように、復帰直後の起用には本人にしかわからない葛藤があった。それでも「1秒でも早く次のランナーにたすきを渡すんだという強い気持ちはつなげたかな」と、結果よりも役割を果たすことに意識を向けたという。

アジア選手権では豪雨と落雷でレースが5200m地点で一時中止になるという珍しい事態にも見舞われたが、翌日の再レースで自身のベストタイムに迫る30分56秒32を記録し2位に入った。「久しぶりに30分台を出すことができたので、自分のなかでも自信になったレースでした」という言葉から、不測の事態にも動じずに実力を出し切れる状態まで体を戻せていたことがうかがえる。

筆者が分析する、復帰後に結果を出すための実践のヒント

廣中のケースから読み取れる実践的な学びは、冷えとケガの関係に自覚的だったことだ。「私は冷え性で、寒い時期にコンディションを崩してしまうことが多かったんです」と語り、冬季にホットクリームを使うなどしてケガの予防を意識していたという。「『絶対、冬季に走り込むんだ』という強い意志を持って取り組みました」との言葉どおり、苦手な季節をあえて強化期間に位置づけた点が、4月の日本選手権優勝につながったと考えられる。

トレーニング強度の設計についてより詳しく知りたい方はアスリートのトレーニング理論に関する記事を、再発防止の考え方については怪我予防に関する記事もあわせて参考にしてほしい。

座右の銘に見る回復期の心の持ち方

廣中の座右の銘は「不撓不屈」。どんな困難な状況でもくじけずに立ち向かう強い意志を表す言葉だという。本人は「一つ一つ、目の前のことをコツコツと頑張っていくことを忘れないようにしています」と語っており、長期離脱という先の見えない状況でも、目先の課題に集中する姿勢が結果として復活への近道になったと考えられる。

まとめ

  • 廣中璃梨佳は右膝の怪我と仙骨疲労骨折が重なり、半年近くまともに走れない時期を経験した
  • 膝だけでなく股関節・足首まで含めた評価がケガの背景理解につながった
  • サイクリングなど負荷の低い運動から段階的に練習強度を戻した
  • 冷えとケガの関係を自覚し、冬季の走り込みを強化期間に位置づけた
  • 2025年4月の日本選手権優勝、5月のアジア選手権準優勝で完全復活を果たした

よくある質問

廣中璃梨佳はどんな怪我をしていたのか

2024年に右膝の怪我と仙骨の疲労骨折が重なり、半年近くまともに走れない期間があった。

練習復帰はどのように進めたのか

サイクリングなど負荷の低い別メニューから始め、段階的に走行を含む通常練習へ戻していった。

復帰後の主な結果は

2025年4月の日本選手権女子10000mで優勝、5月のアジア選手権では女子10000mで準優勝を記録した。

再発防止のために意識していることは

冷え性による体調不良の経験から、冬季にホットクリームを使うなど足先の冷え対策を徹底しているという。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業にてメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。
現在は独立し、About The New株式会社を設立。教育コンテンツの研究・開発を行い、スポーツの知見を活かした人材育成プログラムを提供している。

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