アスリートの腸の不調は、食物繊維を足す量よりも「いつ・どの順で手をつけるか」で結果が変わります。練習の前後に出るのか、遠征中なのか、オフ期にも続くのかで、疑うべき原因がまったく違うからです。
この記事では、日本代表クラスの選手を対象にした研究と厚生労働省の食事摂取基準をもとに、腸の不調の切り分け方と、栄養サポートを担う担当者が現場で回せる手順を整理します。
腸内環境はアスリートの回復を左右する|練習期ごとに腸内細菌が入れ替わる
腸内環境は、トレーニングの期分けに合わせて実際に変化します。日本のエリート選手84名を対象にした横断研究では、移行期(オフ)と準備期とで、プレボテラ属・ビフィドバクテリウム属・パラバクテロイデス属・アリスティペス属の量と、腸内細菌の型(エンテロタイプ)の分布に有意な差が確認されました。
さらに、ショートトラックスピードスケート選手10名を追跡した縦断研究では、一般的準備期と専門的準備期の間でバクテロイデス属・ブラウティア属・ビフィドバクテリウム属の量が変わり、その変化が有酸素性能力の変化と有意に相関したと報告されています。この研究は2023年7月14日に Frontiers in Sports and Active Living 誌で公開されたものです。
ここから読み取れるのは、「腸内環境が良い選手と悪い選手がいる」という固定的な見方ではなく、同じ選手でも練習期が変われば腸内細菌の構成は入れ替わるということです。つまり腸の状態は、体重や血液データと同じように、期分けとセットで見るべき変動する指標だと言えます。
そもそも腸内細菌は、宿主が自力で消化できない食物繊維を分解する役割を担っています。食事摂取基準でも、食物繊維は腸内細菌による発酵分解を経て1gあたり0〜2kcalのエネルギーを生むと整理されており、摂る量が変われば腸内で起きる発酵の量も変わります。練習量が増えて食事量や食事内容が動けば、腸内細菌の側も影響を受けるという順序です。
だからこそ、腸の状態だけを単独で改善しようとしても空振りしやすくなります。練習期・食事量・睡眠の3つが動いた結果として腸が反応している、という見取り図を先に持っておくと、後述する切り分けが機能します。
栄養面の土台から整理したい場合は、スポーツ栄養学の定義と領域を解説した記事もあわせて確認すると、腸内環境をどこに位置づけるかが見えやすくなります。
Q. 腸内環境はアスリートのパフォーマンスにどこまで影響しますか?
練習期の切り替わりに合わせて腸内細菌の構成が変わり、その変化が有酸素性能力の変化と相関したという報告があります。ただし腸内環境だけで競技成績が決まるわけではありません。睡眠・総エネルギー量・トレーニング負荷と並ぶ要素の1つとして扱うのが現実的です。
腸の不調が出る場面は3つに分かれる|原因の切り分け方
腸の不調は、症状の重さよりも「どの場面で出たか」で原因を切り分けたほうが手を打ちやすくなります。練習の前後・遠征や合宿中・オフ期にも続く、という3つに分けると、疑うべきものと最初の一手が変わります。
練習の前後に出る不調|直前の食事量と繊維の入れ方を見直す

練習の直前から最中にかけて張りや便意が出る場合、まず疑うのは腸内細菌そのものではなく消化の負担です。直前の食事量が多い、あるいは「腸に良いから」と練習前に食物繊維を増やしたケースがよくあります。
食物繊維は腸内細菌によって発酵分解される過程でエネルギーを生むため、量を増やすほど発酵によるガスも増えます。練習前だけは繊維量を戻し、消化の速い炭水化物に寄せると、それだけで症状が消えることが少なくありません。
遠征・合宿で出る不調|食事と睡眠の環境変化を疑う
遠征や合宿でだけ不調が出るなら、原因は選手の体ではなく環境側にあります。食事の内容と水が変わり、就寝・起床の時刻もずれるため、腸内細菌が慣れる前に負荷だけがかかっている状態です。
この場合の一手は、新しいものを足すことではなく、日常の食事にどれだけ近づけられるかです。普段食べている主食・発酵食品を1品持ち込む、朝食の時刻だけは固定する、といった「戻す」方向の調整が効きます。
オフ期にも続く不調|主食と主菜への偏りを疑う
練習負荷が落ちるオフ期にも便通の乱れが続く場合は、食事の中身そのものを疑います。増量期や高たんぱくの食事設計が続くと、主食と主菜に偏り、野菜・海藻・発酵食品が押し出されがちです。
ここで初めて、食物繊維を計画的に増やす段階に入ります。ただし一気に増やすと逆効果になるため、進め方は後述の手順に沿って4週間単位で組みます。選手ごとの配分を細かく詰めたい場合は、個別化したスポーツ栄養の食事プラン設計の考え方が参考になります。
Q. アスリートの腸活はいつから始めるのが良いですか?
試合期を外したオフ期か、準備期の入り口から始めるのが無難です。腸内環境の変化には数週間かかるうえ、食事を変えた直後は便通やガスの出方が安定しないためです。試合直前に新しい食材やサプリを足す進め方は避けます。
食物繊維は1日8〜9g足りていない|年代別に不足量を集計
オフ期の不調に手を打つとき、基準になるのが食物繊維の摂取量です。厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」は、目標量を決めるにあたって、日本人の実際の摂取量の中央値と、理想値である25g/日との中間値(19.2g/日)を参照値として使っています。
下の表は、その報告書に載っている「摂取量の中央値」と「目標量の算定に用いた計算値」を並べ、その差をHuman Soarが引き算して求めたものです。差がそのまま、現状から埋める必要がある量の目安になります。
| 年代 | 男性の中央値 | 男性の計算値 | 男性の差 | 女性の中央値 | 女性の計算値 | 女性の差 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 15〜17歳 | 13.21g | 19.47g | 6.26g | 11.97g | 17.53g | 5.56g |
| 18〜29歳 | 11.69g | 20.27g | 8.58g | 10.61g | 17.30g | 6.69g |
| 30〜49歳 | 12.45g | 21.94g | 9.49g | 11.50g | 17.88g | 6.38g |
| 50〜64歳 | 13.84g | 21.73g | 7.89g | 13.44g | 18.06g | 4.62g |
表:食物繊維の摂取量の中央値と、目標量の算定に用いた計算値の差(単位はg/日)。出典は厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書・炭水化物の表1で、中央値は平成30年・令和元年国民健康・栄養調査の値。差の列はHuman Soarが両者を引き算して集計。
15〜17歳|ジュニア世代でも男子で6g以上の開き
ジュニア世代の中央値は男子13.21g・女子11.97gで、算定に使われた計算値との差は男子6.26g・女子5.56gです。部活動や強化指定の現場では総エネルギー量の確保が優先されやすく、繊維源が後回しになりがちな年代だと分かります。
18〜29歳|競技のピーク世代で中央値が最も低い
18〜29歳は男子11.69g・女子10.61gと、全年代のなかで中央値が最も低い層です。競技のピークと重なる世代でこの水準ということは、選手個人の意識ではなく食環境の設計側に手を入れる必要があることを示しています。
30〜49歳|差が最も大きく9.49gの開きがある
30〜49歳の男性は差が9.49gと最大になります。指導者・スタッフ側もこの年代に多く、選手に食物繊維を勧める立場の人ほど自分は足りていない、という状況が起きやすい層です。
50〜64歳|差は縮むものの上積みの余地が残る
50〜64歳になると男性7.89g・女性4.62gと差は縮みます。ただし目標量そのものに届いているわけではないため、マスターズ世代や長く現役を続ける選手では、引き続き上積みの余地が残ります。
(参考)「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書 – 厚生労働省
(参考)「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書 炭水化物 – 厚生労働省
Q. 食物繊維は1日どれくらい摂れば良いですか?
健康への利益から考えると、成人では少なくとも1日25gの摂取が望ましいとされています。ただし日本人の実際の摂取量がこれよりかなり少ないため、食事摂取基準の目標量は実行可能性を考慮してこれより低く設定されています。まずは現在の量に数gずつ上積みする進め方が現実的です。
食物繊維は一気に足さず4週間かけて増やす
腸活というと「食物繊維を増やす」だけが独り歩きしがちですが、増やし方を誤ると症状はむしろ悪化します。食事摂取基準の報告書でも、便秘に対する介入研究では1日10g・少なくとも4週間にわたる追加摂取が勧められている一方で、腸にガスがたまるといった症状の悪化も報告されており、便秘の重症化予防を目的とした追加摂取は慎重に判断すべきだと明記されています。
したがって現場での進め方は、目標値に一気に合わせるのではなく、4週間を1単位として少しずつ上積みし、その間の便通とガスの出方を記録するという形になります。試合期をまたぐ計画は組まず、オフ期か準備期の前半に収めるのが安全です。
どの食品からどれだけ摂るかという配分の話は、食品別の含有量まで踏み込んで整理した記事に譲ります。
あわせて読みたいアスリート腸活の食物繊維摂取量|栄養サポート実践ガイド›
栄養サポート担当者が現場で回す4つの手順
ここまでの内容を、担当者が毎週回せる形に落とすと4つの手順になります。特別な検査機器は使わず、記録と振り返りの仕組みだけで成立します。
手順1|不調が出たタイミングを記録する
症状の重さではなく、「練習前・練習中・遠征中・オフ日」のどれで出たかを記録します。原因の切り分けはこの1列があるかどうかで決まるため、体調記録のフォーマットに項目として追加しておきます。
手順2|練習期と並べて振り返る
腸内細菌の構成は練習期とともに変わります。そのため、不調の記録は週単位で見るのではなく、移行期・一般的準備期・専門的準備期といった期分けの区切りごとに並べて振り返ります。期の切り替わりの直後に不調が集中しているなら、食事ではなく負荷の上げ方が原因である可能性が出てきます。
手順3|食物繊維は4週間の計画で足す
オフ期の不調に対しては、4週間を1単位として食物繊維の上積み計画を組みます。開始前の摂取量を把握し、上積み幅と期間を決め、期間中はガスや張りの有無も記録します。悪化した場合はいったん戻す、という撤退の条件も先に決めておきます。
手順4|医療・管理栄養士へつなぐ基準を決める
体重減少・血便・発熱をともなう場合や、4週間の計画を回しても改善が見られない場合は、栄養サポートの範囲を超えます。誰にどの状態でつなぐかを事前に決めておくと、判断が個人の裁量に左右されなくなります。検査を使った個別設計に踏み込む場合は、次の記事が考え方の整理に役立ちます。
あわせて読みたい精密栄養|腸内フローラ×遺伝子検査で変わる設計›
Q. 腸内環境を整えるのにサプリメントは必要ですか?
食品から摂れる量を超えて食物繊維をサプリメント等で大量に摂った場合に、より大きな健康利益が期待できるとする根拠は示されていません。まず通常の食品で量と配分を整え、サプリメントは食事で補いきれない部分を埋める位置づけで検討します。
まとめ|腸内環境は切り分けてから手を打つ
腸内環境は「良い・悪い」で語るものではなく、期分けとともに動く指標として扱うと現場で使えるようになります。この記事の要点は次のとおりです。
- 日本のエリート選手84名の研究で、移行期と準備期では腸内細菌の構成に有意な差が確認されている
- 腸の不調は「練習前後・遠征中・オフ期」のどこで出たかで原因の切り分けが変わる
- 食物繊維の中央値と目標量算定の計算値の差は、30〜49歳男性で9.49gと最も大きい
- 食物繊維は一気に増やさず、4週間を1単位として上積みし、ガスや張りも記録する
- 改善しない場合や体重減少をともなう場合につなぐ先を、事前に決めておく
回復全体の設計まで広げたい場合は、アダプトゲンと疲労回復の考え方を整理した記事や、DNA・マイクロバイオームを使った栄養設計の記事もあわせて読むと、打ち手の引き出しが増えます。
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