「現役を退いたスポーツ選手に、週2日だけ営業企画で力を借りたい」「実業団の指導者に、業務委託でコンディショニング研修を頼みたい」。人事担当者の間で、こうした相談が増えています。副業・兼業を通じてスポーツ人材の知見を取り込む動きは、もはや一部の先進企業だけの話ではありません。
ただし、いざ受け入れようとすると「契約形態はどうする」「労働時間はどう管理する」「本業とのトラブルを避けるにはどうすればいいか」という実務の壁にぶつかります。この記事では、人事・労務担当者が制度設計を進める際に押さえるべき手順を、厚生労働省のガイドラインに沿って具体的に整理します。
副業・兼業がスポーツ人材の新しい受け皿になっている背景
現役引退後のアスリートや、実業団・クラブの指導者は、専門知識を持ちながらもフルタイムの再就職先が限られているのが実情です。一方で企業側は、健康経営やチームビルディング研修の担い手を外部から確保したいというニーズを抱えています。この需給のズレを埋める手段として、雇用ではなく副業・兼業という緩やかな形での受け入れが広がっています。
厚生労働省は2018年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、その後も改定を重ねながら、企業が副業人材を受け入れやすい環境整備を後押ししています。同ガイドラインでは、労働基準法第38条第1項に基づき、事業主を異にする場合でも労働時間を通算する原則を示したうえで、実務上の管理方法まで踏み込んで解説しています。企業側にとっては、この原則を理解しないまま受け入れを進めると、後から未払い残業代や36協定違反のリスクを抱えることになります。
(参考)副業・兼業の促進に関するガイドライン(令和4年7月改定) – 厚生労働省
受け入れ形態の選び方|雇用型・業務委託型・人材紹介型の3類型
スポーツ人材を副業・兼業で受け入れる方法は、大きく3つの類型に分けられます。どの類型を選ぶかによって、労働時間通算の要否や契約書の作り方、報酬の決め方が変わってきます。まずは自社が依頼したい業務の性質を見極めたうえで、以下の比較表を使って類型を選ぶことをおすすめします。
| 類型 | 契約形態 | 労働時間通算 | 向いている業務 |
|---|---|---|---|
| 雇用型 | 短時間・有期の雇用契約 | 必要(管理モデル推奨) | 定期的な社員研修・現場指導 |
| 業務委託型 | 請負・準委任契約 | 不要(労働者に該当しない場合) | 単発の講演・コンサルティング |
| 人材紹介型 | 紹介会社経由の雇用契約 | 必要 | 複数企業への継続的な稼働 |
Human Soarが厚生労働省ガイドラインの分類基準をもとに整理した3類型比較表
雇用型|短時間・有期契約で継続的に関わってもらう
週1〜2日など短時間の雇用契約を結ぶ方法です。継続的な研修講師やチームビルディング担当として関わってもらう場合に向いています。労働時間通算が必須になるため、次章で説明する「管理モデル」の導入が実務上の近道になります。
業務委託型|単発の講演・コンサルティングに向く
成果物や稼働単位で契約する方法です。労働者性が認められない業務委託であれば労働時間通算の対象外になりますが、実態として指揮命令下にある働き方になっていないか(偽装請負にあたらないか)を契約時に確認する必要があります。
人材紹介型|複業人材サービスを介して受け入れる
複業・副業人材の紹介サービスを介して雇用契約を結ぶ方法です。労務管理のノウハウが社内に少ない企業でも、紹介会社が労働時間の申告フローを整備しているケースが多く、初めて副業人材を受け入れる企業には扱いやすい選択肢です。
労働時間通算の実務|管理モデルで避けるべき落とし穴
雇用型・人材紹介型を選んだ場合、避けて通れないのが労働時間通算です。厚労省ガイドラインは、原則として「所定労働時間は先に契約した順、所定外労働時間は実際に発生した順」で通算するとしていますが、この原則どおりに毎月の実労働時間を突き合わせるのは、複数の企業をまたぐ副業人材にとって現実的ではありません。
そこで実務上は「管理モデル」という簡便な方法が推奨されています。これは、後から契約した副業先があらかじめ設定した上限時間の範囲内で労働させ、その部分については自社の36協定の範囲内で時間外割増賃金を支払うことで、本業側との細かい時間の突き合わせを省略する仕組みです。副業人材を受け入れる企業側が「後から契約する側」になるケースが大半のため、管理モデルを採用する前提で契約書に上限時間を明記しておくと、後々のトラブルを防げます。
受け入れ判断の3ステップ|業務設計から評価まで
制度設計を初めて行う企業ほど、契約形態から考え始めてしまいがちですが、実務がうまく回るかどうかは「業務の切り出し方」で9割決まります。Human Soarでは、人事担当者が受け入れを検討する際の判断順序を、以下の3ステップに整理しました。
ステップ①業務の切り出し|専門性と頻度で仕分ける
まず、社内の業務を「専門性の高さ」と「発生頻度」の2軸で棚卸しします。専門性が高く頻度が低い業務(コンディショニング指導、メンタルトレーニング研修など)ほど、副業人材との相性が良い領域です。逆に頻度が高く継続的な業務は、雇用型でないと現場が回らないことが多く見極めが必要です。
ステップ②契約形態の選定|前章の比較表を使って決める
切り出した業務の継続性が高ければ雇用型、単発であれば業務委託型、社内に労務ノウハウが少なければ人材紹介型というように、前章の比較表に照らして契約形態を決めます。この段階で法務・労務担当者を巻き込み、契約書のひな形をあらかじめ用意しておくと後工程がスムーズです。
ステップ③評価とフィードバック運用|更新判断を仕組み化する
受け入れ後は、現場責任者が3か月に一度など定期的に成果をすり合わせる場を設けます。ここで「継続するか」「契約形態を見直すか」を判断できるようにしておくと、双方にとって納得感のある関係を続けやすくなります。デュアルキャリアの観点からアスリート自身のキャリア形成を後押しする視点も、評価基準に組み込んでおくと良いでしょう。
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受け入れ後のトラブル回避と評価制度
副業・兼業の受け入れでもっとも多いトラブルは、本業側への影響です。過重労働による本業のパフォーマンス低下や、情報漏えい・競業避止義務違反への懸念が代表例です。契約書には秘密保持条項と競業避止の範囲を明記し、月次の稼働報告を求めるルールにしておくと、双方の信頼関係を保ちやすくなります。
また、引退後のセカンドキャリア支援を目的に受け入れる場合は、単発の業務委託で終わらせず、将来的な正社員登用や継続契約への道筋を示すことで、優秀な人材の定着につながります。国内ではJOCの「アスナビ」のように企業とアスリートをマッチングする仕組みも整いつつあり、副業・兼業はその手前の「お試し期間」として機能させることもできます。
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よくある質問
副業・兼業のスポーツ人材にも社会保険は必要ですか
雇用型で週の所定労働時間が一定基準を超える場合は、本業とは別に社会保険の加入要件を確認する必要があります。業務委託型であれば労働者に該当しないため対象外です。契約前に自社の労務担当者と社会保険労務士に確認しておくと安心です。
受け入れる部署が決まっていない場合はどう進めればいいですか
まずは前章の「業務の切り出し」ステップを人事主導で行い、専門性が高く頻度の低い業務を持つ部署にヒアリングすることから始めます。1つの部署で小さく試験導入し、成果が出てから他部署に展開するのが現実的な進め方です。
まとめ
- 副業・兼業でのスポーツ人材受け入れは「雇用型・業務委託型・人材紹介型」の3類型から業務の継続性に合わせて選ぶ
- 雇用型・人材紹介型は労働時間通算が必須。厚労省の「管理モデル」を契約書に明記して簡便に運用する
- 受け入れ判断は「業務の切り出し→契約形態の選定→評価とフィードバック運用」の順で進める
- 秘密保持・競業避止条項を契約書に明記し、月次の稼働報告ルールでトラブルを未然に防ぐ
- 単発の業務委託で終わらせず、正社員登用や継続契約への道筋を示すと優秀な人材の定着につながる
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