アスリートのアイデンティティ形成とキャリア計画の関係

アスリートのアイデンティティ形成とキャリア計画 スポーツ人材

「この仕事しかできない」「今の役割を失ったら自分には何も残らない」——そう感じている社員はいないでしょうか。

この記事では、競技者としてのアイデンティティが強すぎることで引退後のキャリアに苦しむアスリートの事例から、企業人材のキャリア支援に活かせる視点を紹介します。

アスリートのアイデンティティとキャリアの関係

「アスリート・アイデンティティ」とは、自己を競技者としての役割に強く同一化させる心理状態を指します。競技への専心度が高いアスリートほど競技成績は向上しやすい一方で、そのアイデンティティが競技者としての側面に偏りすぎると、引退後に自分は何者かという感覚を見失いやすくなることが、スポーツ心理学の分野で指摘されています。トップレベルで活躍した選手ほど、周囲からの期待や注目度も大きいため、引退後のギャップに苦しみやすい傾向があるとも言われています。この現象は「アイデンティティの喪失」と呼ばれ、深刻な場合はうつ状態につながることも報告されています。日本スポーツ振興センターの資料でも、引退後のキャリア形成支援の重要性が取り上げられており、現役時代からの準備が課題として挙げられています。

競技に打ち込むことと、競技以外の自己を育てることは、両立が難しいようで、実は意識的な設計次第で両立可能だと考えられています。競技一本に絞ることが必ずしも最善の選択とは限らないという認識が、指導者や保護者の間にも徐々に広がりつつあります。現役時代から学業やビジネススキルの習得を並行して行う選手も増えています。

単一の役割に自己を委ねすぎないことが、長期的なキャリアの安定につながります。予期せぬ組織変更や事業撤退があった際にも、複数の役割・関心を持つ人材の方が精神的な回復力が高いという指摘もあります。この視点は競技者に限らず、あらゆる職業人に共通する示唆だといえます。

(参考)メンタルトレーニング技法 – 日本スポーツ振興センター

企業人材のキャリア支援に活かせる3つの視点

アスリートのアイデンティティ形成の課題から、企業人材のキャリア支援に応用できる視点を紹介します。

①複数の役割を持つことの奨励

「営業のエース」「開発の第一人者」といった単一の役割だけに自己を重ねすぎないよう、社内外での複数の活動や関心を持つことを奨励する文化が有効です。副業や社外コミュニティへの参加を許容する企業文化も、こうした複線的な自己形成を後押しする土壌になります。趣味や地域活動なども、自己の一部として尊重される風土が助けになります。

②異動や役割変化への心理的準備

役割が変わることは自己の価値の喪失ではないという捉え方を、日頃から伝えていくことが、変化への適応力を高めます。異動を「左遷」ではなく「新しい挑戦の機会」として意味づける組織風土が、社員の前向きな受け止め方を支えます。

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③早期からのキャリア対話

役割の終わりが見えてから慌てて考えるのではなく、早い段階から余裕を持って将来のキャリアについて対話する機会を持つことが重要です。

組織として支援できること

個人の意識だけに任せるのではなく、組織としてキャリアの複線化を支援する制度や機会を用意することが効果的です。社内異動や副業、社外での学びの機会を提供することで、社員が単一の役割に依存しすぎない状態を作りやすくなります。

また、1on1などの対話の場で、現在の役割以外の可能性についても定期的に話題にすることが、心理的な準備を促します。急に話題にすると身構えられてしまうため、日頃からの積み重ねが重要です。

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すぐ使えるアクションプラン:キャリア支援の3ステップ

単一の役割への依存を防ぐキャリア支援の3ステップを紹介します。

1複数の関心・役割を可視化する:社員が持つ現在の役割以外の興味・強みを把握する
2異動や新しい機会を前向きに位置づける:役割変化をキャリアの前進として伝える
3定期的なキャリア対話の場を設ける:1on1等で将来のキャリアについて継続的に話す

早い段階からの準備が、変化に直面したときの心理的な負担を軽減します。準備を怠ると、変化そのものよりも、変化への戸惑いの方が大きなストレスになりがちです。

マネージャーが意識したい伝え方の工夫

複数の役割を奨励するといっても、伝え方次第では「今の仕事に本気で取り組んでいない」という誤解を招きかねません。あくまで現在の役割にも真剣に向き合った上で、それ以外の可能性も同時に視野に入れておく、というバランスの取れた伝え方が求められます。

マネージャー自身が複数のキャリアの可能性を楽しんでいる姿を見せることも、部下が同じような姿勢を持つきっかけになります。

まとめ

  • 競技者としてのアイデンティティに偏りすぎると、引退後のキャリア形成に苦しみやすくなる
  • 単一の役割に自己を委ねすぎないことが長期的なキャリアの安定につながる
  • 企業では複数役割の奨励・異動への心理的準備・早期からのキャリア対話が応用のポイント
  • 組織としてキャリアの複線化を支援する制度が、社員の適応力を高める

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業にてメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。
現在は独立し、About The New株式会社を設立。教育コンテンツの研究・開発を行い、スポーツの知見を活かした人材育成プログラムを提供している。

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