世界的なトップアスリートが「メンタルヘルスの不調」を理由に大舞台を棄権する。かつては考えにくかったこの光景が、この数年で珍しくなくなりました。健康経営担当者にとって、この変化は遠い世界の出来事ではありません。「不調を言い出しにくい空気」をどう変えるかというのは、多くの職場が抱える課題そのものだからです。この記事では、実在するアスリートの公表事例と、日本の職場のメンタルヘルス対策の一次情報を突き合わせ、組織文化づくりへの示唆を整理します。
大坂なおみ選手の公表が示した「言葉にする勇気」
2021年の全仏オープンで、大坂なおみ選手は自身のSNSで「2018年の全米オープン優勝以降、長期にわたりうつ症状に悩んできた」と公表し、大会を棄権しました。この公表に先立ち、大坂選手は記者会見への出席を見送ったことで主催者側から罰金を科されており、この経緯も含めて世界的な議論を呼びました。最終的には全仏・全英・全米・全豪の四大大会主催4団体が連名で、選手のメンタルヘルスをサポートする姿勢を示す声明を発表しています。
(参考)大坂なおみ選手のうつ症状公表と全仏オープン棄権をめぐる報道 – 東京新聞
シモーネ・バイルズ選手の棄権とIOCの反応
2021年の東京オリンピックでは、体操のシモーネ・バイルズ選手が、空中での自己認識を失う「ツイスティーズ」と呼ばれる状態を理由に、団体・個人総合決勝を含む複数種目を棄権しました。運営団体であるUSAジムナスティックスは公式声明で、選手がメンタルヘルスに集中するための決断だと説明し、IOCのバッハ会長も選手の決断を「勇敢だ」と評価しました。
この2つの事例に共通するのは、トップアスリート自身が不調を公表したことで、運営組織側が「休むこと」を正当な選択として公に認める流れが生まれた点です。個人の告白が、組織のルールや空気を動かす力を持つことを示しています。
(参考)Simone Biles withdraws from women’s all-around final – Olympics.com(国際オリンピック委員会)
Q. アスリートの公表は一時的な話題で終わっていませんか?
大坂選手・バイルズ選手のケースでは、いずれも大会運営団体が公式声明を出し、休養を正当な選択として認める対応を取りました。個人の公表が組織的な対応の変化につながった点は一時的な話題にとどまりません。
日本の職場のメンタルヘルス対策の現在地
アスリートの世界だけでなく、日本の一般的な職場でもメンタルヘルス対策の制度は段階的に強化されています。労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度は2015年に従業員50人以上の事業場で義務化され、2025年5月の法改正により、50人未満の事業場にも義務化が拡大される予定です。
この制度拡大は、中小規模の組織であっても、従業員のメンタルヘルス状態を定期的に把握する責任を負うようになることを意味します。健康経営担当者にとっては、制度対応だけで終わらせず、ストレスチェックの結果を実際の職場改善にどうつなげるかが問われる段階に入っています。
スポーツ組織側の支援体制
選手を支える側の体制も整備が進んでいます。JOC(日本オリンピック委員会)は「アスリートサポート」として、指導・科学・医療・栄養・引退後キャリア・メンタルケアを一体で支援する方針を掲げています。またスポーツ庁は「ハイパフォーマンス・サポート事業」を通じて、心理サポートを含むスポーツ医・科学的支援を提供しています。
ここで注目したいのは、メンタルケアが「引退後キャリア」や「医療」「栄養」と並列に扱われている点です。メンタルヘルスを特別扱いせず、他の身体的なコンディショニングと同列の支援項目として位置づける発想は、企業の健康経営にもそのまま応用できます。
あわせて読みたいウェルビーイング経営とは|定義と導入方法・KPI設計›
アスリート事例と職場制度を並べて見る
ここまでの事例と制度を並べると、アスリートの世界と一般の職場が、それぞれ異なるアプローチで同じ課題に向き合っていることが分かります。
| 主体 | きっかけ・仕組み | 変化の方向性 |
|---|---|---|
| 大坂なおみ選手 | 本人によるSNSでの公表 | 四大大会主催団体が連名で支援声明 |
| シモーネ・バイルズ選手 | 競技中の棄権という行動での表明 | 運営団体・IOCが休養を正当な選択と評価 |
| 日本の一般職場 | ストレスチェック制度という法的義務 | 2025年5月改正で対象が50人未満にも拡大 |
各公式発表・厚生労働省の一次情報をもとにHuman Soarが整理した比較(2026年8月時点)。
個人の公表が組織を動かすアスリートの世界
アスリートの世界では、個人が声を上げたことがきっかけとなり、組織側が後追いで公式な支援姿勢を示す流れが目立ちます。トップ選手という発信力の強さが、変化のスピードを速めている面があります。
制度が先行して整う一般の職場
一般の職場では、個人の告白を待つのではなく、ストレスチェックのような制度が先に整備され、義務として不調把握の機会が組み込まれています。この違いは、企業の健康経営担当者が「個人の勇気待ち」にせず、制度側から仕組みを用意できる立場にあることを示しています。
Q. ストレスチェック制度は今後どう変わりますか?
2025年5月の法改正により、これまで努力義務だった従業員50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務化される予定です。中小規模の組織も対応準備が必要になります。
企業が組織文化として学べる3つの視点|独自の整理
アスリートの事例と職場の制度を踏まえると、健康経営担当者が組織文化づくりに応用できる視点が見えてきます。Human Soarでは、この学びを次の3つの視点として整理しました。
視点1|不調を「弱さ」ではなく「共有すべき情報」として扱う
経営層や管理職が自ら、不調の共有を歓迎する姿勢を示すことが出発点になります。大坂選手・バイルズ選手のケースで運営団体が公式に支援姿勢を示したように、上位の立場が先に態度を明確にすることが、現場の言い出しやすさにつながります。
視点2|メンタルケアを身体面のケアと同列の支援項目にする
JOCの支援方針のように、メンタルケアを引退後キャリアや医療・栄養と並べて扱う発想は、企業でもそのまま応用できます。メンタルヘルスだけを特別な相談窓口に切り離さず、通常の健康管理施策の一部として組み込みます。
視点3|制度を「義務対応」で終わらせず改善サイクルを回す
ストレスチェックのような制度は、実施すること自体が目的化しがちです。結果を集計するだけでなく、職場環境の改善にどう反映したかを翌年度に振り返るサイクルを組み込むことで、制度が形骸化することを防げます。
アスリートの公表事例・JOCの支援方針・厚生労働省のストレスチェック制度をもとにHuman Soarが独自に整理した3つの視点。
大坂選手やバイルズ選手のケースは特別な発信力を持つ個人の事例ですが、その後に運営団体が示した「休養を認める」という組織的な反応は、どの職場でも参考にできる姿勢です。個人の勇気に頼らず、組織の側から不調を言い出しやすい仕組みを先に用意しておくことが、健康経営担当者に求められる役割です。
よくある質問
Q. 健康経営優良法人の認定でメンタルヘルス対応は評価されますか?
経済産業省の健康経営優良法人認定制度(2016年度創設)では、メンタルヘルス不調者への対応も評価項目に含まれています。制度対応を進めることが認定取得にもつながります。
Q. アスリートの事例を一般企業がそのまま参考にできますか?
個人が声を上げる部分をそのまま真似る必要はありません。参考にすべきは、運営団体側が「休養を正当な選択」として公式に認めた対応であり、これは制度設計として企業にも応用できます。
まとめ
- 大坂なおみ選手・シモーネ・バイルズ選手の公表は、いずれも運営団体側の公式な支援声明・評価につながった
- 日本のストレスチェック制度は2025年5月の法改正で、50人未満の事業場にも義務化が拡大される
- JOCはメンタルケアを引退後キャリアや医療・栄養と並列の支援項目として位置づけている
- アスリートの世界は「個人の公表→組織の後追い対応」、職場は「制度先行」という違いがある
- 不調を共有すべき情報として扱う姿勢・制度への組み込み・結果を活かすサイクルの3点が組織文化づくりの鍵になる
FREE DOCUMENT
関連する資料を無料でダウンロード
ご質問・ご相談はお気軽にどうぞ
お問い合わせはこちら →




コメント