21歳で日本女子選手史上初の金メダルを獲得した里谷多英は、引退後にコーチや解説者ではなく、フジテレビの一社員という道を選んだ。個人競技の第一線から、多くの人と関わりながら組織で成果を出す仕事へ。その転身がどのように成立したのかを、本人の言葉から追う。
金メダリストがフジテレビに入社したのは「特別なこだわりはなかった」から
里谷多英は1998年長野五輪のフリースタイルスキー女子モーグルで、日本女子選手として史上初の金メダルを獲得した。2002年ソルトレイクシティ五輪では銅メダルを獲得し、トリノ、バンクーバー五輪にも出場している。
長野五輪の直後、里谷は一度競技生活を終えようと考えていたという。スキー部を持つ企業に就職したいという特別なこだわりはなく、「もし就職するなら普通に働くつもりだった」というのが本人の当初のスタンスだった。ところが「やはり競技を続けたい」という思いが芽生えたタイミングで、フジテレビがスキー部を新設し、声をかけてきた。企業への就職ありきではなく、競技を続けたいという意志が先にあり、その受け皿として会社が動いたという順序が、他の多くのケースとは異なる点だ。
入社後は人事部に所属しながら選手生活を継続し、ほぼ一年中練習に打ち込む日々を送っていた。ソチ五輪の選考で出場を逃したことを機に、2013年に選手を引退している。
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Q. 里谷多英はなぜフジテレビに入社したのですか?
スキー部のある企業に就職したいという特別なこだわりはなく、競技を続けたいという思いが先にありました。そのタイミングでフジテレビがスキー部を新設し、声がかかったことが入社のきっかけです。
個人競技から組織で働くことへ|里谷多英が直面した3つの壁
2013年の引退後、里谷はイベント関連の仕事を希望し、事業局への異動を果たした。ただし個人競技の選手が組織の一員として働き始める過程は、平坦ではなかったという。インタビューの発言を整理すると、直面した壁は大きく3つに分けられる。
| 直面した壁 | 本人の対応 |
|---|---|
| 自分の成績だけでは評価されない | 好き勝手に行動できない組織の仕組みを受け入れる |
| 未経験の業務知識 | 分からないことをすべてノートに書き続けて覚える |
| 競技と関係のない担当分野 | 舞台・歌舞伎・美術展・クラシックなど未経験分野を任される |
本人のインタビュー発言をもとにHuman Soarが整理
成果基準の違いという壁
競技者時代は自分の技術と体さえ良い状態にすれば結果につながったが、会社に入るとそうはいかない。多くの人と関わりながら仕事を進める必要があり、慣れるまで大変だったと里谷は振り返っている。
業務知識ゼロからのスタートという壁
スポーツの専門知識はあっても、会社員としての実務知識は一から覚える必要があった。分からないことをすべて調べてノートに書き続けるという地道な積み重ねで対応したという。周囲の先輩や後輩の助けも大きかったと語っている。
担当分野が競技と無関係という壁
事業局と聞くとスポーツイベントを連想しがちだが、里谷の実際の担当は舞台、歌舞伎、美術展、クラシックといった、競技経験とは直接つながらない分野だった。「3年間頑張って無理なら辞める」というつもりで臨んだところ、次第に仕事自体が楽しくなり、継続につながったという。
Q. 引退後のアスリートが組織で働くときに苦労するのはどんな点ですか?
自分の成績だけで評価される競技の世界と違い、多くの人と関わりながら仕事を進める必要がある点です。里谷多英の場合、業務知識をノートに書き続けて覚えるなど、地道な積み重ねで対応しています。
名前が知られていることは営業の武器になる|組織のなかでメダリストとして働く価値
担当が競技と無関係の分野であっても、「メダリストの里谷さん」という知名度は仕事の武器になっている。イベントの協賛先に直接依頼する際、名前がすぐに覚えてもらえることで営業活動がスムーズに進むと本人は語る。
これは、アスリートを採用する企業側にとっても重要な示唆になる。専門競技の知識をそのまま業務に活かせなくても、知名度や人との向き合い方で培われた対人スキルが、まったく別の分野で価値を発揮することがあるからだ。
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(参考)長野五輪金メダリスト里谷多英さん、現在はフジテレビ局員として活躍「お客さんの生の声にやりがいを感じます」 – STORY
個人競技とは真逆の仕事の進め方|里谷多英の意思決定の変化
競技者としての意思決定は「自分の技術と体をどう仕上げるか」という一人称の判断が中心だった。組織で働き始めてからは、多くの人の意見や事情を踏まえた合意形成型の判断へと、意思決定の型そのものが変わっている。

この変化を里谷は否定的に語っていない。むしろ「楽しくなってきた」という言葉に表れているとおり、一人で完結する競技の世界にはなかった手応えを、人と関わる仕事のなかに見出している。個人競技の経験を捨てるのではなく、その上に組織で働くための新しい判断軸を積み増したという構図だ。
企業がアスリートを迎えるときに見るべき視点|人事担当者への応用
里谷のケースは、企業がアスリート人材を受け入れる際のヒントにもなる。松下浩二が卓球選手から経営者へ転身した判断のように、競技経験者が異分野で成果を出す例は他にもあるが、共通するのは「競技の専門知識」ではなく「物事への向き合い方」を評価軸に据えている点だ。
人事担当者がアスリート人材を評価する際は、即戦力になる専門スキルの有無だけでなく、未経験分野に地道に向き合える姿勢や、知名度を対外的な信頼につなげられる素地があるかを見ることが、長期的な定着につながりやすい。
AIは組織に適応する引退後のアスリートの助けになるか
里谷が経験した「業務知識をすべてノートに書き続ける」という学習プロセスは、現在であればAIツールを使うことでかなり圧縮できる分野だ。専門用語の意味や業界の基礎知識をAIチャットに質問し、要点だけを整理してもらうことで、覚えるまでの時間を短縮できる。
ただし、名前を知ってもらうことで営業がスムーズになるといった対人関係の資産や、多くの人と関わりながら合意形成する力は、AIが代替できる領域ではない。里谷のケースが示すのは、専門知識の習得はツールで効率化しつつ、人との関わり方という核の部分は本人が時間をかけて築くしかないという役割分担だ。
Q. 元アスリートの就職・転職で評価されるのはどんな点ですか?
競技の専門知識そのものよりも、未経験分野に地道に向き合える姿勢や、知名度を対外的な信頼につなげられる対人スキルが評価されやすい傾向があります。里谷多英の場合、営業活動で名前が信頼につながる場面が実際に生きています。
まとめ
- 里谷多英は競技続行を望んだ先にフジテレビへの入社があり、順序は「就職先ありき」ではなかった
- 引退後は個人競技とは異なる組織の評価基準に直面し、地道な積み重ねで対応した
- 競技と無関係の担当分野でも、知名度そのものが営業活動での武器になっている
- 意思決定は一人称の判断から、人との合意形成を重視する型へと変化した
- 企業がアスリート人材を迎える際は、専門スキルより向き合い方や対人資産を評価軸にすると定着しやすい
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