種目別ゆかで世界一に立った瞬間、杉原愛子は26歳になっていた。10代が主力を占める日本女子体操のなかで、彼女はいったん競技から距離を置き、会社の代表という肩書きを持ってから、この舞台に戻ってきた選手だ。競技を辞めるでもなく、経営に専念するでもなく、両方を選び直した判断の中身を追う。
世界選手権ゆか金メダルの裏で下した「一度離れる」という決断
杉原愛子は2016年のリオデジャネイロ五輪で団体4位、2021年の東京五輪にも出場した体操日本代表だ。ただし東京五輪後、杉原は一度競技の第一線を退いている。指導者やリポーターなど別の仕事を経験したうえで、2023年に現役へ復帰した。
復帰後の実績は数字にはっきり表れている。2025年にはNHK杯で優勝し10年ぶりに国内女王の座に返り咲くと、アジア選手権の個人総合で金メダル、同年10月にはジャカルタでの世界選手権ゆかで自身初の世界一に到達した。一度離れたからこそ、体操の魅力を再確認できたと杉原自身が振り返っている。
会社を経営する多くのアスリートが「引退してから次を考える」道を選ぶなかで、杉原は現役のまま経営者になるという順番を選んだ。この時点で、一般的なキャリア観とは異なる判断軸が働いていたことがわかる。
Q. 杉原愛子はなぜ一度競技から離れたのですか?
東京オリンピック出場という一つの目標を終えたタイミングで、指導者やリポーターなど別の仕事を経験するために距離を置いたためです。本人はこの期間について、一度離れたからこそ体操の楽しさや魅力を再確認できたと語っています。
「体操をメジャースポーツにしたい」という一つの軸で起業と競技をつなぐ
杉原は2023年6月、株式会社TRyAS(トライアス)を設立し、代表に就いた。メディア出演や講演、体操教室の運営に加え、自社ブランドの体操ユニフォーム「アイタード」の企画・デザインまで手がけている。競技と経営、一見別々に見える二つの仕事は、実は同じ一つの軸でつながっている。
その軸とは「体操をメジャースポーツにしたい」という一点だ。アイタードの開発はその象徴といえる。体操の退部理由を尋ねたアンケートで「レオタードが嫌」という回答が46%にのぼったという結果に衝撃を受け、露出の少ない衣装アイタードを開発したところ、「レオタードが嫌いで大会を諦めていたが、初めて出場できた」という声が寄せられているという。
起業を後押ししたのは、大学時代から指導を受ける大野和邦コーチの存在だ。大野コーチとは会社を共同設立し、現在も二人三脚で事業と競技の両方に取り組んでいる。「先生の存在がなかったら行動には移さなかった」と杉原は語っており、価値観を共有できる相手がいたことが、起業という選択を後押ししたことがわかる。
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(参考)「レオタードが嫌」退部理由の46%に衝撃、1年競技を離れ起業 26歳女王が社長として描く未来――体操・杉原愛子 – THE ANSWER
杉原愛子のキャリア年表|再定義を選んだ4つの転機
杉原のキャリアは、複数のインタビュー記事に断片的に語られている。それらを時系列で拾い集めて一つの年表に組み直すと、「引退」という一度きりの決断ではなく、進路を4回にわたって選び直してきた軌跡が見えてくる。
| 時期 | 転機 |
|---|---|
| 2016年 | リオデジャネイロ五輪で団体4位。10代で国際舞台の中心に |
| 2021年 | 東京五輪出場後、競技の第一線を退く |
| 2023年 | 株式会社TRyAS設立と同時に現役復帰 |
| 2025年 | NHK杯優勝、世界選手権ゆかで自身初の金メダル |
複数のインタビュー記事の内容をもとにHuman Soarが時系列に整理
2016年|団体4位という原体験
16歳でのリオ五輪出場は、杉原にとって国際舞台で戦う感覚を早くから身体で覚える経験になった。この時期に築いた基礎が、後年の技術的な引き出しの多さにつながっている。
2021年|第一線を退くという最初の選択
東京五輪という一つの目標を終えたあと、杉原は競技を離れる決断をした。ここで完全に競技を辞めるのではなく「距離を置く」という中間の選択をしたことが、後の現役復帰への伏線になっている。
2023年|起業と復帰を同時に選ぶ
離れていた期間に指導者やリポーターなど複数の仕事を経験したことで、杉原は体操の外側から競技を見る視点を得た。その学びを事業として形にするタイミングで、現役復帰も同時に決めている。ここが、一般的な「引退後に起業」という順番と最も異なる点だ。
2025年|数字で証明した両立の説得力
NHK杯優勝と世界選手権ゆか金メダルは、経営と競技の両立が競技力を落とさないことを結果で示した転機になった。デュアルキャリアが単なる理想論ではないという説得力は、この実績があって初めて生まれている。
Q. 杉原愛子が設立した会社TRyASは何をしていますか?
メディア出演や講演、体操教室の開催・出演に加え、自社ブランドの体操ユニフォーム「アイタード」の企画・デザインを手がけています。体操をメジャースポーツにするというビジョンのもとで運営されている会社です。
現役と経営者、二つの役割をどう両立させているか
一般的なアスリート像は、引退後にセカンドキャリアを考え、競技と仕事の時間を分けて管理するというものだ。杉原のやり方はこれと構造そのものが違う。現役のまま経営に関わり、一つの軸のもとで両方の意思決定を行っている。

両立を支えているのは、大野コーチをはじめとする会社スタッフとの役割分担だ。杉原自身も「1人ではできないことがたくさんある」と語るとおり、スケジュールやコンディションの調整を一人で抱え込まず、協力を前提に設計している。判断に迷ったときの基準は常に「体操をメジャースポーツにする」という一つの軸に立ち返ることだという。
この構造は、複数の役割を持つビジネスパーソンにも応用できる。役割ごとに別々の判断基準を持つのではなく、すべての意思決定を一つの軸に揃えることで、判断の負荷そのものを減らせるからだ。
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Q. デュアルキャリアで現役中に起業するメリットは何ですか?
競技で得た知見や発信力を引退前から事業化できる点です。杉原愛子の場合、現役だからこそ得られる知名度や説得力を体操普及という事業に直接活かせています。引退後に一から積み上げるより、価値を早く社会に還元できる点が大きな違いです。
「辞める」以外の選択肢を持つという視点|ビジネスパーソンへの応用
杉原のキャリアが示すのは、選択肢は「続けるか、辞めるか」の二択ではないということだ。一度距離を置く、複数の役割を並行させる、といった中間の選択肢を自分で作り出せるかどうかが、キャリアの幅を左右する。
会社員であっても、部署異動や副業、社外活動という形で同じ構造を作ることは可能だ。徳永悠平がJリーグ引退後に選んだ判断のように、競技経験者が地元という別の軸に立ち返って進路を選び直す例は他にもある。重要なのは、進路を変えることを「後退」ではなく「再定義」として捉え直す視点だ。
杉原のケースで特徴的なのは、この再定義を引退という区切りの後ではなく、現役という制約の多い状態のなかで実行した点にある。制約があるからこそ、判断基準を一つに絞り込む必要に迫られ、結果として意思決定がぶれにくくなったとも読み取れる。
AIを使えば二重の役割の両立はもっと楽になるか
競技と経営という二つの役割を一人で回すうえで負荷が大きいのは、スケジュール調整や情報整理といった「判断そのものではない作業」だ。この部分はAIとの相性がよい。
例えば、練習スケジュールと会社の予定をAIチャットに投げて衝突箇所を洗い出させたり、講演や取材の依頼メールの下書きをAIに任せたりすることで、杉原が語るような「1人ではできないことをスタッフに助けてもらう」体制の一部を、人手を増やさずに補うことができる。判断の軸は本人が持ち、周辺の作業をAIやスタッフに預けるという役割分担は、複数の顔を持つすべての人に応用できる考え方だ。
ただし、AIに任せられるのはあくまで作業の効率化までで、「体操をメジャースポーツにする」といった意思決定の軸そのものを代わりに考えさせることはできない。軸を決めるのは常に本人であり、AIはその軸をぶらさず実行するための補助線として使うのが実務的な距離感だといえる。
Q. 現役アスリートが起業する際に気をつけることは何ですか?
競技のコンディション管理を最優先しつつ、事業の意思決定基準を一つに絞ることです。杉原愛子のケースでは「体操をメジャースポーツにする」という軸を関係者全員で共有し、スケジュールや役割分担をコーチやスタッフと事前に決めておくことで両立の負荷を下げています。
まとめ
- 杉原愛子は東京五輪後に一度競技を離れ、2023年に起業と現役復帰を同時に選んだ
- 起業と競技は「体操をメジャースポーツにする」という一つの軸でつながっている
- 2025年の世界選手権ゆか金メダルは、両立が競技力を落とさないことを結果で示した
- 役割分担と判断基準の一本化が、二重の役割を維持する仕組みになっている
- 「続けるか辞めるか」の二択ではなく、進路を再定義する中間の選択肢を持つ視点が応用できる
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