女子ウエイトリフティングの日本記録保持者・三宅宏実さんは、21年間の現役生活で5大会連続の五輪出場を果たしました。父でありコーチでもある義行さんとの二人三脚による自己管理が、その土台にあります。本記事ではその体重管理・自己管理の工夫と、企業の長期的な人材育成に活かせる視点を解説します。
21年間の競技生活で5大会連続五輪出場を果たした三宅宏実
三宅宏実さんは、ウエイトリフティング女子48kg級(トータル197kg)と53kg級(トータル207kg)の2つの日本記録を持ち、女子選手として同率歴代最多となる5大会連続の夏季五輪出場を果たしました。ロンドンで銀、リオで銅メダルを獲得し、2021年の東京五輪後に引退。現在は指導者として活動しています。
中学3年生から競技を始め、147cmという小柄な体で200kg前後のバーベルを21年間上げ続けたことになります。「この競技に出会えたからこそまともな人間になれた」と振り返るほど、ウエイトリフティングは三宅さんの考え方や体の整え方の土台をつくったといいます。
父・義行さんとの二人三脚が生んだ自己管理
三宅さんの父・義行さんは、メキシコ五輪の銅メダリストで日本のウエイトリフティング界の第一人者。宏実さんのコーチも務めていました。指導法は「1に怒らない、2に褒めて伸ばす、3に見守る、4に選手に考える時間を与える」というもので、この指導法との向き合い方こそが、三宅さんの自己管理の原点になっています。
怒らない指導法への反抗と気づき
父の指導が物足りず、あえて反対のことをしていた時期もあったといいます。しかし遠回りしながらたどり着くのは結局、父が言っていたこと。その繰り返しの中で、自分で痛い思いをしながら得るものの大きさに気づいたそうです。父からは「自分で決めないと最後まで責任が持てない。練習メニューは作るけど、やるのはあなた」と、考えることを常に求められていました。
コーチとなった今も生きる父の言葉
現役時代、父は「バーベルを上げるのは選手だけど、コーチも一緒に上げているんだよ。だから身も心もきつい」と語っていたそうです。当時は意味が分からなかったものの、指導者になった今はよく理解できるといいます。選手を常に観察し、状態を把握してこそ最適な言葉を伝えられるという考え方は、日々の指導のなかで噛みしめているそうです。
Q. 三宅宏実さんの父・義行さんはどのような指導者でしたか?
メキシコ五輪の銅メダリストで、「怒らない、褒めて伸ばす、見守る、考える時間を与える」という指導法を貫いた指導者でした。選手自身に考えさせることを重視し、練習メニューは用意しても実行の判断は本人に委ねていました。
5大会の五輪を通じた戦績の推移
2004年のアテネから2021年の東京まで、三宅さんは5つの夏季五輪すべてに出場しました。大会ごとの結果を振り返ると、メダル獲得までの道のりと、その後の変化がよく見えてきます。
| 大会 | 結果 |
|---|---|
| 2004年アテネ | 五輪初出場、9位 |
| 2008年北京 | メダルを期待されるも4位 |
| 2012年ロンドン | 48kg級で銀メダル・日本新記録(当時) |
| 2016年リオデジャネイロ | トータル188kgで銅メダル |
| 2021年東京 | 「記録なし」、大会後に引退 |
出典:文春オンライン「三宅宏実さんインタビュー」掲載内容をもとに作成
2004年アテネ五輪での初出場
大学1年で出場したアテネ五輪では9位という結果に終わりましたが、この経験から「五輪はメダルを獲ってこそ」という認識を強く持つようになったといいます。
2008年北京五輪で突きつけられた現実
メダルを期待され、本人も「メダルを獲ります」と公言していたにもかかわらず結果は4位。今までの自分では通用しないという現実を突きつけられ、変わらなければという思いを強くした大会でした。
2012年ロンドン五輪での銀メダル
48kg級でスナッチ87kg、ジャークで110kg、トータル197kgの日本新記録(当時)を挙げて銀メダルを獲得しました。北京での悔しさを経て、考え方を変えたことが結果につながった大会です。
2016年リオデジャネイロ五輪での銅メダル
トータル188kgを記録し、銅メダルを獲得しました。30歳を過ぎたころから体の変化を感じ始めていた時期でもあり、リオでの引退も考えたことがあったといいます。
2021年東京五輪と現役引退
自国開催という状況に心を動かされ、35歳で挑んだ東京五輪。しかし結果は「記録なし」に終わりました。この大会をもって現役を引退し、今でも「記録なし」で終えたことへの悔しさは残っていると振り返っています。
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Q. 三宅宏実さんはなぜ35歳で東京五輪に挑んだのですか?
自国開催という状況に心を動かされたことに加え、自分の限界を知りたいという思いがあったためです。体力の衰えを感じながらも、成長過程からピーク、衰えまで五輪という場で出し切りたいという考えがありました。
35歳での東京五輪出場と引退への葛藤
東京五輪の延期が決まった日、三宅さんは父に「今日は練習を休みたいです」と伝えたそうです。しかし父の答えは「だめだ」。「いつ開催されるか分からないからこそ準備しておかなきゃいけない」という言葉に仕方なく練習を始めると、気持ちがすっきりしたといいます。「私はやっぱりこの競技が本当に好きなんだ」と再認識した瞬間でした。
「リオで終えていれば、かっこいい姿で引退できたのかな」と思うこともあると振り返る一方、成長過程もピークも衰えも、すべてを五輪という場で出し切れたことには意味があったと三宅さんは捉えています。減量や体重管理と長く向き合ってきたアスリートにとって、体力のピークが過ぎた後もどう競技と向き合うかは共通する葛藤なのだと感じます。
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(参考)「休みたいです」「だめだ」当時35歳で五輪出場、引退への葛藤も…ウエイトリフティング・三宅宏実を変えた”父の言葉”とは《競技生活21年》 – 文春オンライン(吉井妙子)
三宅宏実の自己管理を企業の長期的な人材育成に活かす方法
三宅さんのキャリアが示すのは、21年という長期間にわたって結果を出し続けるには、短期的な成果だけでなく、本人が自分で考えて決める習慣が土台として必要だという点です。父の指導法が「怒らない、褒めて伸ばす、見守る、考える時間を与える」という形だったからこそ、三宅さん自身が試行錯誤しながら自己管理の力を育てることができました。
企業の人材育成でも、上司が答えを与え続けるマネジメントでは、短期的な成果は出ても長期的な自己管理力は育ちにくいことがあります。三宅さんのように、本人に考える時間を与えながら見守る育成スタイルは、長期的なキャリア形成を支える人材育成の在り方として参考になると思います。
まとめ|三宅宏実の体重管理と自己管理から学ぶこと
- 三宅宏実さんは21年間の現役生活で5大会連続の五輪出場を果たした
- 父・義行さんの「怒らない、褒めて伸ばす、見守る」指導法が自己管理の土台になった
- 北京五輪での4位を経て考え方を変えたことがロンドン五輪の銀メダルにつながった
- 35歳で挑んだ東京五輪は「記録なし」に終わったが、出し切った経験には意味があったと捉えている
- 本人に考えさせながら見守る育成スタイルは、企業の長期的な人材育成にも応用できる
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