関田誠大のコンディション管理|企業が学ぶ向上心の持ち方

関田誠大選手のコンディション管理と企業が学ぶ向上心の視点 スポーツアスリート

「天才セッター」と評される選手ほど、実は地道な努力を「特別なこと」と思っていない場合があります。日本代表として長く司令塔を務めてきた関田誠大選手(サントリーサンバーズ大阪)も、その一人です。

関田選手の歩みから見えてくる結論は、長年抱えてきた痛みと向き合いながらも「これが普通だ」と努力を当たり前のものとして続ける姿勢が、コンディションを保つ土台になっているという点です。本記事では、2019年から抱えていた足首の痛みと2025年の手術という決断、そして移籍先で掴んだ好調の背景を紹介し、企業のコンディション管理・人材育成に活かせる視点を解説します。

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「これが普通だ」関田誠大が語る向上心の正体

SVリーグで安定したトスを供給し続ける関田選手は「天才」と評されることが多い選手です。しかし本人は「努力しているねと褒められることがあっても、『いや、これが普通だ』と思っちゃうんですよ」と語り、「足りないと思うところがあるから練習するだけで、それを続けないとうまくなれない」と、向上心を特別なものと捉えていません。

「周りのよさを引き出すのが、自分の仕事」という言葉どおり、関田選手は個人の技術だけでなく、チーム全体を勝たせる戦略的な視点を大切にしています。攻守を司るセッターというポジションの奥深さが、こうした発言からもうかがえます。

(参考)【男子バレー】関田誠大が天才セッターと評される裏にある向上心と努力 – web Sportiva

2019年から抱えていた右足首の痛みと、2025年の手術という決断

関田選手は2025年、右足関節の「インピンジメント症候群」と「右足関節外側側靭帯損傷」の手術に踏み切り、多くの時間をリハビリに費やしました。そのため日本代表での活動も休養しています。「痛みがひどかったピークは2019年ですかね。ずっと手術をする時間がなく、休まずにプレーしてきましたから」と本人は振り返っています。

もともと捻挫癖があり靭帯も緩んでいたといい、不安のあった箇所をこの機会に手術で再建したといいます。長年にわたって痛みを抱えながらプレーを続けてきた末の決断であり、手術後の状態については「順調ですよ。もともと持っていた痛みなんですが、それをクリーニングしたという感じです」と、コンディションの改善を実感している様子がうかがえます。

Q. 関田誠大選手はいつからケガに悩まされていましたか?

痛みのピークは2019年ごろだったと本人が語っています。手術する時間がないまま休まずプレーを続け、2025年になってようやくインピンジメント症候群と外側側靭帯損傷の手術に踏み切りました。

コートの外で気づいた、日本代表への向き合い方

これほど大きな故障でバレーボールを離れたことはなかったという関田選手ですが、リハビリ期間中は「あまりバレーボールに対する気持ちというのは変わってないですね。外から応援しているっていう感じです」と語り、日本代表の試合も「いちファンというか、観客として観させてもらいました」と振り返っています。

関田選手を欠いた日本代表はネーションズリーグでベスト16、続く世界選手権も予選ラウンド敗退という結果に終わりましたが、本人は「そもそも僕は(何かを)言える立場にありません。実際、自分が代表でプレーしていたときには大変だなって思うことが多かったので、こればかりは本当に中の人たちにしかわからないこともたくさんあります」と、現メンバーへの配慮を見せています。

Q. 関田誠大選手は療養中、日本代表の結果をどう見ていましたか?

一人のファン・観客として試合を見ていたと語っています。代表がネーションズリーグ・世界選手権で苦戦した結果についても、自身が言及できる立場ではないとして、現メンバーへの配慮を示しています。

コンディションの推移を4つの観点で振り返る

2019年の痛みのピークから2026年現在まで、関田選手のコンディションと立場は大きく変化してきました。下の表は、複数のインタビューをもとにHuman Soarが時系列で整理したものです。

観点 2019年頃 2025年 2026年1月(現在)
足首の状態 痛みのピーク、手術せず稼働 手術・リハビリに専念 「順調」とコンディション良好
所属チーム ジェイテクトSTINGS愛知 手術・療養に専念 サントリーサンバーズ大阪でSVリーグ首位争い
日本代表活動 中心選手として出場 手術のため休養 代表招集の可能性を見据え課題に取り組む
本人の姿勢 痛みを抱えながらプレーを継続 コートの外から観察・応援 「もっとうまくなりたい」と向上心を語る

表:web Sportiva・Number Webのインタビュー内容をもとにHuman Soarが時系列で整理

足首の状態|痛みのピークから手術による改善へ

2019年に痛みのピークを迎えながらも手術の時間を確保できず、休まずプレーを続けてきました。2025年にようやく手術を決断し、2026年時点では「順調」とコンディションの改善を実感しています。

所属チーム|ジェイテクトからサントリーへの移籍

療養を経て、現在はサントリーサンバーズ大阪に所属し、SVリーグで首位争いに加わるチームの不動の司令塔として活躍しています。

日本代表活動|休養からコートに戻るまで

2025年は手術のため日本代表活動を休養していましたが、所属チームでの好調が続けば、再び代表に招集される可能性も見込まれています。

本人の姿勢|痛みと向き合いながら磨いた向上心

痛みを抱えながらプレーを続けてきた経験と、療養中に外から代表戦を見つめた経験の両方が、現在の「もっとうまくなりたい」という向上心の土台になっています。

セッターとして大切にする判断軸

関田選手の発言を振り返ると、単なる技術論にとどまらない、優先順位を持った判断軸が浮かび上がります。下の図は、複数のインタビューでの発言をもとにHuman Soarが整理した判断軸のピラミッドです。

関田誠大選手がセッターとして大切にする判断軸のピラミッド図解

図:土台となる向上心の上に、分析・チームメイトへの意識・勝利への貢献が積み上がる構造

その土台にあるのが「足りないと思うところがあるから練習する」という向上心です。その上に、相手チームの戦略やディフェンスを分析する視点が重なり、さらに「周りのよさを引き出すのが、自分の仕事」という味方への意識が積み上がります。そして最終的に「チームを勝たせられるセッター」という信条にたどり着く構造です。技術力だけでなく、この積み上げの順序こそが、関田選手のコンディションと成果を支える判断軸だと言えます。

移籍先サントリーで掴んだ首位争い、次に見据える日本一

現在32歳になった関田選手は、サントリーサンバーズ大阪でSVリーグ首位争いに加わるチームの司令塔として活躍しています。小学校から大学まで、あらゆるカテゴリーで日本一を経験してきた関田選手にとって、トップカテゴリーでの優勝は悲願です。

「後輩たちが頑張っているなぁという思いと、僕ももっと頑張らなきゃいけないなぁという思い、どちらもあります」と次世代のセッターの成長を認めつつ、「自分は自分、まずは、自分のやるべきことをやろうという感覚です」と、他者との比較よりも自分の課題に向き合う姿勢を貫いています。長期にわたるケガと向き合いながらも一線級であり続ける取り組みは、大塚達宣選手のセリエA挑戦を支える練習環境の記事や、小池祐貴選手のレース後疲労回復法の記事とも重なる視点です。大会前のコンディション調整という観点では保木卓朗選手の記事も参考になります。

Q. 関田誠大選手は次世代のセッターをライバル視していますか?

本人は「ライバル視はしていません」と明言しています。次世代のセッターの成長を認めながらも、他人と比較せず自分のやるべきことに集中する姿勢を大切にしていると語っています。

まとめ|痛みと向き合いながら磨く4つの姿勢

  • 長年の痛みを抱えながらも「これが普通だ」と努力を特別視しない姿勢がコンディション維持の土台になっていること
  • 手術という決断は、痛みを我慢し続けた末の一つの区切りであり、療養期間も次への準備になり得ること
  • コートを離れた期間の視点が、復帰後の代表・チームへの向き合い方に活きていること
  • 他者と比較せず自分の課題に向き合う姿勢が、長期的な競技継続の支えになっていること

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業でメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。

2025年5月に About The New株式会社 を設立。スポーツの現場で培われた知見を組織開発・人材育成の文脈に翻訳し、研修・チームビルディング・イベントの企画運営を行っています。

「知識を得る」で終わらせず「行動が変わる」ところまでを設計することを大切にしています。ご相談は contact@aboutthenew.co.jp まで。

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