メンタルヘルス不調を未然に防ぐ一次予防として、運動は職場に取り入れる価値のある手段です。厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、身体活動・運動の量が多い人ほどうつ病などの発症リスクが低いと報告しています。ただし運動だけで不調を防げるわけではなく、ストレスチェックや職場環境の改善と組み合わせて初めて施策になります。この記事では、運動を一次予防に使う根拠、押さえておきたい現状データ、職場への組み込み方、効果の測り方を順に整理します。
メンタルヘルスの一次予防に運動を使える根拠は厚労省ガイドにある
運動をメンタルヘルス対策に使う根拠は、厚生労働省が公表している「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」にまとまっています。同ガイドは、身体活動・運動の量が多い人は少ない人と比べてうつ病や認知症の発症リスクが低いと報告されていること、WHOのガイドラインを引用して身体活動でうつや不安の症状が軽減されることを示しています。
働く人を対象にした記述もあります。労働者の研究では身体活動量が多いほど抑うつなどの健康指標が良好とされ、職場での4週間の歩行介入では睡眠の質が改善し、運動習慣がない人ほど改善が大きかったと紹介されています。昼休みの運動指導で、活力や対人ストレスに改善が見られた事例も載っています。
一方で、同ガイドにはメンタルヘルスを目的にした独自の推奨値はありません。つまり運動は「不調を防ぎきる決め手」ではなく、ストレスへの耐性や睡眠を底上げする土台として位置づけるのが現実的です。
(参考)健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023 – 厚生労働省
Q. 運動だけでメンタルヘルス不調は防げますか?
運動だけで防げるとは言い切れません。厚生労働省のガイドは、運動量が多い人でうつ病などの発症リスクが低いと報告する一方、メンタルヘルスを目的にした独自の推奨値は示していません。運動はストレスチェックや職場環境の改善と組み合わせる土台として位置づけます。
一次予防とは何か|厚労省の指針が示す3つの予防段階

一次予防は、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月31日公示、平成27年11月30日改正)が示す考え方です。指針はメンタルヘルス不調を未然に防止する「一次予防」、早期に発見して適切な措置を行う「二次予防」、不調になった人の職場復帰を支援する「三次予防」の3段階で整理しています。運動施策が受け持つのは、このうち最初の一次予防です。
指針は取り組みの担い手として、セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアの「4つのケア」を継続的かつ計画的に進めるよう求めています。運動はセルフケア(自分のストレスに自分で対処する)に直結し、管理職が職場環境を整えるラインケアとも結びつきます。
(参考)労働者の心の健康の保持増進のための指針 – 厚生労働省
Q. メンタルヘルスの一次予防とは何ですか?
メンタルヘルス不調を未然に防ぐ取り組みのことです。厚生労働省の指針が示す3つの予防段階の最初にあたり、ストレスチェック制度の活用や職場環境の改善が含まれます。運動習慣づくりもこの段階の施策です。
取り組む事業所は63.2%で労災の精神障害は1,056件|数字で見る職場の現状
運動施策を提案するときは、職場のメンタルヘルスが今どの水準にあるかを公的な数字で示すと、社内の合意が取りやすくなります。国の調査では、対策に取り組む事業所は6割を超える一方、精神障害による労災の支給決定は過去の水準を更新し続けています。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合 | 63.2%(令和5年は63.8%) | 厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」 |
| 精神障害の労災請求件数(令和6年度) | 3,780件(前年度比205件増) | 厚生労働省「令和6年度 過労死等の労災補償状況」 |
| 精神障害の労災支給決定件数(令和6年度) | 1,056件(前年度比173件増) | 同上 |
| 支給決定の出来事別で最多 | 上司等からのパワーハラスメント224件 | 同上 |
| うつ病・不安障害による世界の損失 | 年間約120億労働日、損失は約1兆米ドル | WHO・ILO(2022年9月28日公表) |
出典:厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」(常時10人以上の労働者を雇用する民営事業所が対象)、厚生労働省「令和6年度 過労死等の労災補償状況」(令和7年6月25日公表)、WHO・ILO共同発表(2022年9月28日)。
この表から読み取れるのは、運動だけで解決できる範囲が限られるという点です。労災の支給決定で最も多い出来事は上司等からのパワーハラスメントで、仕事の量や質の大きな変化がそれに続きます。運動施策は、ハラスメント防止や業務量の調整といった職場環境の改善と並べて設計します。
制度面でも動きがあります。改正労働安全衛生法が令和7年5月14日に公布され、従業員50人未満の事業場でもストレスチェックが義務になります。施行は公布後3年以内に政令で定める日です。小規模な企業ほど、今のうちに一次予防の土台を作っておく意味があります。
(参考)令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況 – 厚生労働省
(参考)令和6年度「過労死等の労災補償状況」を公表します – 厚生労働省
(参考)WHO and ILO call for new measures to tackle mental health issues at work – WHO
(参考)ストレスチェック制度について(労働者数50人未満の事業場) – 厚生労働省
Q. 50人未満の事業場でもストレスチェックは必要になりますか?
必要になります。令和7年5月14日に公布された改正労働安全衛生法で、従業員50人未満の事業場にもストレスチェックが義務づけられました。施行は公布後3年以内に政令で定める日で、日付はまだ確定していません。
運動を職場に組み込む3つの進め方|全員向けの機会づくりから
運動を一次予防に使うなら、特定の人だけが参加する部活動型より、全員が無理なく触れられる機会から始めるほうが続きます。厚生労働省のガイドが紹介する職場での歩行介入や昼休みの運動指導も、特別な設備を前提にしていません。ここでは3つの進め方に分けて説明します。
昼休みと始業前に歩く機会を全員に用意する
最初の一手は、昼休みや始業前に歩く・体を動かす機会を全員に開くことです。ガイドが紹介する4週間の歩行介入で睡眠の質が改善し、運動習慣がない人ほど改善が大きかった点は、参加のハードルを下げる設計と相性がいいと言えます。
参加の目安としては、同ガイドの成人向け推奨(歩行などの身体活動を1日60分以上、息が弾み汗をかく運動を週60分以上、筋力トレーニングを週2〜3日)が使えます。最初から全員にこの水準を求めず、通勤や休憩時間の歩行を足し合わせる考え方で伝えると受け入れられやすくなります。
ストレスチェックの集団分析を運動施策の見直しに使う
運動施策が効いているかを判断する材料として、ストレスチェックの集団分析が使えます。集団分析は部署ごとのストレスの傾向を見るもので、実施は努力義務ですが、運動施策の前後で部署の傾向がどう動いたかを確かめる手がかりになります。
個人の結果を運動施策の参加者選びに使うことは避けます。結果の扱いは実施者の守秘義務の範囲に関わるため、集団として傾向を見る使い方に限るのが原則です。実施者の要件や集団分析の進め方は、ストレスチェックにスポーツ心理学を取り入れるフォロー面談の4つの視点でも整理しています。
あわせて読みたいストレスチェック実施者の要件|企業が選ぶ6職種とチーム分析›
管理職が先に参加して参加しやすい空気を作る
指針が定めるラインによるケアは、労働者と日常的に接する管理監督者が職場環境の改善や相談対応を行うことを指します。運動施策でも、管理職が先に参加して見せるのが最も効きます。上司が参加しないイベントは、部下にとって「業務時間を使ってよいのか」が分かりにくいからです。
管理職向けには、運動への誘い方だけでなく、部下の様子の変化に気づく研修を組み合わせると、一次予防と二次予防の橋渡しになります。研修の設計は従業員エンゲージメントスコアを人事が測る3段階の考え方も参考になります。
あわせて読みたいメンタルヘルス研修|スポーツ活用4類型と企業の導入手順›
Q. 職場で運動を取り入れるとき、どのくらいの量を目安にすればよいですか?
厚生労働省のガイドの成人向け推奨が目安になります。歩行などの身体活動を1日60分以上、息が弾み汗をかく程度の運動を週60分以上、筋力トレーニングを週2〜3日です。メンタルヘルスを目的にした独自の推奨値はないため、まずはこの水準を無理なく達成できる形に整えます。
効果は参加率とストレスチェックの集団分析で3か月ごとに確かめる
運動施策の効果は、1年に1回の確認では遅すぎます。参加率のような短い周期で動く指標と、ストレスチェックの集団分析のような年1回の指標を分けて追い、3か月ごとに施策の中身を見直します。運動とメンタルヘルスの変化は同時に起きていても因果は断定できないため、前年同期や参加者・非参加者との比較で確かめます。
- 参加率:対象者のうち、月に1回以上参加した人の割合を部署別に見る
- ストレスチェックの集団分析:施策の前後で、部署ごとの傾向がどう動いたかを比べる
- 休職・離職の件数:施策を始めた年と前年を比べる(個人が特定されない範囲で集計する)
- 睡眠や活力に関する簡易アンケート:参加者に年2回尋ねる
健康経営の枠組みで取り組む場合は、これらの指標を認定申請の取り組み記録にもそのまま使えます。制度との接続は健康経営の認定要件と申請手順で確認できます。ウェルビーイング全体の考え方はウェルビーイング経営の全体像にまとめています。
あわせて読みたい健康経営とは|認定要件・申請手順とスポーツ施策の入れ方›
まとめ|最初の1か月でやる3つのこと
メンタルヘルスと運動の関係は、厚生労働省のガイドで一定の根拠が示されています。そのうえで、運動は職場環境の改善と組み合わせる一次予防の土台として使います。最初の1か月は次の3つに絞ると進めやすくなります。
- 昼休みや始業前に歩く機会を全員に開き、管理職が先に参加する
- ストレスチェックの集団分析を確認し、施策前の部署別の傾向を記録する
- 参加率と休職・離職件数を、前年同期と比べる形で記録を始める
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