廣田彩花が語る、二度の靭帯断裂を越えた復帰への道

廣田彩花の靭帯断裂からの復帰|バドミントン選手のリハビリ スポーツアスリート

二度の前十字靭帯断裂を経験したバドミントン選手の選択

バドミントン選手の廣田彩花は、東京オリンピック直前に右膝、パリオリンピックを目指す最中に左膝と、二度にわたり前十字靭帯を断裂した。それでも引退を選ばず、7か月に及ぶリハビリを二度乗り越えて2025年5月に復帰を果たしている。長年ダブルスを組んできた福島由紀とのペア解消も経験しながら、なぜ競技を続ける決断ができたのか、本人の言葉から追う。

東京オリンピック直前の右膝断裂とプロテクター出場

廣田は東京オリンピック直前に右膝の前十字靭帯を断裂しながらも、プロテクターをつけて大会に出場し、準々決勝で敗退した。「もう一度、福島先輩と一緒にコートに立ちたい」という思いから、敗退の1週間後には内視鏡による手術を受けたという。

7か月に及ぶリハビリを支えたのは、ペアを組む一歳上の先輩、福島由紀からの「廣田を待ちたい」という言葉だった。復帰後も「次のパリオリンピックを目指しますって、覚悟がないと言えなかったから」と、しばらくは迷いを抱えたまま試合に臨んでいたと明かしている。

(参考)バドミントン・廣田彩花、靭帯断裂からの復帰。(後編) – Tarzan Web

反対側の左膝を断裂した2023年12月の瞬間

パリオリンピック出場権を懸けたレース中の2023年12月、廣田は着地の際に左膝が内側に入る感覚を覚えたという。「1回目の経験もあったから、ああ、同じだなって、すぐにわかった」と振り返るように、前回とは反対の左膝の前十字靭帯断裂だった。「その後には、いろんな気持ちになりすぎて、自分でも自分がどう思っているのか、よくわからなかったんです。手術もしたくないし、でもこのまま終わりたくもない」との言葉から、二度目の負傷が一度目以上に精神的な負荷をもたらしたことがうかがえる。

膝の負担が反対側に及ぶという構造的な問題

廣田自身、「2021年に右膝を怪我していなければ、2023年の左膝の怪我はなかったかもしれない」と振り返っている。片膝を庇う動きが無意識のうちにもう一方の膝への負担を高め、結果的に反対側の前十字靭帯断裂を誘発した可能性があるという。片側の怪我からの復帰過程では、患部だけでなく反対側の関節にかかる負荷にも注意を払う必要があることを示す事例だ。

手術か保存治療か、パリオリンピックを賭けた決断

手術を選べばリハビリに半年以上を要しパリオリンピックの予選には間に合わず、手術を回避しても「万全な状態で出場する」という目標は果たせない。廣田は一度は手術を選択したが、正月の帰省中に監督からの電話を受けて保存治療に切り替え、前十字靭帯が切れた状態のままパリオリンピックの予選レースに出場する決断を下した。

「周囲からは『自分にとっての最善を選択して』と言われていましたけど、私にとっての最善は、福島先輩にとっての最善だったから」との言葉は、個人競技のようでいて、ダブルスという競技形式が本人の意思決定にも影響を及ぼしていたことを示している。

結果として、廣田は前十字靭帯が切れた状態でパリオリンピックの予選レースに参戦し、目標だったパリ本大会への出場は叶わなかった。それでも「当初の『万全な状態で出場する』という目標が、怪我をしてからは、『とにかくレースをやり切る』に切り替わっていたので、全部終わった時には良かったなと思いました」と振り返っており、状況に応じて目標設定そのものを柔軟に変えたことが、精神的な折り合いをつける助けになったとみられる。

一般的な靭帯断裂の復帰期間と二度目のリハビリの重さ

前十字靭帯断裂からの競技復帰は、一般的に手術から6か月から1年程度のリハビリ期間を要するとされる。廣田も2024年7月に左膝を手術し、前回と同様に7か月かけてリハビリを行った。しかし「明確な目標もなく、当初は復帰するかどうかさえ決めていなかったため、二度目のリハビリは一度目よりもはるかに辛く苦しかった」と語っており、身体的な回復期間が同じでも、目標の有無によってリハビリの心理的な負荷が大きく変わることを示している。

それでも「いろんな人に支えてもらっているんだなって、すごく感じたんです」とファンからの声援が支えになったと明かし、「怪我で終わるのが一番悔しいから。とりあえず試合をして終わりたい」と、引退せず復帰する道を選んだ。

「バドミントンが好き」と言えるようになった理由

幼い頃から毎日の食事や睡眠と同じように生活に組み込まれていたバドミントンが、二度の怪我を経て初めて「楽しむ対象」になったと廣田は語る。「バドミントンが好きだっていう気持ちが一番にあるし、どれだけ楽しめるのかも大事なのかなって思うようになりました」。長年当たり前だった競技との関係が、怪我による強制的な休止を経て、あらためて選び直す対象になったことがうかがえる。

筆者が分析する、怪我と向き合う中で得た実践のヒント

廣田のケースから読み取れる学びは、怪我を通じて自分の体と心により深く向き合うようになった点だ。「怪我をすることで必然的に自分の身体と向き合う時間はすごく増えました。身体だけでなく、心とも向き合わざるを得ない」との言葉どおり、二度の大怪我が結果的に自身のコンディションを客観視する力を養う機会になったという。長年組んできた福島とのペア解消も、怪我をきっかけにした環境の変化の一つであり、「これからは新しい気持ちでバドミントンができるんじゃないかな」と前向きに捉え直している。

長期離脱からの復帰プロセスについては怪我予防に関する記事を、メンタル面の立て直し方についてはメンタルコンディショニングの記事もあわせて参考にしてほしい。

復帰戦を控えた練習で見せたしなやかな動き

復帰戦を1か月後に控えた練習では、膝には簡易的なテーピングだけを施し、後輩へのアドバイスをしながらしなやかに体を動かす姿が見られたという。「バドミントンには、決まった動きがないんです」という廣田の言葉どおり、シャトルに合わせて反応する動きの精度は、二度の大怪我を経てなお高い水準を保っていることを示している。

まとめ

  • 廣田彩花は東京オリンピック直前に右膝、2023年12月に左膝と二度の前十字靭帯断裂を経験した
  • 一度目はプロテクターをつけて東京オリンピックに出場し、大会後に手術を受けた
  • 二度目は手術か保存治療かで迷い、断裂したままパリ予選に出場する決断を下した
  • 目標の有無によってリハビリの心理的な負荷が大きく変わることを、二度の経験から実感した
  • 怪我をきっかけに自分の体と心を客観視する力を養い、引退せず復帰する道を選んだ

よくある質問

廣田彩花はどんな怪我を経験したのか

東京オリンピック直前に右膝、2023年12月に左膝と、左右両方の前十字靭帯断裂を経験している。

リハビリにはどれくらいの期間がかかったのか

二度とも手術後7か月をかけてリハビリを行い、いずれも段階的に競技復帰を果たしている。

なぜ引退せず復帰を選んだのか

「怪我で終わるのが一番悔しい」という思いから、まず試合をして終わりたいという気持ちで復帰を決断したという。

長年のダブルスペアはどうなったのか

福島由紀とのペアは怪我をきっかけに解消したが、同じチームの選手として現在も共に練習を続けている。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業にてメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。
現在は独立し、About The New株式会社を設立。教育コンテンツの研究・開発を行い、スポーツの知見を活かした人材育成プログラムを提供している。

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