ロードレースの世界で、感覚だけに頼らず「データで調子を管理する」という発想を実戦に持ち込んだ選手がいる。元シマノレーシングの入部正太朗選手だ。パワーメーターとトレーニング負荷管理ソフト「TSBシミュレーター」を組み合わせ、狙ったレースにピークを合わせる技術を磨いてきた。本記事では、入部選手が語ったコンディショニングの具体的な考え方を、実際に使える形に落とし込んで紹介する。
感覚だけに頼らない挑戦 パワーメーターとの出会い
入部選手がパワーメーターを本格導入したのは、シマノレーシング加入後のことだ。当初はパワーゾーン別の練習メニューをこなす程度だったが、あるシーズンから「TSBシミュレーター」という無料の負荷管理ソフトを使い始め、コンディショニングの精度が大きく変わったという。監督だった野寺秀徳氏からノウハウを教わったことがきっかけだった。
FTP・TSS・CTL・TSBという4つの武器
入部選手のデータ管理を理解するには、まず4つの基本用語を押さえる必要がある。それぞれが独立した数値ではなく、連動して「今の自分」を映し出す仕組みになっている。
FTPは全ての基準になる数値
FTP(Functional Threshold Power)は、1時間継続できる上限のパワー値で、有酸素能力の高さを示す。入部選手は「2カ月に1度ぐらい定期的に計測している」と語り、5分間の全開走と20分間の全開走を組み合わせ、その平均パワーの95%をFTPとして算出する方法を採っていた。この数値がTSSの計算のもととなり、以降のすべての指標の土台になる。
TSS・CTL・ATLで負荷とベースを可視化する
TSS(トレーニングストレススコア)はFTPの強度で1時間運動した場合を100として、その日の負荷を数値化したもの。CTL(長期トレーニング負荷)は42日間のTSS平均値で体力のベースを示し、ATL(短期トレーニング負荷)は1週間のTSS平均値で直近の疲労度を示す。入部選手は「プロ選手がレースを走るとき、CTLは最低100以上必要と言われている」と説明する。
TSBのプラスとマイナスが示す好不調のサイン
TSB(トレーニング・ストレス・バランス)はCTLからATLを引いた値で、好不調をひと目で数値化する。プラスが大きいほど回復し、マイナスが大きいほど疲労が蓄積している状態だ。入部選手は「TSBのプラスは回復している状態、マイナスは疲労を示しています」と語り、この数値の推移を見ながら練習と休養のバランスを調整していた。
未来をシミュレートする休養設計
TSBシミュレーターの本質は、過去の記録だけでなく「これから」の負荷を仮入力してCTLとTSBの変化を先読みできる点にある。レースまでの逆算スケジュールを組む発想は、社会人アスリートの週末レースにもそのまま応用できる。
レース1週間前からの逆算プランニング
入部選手は「レース前2日ぐらいからトレーニング量を調整したい」と述べ、直前は負荷を落とし、それ以前の日程で3勤1休や2勤1休のペースを組み立てていたという。前半に負荷を多めに、後半にかけて落としていくほうが疲労が残りにくいという実感も語っている。
TSBマイナス20を下回らせない
「理論上はTSBマイナス20を下回るとパフォーマンス低下、体調不良、免疫低下の恐れがある」と入部選手。理想はTSBをマイナス10程度まで下げてから回復させ、プラス5からプラス25の間に戻すことだという。マイナスからプラスへの回復局面こそが好調のサインになる。
(参考)パワーメーターのデータ分析で調子の波を支配する! シマノレーシング入部正太朗 – ファンライド
感覚7割 数値3割 頼りすぎないための線引き
数値による管理は強力な武器だが、入部選手はそれを盲信していない。長年のレース経験で培った身体感覚とのバランスを大切にしている点は、データ活用を考える上で見逃せない視点だ。
同じTSSでも疲労の質は違う
「5時間練習してTSS250のときと、3時間でTSS250のときでは、数字上は一緒だけど練習内容の強度が違う」と入部選手は指摘する。短時間高強度のスプリント練習のほうが、長めの持久走よりも筋肉的なダメージが大きいと感じているという。数値だけを追うと、こうした質の違いを見落とすリスクがある。
数値に出ない疲労を拾う積極的回復
丸一日の飛行機移動やデスクワークはTSS上はゼロでも、実際には疲労が蓄積する。入部選手はそうした「数値に表れない疲労」を感じたとき、プチ断食や10時間以上の睡眠など積極的な回復行動を取っていた。スポーツ科学の知見を借りながらも、最終的な判断は自分の感覚に委ねる姿勢が徹底されている。
ウェアラブルデータを自分の練習に取り入れる3ステップ
プロ選手のノウハウは、機材を揃えれば市民アスリートにも応用できる。パワーメーターや心拍計を使ったコンディショニング管理を始めたい人向けに、実践の入り口を3ステップで整理する。
1. まず自分のFTPを知る
5分間の全開走と20分間の全開走を1セット行い、20分間の平均パワーの95%を暫定FTPとする。これが以降のすべての指標の基準値になる。
2. 無料のTSBシミュレーターで負荷を記録する
練習やレース後のTSSを入力するだけで、CTL・ATL・TSBが自動計算される。まずは2カ月ほど継続して記録し、自分のCTLとTSBの平均的な推移を把握することが目的だ。
3. 1週間単位で休養日を逆算する
大会や記録会が近づいたら、当日にTSBがプラスになるよう逆算して練習量を配分する。他のアスリートの実践例と比較しながら、自分に合ったペース配分を見つけていくとよい。
よくある質問
Q. パワーメーターがなくてもTSBシミュレーターは使えますか
心拍数ベースの負荷推定でも代用は可能だが、パワー値のほうが天候や路面状況に左右されにくく精度が高い。導入を検討する価値は十分にある。
Q. FTPはどのくらいの頻度で測り直すべきですか
入部選手は2カ月に1度を目安にしていた。トレーニング内容やシーズンの節目に合わせて更新すると、TSSの計算誤差を抑えられる。
Q. TSBがマイナスのまま試合を迎えるとどうなりますか
入部選手の言葉を借りれば、マイナス20を下回るとパフォーマンス低下や免疫低下のリスクが高まる。試合直前は意図的に負荷を落とす調整が推奨される。
まとめ
- FTP・TSS・CTL・TSBの4指標を組み合わせることで、体力のベースと疲労度を同時に可視化できる
- TSBシミュレーターは未来の負荷を仮入力し、レースに向けた休養設計を逆算できるのが強み
- TSBマイナス20を下回らせないことが、パフォーマンス維持の目安になる
- 同じTSSでも練習の質によって疲労度は異なるため、数値と感覚は7:3程度のバランスで併用する
- 飛行機移動やデスクワークなど数値に表れない疲労には、睡眠や食事調整など積極的な回復で対応する
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