ウクライナの走り高跳び選手ヤロスラワ・マフチク選手は、2.10メートルの世界記録を持つパリ五輪金メダリストだ。競技場に寝袋を持ち込み、試技の合間に横になって仮眠を取るその姿から「眠れる森の美女」と呼ばれている。一見マイペースに見えるこの習慣には、コーチの助言と本人なりの集中法という2つの理由がある。
「眠れる森の美女」と呼ばれる理由
マフチク選手はウクライナ出身で、10代の頃から国際大会で頭角を現してきた走り高跳び選手だ。パリ五輪では金メダルを獲得し、その後2.10メートルの世界記録を樹立。1987年にブルガリアの選手が樹立した2.09メートルの記録を、37年ぶりに更新した実績を持つ。
マフチク選手は予選や決勝の試技の合間、寝袋にくるまり、マットの上で頭をバッグに乗せて休む。雨が降る中でも構わず仮眠を取り、自分の出番が来ると起き上がって跳躍し、成功すればまた眠りにつくという光景が、パリ五輪では世界中の注目を集めた。
この習慣は2018年のユースオリンピックで優勝した時から続けているもので、一時の思いつきではなく、長年かけて磨いてきたルーティンだ。
(参考)High Jumper Yaroslava Mahuchikh Relaxes in a Sleeping Bag – TIME
寝袋を持ち込む理由
コーチのセルヒー・ステパノフ氏がこの習慣を勧めた理由は、体の負担を減らすためだった。試技の合間、座ったまま長時間待っていると血液が脚の下部にたまり、その後の跳躍に影響が出てしまう。そこで横になって休むことをアドバイスしたという。
単に楽な姿勢というだけでなく、血流を滞らせず脚のコンディションを保つという明確な狙いがあるからこそ、世界トップレベルの舞台でも迷わず実践できている。走り高跳びは1回の試技から次の試技まで数十分あくこともある競技であり、その待機時間をどう過ごすかが記録に直結するという発想は、他の跳躍系種目にも通じる考え方だ。
緊張との向き合い方
マフチク選手はTIME誌の取材に、横になっているときの心境をこう語っている。「横になると気持ちがいいし、時々雲を眺めることもある。数を1、2、3、4と数えたり、息を吸って吐いたりすることもある。まるでリラックスしているみたいで、自分がスタジアムにいることを考えないようにしている」。
試合という極度の緊張が続く場面で、あえて意識を競技から切り離す時間をつくることで、次の跳躍に集中し直すための余白を確保している。これは単なる休憩ではなく、緊張を管理するための能動的な行動だといえる。

集中力への効果
このルーティンの成果は結果にも表れている。パリ五輪の決勝では雨が降る中、2メートルの高さを一発でクリアし金メダルを獲得。2026年の世界室内選手権でも2メートル01の高さを制して優勝を果たしている。仮眠を挟みながらも、勝負どころでは確実に結果を出し続けている。周囲がどれだけ緊張した空気に包まれていても、自分のペースを崩さずに戻ってくるための時間を確保しているからこそ、大舞台での再現性が生まれている。
座って待つよりも横になって待つ方が良い記録につながるという発想は、常識にとらわれず自分の体と対話しながら見つけたものだ。コーチの科学的な助言と、本人が見つけたリラックス法が組み合わさって、独自のルーティンとして完成している。
「常識」にとらわれない発想の背景
陸上競技では、試技の合間はウォームアップを継続しながら軽く体を動かして待つのが一般的とされてきた。座ったり横になったりすると体が冷えて再び動きにくくなるという考え方が根強い中、マフチク選手のルーティンは一見すると常識と逆行しているように見える。
だが実際には、寝袋という保温性のある道具を使うことで体の冷えを防ぎながら、血流の滞りだけを避けるという合理的な設計になっている。見た目のインパクトだけでなく、コーチと選手が対話を重ねて作り上げた仕組みであることが、この習慣が単なるパフォーマンスではないことを物語っている。
試合前の緊張を「呼吸」と「記録」で整える
寝袋のような特別な道具がなくても、マフチク選手が語った「数を数える」「呼吸に意識を向ける」という要素は、多くの競技で応用できる。ここでは、緊張が高まる場面でも再現しやすいよう、記録アプリを使った整え方を紹介する。
「呼吸のペース」を記録アプリで可視化する
スマートウォッチの多くには、呼吸のペースを画面の動きに合わせて整えるガイド機能がある。試合前のルーティンに組み込み、心拍数がどこまで落ち着くかを毎回記録しておく。
- 安静時心拍数
- 呼吸ガイド実施後の心拍数
- 心拍変動(HRV)
- 実施時間
大会後に「落ち着いた回数」を振り返る
大会が終わったら、その日に何回呼吸を整える時間を取れたか、心拍数がどれくらい下がったかをアプリのログで振り返る。結果が良かった試合ほど、直前にしっかり心拍数を落とせていたかを確認する。
- 試合前の心拍数の推移をグラフで確認する
- 結果が良かった日と乱れていた日の心拍データを比較する
心拍が下がりきらない時は「環境」を変える
呼吸を整えても心拍数が下がりきらない大会が続く場合は、やり方そのものではなく待機環境を見直す。マフチク選手が寝袋という道具で解決したように、環境側にアプローチする発想が有効だ。
- 座って待つ時間が長い → 可能な範囲で横になれる場所を確保する
- 周囲の音が気になる → イヤホンで呼吸ガイドの音声に集中できる状態をつくる
- 出番までの待ち時間が読めない → 呼吸を整える時間をあらかじめ複数回に分けて設定する
よくある質問
マフチク選手はなぜ寝袋を使うのですか
コーチの助言で、試技の合間に座って待つと血液が脚の下部にたまり跳躍に影響するため、横になって休むことを勧められたのがきっかけだ。2018年のユースオリンピックから続けている習慣である。
仮眠中はどんなことを考えているのですか
本人によると、雲を眺めたり数を数えたり、呼吸に意識を向けたりして、自分がスタジアムにいることを考えないようにしているという。試合の緊張から意識を一時的に切り離すための時間になっている。世界記録がかかった跳躍の直前であっても、この習慣を崩さなかったことが、極度のプレッシャーの中でも実力を発揮できた一因といえる。
このルーティンはどんな成果につながっていますか
パリ五輪では雨の中2メートルを一発でクリアして金メダルを獲得し、2026年の世界室内選手権でも優勝している。仮眠を挟みながらも、勝負どころで結果を出し続けている。
一般の競技者にも応用できる考え方はありますか
寝袋という道具自体は特別でも、呼吸に意識を向けて心拍数を落ち着ける、待機環境を工夫するという発想は多くの競技で応用できる。緊張を無理に抑え込むのではなく、能動的に整える時間をつくる点が参考になる。学生の大会や地域の競技会でも、待機時間の過ごし方を自分なりに設計するだけで、本番でのパフォーマンスが安定しやすくなる。
まとめ
寝袋というインパクトのある見た目の裏には、血流管理という体への配慮と、呼吸や意識の使い方という心の整え方の両方が組み込まれている。マフチク選手のルーティンは、派手な演出ではなく、長年の対話の末にたどり着いた実用的な工夫だ。
- マフチク選手は試技の合間、寝袋にくるまり仮眠を取る習慣を2018年から続けている
- コーチの助言により、座って待つより横になる方が脚の血流を保てるという理由がある
- 本人は呼吸や数を数えることで試合の緊張から意識を切り離している
- この習慣とともにパリ五輪で金メダル、2.10メートルの世界記録を樹立した
- 2026年の世界室内選手権でも優勝し、37年ぶりの世界記録更新後も独自のルーティンを続けている

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