鈴木孝幸が4大会連続で貫いたベストにこだわらない哲学

鈴木孝幸 パラ水泳 哲学 スポーツアスリート

2004年アテネから2016年リオデジャネイロまで、パラリンピック競泳で4大会連続出場を果たし、金1・銀1・銅3の計5個のメダルを獲得した鈴木孝幸。北京・ロンドンでは競泳チームの主将も務めた。しかし鈴木は競技だけに人生を懸けてきたわけではない。早稲田大学を卒業後にゴールドウインへ入社し、会社員として働きながら、さらには海外留学まで経験している。競技一本に絞らなかったこの生き方が、なぜ12年という長期にわたる高いパフォーマンスの維持につながったのか。多くのアスリートが競技への集中を優先する中、鈴木はあえて競技以外の役割を増やす道を選んだ。日本スポーツ振興センターのアスリート育成パスウェイに寄せた本人の歩みから、その心の持ち方を読み解く。

「ベストを尽くす」ことと「ベストにこだわらない」ことの両立

鈴木のアスリート人生を象徴する考え方が、「できる限りのベストを尽くす。ベストを尽くすことにこだわらない」という姿勢だ。一見矛盾するようだが、これは全力を出し切ることと、結果への執着を切り離すという思考の整理を意味している。目の前の練習や試合に対しては全力を尽くす一方で、「ベストな結果」そのものに固執しすぎないことで、長期間にわたって競技と向き合い続けることができたと解釈できる。

(参考)鈴木孝幸選手(水泳[パラリンピック])インタビュー – Athlete Pathway アスリート育成パスウェイ(日本スポーツ振興センター)

なぜ「二足のわらじ」を選んだのか

鈴木は早稲田大学卒業後、2009年にゴールドウインへ入社し、スピード事業部を経て2016年からはコーポレートコミュニケーション室に配属されている。競技を引退してから就職したのではなく、現役のパラリンピアンとして働きながら大会に出場し続けた点が特徴的だ。北京・ロンドンではメダルを獲得しながら会社員としての業務もこなし、リオデジャネイロでも4位入賞を果たすなど、競技と仕事のどちらか一方に偏ることなく両立を続けてきた。

「二足のわらじ」が新たなモチベーションになる

本人が語るように、仕事と競技を同時に進めることは「新たなモチベーションの獲得」につながったという。競技だけに閉じた生活では得られない緊張感や達成感を、仕事という別のフィールドから補うことができる。さらに、仕事をしてきたからこそ得られた「一般常識」と「応援の輪」があったとも振り返っている。競技の外に社会とのつながりを持ち続けたことが、長期的なキャリアを支える土台になっていた。

アスリートが競技だけに没入すると、コミュニティが狭くなり社会との接点が減っていくリスクがある。日本スポーツ振興センターはこれを「井の中の蛙」になりかねない特殊な環境だと表現している。鈴木が会社員としての顔を持ち続けたことは、単なる収入源の確保ではなく、競技の外側にもう一つの現実的な評価軸を持つことで、競技での浮き沈みに人生全体が引っ張られすぎない構造を作っていたとも解釈できる。

ノートに書き留める「日々の自分」という思考モデル

鈴木はノートに日々の自分を書き留める習慣を持っていたという。ただし、その記録を絶対視するのではなく、「重要視し過ぎずヒントの一つに」とどめる姿勢を強調している点が興味深い。日々の心身の状態を記録すること自体は多くのアスリートが実践する手法だが、その記録に振り回されず、あくまで参考情報の一つとして距離を置いて扱うという運用の仕方に、鈴木らしい思考のバランス感覚が表れている。

心理学の分野では、自分の状態を書き出して客観的に眺める行為が、感情に飲み込まれず物事を整理する助けになるとされる。鈴木が記録を「絶対的な指標」ではなく「ヒントの一つ」として扱ったのは、記録そのものに一喜一憂して主観に流されることを避けるための工夫だったと考えられる。主観だけでは気づかないことがあるからこそ、記録を通じて客観視し、次のプロセスにつなげるという考え方を本人も重視している。

記録をつけること自体は多くのアスリートやビジネスパーソンが実践しているが、その記録との距離の取り方に差が出る。記録の数値やその日の調子に一喜一憂しすぎると、かえって不安や自己否定を強めてしまうことがある。鈴木が繰り返し「重要視し過ぎず」という言葉を使っているのは、記録を判断材料の一つに留め、それに支配されない距離感を意図的に保っていたからだと考えられる。時の流れに身を任せながらも、チャンスが来た時にはしっかり備えるという本人の言葉も、目先の一喜一憂よりも長期的な視点を優先する姿勢の表れだ。

海外での経験が広げた視野

鈴木は競技活動の中でイギリスへの留学も経験している。現地では「パラ選手ではなく一アスリート」として扱われる環境に身を置いたという。日本との違いに触れる中で視野が広がり、それが競技力の向上にもつながったと振り返っている。障害の有無で区別されるかどうかという環境の違いは、選手としての自己認識そのものに影響を与える要素であり、海外という異なる文化圏に身を置いたことが、鈴木自身の競技への向き合い方を相対化する機会になった。日本では「パラリンピアン」という枠組みで語られることが多い中、英国での経験を通じて自分自身を単なる「一人のアスリート」として捉え直せたことは、競技への向き合い方そのものを見直す契機になったと考えられる。

他のパラリンピアン・一般アスリートとの比較

多くのトップアスリートが「競技に集中するために競技以外を削る」という選択をする中、鈴木は逆に競技以外の要素(仕事、留学、記録の習慣)を意図的に増やすことで、長期的なパフォーマンスを維持する道を選んでいる。日本スポーツ振興センターも、アスリートが特殊な環境に置かれるあまり「井の中の蛙」になりやすい点を課題として挙げており、鈴木のような競技外の社会経験を持つ生き方を「デュアルキャリア」という考え方として紹介している。競技だけに没入する生き方と、社会との接点を保ちながら競技を続ける生き方。どちらが優れているという話ではないが、4大会という長期間にわたり結果を出し続けた鈴木の事例は、後者の有効性を示す具体例だと言える。

単一の目標に全リソースを集中させる生き方は、短期的な成果を最大化しやすい一方、その目標が思うようにいかない時期に精神的な支えを失いやすいという弱点もある。鈴木のように複数の役割を並行させる生き方は、瞬発的な集中力では劣るかもしれないが、12年という長期間にわたり競技を続けるための持続可能性という点で優れていたと考えられる。短距離型の集中と長距離型の持続、どちらの戦略を取るかは目標とする期間の長さによって変わってくる。

一般人のキャリア・人生設計への応用

本業以外の活動をモチベーションの供給源にする

1つの仕事や役割だけに人生を集中させると、うまくいかない時期に逃げ場がなくなりやすい。鈴木が競技と仕事を同時に進めたように、複数の役割を持つことで、片方が停滞していてももう片方から新しい刺激やモチベーションを得られる構造を作ることができる。転職や異動、資格取得のための学び直しなど、本業以外の挑戦を並行して持つことが、心理的なセーフティネットとして機能する。

記録はつけるが、絶対視しない

日々の振り返りや記録は有効だが、その数値や記述に一喜一憂しすぎると、かえって視野が狭くなる。鈴木のように「ヒントの一つ」として距離を置いて扱う姿勢は、日報や日記をつける一般の社会人にも応用できる考え方だ。良い日の記録も悪い日の記録も、優劣をつけるためではなく、次にどう動くかを考えるための材料として淡々と扱うことが継続の鍵になる。

異なる環境に身を置いて自分を相対化する

普段と違う環境(海外、異業種、新しいコミュニティ)に身を置くことで、当たり前だと思っていた前提が揺さぶられ、自分の立ち位置を客観的に見直すきっかけになる。

「全力」と「執着しない」を分けて考える

目の前のタスクには全力を尽くしながら、その結果に対する執着は手放すという鈴木の姿勢は、燃え尽きやすい働き方をしている人にとって特に参考になる。結果への執着を減らすことは手を抜くことではなく、長く走り続けるための調整弁だと捉え直すことができる。

NotebookLMで「日々の記録」から次の行動を言語化する3ステップ

鈴木のように日々の記録をヒントとして活用するには、記録を溜めるだけでなく、定期的に振り返って傾向を掴む工夫が必要になる。ここでは複数の文書を横断的に分析できるNotebookLMを使い、自分の記録から次の行動のヒントを引き出す方法を紹介する。

ステップ1:日々のメモをNotebookLMに読み込ませる

スマートフォンのメモアプリやノートに書き留めた日々の振り返りを一つのドキュメントにまとめ、NotebookLMにアップロードする。数週間から数ヶ月分をまとめて読み込ませることで、単発では気づけない傾向を分析できる状態を作る。鈴木がノートに日々の自分を書き留めていたように、記録の蓄積が後から振り返る際の材料の質を左右する。

ステップ2:調子が良かった時と悪かった時の共通点を聞く

「アップロードした記録の中で、調子が良かったと書かれている日と悪かったと書かれている日それぞれに共通する要因を挙げてください」と質問する。記録に絶対的な意味を持たせるのではなく、あくまで傾向を掴むための参考情報として扱う。

ステップ3:次の1週間で試す小さな行動を1つ決める

分析結果をもとに「次の1週間で試せる小さな行動を1つ提案してください」と依頼する。記録に振り回されず、あくまでヒントとして次の具体的な一歩につなげるという鈴木の姿勢を、日々の生活の中で再現できる。提案された行動を試した後は、その結果もまた記録の一つとして蓄積し、一喜一憂せずに次の材料として扱うサイクルを繰り返すことが、長期的な改善につながる。

鈴木孝幸の生き方が示す強さの本質

鈴木孝幸の強さは、競技だけに人生を懸けきらなかったことにある。仕事、留学、日々の記録という競技外の要素を意図的に取り入れながら、目の前の競技には全力を尽くす。結果に執着しすぎず、しかし手も抜かない。この一見矛盾するバランス感覚こそが、4大会・12年にわたってパラリンピックの舞台に立ち続けた原動力だったと言える。競技に人生のすべてを預けるのではなく、複数の役割を行き来しながら自分を客観視し続けること。それが鈴木の歩みが示す、長く戦い続けるための思考モデルだ。金メダルという最高の結果も、4位という悔しい結果も、どちらも次のプロセスに変える材料として扱ってきたからこそ、12年という長い競技人生を全うできたのだろう。

鈴木孝幸はなぜ現役中に会社員として働いていたのですか?

競技だけに集中するのではなく、仕事を通じて新たなモチベーションや一般常識、応援してくれる人とのつながりを得ることを重視していたためです。

「ベストを尽くすことにこだわらない」とはどういう意味ですか?

目の前の練習や試合には全力を尽くす一方で、結果そのものに執着しすぎないという考え方です。結果への固執を減らすことで、長期間にわたり競技へ向き合い続けることができたとされています。

日々の記録はどのように活用していたのですか?

ノートに日々の自分を書き留めていましたが、その記録を絶対視せず「ヒントの一つ」として距離を置いて扱っていました。

海外留学は競技にどう影響しましたか?

イギリスでは「パラ選手ではなく一アスリート」として扱われる環境に身を置き、日本との違いに触れたことで視野が広がり、競技力の向上につながったとされています。

一般の社会人にも応用できる考え方はありますか?

本業以外の役割を持ってモチベーションの供給源を複数にすること、記録はつけても絶対視しないこと、異なる環境に身を置いて自分を相対化することの3点が応用できます。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業にてメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。
現在は独立し、About The New株式会社を設立。教育コンテンツの研究・開発を行い、スポーツの知見を活かした人材育成プログラムを提供している。

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