オリンピック2大会に出場したフェンシング元日本代表・徳南堅太は、2024年の現役引退にあたって、フェンシング日本代表コーチのオファーを受けることも、10年勤めたコンサルティング企業デロイト トーマツに残ることもできた。しかし彼が選んだのは、創業間もないAIベンチャー企業aicrewへの転職という、キャリアの再出発だった。「引退後のキャリアについて、世界一悩んだ自信がある」と語る徳南の思考プロセスには、選択肢が多いからこそ迷う人に向けた、実践的な意思決定の型がある。
自分の役割を問い続けた末に見えてきたもの
徳南は引退後、「自分のやりたいことは一体なんなのか、なんのために生まれてきたのだろうかとまで考えるほど、自身のキャリアを悩みに悩みました」と振り返る。約10年勤めたデロイト トーマツに残り、社内異動するという安全な選択肢もあった。しかし、コンサルファームの最上位の役職「パートナー」を目指すには、37歳でリスタートした自分が、新卒からキャリアを積み重ねてきた精鋭たちと肩を並べることになる。「パートナーになるには何年かかるのだろうか、さらにパートナーになったとして、何をするのかの未来像があまり想像できませんでした」という率直な言葉には、実績のある環境に留まることの安心感よりも、その先の景色が見えないことへの違和感が表れている。
不安を承知のうえで「一旦やめてみよう」と決めた判断基準
徳南は「不安はもちろんありましたが『一旦やめてみよう』と決意しました」と語る。この判断の特徴は、次の行き先が決まる前に、まず現状を手放すという順序にある。さらに、次の就職先のめどが立っていない中で、住んでいた家まで解約したという。「自分を前に進ませる環境を設計することは大事です。プラスの意味で物理的に決めざるを得ない、やらざるを得ないように環境をつくるのは、アスリートマインドで培われたものなのかもしれません」という言葉は、意志の強さだけに頼るのではなく、後戻りできない環境を自らつくることで前進を後押しするという、行動デザインの発想を示している。
AIベンチャーへの転身という決断の背景
次の職場が決まったきっかけは、友人の誕生日会での偶然の出会いだった。起業して間もないaicrew代表の明賀大介と意気投合し、後日の再会で「そんな迷ってるんだったら、うちで1回やってみませんか」と声をかけられたという。徳南はAIという未知の領域に飛び込む理由を「AI×スポーツや、AIと出身地の福井など、自分のバックグラウンドを活かせるかもしれない」と語っている。未経験の分野であることを不安要素としてではなく、自分の経歴を掛け合わせる余地がある分野として捉え直している点が特徴的だ。
裁量と激務を引き受けたリスク計算
「創業して間もないので激務であろうことは承知していました。その分裁量権が多く即戦力になれるため、数年で自走できる環境下だと考え、挑戦することにしました」という言葉には、リスクを避けるのではなく、リスクの中身を具体的に把握したうえで引き受けるという判断の型が表れている。激務そのものを避けたいと考えるのではなく、激務の対価として得られる裁量と成長速度を天秤にかけ、数年という期限を区切って評価する視点を持っている。
未経験の領域で信頼を積み上げる方法
aicrewでの仕事内容は営業からプロジェクトマネジメントまで多岐にわたり、誰かに教えを請うのではなく自身で解決策を見つけていく環境だった。アーティストのミュージックビデオ制作のディレクションを任された際は、レーベル側の専門家を相手に右往左往したこともあったという。それでも徳南は「トライアンドエラーを重ねて、高速でPDCAを回していく。人として気に入ってもらって再び仕事を依頼されるような人間になるのは、ビジネスの基本」と前向きに捉えている。専門知識で圧倒することができない領域では、対応の速さと人としての信頼の積み重ねが競争力になるという発想だ。
科学的に見るキャリアチェンジ後の適応プロセス
キャリア研究の分野では、専門性の高い環境から未経験の領域へ移行する際、旧来の専門知識に頼れない不安に直面することが知られている。この不安を乗り越える鍵として重視されるのが「学習アジリティ」、すなわち新しい状況に素早く適応し、経験から学び直す力だ。徳南が実践した「トライアンドエラーを高速で回す」というアプローチは、まさにこの学習アジリティを体現したものであり、専門知識の欠如を経験の速度で補うという、キャリアチェンジ期に特有の有効な戦略だと言える。
一般人のキャリアや転職に転用できる思考モデル
徳南の判断から抽出できる思考モデルは三つある。一つ目は、安定した環境の先にある未来像が想像できないなら、それは留まる理由にはならないという評価軸。二つ目は、意志の力だけに頼らず、後戻りしにくい環境を意図的に設計するという行動デザイン。三つ目は、未経験の領域では専門知識の不足を、対応の速さと信頼構築で補うという実践的な戦略だ。これらは、長年勤めた会社でのキャリアの先行きに悩むビジネスパーソンや、異業種への転職を検討している人にとって、そのまま参考になる判断軸である。
特に「数年で自走できる環境かどうか」という時間軸を区切った評価は、転職先を選ぶ際に有効な視点だ。激務かどうかという表面的な条件だけで判断するのではなく、その環境でどれだけの速度で成長できるかを見積もったうえで、期限を区切って引き受けるという発想は、キャリアの意思決定において感情論に流されない基準を提供してくれる。
思考整理にAIを活用するという選択肢
徳南のように「自分は何のために生まれてきたのか」というレベルまで内省を重ねるプロセスは、時に堂々巡りになりやすい。近年は、こうした内省の過程をAIチャットツールとの対話を通じて整理する人も増えている。自分の強みや経験を書き出し、AIに「共通するテーマ」や「これまでの選択の傾向」を洗い出してもらうことで、感覚的にしか把握できていなかった自分の判断基準を言語化しやすくなる。徳南が友人や様々な人に話を聞いて内省を繰り返したように、AIとの対話も一つの壁打ち相手として、最終判断を下す前の材料集めに活用できる。もちろん人生の選択そのものはAIが決めるものではなく、あくまで思考を整理する補助的な役割にとどまる。
まとめ
徳南堅太が示しているのは、安定した実績のある環境よりも、その先の未来像が見える環境を選ぶという判断基準であり、意志の力だけに頼らず後戻りできない状況を自らつくるという行動デザインだ。未経験の領域に飛び込んだ後は、専門知識の不足を高速なトライアンドエラーと人としての信頼構築で補ってきた。これらの思考モデルは、キャリアの岐路に立つすべての人にとって、実践的な指針になる。
よくある質問
徳南堅太がデロイト トーマツを離れた理由は何ですか
コンサルファームの最上位職であるパートナーを目指すうえで、37歳でリスタートすることへの未来像が想像できなかったことが理由である。
徳南堅太がAIベンチャーに転職した決め手は何ですか
友人の誕生日会での偶然の出会いがきっかけで、自身のスポーツや福井というバックグラウンドを活かせる可能性を感じたことである。
未経験の分野で信頼を築くために徳南堅太が大切にしていることは何ですか
トライアンドエラーを高速で繰り返し、人として気に入ってもらい再び仕事を依頼される存在になることを重視している。
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