フェンシング日本代表として競技に打ち込み、ケガでの引退後にコーチを経て、東京2020オリンピックを区切りにビジネスの世界へ転身した成田遼介。リクルートに入社し営業ですぐに結果を出したものの、チームリーダーになった途端に壁にぶつかった。個人で結果を出す立場からチームを率いる立場への転換でつまずいた経験は、多くのアスリートのセカンドキャリア、そして多くのビジネスパーソンの昇進期にも通じる示唆を含んでいる。
アスリート時代の成功体験がリーダーとして通用しなかった理由
成田は営業として結果を出し、入社1年強でチームリーダーに任用された。フェンシングのコーチとして40名近くに向き合ってきた経験もあり、当初はリーダーの仕事に自信があったという。しかし「メンバーに営業手法を伝えてみたのですが、その通りに実践はしてくれませんでした」と振り返る。「なぜ、やらないんだろう?」と疑問に感じてしまう自分に気づき、「それって成田さんだからできることですよね?」と言われることにモヤモヤを抱えていた。
「まず、やってみる」という価値観がすれ違いを生んだ構造
成田自身の成功の源泉だった「まず、やってみる」という行動原理は、アスリート時代には有効だったが、価値観の異なるメンバーには同じようには機能しなかった。個人競技で結果を出す選手にとって、勝負に勝つこと自体が動機の中心になりやすい。しかし成田がチームを率いる中で気づいたのは、ビジネスの現場では「大事にしているものの優先順位が人それぞれ違う」という事実だった。
上司の一言がもたらした視点の転換
行き詰まりを感じた成田は、上司であるマネジャーに悩みを打ち明けた。返ってきたアドバイスは「成田には成田の人生があるように、メンバーにはメンバーの人生があって、大切にしていることも、強みも違う。メンバーの背景や抱えている想いにもう少し注目してみたら?」というものだった。半信半疑ながら試しにメンバーに話を聞いてみたところ、営業成績以上に「クライアントの役に立ちたい」「社内の人たちをサポートしたい」といった、それぞれ異なる動機の源泉があることに気づいたという。
対話の蓄積がチームの雰囲気を変えた
一人ひとりと丁寧に対話を重ねるうちに、チームの雰囲気は明らかに変化した。以前は相談や質問が中心だったメンバーからの連絡が、「私はこう思う」「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」と意見を持ち込んで議論する形に変わっていった。自分の成功パターンを押し付けるのではなく、相手の動機を理解したうえで関わり方を調整するという姿勢が、チームを機能させる転換点になっている。
「営業1年目」ではなく「成田遼介27年目」という捉え方
成田は自身のキャリアを「営業1年目」ではなく「成田遼介27年目」として捉え直したと語る。「自分のことを『営業1年目』と思うと、そこまでの戦い方になってしまう」という考え方は、異業種からの転身者が陥りがちな自己評価の低さを乗り越えるための、実践的な思考の枠組みだ。これまでの人生経験すべてを土台にしてクライアントに向き合うという発想は、メンバー一人ひとりに対しても同様に適用されている。新卒か中途か、経験年数が何年かに関係なく、「これまでの人生全てで、どうすればクライアントのお役に立てるか」を一緒に考えるという姿勢は、年齢や経歴に関わらず一人ひとりの背景に価値を見出す視点そのものだ。
科学的に見るリーダーシップスタイルの転換
リーダーシップ研究では、成果を出す個人が管理職になった際に直面する課題は「プレイヤーからマネージャーへの移行の壁」としてよく知られている。個人の成功要因をそのままチームに適用しようとすると、メンバーの多様な動機づけを見落としてしまう。成田が実践した「メンバーの動機の源泉を探る」というアプローチは、心理学における「自己決定理論」が示す、人はそれぞれ異なる価値観に基づいて動機づけられるという知見とも整合する。画一的な指導法ではなく、個々の動機に合わせた関わり方を模索する姿勢が、成果を出すチームづくりの土台になっている。
アスリートのセカンドキャリアに共通する二つの心構え
成田はセカンドキャリアに挑戦する際に大切にすべきこととして二つを挙げている。
今までやってきたことを「職業」として内省する
一つ目は、今までやってきたことを「職業」として内省すること。「自分にはどんなスキルがあって、スキルを活かすと何が生まれて、それってどのくらいの市場価値があるものなのか」を考える作業だ。
もう一度ゼロからやる覚悟を持つ
二つ目は、もう一度ゼロからやる覚悟を持つこと。「オリンピックの金メダリストも、最初はゼロから」という視点に立ち、積み上げてきた実績への執着を手放す姿勢である。
一般人のキャリアや組織運営に転用できる思考モデル
成田の経験から抽出できるのは、個人としての成功パターンをチームに押し付ける前に、メンバー一人ひとりの動機を理解するプロセスを挟むという思考モデルだ。これは、営業成績トップから管理職に昇進したばかりの人、専門職からマネジメント職に転じたばかりの人など、あらゆる業界の昇進期に共通する課題への処方箋になる。また「三日坊主でも、ゼロよりはいい」という考え方は、完璧な計画を立ててから動くのではなく、小さく試して経験値を増やしていくという行動原理として、キャリアの転換期にある人全般に応用できる。
思考整理にAIを活用するという選択肢
成田が実践したような「メンバー一人ひとりの動機を聞き出し、理解する」というプロセスは、対話の量が多くなるほど記憶や整理が難しくなる。近年は、1on1や面談で聞いた内容を要点だけメモしておき、AIチャットツールに読み込ませて「このメンバーが大事にしていること」「これまでの発言との共通点」を整理してもらうという使い方も広がっている。人の気持ちや価値観そのものを判断するのはAIの役割ではないが、断片的な会話の記録を時系列で整理し、見落としがちなパターンに気づく補助線としては有効だ。成田が体現した「メンバーの背景に注目する」という姿勢を、記録と振り返りの仕組みとして支えることができる。
副業という形で競技との関わりを保ち続ける生き方
成田は現在もリクルートで働きながら、許可を得たうえでアスリートのエージェント活動やフェンシングのコーチ、スポーツ選手のキャリアコーチングを副業として続けている。「アスリート時代に学んだことを、リクルートの仕事で活かせるし、その逆もある」という言葉には、キャリアを一つの職業に限定せず、複数の経験を相互に還元し合う発想がにじんでいる。フェンシングを始めたのは高校2年生の時で、それ以前はバスケットボールや水泳、ハンドボールなど様々なスポーツを経験しており、「その全てが役に立った」という実感が、今の複数の活動を並行させるスタイルにもつながっている。
「どういうキャリアを描きたいかを言語化することが、世の中のトレンドになっている」としながらも、成田自身は「まず、やってみる」ことを優先している。計画を綿密に立ててから動くのではなく、三日坊主で終わったとしても行動した経験そのものに価値を見出すという姿勢は、キャリアの選択肢に迷いながらも一歩を踏み出せずにいる人にとって、行動への後押しになる考え方だ。
まとめ
成田遼介が示しているのは、個人として結果を出す力と、チームを率いる力はまったく別のスキルだという事実であり、その転換点でつまずくことは特別なことではないという事実だ。上司からの一言をきっかけにメンバー一人ひとりの動機に目を向け、対話を積み重ねることでチームを機能させた経験は、アスリートのセカンドキャリアに限らず、あらゆる昇進期にある人にとって参考になる思考モデルである。
よくある質問
成田遼介がリーダーとして壁にぶつかった原因は何ですか
自分の成功パターンをメンバーにそのまま当てはめようとし、メンバーそれぞれの動機や価値観の違いを見落としていたことが原因だった。
「成田遼介27年目」という考え方とはどういう意味ですか
営業経験の年数だけで自分を評価するのではなく、これまでの人生経験全体を土台にして仕事に向き合うという考え方である。
セカンドキャリアで大切にすべきことは何ですか
これまでの経験を職業として内省し市場価値を見極めること、そしてもう一度ゼロからやり直す覚悟を持つことの二つである。
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