エモーショナル・トランスファーという言葉が、スポーツビジネスの現場で使われはじめています。Jリーグが2026/27シーズンからのパートナー制度に、この語を公式のコンセプトとして掲げたためです。
聞き慣れない言葉ですが、中身は1990年代から研究されてきた概念で、日本の観戦者を対象にした実証研究もあります。新しいのは言葉ではなく、リーグがそれを制度と数値の対象に据えたという点です。
この記事では、定義から確認したうえで、Jリーグがいまこれを持ち出した理由を協賛金収益の実額で追います。協賛を検討する企業が何を見ればよいのかまで整理します。
エモーショナル・トランスファーとは|ファンから企業への好意的な態度変容
Jリーグは自ら定義を公開しています。2026特別シーズンの事業報告のなかで、パートナー制度の再設計について次のように書いています。
「エモーショナル・トランスファー(Jリーグのファン・サポーターからJリーグパートナーへの好意的な態度変容)の実現」をコンセプトに、Jリーグがパートナー各社に提供する権益の質・量の改善を図る。
つまり、ファンがクラブに向けている感情が、そのクラブを支える企業への好意に移ることを指します。「移る(トランスファー)」のは感情であり、移る先は企業です。
| 用語 | 意味 | 出典 |
|---|---|---|
| エモーショナル・トランスファー | Jリーグのファン・サポーターからJリーグパートナーへの好意的な態度変容 | Jリーグ(2026) |
| スポンサーシップ | スポーツ組織とスポンサー企業が同等の価値を交換し、お互いにメリットを共有する相互交換関係 | McCarville and Copeland(1994) |
| イメージ転移 | イベントとスポンサーが消費者の記憶のなかで知覚的に一致することで、イベントのイメージがスポンサーのイメージに転移すること | Gwinner and Eaton(1999)ほか |
| スポンサーフィット | イベントとスポンサーの適合度 | 山口志郎ほか(2010) |
| スポンサーへの態度 | 個人が持つスポンサー企業に対する全体的な印象 | 山口志郎ほか(2010)の操作定義 |
出典:Jリーグ「2026特別シーズンの他事業」/山口志郎(2015)「スポーツイベントにおけるスポンサーフィット:先行研究の検討」ほか
注意したいのは、これが「認知」の話ではないことです。ユニフォームやスタジアム看板でロゴを見せる行為は認知を取る手段ですが、エモーショナル・トランスファーが指しているのは好意・信頼といった態度の側です。同じ協賛でも、測るものが変わります。
Q. エモーショナル・トランスファーはJリーグが作った言葉ですか?
Jリーグが2026/27シーズンのパートナー制度のコンセプトとして公式に掲げた表現です。ただし「ファンの感情が企業への好意に移る」という中身は、スポンサーシップ研究で「イメージ転移」として1990年代から扱われてきた概念と重なります。
(参考)2026特別シーズンの他事業 – J.LEAGUE SEASON REVIEW 2026 Special
言葉は新しいが、中身は1999年から研究されている
スポンサーシップが学術研究の独自領域として確立したのは1980年代半ばで、1984年のロサンゼルスオリンピックにおける商業化とオフィシャルスポンサー制度の導入が起点とされています。
そのなかで、感情やイメージが移るという発想を実証したのがGwinner and Eaton(1999)の研究です。イベントのイメージがブランドへ転移することを示し、その後の研究の土台になりました。

日本語のレビュー論文は、この流れを次のように整理しています。イベントとスポンサーが消費者の記憶のなかで知覚的に一致することで、イベントのイメージがスポンサーのイメージに転移し、消費者はスポンサーに対し好意的な態度や行動を示す。エモーショナル・トランスファーが言っていることと、ほぼ同じです。
では、なぜ25年以上たった今になって、リーグ側が言葉を立てたのか。研究の側に長く残っていた宿題があります。Walliser(2003)は、それまでの233件の研究資料を吟味したうえで、スポンサーシップの定義は成熟期に達したものの、スポンサーシップを適切に評価する指標は不十分だと指摘しました。
概念はあるのに測る道具がない、という状態が続いていたわけです。Jリーグがいま取り組んでいるのは、まさにこの測る側の話になります。
Q. イメージ転移とエモーショナル・トランスファーは同じものですか?
完全な同義ではありません。イメージ転移は「イベントのイメージがブランドのイメージへ移る」ことを指す研究上の概念で、エモーショナル・トランスファーはJリーグがファンの好意的な態度変容を指して使う表現です。重なる部分は大きいものの、後者は感情と態度に焦点を寄せています。
(参考)スポーツイベントにおけるスポンサーフィット:先行研究の検討 – スポーツマネジメント研究(J-STAGE)
日本の観戦者537人でも、同じ経路が確認されている
海外の理論が日本で通用するかは別問題です。これを検証したのが、2009年に大阪の靭テニスセンターで開催された国際テニス大会の観戦者を対象にした研究です。回答者は537人、平均年齢38.9歳、約9割が関西圏の居住者でした。
| 構成概念 | 操作定義 | 質問項目の例 |
|---|---|---|
| スポーツ・アイデンティフィケーション | そのスポーツへの同一化の度合い | 「大切な存在である」「価値ある存在である」「生きがいそのものである」 |
| スポンサーフィット | イベントとスポンサーの適合度 | 「よく合っている」「多くの類似性がある」「イメージが一致している」 |
| スポンサーへの態度 | 個人が持つスポンサー企業に対する全体的な印象 | 「ブランドが好きである」「とても良いブランドである」「好意的な印象がある」 |
| 購入意図 | 個人が持つスポンサー企業の商品を購入する意図 | 「購入するだろう」「購入を第一に考えるだろう」 |
出典:山口志郎ほか(2010)「スポーツイベントのスポンサーシップにおけるスポンサーフィットに関する研究:Gwinner and Bennett モデルの検証」スポーツマネジメント研究
結論は3点です。①海外のモデルは日本の大会でも適用可能。②ブランド凝集性とスポーツへの同一化が、スポンサーフィットを高める重要な要因。そして③観戦者が会場でスポンサーフィットを知覚すれば、スポンサーへの態度は好意的に働き、最終的にその企業の商品を購入する可能性が高い。
モデルの適合度はCFI=.945、NNFI=.935、RMSEA=.081で、一定の水準を得ています。ファンの熱量が企業への購入意図まで届く経路は、日本でも統計的に確認されていると言えます。
この論文の「論議」には、当時の問題意識も書かれています。企業の経営悪化に伴うスポンサー離れが加速しており、投資に対する便益を実証的に評価する指標の作成が求められている。16年前の指摘が、そのまま現在の課題として残っています。
Q. 観戦者調査の結果は、Jリーグのファンにも当てはまりますか?
この研究の対象はテニスの国際大会の観戦者なので、そのままJリーグに当てはめることはできません。ただしモデルが日本で適用可能だと示された点は共通の前提になります。Jリーグ自身も観戦者調査を継続しており、2025シーズンは延べ191,686人を対象にJ1からJ3の全60クラブで実施されています。
(参考)スポーツイベントのスポンサーシップにおけるスポンサーフィットに関する研究 – スポーツマネジメント研究(J-STAGE)
転移は自動では起きない。ファンが「合っている」と感じるかが条件
ここが実務でいちばん重要なところです。上の経路を見ると、スポーツへの同一化とスポンサーへの態度のあいだに、スポンサーフィットが挟まっています。
つまり熱心なファンが多いクラブに協賛しただけでは、好意は移りません。ファンが「このクラブとこの企業は合っている」と感じたときに、はじめて態度が動きます。研究では、フィットの知覚は「よく合っている」「イメージが一致している」といった感覚で測られています。
逆にいえば、露出量を増やすことと、フィットを高めることは別の作業です。看板の枚数を倍にしてもフィットは上がりません。何のために組んでいるのかがファンに伝わる形になっているか、が効いてきます。
Jリーグが権益の「質・量の改善」という書き方をしているのは、この構造と整合します。量だけでは足りないという前提が入っています。
Q. 知名度の高いクラブに協賛すれば効果は大きくなりますか?
ファンの熱量は前提条件の1つですが、それだけでは足りません。研究では、観戦者がイベントとスポンサーの適合度を知覚することを経由して、はじめてスポンサーへの態度が好意的になると示されています。自社とクラブの結びつきがファンに理解される形かどうかを先に確認するほうが確実です。
(参考)2026/27シーズン Jリーグパートナー契約について – Jリーグ
なぜ今なのか|放映権が止まり、協賛金だけが伸びている
Jリーグがこの時期に権益の作り替えに動いた理由は、財務報告を見ると分かります。収入の柱のうち、伸びているのは協賛金だけです。
| 科目 | 2025シーズン決算(12か月) | 2026特別シーズン決算見込(6か月) | 2026/27シーズン予算(12か月) |
|---|---|---|---|
| 協賛金収益 | 71 | 43 | 86 |
| 公衆送信権料収益 | 222 | 104 | 222 |
| その他収益 | 54 | 30 | 51 |
| 経常収益計 | 346 | 177 | 359 |
出典:Jリーグ「Jリーグの財務報告」(2026特別シーズン)
公衆送信権料収益は222億円で横ばいの予算です。一方、協賛金収益は71億円から86億円へ、約21%の増額を見込んでいます。経常収益計は過去最高の359億円。増えた分のほとんどが協賛金だということになります。
2026特別シーズンはシーズン移行に伴う6か月決算でしたが、協賛金収益は予算39億円に対して決算見込43億円と上振れしました。Jリーグ自身も「協賛金額・協賛社数共に増加傾向」と説明しています。
だから協賛金が主戦場になりました。放映権のように1社との大型契約で積む収入ではなく、多数の企業に納得して払い続けてもらう収入です。そのためには「払った分で何が得られたのか」を示す必要が出てきます。プロスポーツの収益構造のなかで、協賛金の性質がいちばん説明責任を求められる、という関係です。
Q. Jリーグの協賛金収益はいくらまで増える見込みですか?
2026/27シーズンの予算では86億円が計上されています。2025シーズン決算の71億円に対して約21%の増額です。公衆送信権料収益は222億円で横ばいの予算となっています。
(参考)Jリーグの財務報告 – J.LEAGUE SEASON REVIEW 2026 Special
Jリーグは協賛の枠組みそのものを作り替えた
2026年6月29日、Jリーグは2026/27シーズンからのパートナー制度の再設計を発表しました。協賛枠を2つに分け、上位カテゴリーを3段階に細分化するという変更です。

大会と直接紐づく「Jリーグオフィシャルパートナー枠」では、従来のトップパートナーをタイトルパートナー・プラチナパートナー・ゴールドパートナーの3つに再編成しました。プラチナとゴールドは新設です。
より広くJリーグの活動全体と連携する「Jリーグサポーティングパートナー枠」では、これまで個別に立っていたカテゴリー(テクノロジー、エクイップメント、気候アクション、フェアプレー、未来育成など)をビジネス/メディア&エンターテインメント/フットボール/サステナビリティの4領域に統合しました。
なぜ細分化と統合を同時にやるのか。目的が違います。細分化は、協賛の目的や事業ニーズに沿って権益を配り分けるため。統合は、どのパートナーがJリーグのどの領域を支えているかをファンに分かりやすく伝えるためです。後者は、まさにエモーショナル・トランスファーを起こすための整理にあたります。ファンが「この企業はここを支えている」と理解できなければ、フィットは知覚されません。
Q. プラチナパートナーとゴールドパートナーは何が違うのですか?
Jリーグの発表では、従来のトップパートナーをタイトル・プラチナ・ゴールドの3カテゴリーに再編成し、パートナー各社の協賛目的や事業ニーズに沿った権益付与を行うと説明されています。各カテゴリーの具体的な権益の内容は公表資料には記載がないため、条件はJリーグへの確認が必要です。
(参考)2026特別シーズンにおけるマーケティング – J.LEAGUE SEASON REVIEW 2026 Special
協賛の形は「協賛型」「広告露出型」「課題解決型」と変わってきた
この動きはJリーグ単独のものではありません。経済産業省は、クラブと企業のパートナーシップの変遷を3段階で整理しています。

プロスポーツの草創期は、その競技を一緒に盛り上げようという「協賛型」。商業化が進むにつれ、自社や商品の認知度向上を図る「広告露出型」へ。そして現在、「課題解決型」への関心が高まっているという流れです。
転換点はコロナ禍でした。デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーの里崎慎氏は、「コロナ禍によって『広告露出型』だけではパートナーシップが維持しづらくなったのを機に、スポンサー企業とコンテンツホルダーであるクラブの双方が、スポーツの持つ価値とは何なのか、今一度立ち返った」と述べています。
無観客や入場制限で露出そのものが減ったとき、露出だけを買っていた協賛は根拠を失いました。そこから、別の価値を探す動きが始まったという説明です。エモーショナル・トランスファーは、その「別の価値」を言語化したものと読めます。
Q. 「課題解決型」の協賛は具体的に何が違うのですか?
経済産業省の整理では、企業の経営課題や社会課題の解決につながる価値を共創する形を指します。ロゴの露出量ではなく、クラブと企業が共通の目標を持って取り組む点が中心になります。次の見出しで実例を挙げます。
(参考)課題解決にスポーツの力を!クラブと企業の新たなパートナーシップとは – 経済産業省 METI Journal ONLINE
実際に動いている組み合わせを3つ見る
2025年10月30日、経済産業省が主催したイベント「パートナーシップの未来:スポーツと企業の新たな挑戦in東京」には、Jリーグ・Bリーグ・SVリーグの5クラブと企業約40社が集まりました。そこで紹介された事例が、課題解決型の中身を示しています。
| 組み合わせ | 取り組みの内容 | 出ている成果 |
|---|---|---|
| みんなの銀行 × アビスパ福岡 | アプリの貯蓄機能「Cheer Box」に預金すると、その1%相当がクラブへの活動支援金として届く仕組みを構築。クラブのメールマガジンや試合開催時の広告でプロモーション | 2025年10月のOB戦開催に向けて、賛同したサポーターら920人から425,700,000円が集まった |
| オムロンヘルスケア × 鹿島アントラーズ | ホームスタジアム併設のクリニックが地域住民にも利用され、住民向け健康プログラムを展開している点に着目。他のパートナー企業も巻き込んで新規プログラムを開発 | 自社製品の効果・効能に多くの人が触れる機会を創出 |
| MITUTOYO × 川崎ブレイブサンダース | 精密測定機器メーカーとのトップパートナーシップ。2030年の開業を目指し川崎駅前に新アリーナを建設予定で、駅前の街づくりにも関与 | ― |
出典:経済産業省 METI Journal ONLINE「課題解決にスポーツの力を!クラブと企業の新たなパートナーシップとは」(2025年11月21日)
みんなの銀行の例が分かりやすいと思います。2019年設立の新しい銀行が、口座登録者の獲得という自社の課題と、活動資金というクラブの課題を同時に解いています。預金額の1%が支援金になる設計なので、ファンは応援のために口座を開き、銀行は顧客を得る。ロゴの露出ではなく、行動が組み込まれています。
クラブ側の姿勢も変わっています。DeNA川崎ブレイブサンダース取締役の山崎陽平氏は、「スポンサーシップの目的は企業ごとにまちまちだと思うので画一的な提案はしません。必ずそれぞれの企業が抱えている課題をヒアリングして、それにマッチしたご提案をしていく」と述べています。
地域活動の量も示されています。J2のヴァンフォーレ甲府は「環境」「健康」「教育」「国際交流」の4分野に取り組み、一般社団法人の活動だけで昨年622回のイベント開催や参加を通じて、のべ28,000人との関係を築いたと説明しています。
Q. 中小企業でも課題解決型の協賛はできますか?
事例に挙がっているのは比較的規模の大きい企業ですが、取り組みの形は金額の大小と直結しません。自社の課題とクラブの課題が重なる点を探す作業が中心になります。費用感や進め方は中小企業のスポーツスポンサーシップでまとめています。
協賛を検討するとき、何を見ればいいか
ここまでを実務の順番に置き換えます。
①測る対象を決める。認知を取りたいのか、好意・信頼を動かしたいのかで、見る指標が変わります。エモーショナル・トランスファーが対象にしているのは後者です。露出量で評価するなら、この枠組みは要りません。
②フィットを先に設計する。ファンが「合っている」と感じるかが経路の途中に挟まっています。クラブと自社の結びつきを、ファンが一文で説明できる形になっているかを確認してください。看板を増やす作業とは別です。
③どの領域を支えるかを選ぶ。2026/27シーズンからのサポーティングパートナー枠は、ビジネス/メディア&エンターテインメント/フットボール/サステナビリティの4領域に分かれています。自社が何を支えているかが伝わる枠を選ぶほうが、②に効きます。
④効果測定の手順は別に用意する。指標が不十分だという指摘は20年以上前から続いています。リーグ側の可視化に任せきりにせず、自社でも測る設計が必要です。指標の立て方はスポーツスポンサーシップの効果とROIの測定方法にまとめています。
なお国の側は、遅くとも2030年までにスポーツ産業の市場規模を15兆円に拡大する目標を掲げています。経済産業省サービス政策課の西川奈緒課長は「効果的なパートナーシップを拡大していくことが、日本のスポーツ産業の更なる成長にも繋がる」として、支援に力を入れる考えを示しています。協賛の枠組みが動いているのは、リーグ単独の判断ではありません。
Q. エモーショナル・トランスファーは効果測定の指標として使えますか?
現時点でJリーグが公表しているのはコンセプトとしての定義で、測定方法や指標は公表資料には示されていません。研究の側でも「スポンサーシップを適切に評価する指標は不十分」という指摘が残っています。自社で測る場合は、好意度や信頼といった態度の指標を協賛の前後で比較する設計が出発点になります。
Q. 協賛の前に確認しておくべきことは何ですか?
測る対象(認知か態度か)、ファンから見た自社とクラブの結びつき、支える領域の選択、そして自社側の測定設計の4点です。Jリーグは2026/27シーズンから権益の枠組みを変えているため、条件は最新の資料で確認してください。
(参考)J.LEAGUE SEASON REVIEW 2026 Special – Jリーグ
FREE DOCUMENT
関連する資料を無料でダウンロード
ご質問・ご相談はお気軽にどうぞ
お問い合わせはこちら →




コメント