「エースだった選手が、引退後にどう生きているか分からない」。人事担当者や経営者の中には、そんな漠然とした不安を抱えながらも、アスリート採用に踏み出せずにいる方が少なくありません。結論から言うと、企業がアスリートのセカンドキャリア支援に関わる最短ルートは、JOC「アスナビ」のような公的な仕組みと、民間の専門エージェントを併用することです。本記事では、支援団体・企業10社を比較しながら、採用担当者が知っておくべきポイントを解説します。
アスリートのセカンドキャリア問題とは|引退後に8割が就職活動をする現実
「セカンドキャリア」とは、アスリートが競技を引退した後に歩む人生・仕事のキャリアを指す言葉です。「デュアルキャリア」は、現役時代から競技と並行してビジネスキャリアを築いていく考え方で、両者はしばしばセットで語られます。
スポーツ庁が産学官連携組織「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」を通じて実施した実態調査では、競技引退後に就職活動を行ったアスリートは80.0%にのぼりました。一方で、ビジネスパーソンにおける「デュアルキャリア」という言葉の認知度はわずか13.1%、「セカンドキャリア」でも34.4%にとどまっています。
この認知度の低さは、企業側の受け入れ体制の遅れにも表れています。同調査では、中央競技団体・日本トップリーグ連携機構加盟チームのうち「キャリア支援を行っている」と回答したのは44.9%、大学では27.0%でした。アスリート本人が動いても、受け皿となる企業や支援の仕組みが追いついていないのが実情です。
Q. アスリートのセカンドキャリア支援とは何ですか?
競技引退後のアスリートが新しい仕事・生き方に移行できるよう、企業や団体が就職支援や研修を提供する取り組みです。現役中から準備する場合は「デュアルキャリア支援」と呼ばれます。
(参考)アスリートのキャリアに関する実態調査 結果まとめ – スポーツキャリアサポートコンソーシアム/スポーツ庁
セカンドキャリア支援10社・団体を徹底比較|公的機関から専門エージェントまで
アスリートのセカンドキャリア支援は、JOCのような公的機関、東京都などの自治体事業、そして民間の人材エージェントの3種類に大きく分かれます。まずは代表的な10の団体・企業を一覧で比較します。
| 名称 | 種別 | 対象 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| JOCアスナビ | 公的機関 | 強化指定選手 | 無料職業紹介・約230社の実績 |
| 東京都アスリート・キャリアサポート事業 | 自治体事業(終了) | 都内アスリート | 平成27〜令和3年度に実施 |
| スポーツフォースタレント | 民間エージェント | 学生・社会人 | 新卒・転職・指導員求人を網羅 |
| エイジェックスポーツマネジメント | 民間エージェント | 引退後の全アスリート | 全国70拠点・元選手エージェント在籍 |
| スポナビアスリート | 民間サービス | 現役・引退アスリート | 完全無料・研修や交流会も提供 |
| アスリートのミカタ | 民間エージェント | 現役・引退アスリート | 競技中から伴走する一貫支援 |
| キャリアデザインプロジェクト | 賛同企業ネットワーク | 現役・引退アスリート | 賛同企業の会費で無料運営 |
| プッシュバント | 民間エージェント | 野球経験者 | 競技特化型・不動産サポートも兼務 |
| VITAエージェント | 民間エージェント | 学生・現役・引退 | デュアルキャリア支援を明確に区分 |
| Next Connect(ネクコネ) | 民間エージェント | 学生・社会人 | 非公開求人・推薦資料作成が強み |
Human Soarが各社公式サイトの公開情報をもとに集計(2026年9月時点)。
JOCアスナビ|無料の公的マッチング制度
「アスナビ」は日本オリンピック委員会(JOC)が運営する、企業と現役トップアスリートをマッチングする無料の職業紹介制度です。JOCや各競技団体が強化指定選手として認定・推薦したアスリートが対象で、2024年3月時点で約230社の企業に約400名近くのアスリートが採用されています。
企業側の窓口はJOCへの問い合わせから始まり、企業向け説明会を経て採用検討に進みます。無料職業紹介事業として厚生労働大臣の許可を得て運営されている点も、企業が安心して利用できる理由の一つです。
(参考)アスナビ──現役アスリートの就職支援 – 公益財団法人日本オリンピック委員会
東京都アスリート・キャリアサポート事業|終了した先行事例
東京都は平成27年度から令和3年度にかけて「アスリート・キャリアサポート事業」を実施し、現役アスリートへの履歴書作成・面接対策セミナーや、企業向けの説明会・産業交流展出展を行っていました。JOCと協力してアスリート雇用を促進する取り組みでしたが、本事業は令和3年度で終了しており、現在は実施されていません。
ただし、この事業で蓄積された「デュアルキャリア意識向上セミナー」などのノウハウは、現在の民間サービスにも形を変えて受け継がれています。自治体単位の取り組みを検討する企業は、終了済みの制度と現行の制度を混同しないよう注意が必要です。
(参考)アスリート・キャリアサポート事業 – 東京都スポーツ推進本部
スポーツフォースタレント|体育会学生から社会人まで一気通貫
株式会社アーシャルデザインが運営する「スポーツフォースタレント」(旧アスリートエージェント)は、体育会スポーツ学生の就活支援から、スポーツ経験者の転職支援、部活動指導員のアルバイト求人まで幅広くカバーするサービスです。1つのサイトで新卒・転職・副業的な働き方までを一貫して探せる点が特徴です。
(参考)スポーツフォースタレント(旧アスリートエージェント) – 株式会社アーシャルデザイン
エイジェックスポーツマネジメント|全国70拠点の受け入れ体制
株式会社エイジェックスポーツマネジメントは、人材大手エイジェックグループのスポーツ・文化部門として、アスリートのセカンドキャリア支援を軸に球団運営やアカデミー事業まで手がけています。個人カウンセリングや応募書類作成のサポートに加え、専任エージェントの中には元スポーツ選手も在籍しており、全国70拠点のネットワークでUIターン就職の相談にも対応します。
(参考)アスリートセカンドキャリア支援 – 株式会社エイジェックスポーツマネジメント
スポナビアスリート|完全無料の研修・コミュニティ型支援
スポナビアスリートは、デュアルキャリア・セカンドキャリアの両面を完全無料でサポートするサービスです。就職支援にとどまらず、栄養学講座やメンタルトレーニングなどの活動支援、競技の枠を超えたアスリート同士のコミュニティ運営も行っており、スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」の会員企業でもあります。
(参考)スポナビアスリート – 株式会社アシックスグループ関連事業
アスリートのミカタ|競技中から引退後まで伴走する個別支援
ブラッシュアップ・ジャパン株式会社が運営する「アスリートのミカタ」は、競技中のキャリア構築から引退後のセカンドキャリアまでを一気通貫でサポートするサービスです。キャリアカウンセラーとの個人面談や適職診断を通じて、アスリート個人の強みを言語化し、企業とのマッチングにつなげています。
(参考)アスリートのキャリア構築支援 – アスリートのミカタ(ブラッシュアップ・ジャパン株式会社)
キャリアデザインプロジェクト|賛同企業の会費で運営する無料ネットワーク
キャリアデザインプロジェクト(CDP)は、賛同受入企業からの賛同金によって運営されているため、アスリート側は全てのサービスを無料で利用できる仕組みです。「やり切る勇気」「切りかえる勇気」「自分で決める勇気」という3つの勇気を掲げ、練習との両立や大会・遠征時の休暇配慮など、アスリート特有の事情に配慮した求人を掲載しています。
(参考)CAREER DESIGN PROJECT(キャリアデザインプロジェクト)
プッシュバント|野球経験者に特化した専門エージェント
株式会社プッシュバントは、野球経験者に特化した人材紹介事業を展開する企業です。スタッフ全員がスポーツ経験者で、社会人野球チームとの提携を通じて「現役を続けながら働きたい」という野球選手特有のニーズにも対応しており、転職に伴う住まい探しまでサポートする点が特徴です。
VITAエージェント|デュアルキャリア支援を明確に区分
株式会社SportsVitaが運営する「VITAエージェント」は、「アスリート学生支援」「デュアルキャリア支援」「セカンドキャリア支援」の3つを明確に区分してサービスを設計している点が特徴です。現役続行を希望する選手にも、引退後の転身を希望する選手にも、それぞれ異なるサポート内容を用意しています。
(参考)VITAエージェント – 株式会社SportsVita
Next Connect(ネクコネ)|非公開求人と推薦資料作成が強み
Next Connect(ネクコネ)は、トップアスリートのマネジメントを行うHONDA ESTILO株式会社とのつながりを活かし、水面下で募集されるプロスポーツチームの非公開求人を紹介できる点が強みです。一般的な履歴書だけでは伝わりにくいアスリート人材の強みを、独自の「アスリート人材専用資料」として整理し、企業への説得力を高めるサポートも行っています。
(参考)サービス紹介 – Next Connect(ネクコネ)
企業がアスリート雇用で得る4つのメリット|採用理由の実態から読み解く
企業はなぜアスリートを採用するのでしょうか。スポーツ庁の実態調査では、アスリート採用経験のある企業に採用理由を尋ねており、その回答をもとに4つのメリットに整理できます。
メリット①能力・知識への期待|採用理由の最多42.0%
アスリート採用経験のある企業のうち42.0%が「アスリート個人の持つ能力・知識に期待して」を採用理由として挙げています。目標に向けて計画的に取り組む力や、高いレベルでの競争経験は、営業や企画などの職種で実務スキルとして評価されやすい傾向があります。
メリット②人間性への期待|37.7%が重視する対人力
2番目に多かった理由が「アスリート個人の持つ人間性に期待して」(37.7%)です。特に人事(採用及び教育研修)担当者では、この項目が最も高い回答率となっており、チームワークやストレス耐性、礼儀正しさといった資質が、現場での定着のしやすさにつながると見られています。
メリット③会社の広告塔としての効果|24.6%が期待する発信力
「会社のシンボル・広告塔としての存在に期待して」という回答も24.6%を占めました。実業団チームを持たない中小企業であっても、アスリート出身社員が講演やメディア対応を担うことで、採用広報や企業ブランディングに好影響を与える例があります。
メリット④社会貢献の実現|23.2%が挙げる企業姿勢の表明
「社会貢献のため」という理由も23.2%にのぼりました。アスリート雇用は単なる労働力確保ではなく、スポーツ振興やダイバーシティ推進に対する企業姿勢を示す手段としても位置づけられています。パラアスリートの採用が持つ発信力の強さも、定性調査の中で本人たちから語られています。
Q. アスリートを採用した企業はデメリットを感じていますか?
同調査では「特になし」という回答が59.4%と圧倒的多数でした。挙げられたデメリットのうち最も高いのは「道具代や施設使用料などの費用負担」(14.5%)で、次いで「就業ルールの新規作成による業務量増加」(13.0%)でした。
(参考)アスリートのキャリアに関する実態調査 結果まとめ – スポーツキャリアサポートコンソーシアム/スポーツ庁
あわせて読みたい人的資本投資とは?スポーツを活かした事例と効果を出す戦略›
アスリート採用を制度化する3ステップ|制度設計から定着まで
アスリート採用のメリットを理解しても、実際に社内制度として動かすには順を追った準備が必要です。ここでは、企業が取り組むべき3つのステップを紹介します。
①採用目的と受け入れ体制の言語化
まず取り組むべきは、「なぜアスリートを採用するのか」を社内で言語化することです。前章で見た4つのメリットのうち、自社がどれを重視するのかを明確にしないまま採用を進めると、配属先や勤務形態の設計で迷いが生じます。スポーツ庁の調査でも、採用したアスリートの勤務形態は「通常より短い就業時間」(47.8%)と「通常の社員と同じ就業時間」(39.1%)に分かれており、目的次第で最適な形は変わります。
②アスナビ・エージェントを通じた候補者接点の確保
次に、JOCアスナビや前章で紹介した民間エージェントを通じて候補者との接点を作ります。同調査では、企業のアスリート採用経路として「所属競技団体経由」(24.6%)「所属大学経由」(23.2%)が上位に並び、「アスナビ経由」も14.5%を占めています。自社の採用予算や求める競技レベルに応じて、複数の窓口を併用するのが現実的です。
③就業ルールの整備と一般社員への周知
最後に、練習時間の確保や大会・遠征時の休暇制度など、アスリート採用枠に特有の就業ルールを整備し、一般社員にも周知します。前章のFAQで触れた通り、就業ルールの新規作成は企業が感じるデメリットの上位に入る作業ですが、ここを曖昧にすると「一般社員との公平感」を巡る社内不満につながりかねません。
Q. アスリート採用にはどれくらいの費用がかかりますか?
JOCアスナビや多くの民間エージェントは、求職者側だけでなく企業側にとっても無料で利用できる仕組みが中心です。ただし採用後は、道具代・施設使用料など給与以外の負担が発生するケースがあります。
あわせて読みたいスポーツ人材紹介・採用支援10社比較|人事担当者向け›
導入時に注意すべきポイント|制度設計で見落としがちな2つの視点
アスリート採用を進める際、多くの企業が見落としがちな注意点が2つあります。ひとつは費用負担の見立て、もうひとつは社内理解の醸成です。
費用負担を「給与以外」まで見積もる
アスリート採用のデメリットとして最も多く挙げられたのが「道具代や施設使用料など、給与以外の費用負担が重たかった」(14.5%)でした。給与水準だけで採用予算を組むと、遠征費や用具代などの付随コストが後から想定外の負担として表面化しやすくなります。アスリートのキャリアチェンジを検討する際は、こうした周辺コストも含めた予算設計が欠かせません。
社内理解の醸成には時間がかかると想定する
もう一つの注意点は、一般社員の理解を得るまでに時間がかかるという前提を持つことです。定性調査では「部ができて間もない頃は、周りの一般従業員から冷ややかな見方もあったが、引退した先輩が増え、社内向けの運動教室を開催するなどして理解が浸透した」という声が紹介されています。制度導入直後の摩擦は珍しくないと理解し、段階的な社内広報を計画しておくことが定着の近道です。
Q. デュアルキャリアとセカンドキャリアの違いは何ですか?
デュアルキャリアは現役中から競技と仕事・学びを両立させる考え方で、セカンドキャリアは引退後に歩む新しいキャリアを指します。デュアルキャリアの実践は、引退後のセカンドキャリアへの移行をスムーズにする効果があるとされています。
(参考)アスリートのキャリアに関する実態調査 結果まとめ – スポーツキャリアサポートコンソーシアム/スポーツ庁
まとめ|自社に合うセカンドキャリア支援の選び方
アスリートのセカンドキャリア支援は、公的機関・自治体事業・民間エージェントという3つの層で成り立っており、それぞれに強みが異なります。自社の採用目的に合わせて窓口を選び、受け入れ体制を整えることが定着への近道です。
- 競技引退後に就職活動をするアスリートは80.0%にのぼる一方、企業側の「デュアルキャリア」認知度は13.1%にとどまる
- JOCアスナビは無料の公的マッチング制度で、約230社・約400名の採用実績がある
- 民間エージェントは競技特化型(野球等)から、学生・社会人を幅広くカバーする総合型まで多様
- 企業の採用理由は「能力・知識への期待」(42.0%)「人間性への期待」(37.7%)が上位2つ
- 制度設計では「給与以外の費用」と「社内理解の醸成期間」を見込んでおくことが重要
FREE DOCUMENT
関連する資料を無料でダウンロード
ご質問・ご相談はお気軽にどうぞ
お問い合わせはこちら →




コメント