転倒は、休業4日以上の労働災害でいちばん多い事故です。体操や注意喚起を始めても、続かなければ効果は出ません。スポーツ医学のけが予防研究で分かった「中身」と「続け方」をもとに、体力チェック・始業前の運動・職場の点検を1つの運用にまとめます。
対象となるお客さま
- 60歳以上の社員が増えている製造・物流・小売・介護などの事業所
- 高年齢者の労働災害防止の指針への対応を任された安全衛生・総務の担当者
- 転倒予防の体操を始めたものの、続かずに困っている管理職
よくあるお悩み
- 注意喚起のポスターを貼っても、転倒の件数が減らない
- 朝の体操が、いつの間にか一部の人しかやらなくなった
- 体力チェックをしたいが、結果をどう使えばよいか分からない
課題|転倒による休業4日以上の死傷者は1年で3万7千人を超えた
厚生労働省の令和7年の労働災害発生状況では、休業4日以上の死傷者数135,333人のうち、事故の型でいちばん多かったのが「転倒」で37,195人でした。全体の約27.5%にあたります(本記事の計算値)。2番目は腰痛などの「動作の反動・無理な動作」で22,166人です。
年齢別に見ると、死傷者のうち60歳以上は42,318人で、全体の約31.3%を占めます(同じ資料の年齢別の表から計算)。定年の延長や再雇用で、60歳を過ぎても現場で働く人は珍しくありません。転倒は、こうした職場ほど避けて通れない問題です。
原因|対策が「呼びかけ」で止まり、続いているかを誰も測っていない
転倒予防に取り組んでいるのに件数が減らないときは、次の3つのどこかで止まっています。
- 体力の状態を測っていない:誰の、どの力(筋力・バランス・敏捷性)が落ちているかが分からないため、全員に同じ注意をするしかありません。
- 運動の中身と手順が決まっていない:体操は始めたものの、何を何分やるかが人によって違い、忙しい日から省かれていきます。
- 続いているかを数えていない:転倒の件数は数えていても、運動を何割の人が何回やったかは数えていません。そのため、効かなかったのか、やっていなかったのかが区別できません。
国も対策の仕組みを求め始めました。2026年4月1日から、労働安全衛生法第62条の2第2項にもとづく「高年齢者の労働災害防止のための指針」が適用されています。高年齢者の労働災害の防止は事業者の努力義務で、指針では体力チェックを継続して行うことや、筋力・バランス能力などの低下を考えて作業を見直すこと、身体機能の維持向上に取り組むことが望ましいとされています。
スポーツ知見|スポーツ医学では、予防の効果は中身と実施率で決まる
サッカーには、練習前の準備運動として行うけが予防のプログラムがあります。国際サッカー連盟(FIFA)の「FIFA 11」と、その改訂版の「FIFA 11+」です。デンマークのThorborgらは、これらの効果を調べたランダム化比較試験6本をまとめて分析しました(British Journal of Sports Medicine、2017年)。
分かったのは、中身によって結果が違うことです。FIFA 11+の4本をまとめると、けがの発生は39%減っていました(発生率比0.61)。一方、旧版のFIFA 11の2本では、けがを減らす効果は確かめられませんでした。「準備運動をやれば減る」のではなく、何をやるかが効果を分けます。
もう1つは続け方です。ノルウェーのSoligardらは、13〜17歳の女子選手1,055人を1シーズン追いかけました(British Journal of Sports Medicine、2010年)。プログラムをよく実施した選手は、中くらいの実施の選手より、けがのリスクが35%低くなりました。また、以前にけが予防の運動を使ったことのある指導者のチームは、けがの起こりやすさ(オッズ)が46%低い結果でした。効果は、実施率と、現場で旗を振る人の経験に左右されます。
ただし、試合と仕事は同じではありません。研究の対象はサッカー選手(10代の女子選手や、アマチュアの選手)です。調べたのはスポーツのけがで、職場の転倒そのものではありません。そのため、運動は体力チェックの結果に合わせて負荷を下げ、段差や床などの職場の点検と組み合わせます。効果は研究の数字を当てはめず、自社の転倒とヒヤリハットの件数で確かめます。
解決策|体力チェック・始業前の運動・職場の点検を1つの運用にする
新しいイベントを増やすのではなく、毎日の始業前と、毎月の安全衛生の会議に組み込みます。
- 体力チェック:年1〜2回、バランス・筋力・敏捷性を測り、一人ひとりの状態と職場全体の傾向をつかむ
- 始業前の運動:バランスと脚の筋力を中心に、中身と時間を決めた短い運動を毎日同じ手順で行う
- 職場の点検:段差・床の滑り・照明・通路の物を、転倒の起きた場所とヒヤリハットから優先して直す
- 実施率と件数の確認:運動の実施率と、転倒・ヒヤリハットの件数を毎月並べて見る
いちばん効くのに後回しにされやすいのが、実施率を数えることです。数えていないと、繁忙期に省かれても気づけません。運動の中身は、体力チェックで落ちていた力に合わせて半年ごとに見直します。
進め方|1つの事業所で3か月試してから、全社に広げる
最初から全社で始めると、事業所ごとの床や作業の違いに合わず、形だけになりがちです。まず1つの事業所で、続けられる中身と手順を確かめます。
診断では、過去の転倒とヒヤリハットの記録を一緒に整理し、体力チェックを行って、起きやすい場所と落ちている力を洗い出します。設計・試行では、始業前の運動の中身と手順を決め、旗を振る担当者を各職場に置いて3か月試します。定着では、事業所ごとの手順書にまとめ、毎月の安全衛生の会議で実施率と件数を確認する形にします。
期間は目安です。体力チェックと記録の整理だけ、1つの事業所だけといった始め方もご提案します。Human Soarは体力チェックの手順・運動の中身の設計・担当者への説明・月次の確認の進行を担い、御社には過去の災害記録の共有と、試す事業所と担当者の決定をお願いします。
成果物|支援が終わっても社内で回せる4つの仕組み
成果物は、ひな形を渡して終わりにはしません。どれも御社の事業所と災害記録をもとに、一緒に作ります。
最初にできるのが「体力チェックの実施手順」です。測る項目と測り方に加えて、結果を誰が見て、どう使うかの決まりまで含めます。体力の情報は本人の心身の状態に関わるため、扱える人と使い道を先に決めておきます。次に、結果をもとに「始業前運動の手順書」を作ります。運動の中身・時間・順番と、職場で旗を振る担当者の進め方を、現場の人だけで回せる形にまとめます。
あわせて、転倒の起きた場所とヒヤリハットから優先順位を付けた「職場の転倒リスク点検表」を作ります。運用に入ったら、「実施率と転倒件数の記録シート」に毎月記録し、安全衛生の会議で中身と手順を見直します。支援が終わった後も、社内だけで回し続けられます。
期待できる効果|経営・現場・安全衛生担当の3つが変わる
経営にとっては、高年齢者の労働災害防止の取組を、実施率と件数の数字で説明できるようになります。60歳を過ぎた社員に、安心して働き続けてもらう土台にもなります。現場の管理職は、何をどの順番でやるかが決まっているので、忙しい日でも短くまとめて続けられます。安全衛生の担当者は、効かなかったのか、やっていなかったのかを記録で区別できます。
見る数字は、転倒の件数だけではありません。まず「始業前の運動の実施率」を見ます。実施率が上がらないうちに件数だけを見ても、原因が分からないためです。もう1つ「転倒とヒヤリハットの件数」を、場所ごとに追います。スライド下のセルフチェックで2つ以上当てはまれば、転倒予防の進め方を見直す時期です。
Human Soarからのコメント
スポーツのけが予防は、よい運動を考えることより、毎回続けてもらうことに苦労してきました。研究で効果が確かめられたプログラムでも、実施されなければけがは減りません。職場の転倒予防も同じで、中身と続け方を一緒に設計することが近道です。御社の事業所と働く人に合わせて、続けられる形を一緒に考えます。
よくあるご質問
Q. 社内に理学療法士や運動の専門家がいなくても続けられますか?
続けられます。運動の中身と手順を手順書にまとめ、各職場で旗を振る担当者が説明できる形にするためです。体力チェックの結果を見て中身を見直すときは、産業医や外部の専門家に相談する場面をあらかじめ決めておきます。
Q. 60歳以上の社員だけを対象にすればよいのでしょうか?
始業前の運動は、年齢で分けずに職場全員で行う形をおすすめします。対象を分けると、やる人とやらない人が生まれて続きにくくなるためです。高年齢者の指針でも、体力チェックは事業場の実情に応じて青年・壮年期から行うことが望ましいとされています。
Q. 体力チェックの結果を人事評価に使ってもよいですか?
人事評価には使わない運用をおすすめします。体力の情報は心身の状態に関わる情報で、扱いには国の指針を踏まえた決まりが必要だからです。使い道は作業の見直しと運動の中身の調整に限り、誰が見られるかを先に決めて本人に伝えます。
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