徳永悠平がJリーグ引退後に選んだ「地元」という判断基準

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日本代表としても活躍した右サイドバック、徳永悠平氏は2020年シーズン限りで現役を引退した。18年間のプロ生活を終えたあと、多くの元選手が選ぶ指導者の道ではなく、地元長崎に戻り家業と農業という意外な選択をしている。筆者はその発言をもとに、引退後のキャリア選択を支えた判断基準を分析する。

指導者にならないという即答の理由

引退後のセカンドキャリアとして真っ先に思い浮かぶのは指導者の道だが、徳永氏は「まったく考えていなかった」と即答している。選手時代から日常的に指導者と接するなかで、自分の性格的に難しいだろうと悟っていたという。特にプロのカテゴリで指導することは自分らしくないと感じていた。

この判断は、周囲の期待や実績を優先するのではなく、自分の適性を冷静に見極めた結果である。日本代表や五輪代表という肩書きがあれば指導者の道は開けやすいが、その選択肢を持ちながらもあえて選ばなかった点に、徳永氏の判断基準の特徴が表れている。

環境の変化に順応することへの集中

引退直後、徳永氏は「サッカーのことを考えている余裕がない」と語っている。新しい環境に順応することに精一杯で、覚えることが多すぎるという状態だったという。この発言からは、過去の実績にとらわれず目の前の変化に全力で向き合う姿勢が読み取れる。

経営者の父の背中に憧れた原点

徳永氏は引退後、父が経営するコンクリート二次製品の製造販売会社に入社した。幼い頃、プロサッカー選手になる夢を抱く一方で、父親のように経営者として働く姿にも憧れていたという。「いずれは自分も会社を経営したい」という目標を視野に入れ、今は下積みの時期と位置づけている。

数字を意識して勉強したこともなく、自社製品や他社製品の把握、営業の進め方まで一から学ぶ必要があり「慣れるまでに何年かかるんだろう」と率直に語っている。実績のある元プロ選手であっても、新しい領域では初心者として基礎から積み上げる姿勢を貫いている点が特徴的だ。

なぜ農業という選択に辿り着いたのか

父の会社で働く傍ら、徳永氏は土日に知人から畑を借りてスイートコーン栽培に取り組んでいる。故郷である長崎に戻ったことで、地方創生への関心が芽生え、その延長線上で農業に辿り着いたという。「まったくのゼロから始めているので、すべてが新鮮だし、本当に楽しい」と語る表情は、現役時代と同じくらい生き生きしていたと伝えられている。

サッカーという一つの競技に18年間打ち込んできた経験があったからこそ、まったく畑違いの領域に飛び込む決断ができたと考えられる。土台をしっかり築きながらレベルアップしてきた競技経験が、新しい挑戦への抵抗感を下げている構造が見える。

引退後のキャリア選択を支える思考の構造

徳永氏の判断基準を整理すると、実績や周囲の期待ではなく「自分の性格に合っているか」「今の環境に何が必要か」を優先している点が浮かび上がる。心理学における自己決定理論では、外部からの期待よりも自律性や有能感を実感できる行動の方が長期的なモチベーションを維持しやすいとされる。指導者という王道の選択肢を退け、家業と農業という自分の実感に基づく道を選んだ姿勢は、この理論とも重なる。

また、新しい環境への順応を最優先し、過去の栄光を手放して初心者としてやり直す姿勢は、キャリア論でいう「アンラーニング」の実践例としても読み取れる。

18年間の競技経験が新しい挑戦を支える

徳永氏は現役時代、常に土台となる基礎を固めながら段階的にレベルアップしてきたと振り返っている。この積み重ね方そのものが、農業という未経験の領域に取り組む際の姿勢にも表れている。まったくのゼロから学ぶことへの抵抗感が少ないのは、一つの道を長期間かけて極めてきた経験があるからだと考えられる。

他の引退アスリートの選択との違い

日本代表クラスの実績を持つ選手の多くは、解説者やコーチ、クラブの強化スタッフなど競技に近い領域でセカンドキャリアを築くケースが目立つ。これに対し徳永氏は、競技と直接関係のない家業と農業という領域を選んでいる点で異なる。

競技実績を活かした王道のキャリアではなく、自分の性格と生活基盤に合った選択を優先する姿勢は、実績への固執がキャリアの選択肢を狭める場合があることを示唆している。

一般のキャリア選択への応用

会社員の転職や部署異動の場面でも、これまでの実績や周囲の期待に沿った選択をしがちだが、徳永氏の事例は「自分の性格や生活基盤に合っているか」を判断基準に加える重要性を教えてくれる。

特に、キャリアの節目で王道とされる選択肢をあえて外し、実感に基づいた道を選ぶ勇気は、長期的な満足度を左右する要素になり得る。

判断基準を言葉にするAI活用という選択肢

徳永氏のように「自分の性格に合っているか」を軸に判断するには、まず自分の性格や価値観を言語化する作業が必要になる。AIチャットツールに、これまでの経験や得意なこと、苦手なことを箇条書きで入力し「王道とされる選択肢と、自分の実感に近い選択肢を比較してほしい」と問いかけることで、思考の整理がしやすくなる。

キャリアの転換点で複数の選択肢に迷ったとき、AIとの対話を通じて自分の判断基準を可視化しておくことは、実感に基づいた決断を後押しする実践的な方法だ。

よくある質問

徳永悠平はなぜ指導者にならなかったのですか

現役時代から指導者と日常的に接するなかで、自分の性格的に指導者は難しいと感じていたためである。特にプロのカテゴリでの指導は自分らしくないと考え、この選択肢を早い段階で外していた。

引退後にどのような仕事をしていますか

父が経営するコンクリート二次製品の製造販売会社に入社し、営業や書類作成など基礎から業務を学んでいる。あわせて土日には知人から借りた畑でスイートコーン栽培に取り組んでいる。

この判断基準は一般のキャリア選択にも応用できますか

応用できる。実績や周囲の期待に沿うのではなく、自分の性格や生活基盤に合っているかを判断基準に加えることで、長期的な満足度の高いキャリア選択につながる。

実感を優先することの難しさ

周囲からは「もったいない」と見られかねない選択でも、本人の実感に基づいているかどうかが長期的な充実感を左右する。徳永氏の場合、代表経験という実績を横に置き、地元での生活と自分の性格に合った道を選んだことが、結果として現役時代と同じくらい生き生きとした表情につながっている。

まとめ

徳永悠平氏の引退後のキャリア選択は、実績に基づく王道の道ではなく、自分の性格と生活基盤に合った選択を優先する判断基準に貫かれている。指導者を即座に退け、家業と農業という新しい領域に飛び込んだ姿勢は、過去の実績にとらわれないキャリア設計の一つの形を示している。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業にてメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。
現在は独立し、About The New株式会社を設立。教育コンテンツの研究・開発を行い、スポーツの知見を活かした人材育成プログラムを提供している。

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