卓球選手として実業団に所属し、引退後は安定した会社員生活を送る。それが当たり前とされていた時代に、松下浩二氏は日本初のプロ卓球選手という道を切り開いた。そして引退後わずか1年足らずで、老舗卓球メーカー・ヤマト卓球の代表取締役に就任している。
選手としての実績を看板にするのではなく、なぜ経営という畑違いに見える領域に飛び込んだのか。その決断の裏には、松下氏が選手時代から積み上げてきた明確な判断基準があった。本記事では一次インタビューをもとに、その思考プロセスを読み解いていく。
引退後わずか1年で経営者に転身した決断の瞬間
松下氏は現役時代から、選手のマネジメント会社「チームマツシタ」を運営していた。スポンサーを探し所属クラブをアテンドする仕事は軌道に乗っていたが、本人は「それは僕じゃなくてもできる」と感じていたという。
卓球に本気で貢献したいなら、選手の育成や援助、さらにはトップ選手が競技に専念できるプロリーグの創設まで手掛けたい。そのためには、マネジメント業では届かない規模の資金が必要だと考えたことが、経営者への転身を後押しした。目先の安定よりも、実現したい未来から逆算して選択したことがうかがえる。
早稲田大学院で得た75%の法則という判断基準
松下氏の決断を支えたのは、早稲田大学大学院で学んだ「自分がやってきたことから外れたことをすると75%の確率で失敗する」という考え方だった。裏を返せば、卓球に関わる領域であれば75%の確率で成功できるという判断につながる。
お金が動く場所をメーカーに絞り込んだ理由
卓球界で最も大きな資金が動くのはメーカーだと見定めた松下氏は、ゼロから起業するのではなく、既存のメーカーに関わる道を選んだ。初期投資とリスクの大きさを冷静に比較した末の選択であり、感覚だけに頼らず自分の専門性が生きる範囲を意識的に絞り込んだ判断だったといえる。
ヤマト卓球という老舗メーカーを選んだ理由
白羽の矢を立てたのは、大阪本社の老舗卓球メーカー・ヤマト卓球だった。当時の業績は振るわず、トップ選手の多くはライバルメーカーの用具を使用していたという。松下氏自身も現役時代は他メーカーの用具を使っていた経験があり、そこに商品とニーズのずれを感じ取っていた。
もともと経営陣と面識があったことから、親会社スヴェンソンの後押しを受けてM&Aが成立し、引退から1年も経たずに社長に就任した。就任時14億円だった売上は、直近で28億円、今期は34億円程度まで伸びており、選手として培った現場感覚と経営判断が結びついた結果が数字として表れている。
選手時代の開きなおりと研ぎ澄まされたカンが経営判断に生きる仕組み
ヤマト卓球の営業力の高さに目をつけた松下氏は、既存ブランド「TSP」を入門層向けに残しつつ、トップ選手向けの新ブランド「VICTAS」を立ち上げた。販売店からは仕入値を下げてほしいという要望もあるというが、松下氏はそれを拒み続けている。
目先の利益より守るべきブランドイメージ
「高品質なだけでなく、高級品だというイメージも大事」という考えのもと、価格を下げれば目先の売上は伸びても、ブランドイメージを損なう方が痛いと判断している。この判断の背景には、選手時代に培った感覚が働いている。
試合で相手の調子が良く歯が立たないと感じたときほど、開きなおって目の前のプレーに徹する。ビジネスでも壁にぶつかったときは同じように開きなおり、やるべきことに集中する。どこに打っても返されそうな場面でサーブを選ばざるを得ないときに働く研ぎ澄まされたカンは、経営判断でも「なんとなく」ではなく突き詰めた末に生まれるという。
起業ではなく経営者就任を選んだ元アスリートという稀有な道
元スポーツ選手という肩書きを持ちながら実業家として活躍する人は少なくない。しかし、自ら会社を興すのではなく、既存の実績ある企業のトップに就く例は極めて少ない。
松下氏はその稀有な道を選んだうえで、選手時代の主観性からビジネスマンの客観性への切り替えを最大の違いとして挙げている。自分が強くなることだけを考えればよかった選手時代とは異なり、人を雇う立場では主観だけでは通用しないという気づきが、経営者としての土台になっている。個人事業主やフリーランスであれば選手時代の感覚に近い部分もあるが、組織を率いる立場ではそうはいかないと松下氏は語る。多くの引退選手が指導者やタレントとして「A」の領域にとどまる中、既存企業の経営そのものを引き受けたという選択の重さも、この稀有さを際立たせている。
セカンドキャリアは現役時代から準備するという哲学
松下氏は、セカンドキャリアについて考えるのは引退後からで遅くないという考え方に否定的だ。1日1時間ほど引退後のことを考えても、練習には影響しないという。
指導者を目指すにせよ事業を興すにせよ、必要なのは根性論ではなく本気度だと語る。現役時代から「いま、どうすべきか」を考え続けてきた姿勢が、引退直後の経営者就任という決断の速さにつながった。競技に集中したい時期こそ、先のことを考えるのは余計なことではないという発想は、競技者に限らず自分の専門分野を極めようとするすべての人に通じる視点だろう。


判断基準を言語化するためにAIを活用する方法
松下氏が語る「75%の法則」や「開きなおり」は、長年の経験の中で感覚的に磨かれてきたものだ。こうした暗黙知を言語化し、自分自身の判断基準として整理する作業には、生成AIが役立つ。
これまでの決断とその理由を時系列で書き出し、AIに「共通する判断軸は何か」を問いかけてみると、自分では気づきにくかった一貫性が浮かび上がることがある。キャリアの岐路に立つ人にとって、AIは思考を客観視するための壁打ち相手になり得る。感覚を数値や言葉に落とし込む作業を繰り返すことで、次の決断の精度も高まっていく。
Q. 松下浩二はなぜ卓球用具メーカーの経営者になったのですか
選手時代からの人脈と、早稲田大学院で得た「自分の専門領域なら75%の確率で成功する」という考え方に基づき、卓球界で最も資金が動くメーカーという領域を選んだためです。
Q. VICTASというブランドはどのような位置づけですか
既存ブランド「TSP」がホビー層や入門層向けであるのに対し、VICTASはトップ選手のニーズに応える高品質・高価格帯のブランドとして立ち上げられました。
Q. 選手時代の経験は経営にどう生きていますか
不利な状況で開きなおって目の前のことに集中する姿勢や、突き詰めた末に働くカンが、経営判断の場面でも生かされています。
Q. セカンドキャリアはいつから考えるべきだと語っていますか
引退後からではなく、現役時代から少しずつ考えるべきだという立場です。1日1時間程度であれば競技への影響はないとしています。
Q. 松下浩二の今後の目標は何ですか
ヤマト卓球を売上500億円規模の企業に育て、卓球メーカーとして初の上場を実現すること、そして将来的には後進の指導に集中できるプロリーグの創設を目指しています。
まとめ
松下浩二氏の経営者としての歩みは、感覚や勢いだけで語れるものではない。早稲田大学院で得た判断基準、選手時代に培った開きなおりとカン、そして目先の利益よりブランドを守る決断力。これらが積み重なった結果として、引退後わずか1年での社長就任という異例のキャリアが実現した。
現役時代からセカンドキャリアを見据えて思考を積み重ねてきた姿勢は、競技を離れて別の道に進もうとする多くの人にとっても参考になるはずだ。
参考:ノマドジャーナル「アスリートから実業家へ。日本発のプロ卓球選手が見つめる未来像。ヤマト卓球社長 松下浩二氏(後編)」(https://nomad-journal.jp/archives/1608)
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