アスリートの独立・起業支援|企業担当者の伴走設計

アスリートの独立・起業支援を企業が伴走するイメージ スポーツ人材

練習後のロッカールームで、ベテラン選手がふと漏らす。「引退したら、この競技で培った感覚を仕事にできないだろうか」。だがその先の相談窓口が、社内のどこにも見当たらない。人事担当者やスポーツ団体のキャリア支援担当者の多くが、こうした声に「就職先の紹介」以上の答えを持てずにいます。この記事では、アスリートの独立・起業という選択肢に、企業や団体がどう伴走できるかを、実在する制度や事例をもとに整理します。

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セカンドキャリアの実態|「具体的に考えている」は3割にとどまる

まず押さえておきたいのは、多くのアスリートがセカンドキャリアを先送りにしているという実態です。現役中から準備を進められている選手はまだ少数派であり、支援側が動かなければ選択肢そのものが狭いまま引退を迎えるケースが多くあります。

スポーツ庁が実施した「アスリートのキャリアに関する実態調査」では、セカンドキャリアについて「具体的に考えている」と回答したアスリートは全体の30.7%にとどまりました。競技団体・実業団チーム・大学のいずれにおいても、キャリア支援に充てる予算は「予算総額の1割未満」が最も多い回答となっており、支援体制そのものが手薄な状態が続いています。

この数字が示すのは、独立・起業という選択肢が「本人の思いつき」だけで進むことは少なく、企業や団体が先回りして情報と接点を用意しない限り、検討段階にすら至らない選手が大半だという現実です。

(参考)アスリートのキャリアに関する実態調査 結果まとめ – スポーツ庁

アスナビは「就職支援」であり起業支援ではない|制度の違いを正しく理解する

アスリートの就職・独立支援と聞くと、まずJOC(日本オリンピック委員会)の「アスナビ」を思い浮かべる担当者が多いはずです。ただしアスナビは、現役中の競技継続を前提に企業とアスリートの雇用をマッチングする制度であり、起業・独立をゴールにした支援ではありません。ここを混同すると、社内での制度設計がずれてしまいます。

アスナビの実績と対象範囲

アスナビ(トップアスリート就職支援ナビゲーション)は、現役アスリートが競技を続けながら安定した収入を得られるよう、企業とのマッチングを行う仕組みです。2025年12月1日時点で、延べ246社・団体、445名の就職実績があります。企業側にとっては、雇用契約という形でアスリートと関わる入り口として機能しており、独立・起業を目指す選手を後押しする制度としては設計されていません。

つまり「雇用の中でアスリートを支える」制度と、「雇用の外に出て自分で事業を始める人を支える」支援は、そもそも土台が別物です。人事担当者が起業志向の選手に相談された場合、アスナビの枠組みをそのまま当てはめようとすると支援が空回りします。

(参考)アスナビ(トップアスリート就職支援ナビゲーション) – 日本オリンピック委員会

Q. アスナビを使えばアスリートの起業も支援できますか?

アスナビは現役アスリートと企業の雇用マッチング制度であり、起業・独立支援を目的とした制度ではありません。起業を志す選手には、後述する一般創業支援制度や自社独自の伴走支援を組み合わせる必要があります。

実在する起業事例に学ぶ|鈴木啓太氏とAuB株式会社

制度の話だけでは、支援の具体像がつかみにくいものです。実際にアスリートが起業した事例を見ると、企業や団体がどう関われたかのヒントが見えてきます。

元サッカー日本代表・浦和レッズの鈴木啓太氏は、2015年10月に腸内細菌の研究を軸としたヘルステック企業「AuB株式会社」を設立しました。現役時代に感じた「体調管理と腸内環境の関係」という自身の課題意識を出発点に、アスリート1,200人超の便サンプルを保有するデータベースを構築し、医療機関向けのブランド展開まで進めています。

この事例から読み取れるのは、起業のきっかけが「競技生活の中で本人が実際に抱えた課題」に根ざしている点です。企業やスポーツ団体が伴走する際も、選手個人の一般的な適性だけでなく、競技生活で培った具体的な問題意識をどう事業の種として言語化させるかが支援の出発点になります。

(参考)AuB株式会社 会社概要 – AuB株式会社

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支援の設計軸を整理する|雇用の内か外か、資金か伴走か

企業やスポーツ団体が支援メニューを設計するときに迷いやすいのが、「どこまでを自社の役割にするか」という線引きです。ここでは支援の性質を2つの軸で整理し、Human Soarが独自に設計した分類フローとして示します。

雇用の中×資金支援アスナビ型。企業に所属したまま収入を確保し、競技を継続する
雇用の外×資金支援創業補助金型。事業計画を評価軸に、返済不要の資金で起業を後押しする
雇用の中×伴走支援副業・兼業許可型。本業を保ちながら事業の種を試すことを認める
雇用の外×伴走支援メンタリング型。資金は他の制度に任せ、事業設計や販路開拓に人脈を貸す

Human Soarが「雇用の内外」「資金/伴走」の2軸で独自に整理した支援設計マトリクス。

この4象限を見ると、アスナビが担っているのは左上の「雇用の中×資金支援」だけであり、起業を志すアスリートを支えるには、右側の「雇用の外」の2象限を誰かが担う必要があることが分かります。企業やスポーツ団体が自社の役割を決める際は、まずこの4象限のどこを担当し、どこを外部の制度に委ねるかを整理することが出発点になります。

Q. 社内に起業支援の専門部署がなくても伴走はできますか?

できます。資金面は外部の創業支援制度に任せ、自社は「雇用の外×伴走支援」の役割、つまり事業計画の壁打ちや取引先の紹介といったメンタリングに絞ることで、専門部署がなくても始められます。

企業・団体が組み合わせられる一般創業支援制度

アスリート専用の起業支援制度は現状ほとんど整備されていません。そのため実務上は、経済産業省が展開する一般的な創業・スタートアップ支援策を、アスリート起業家にも適用できる形で案内することになります。

経済産業省は成長加速化補助金や大規模成長投資補助金など、新規事業・スタートアップ向けの支援策を継続的に展開しています。これらはアスリート出身かどうかを問わない一般制度ですが、事業計画さえ固まれば競技経験の有無に関わらず申請対象になります。企業の伴走担当者にとっては、この一般制度への橋渡し役を担うことが、最も再現性の高い支援の形です。

(参考)スタートアップ・新規事業関連施策 – 経済産業省

支援ルート別に見る特徴|企業はどこを担うべきか

ここまで見てきた支援ルートを一覧化すると、それぞれが担う役割の違いがより明確になります。自社がどのルートに橋渡し役として関わるかを検討する材料にしてください。

支援ルート 主な役割 対象
アスナビ(JOC) 雇用マッチング 現役アスリート
民間キャリア支援サービス 就職・転職支援、相談 現役・引退アスリート
経産省の創業支援制度 補助金・資金支援 事業計画のある起業家全般
自社独自の伴走支援 メンタリング、人脈紹介 自社と関係のある選手

Human Soarが各制度の公式情報をもとに整理した支援ルート比較(2026年8月時点)。

アスナビ|雇用を軸にした安定収入の確保

競技を続けながら生活基盤を整えたい選手には、まずアスナビの対象になれるかを確認するのが基本です。ただし独立志向が強い選手には、次のルートへの橋渡しが必要になります。

民間キャリア支援サービス|相談窓口としての受け皿

マイナビアスリートキャリアのような民間サービスは、引退後の進路相談を幅広く受け付けています。起業か就職かを決めきれていない段階の選手には、まずこうした相談窓口を紹介するのも有効です。

経産省の創業支援制度|資金面の裏付けをつくる

事業計画がある程度固まった段階では、経産省の補助金制度を案内し、資金調達の見通しを立てさせます。年度によって要件や金額が変わるため、案内する担当者は申請直前に最新情報を確認する必要があります。

自社独自の伴走支援|資金以外の価値を提供する

自社が資金を出せない場合でも、取引先の紹介や事業計画への助言といった伴走は可能です。鈴木啓太氏の事例のように、選手自身の課題意識を深掘りする対話の相手になることが、遠回りに見えて最も再現性の高い支援になります。

あわせて読みたいスポーツタレントエージェンシー各社の支援内容を比較

Q. アスリート起業家専用の補助金はありますか?

現時点でアスリートに特化した専用の起業支援制度は確認されていません。経済産業省の一般的な創業・スタートアップ支援策を、事業計画をもとに申請する形になります。

Q. 企業が起業支援を始める最初の一歩は何ですか?

まず本記事の4象限マトリクスで自社が担える役割を決めることです。資金は外部制度に任せ、自社は伴走やメンタリングに絞るだけでも、専門部署がなくても支援を始められます。

よくある質問

Q. 起業を考えるアスリートに、企業はいつ声をかけるべきですか?

現役中、特に競技引退の2〜3年前から接点を持つのが理想です。セカンドキャリアを「具体的に考えている」選手が3割にとどまる背景には準備期間の短さがあり、早い段階での対話が選択肢を広げます。

まとめ

  • セカンドキャリアを「具体的に考えている」アスリートは3割にとどまり、企業側からの働きかけが不可欠
  • アスナビは雇用マッチング制度であり、起業・独立支援とは別物として設計する必要がある
  • 鈴木啓太氏のAuB株式会社のように、現役時代の課題意識が起業の出発点になりやすい
  • 支援は「雇用の内外」「資金か伴走か」の2軸で自社の役割を決めると設計しやすい
  • 資金は経産省の一般創業支援制度に任せ、自社は伴走・メンタリングに絞る選択肢もある

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業でメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。

2025年5月に About The New株式会社 を設立。スポーツの現場で培われた知見を組織開発・人材育成の文脈に翻訳し、研修・チームビルディング・イベントの企画運営を行っています。

「知識を得る」で終わらせず「行動が変わる」ところまでを設計することを大切にしています。ご相談は contact@aboutthenew.co.jp まで。

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