結論から言えば、卓球の張本美和選手(木下グループ)の強さは、緊張やプレッシャーを避けることではなく、最も緊張した経験そのものを次の自信に変えてきた点にあります。2022年3月に世界ランク624位だった選手が、2024年10月時点で7位まで駆け上がりました。
本記事では、張本選手のランキング推移というデータと、緊張との向き合い方から、企業のプレッシャー下での人材育成に応用できる視点を解説します。
張本美和が世界ランク624位から7位へ|2年半の急成長
張本選手のランキング推移を見ると、シニアの国際大会に本格参戦してからのわずか2年半で、順位が大きく変わったことがわかります。
| 時期 | 世界ランキング | 出来事 |
|---|---|---|
| 2022年3月 | 624位 | シニア国際大会参戦前 |
| 2024年夏 | 団体戦メンバー入り | パリ五輪で団体銀メダルに貢献 |
| 2024年10月17日時点 | 7位 | アジア選手権で50年ぶりの中国撃破に貢献 |
GOETHE掲載記事(2024年10月24日)をもとに編集部作成。
2022年3月|世界ランク624位から始まったシニア参戦
張本選手は2008年6月16日生まれ、2歳で卓球を始めました。2022年3月時点の世界ランキングは624位でしたが、シニアの国際大会に本格参戦した2023年に世界ツアーで2勝を挙げています。624位という順位は、当時はまだ世界トップ選手と対等に戦える立場ではなかったことを示しています。世界ランキングは大会の勝敗によって細かく増減する指標であり、624位から一気に上位に食い込むには、格上相手に勝ち続ける必要があります。裏を返せば、この順位の伸びそのものが、格上との対戦を重ねた結果だといえます。
2024年夏|パリ五輪で団体戦メンバー入りし銀メダルに貢献
2024年のパリ五輪では、選考レースで4番手評価だったところから、中国勢への強さが評価されて団体戦メンバーの3枠目に滑り込みました。決勝では中国に0-3のストレート負けを喫し銀メダルとなりましたが、本人は「全試合、楽しめた。最初から最後まで自分のプレーをできて、凄く良い大会だった」と振り返っています。
結果としては敗れた大会ですが、選考時点で4番手評価だった選手が本大会でメンバー入りし、決勝の舞台に立ったこと自体が、この時期の急成長を象徴しています。評価が低い状態からメンバー入りを勝ち取った経緯は、実績よりも直近の対戦成績や相性を重視する選考が行われたことを示唆しています。
2024年10月17日時点|世界ランク7位まで駆け上がった背景
2024年10月17日時点で、張本選手の世界ランキングは7位まで上昇しています。同月に行われたアジア選手権で中国相手に金星を挙げたことが、このランキング上昇に直結しました。624位から7位まで、実質2年半ほどでの上昇です。
パリ五輪という最も緊張した経験について、張本選手はこれまでで最も緊張した試合だったと振り返っています。結果は敗れたものの、この経験を通じて得た「メンタルが強くなった」という実感が、その後の大会で「オリンピックと同じ気持ちで挑めば大丈夫」という自信につながったといいます。
Q. 張本美和さんが最も緊張したのはどの試合ですか?
2024年パリ五輪の団体決勝と語っています。結果は中国に敗れましたが、この経験を通じてメンタルが強くなったと本人は振り返っており、その後の大会でも同じ心構えで臨めることが自信につながっています。
(参考)卓球・張本智和「妹が頑張っているから僕も勝ちを重ねられている」50年ぶり快挙の張本美和 – GOETHE(幻冬舎)
50年ぶりの中国撃破|アジア選手権での2つの金星
2024年10月、カザフスタンで行われた卓球アジア選手権の女子団体決勝で、日本は中国を3-1で破り、中国を破っての金メダルは1974年横浜大会以来50年ぶりの快挙となりました。この決勝で2勝を挙げたのが、当時16歳の張本選手です。
| 対戦相手 | 世界ランキング | 結果 |
|---|---|---|
| 王芸迪選手(第1試合) | 世界4位 | 3-2で競り勝ち |
| 孫穎莎選手(第4試合) | 世界1位 | 劣勢から3ゲーム連取で逆転勝ち |
世界ランキングは数字が小さいほど上位。孫穎莎選手(世界1位)は王芸迪選手(世界4位)よりもランキング上位の選手であり、より格上からの金星といえる。
第1試合|世界ランク4位の王芸迪選手に競り勝った逆転劇
第1試合では世界ランク4位の王芸迪選手に3-2で競り勝ちました。格上相手にフルゲームまでもつれる接戦を制した点は、単発の好調ではなく実力が伴っていたことを示しています。
この試合を取ったことが、その後に続く第4試合でのプレッシャーのかかる場面でも力を発揮できた土台になったと考えられます。チーム戦において序盤の試合を取ることは、後続の選手の精神的な負荷を軽くする効果もあり、団体戦特有の連鎖的な勢いを生み出したとも考えられます。
第4試合|世界ランク1位の孫穎莎選手からの逆転勝ち
第4試合では世界ランク1位の孫穎莎選手相手に第1・第2ゲームを落としながらも3ゲームを連取する逆転勝ちを収めました。世界最高峰の選手を相手に、劣勢から立て直せたこと自体が、精神面の強さを裏付けています。
プレッシャーのかかる大一番で結果を出せたのは、パリ五輪という最大の緊張を経験済みだったことも影響していると考えられます。一度、最も緊張する場面を経験しておくことで、次に訪れる大一番への向き合い方が変わるという典型例です。劣勢からの立て直しという展開自体も、パリ五輪の経験がなければ心理的に崩れていた可能性がある局面であり、経験の蓄積がプレー内容にも表れたケースといえます。
Q. アジア選手権での中国撃破はどのくらいの快挙ですか?
中国を破っての金メダルは1974年横浜大会以来50年ぶりの快挙です。世界ランク4位と1位の選手から2勝を挙げた当時16歳の張本選手の活躍が、この歴史的勝利の直接的な要因になりました。
企業のプレッシャー下人材育成への応用|大舞台の経験を次の自信に変える
張本選手のキャリアが示すのは、プレッシャーの大きい場面を避けるのではなく、経験として積み重ねることで次のプレッシャーへの耐性が育つという考え方です。
大舞台での失敗を「避けるべきもの」にしない組織の設計
企業においても、重要な商談やプレゼンといった緊張度の高い場面を「失敗を恐れて避ける」機会と捉えるか、「次への糧にする」機会と捉えるかで、人材の成長速度は大きく変わります。失敗を過度に罰する組織では、社員は緊張度の高い場面そのものを避けるようになり、成長の機会自体が失われます。
張本選手がパリ五輪の敗戦を「凄く良い大会だった」と振り返れたのは、結果だけでなくプロセスを評価する視点を本人が持っていたためだと考えられます。
経験を次に生かす言語化支援|新任社員への具体的な関わり方
特に新しい役割を任された社員が最初の大舞台で結果を出せなかった場合、その経験自体を否定せず、次に生かす言語化を一緒に行うことが、張本選手のような成長曲線につながる可能性があります。
緊張や逆境を成長の糧にする考え方は、専門外の種目でも記録を伸ばした中島ひとみ選手の発想転換にも通じます。
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企業のキャリア形成については、アスリート引退後のキャリア選択肢2026年版もあわせてご覧ください。緊張する場面を経験させたあと、振り返りの機会を組織として用意できるかどうかが、次の成長曲線を左右します。
Q. 企業がプレッシャー耐性を育てるうえで参考にできる点は何ですか?
大舞台での失敗や緊張の経験を「避けるべきもの」ではなく「次への糧」として言語化する支援です。張本選手のように、最も緊張した経験を成長の実感に変えられるかどうかは、経験の振り返り方に左右されます。
まとめ|張本美和の成長曲線から学べること
- 張本美和選手は2022年3月の世界ランク624位から、2024年10月には7位まで急成長した
- 2024年パリ五輪の決勝が「最も緊張した試合」であり、この経験がメンタルの強さにつながったと語っている
- 同年10月のアジア選手権では、世界ランク上位選手を相手に2勝し、50年ぶりの中国撃破に貢献した
- プレッシャーのかかる場面を避けず経験として積み重ねる姿勢が、次の大舞台での結果につながっている
- 企業の人材育成でも、大舞台での経験を次への糧として言語化する支援が成長を後押しする
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