adaptive surfing日本代表の勝倉直道は、29歳の時にバイク事故で全身の52%に大火傷を負い、両足のほとんどの筋肉を失った。それでも1年に及ぶ入院とリハビリを経て波乗りに復帰し、2024年には国際プロツアーで世界チャンピオンに輝いた。本稿では雑誌ターザンによる本人インタビューをもとに、勝倉が語った身体との向き合い方と再起への道のりを一次情報として紹介する。
バイク事故が奪った両足の筋肉
結婚し生活を安定させるためドライバーとして働いていた29歳の時、勝倉は交通事故に巻き込まれ、満タンだったバイクのガソリンに引火。全身の52%に及ぶ大火傷を負い、両足のほとんどの筋肉が焼失した。皮膚移植を繰り返す入院生活は1年に及んだ。
(参考)「波に押されて滑る感覚だけで、やっぱり涙が出たんですよ」adaptive surfer勝倉直道(前編) – Tarzan Web
重度熱傷からのリハビリと機能回復の医学的な考え方
勝倉は骨に皮膚を貼り付けているような状態から、松葉杖でのリハビリを重ねて日常生活を取り戻していった。移植した皮膚が定着し生活を送れるようになるまで、約5年を要したという。
皮膚移植後の関節可動域回復という課題
重度熱傷の医学的な知見では、植皮部位は関節の動きに制限が生じやすく、皮膚の動きを意識した可動域エクササイズが機能回復の鍵とされる。手足の熱傷では握る動作や関節の可動域そのものが失われることもあり、社会復帰に向けては身体面だけでなく心理面の支援も並行して行われる。勝倉が5年かけて日常動作を取り戻していった過程は、こうした長期的な機能回復の実例といえる。
心の平安を保つために他者へ意識を向けた入院生活
「入院して『あ、もうサーフィンできないの?』って最初に思った」と語る勝倉は、ノイローゼ寸前まで精神的に追い詰められた時期があったという。そこから抜け出す方法として選んだのが、他の入院患者と積極的に会話することだった。
「人の気持ちになって考える」ことで得た支え
足を切断し病室から出られなかった女性患者のもとへ何度も通い、最終的に立ち直らせたエピソードを勝倉は語る。「人の気持ちになって考えてあげることが、結局、自分に返ってくる」という気づきが、自身の心の支えにもなっていった。
5年ぶりの海で流した涙とサーフィン復帰
ドライバー業務に復帰し足首に体重をかけられるようになった頃、後輩に誘われて5年ぶりに海へ入った勝倉は、立つことすらできなかったものの「波に押されて滑る感覚だけで、もう涙が出た」という。この体験が「ここが自分の生きる場所」という確信につながった。
今の体でできることを追求する競技への向き合い方
事故前とは異なり、大きく板を回すような動きは難しくなったと勝倉は語る。それでも「今の体でできることをやろう」という姿勢で競技を続け、2024年には国際プロツアーAASPで総合優勝、ISA World Adaptive Surfing Championshipでも上位入賞を果たしている。
事故の加害者と向き合った経験
事故から半年間、勝倉は事故を起こした若者と対面していなかった。ようやく実現した対面で「どうして来なかった」と問うと、返ってきたのは「怖かったから」という一言だった。怒りをぶつけた勝倉だが、最後には「これからは何かあった時には、きちんと謝れる人間になれよ」と諭して送り出したという。想像していた苦しみが実際の対面によって和らいだという経験は、心理的な回復における一つの転機として語られている。
読者が今日から実践できること
勝倉の歩みが示すのは、失われた機能を悔やみ続けるのではなく「今の体でできること」に焦点を当てる思考の転換だ。大きな喪失を経験した後こそ、他者との対話を通じて外に意識を向けることが、内側にこもりがちな心を支える手段になる。身体機能の回復には長い時間がかかることを前提に、小さな「できた」の積み重ねを大切にする姿勢は、怪我や病気からの回復に取り組むすべての人にとって参考になるはずだ。波乗りという原点に立ち返ることで人生の指針を得てきた勝倉の姿勢は、環境や条件が変わっても「選び続けられるもの」を持つことの大切さを教えてくれる。定年退職を待たずに海の近くへ移住し、毎日のように波と向き合い続けている生活そのものが、勝倉にとって最良のリハビリであり続けている。
プロサーファーになれなかった過去との折り合い
10代からサーフィンを始めた勝倉は、22歳までプロテスト合格を目指していたが結局叶わなかった。事故によって身体が大きく変わったことで、皮肉にもadaptive surfingという新たな舞台で世界の頂点に立つことになった。若い頃に届かなかった夢の形を、思いがけない形で実現させたキャリアは、目標との向き合い方について示唆を与える。
STAND3カテゴリーが求める繊細な技術
勝倉が出場する「STAND3」というカテゴリーは、膝上切断や両下肢切断、あるいは先天性・後天性を問わず同等の障がいがありながら立った状態で波に乗るサーファーのための区分だ。サーフボードに立つ「テイクオフ」という基本動作だけでも、健常者以上に緻密な体重移動とバランス感覚が求められる。両足にほとんど筋肉がない勝倉にとって、瞬発的な屈曲動作は難しく、足首の可動域も限られるため、点で支えるような繊細なバランス調整が競技の核になっている。事故から30年近く経った今も、大磯の海まで歩いて通える暮らしを続け、日々の波乗りそのものが機能維持とコンディショニングを兼ねたトレーニングになっている。国際大会で得た金メダルやチャンピオンベルトよりも、日々波に乗れているという実感そのものが、勝倉にとって最大の報酬になっている。
まとめ
- 勝倉直道は29歳の時のバイク事故で全身52%の大火傷を負い、両足の筋肉のほとんどを失った。
- 皮膚移植後の機能回復には長期間を要し、日常生活を取り戻すまでに約5年かかっている。
- 入院中は他者との対話を通じて心の平安を保つ方法を見出した。
- 5年ぶりに海に入った際の感覚が、サーフィン復帰への確信につながった。
- 「今の体でできること」に焦点を当てる姿勢が、世界チャンピオンという結果に結びついている。
よくある質問
勝倉直道さんはどんな怪我を負ったのか
29歳の時のバイク事故で全身の52%に大火傷を負い、両足のほとんどの筋肉を失った。
重度熱傷からの機能回復にはどれくらいの期間がかかるのか
個人差はあるが、勝倉さんのケースでは皮膚移植後、日常生活を送れるようになるまで約5年を要している。
入院中の精神的な落ち込みにはどう向き合ったのか
自分の内面に閉じこもるのではなく、他の入院患者との対話を重ねることで心の平安を保ったと語られている。
adaptive surfingとはどんな競技か
身体障がいのあるサーファーが、それぞれの身体条件に適応(adaptive)しながら波に乗る競技で、国際プロツアーや世界選手権が開催されている。
障がいを乗り越えて競技を続けるアスリートの物語はアスリート特集で、怪我からの復帰に関する記事は怪我からの復帰カテゴリーであわせて紹介している。
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