為末大に学ぶバイオメカニクス|IoTが正すデータ分析の思考法

為末大が語るIoTとバイオメカニクスによるデータ分析 スポーツアスリート

2001年の世界陸上競技選手権大会400mハードルで、トラック競技として日本人初のメダルを獲得した為末大。現役引退後は会社経営やスポーツテック領域への関わりを続け、2026年4月には東京大学先端科学技術研究センターの教授に就任した。IoTやデータ分析が急速に進んだスポーツの世界を、現役時代と現在の両方を知る立場から為末はどう見ているのか、その発言をもとに読み解く。

現役時代にはできなかった生体データ収集

為末が指摘するのは、IoT(モノのインターネット)の普及によって、かつては実験室でしか計測できなかったデータが、実際の競技場でも取れるようになったという変化だ。実験室と競技場ではデータの質そのものが異なるという点を、為末は自身の経験から語っている。

例えばサッカーのドリブル動作を実験室で計測する場合、ビーコンで取得できる範囲はせいぜい15m四方に限られる。しかし実際の試合では40m先に敵がいることもあり、メンタル面を含めた状況そのものが実験室とは大きく異なる。競技場というリアルな環境でデータが取れるようになったことは、スポーツ科学にとって大きな転換点だったと言える。

IoTが正す「直感的な勘違い」

為末が挙げる象徴的な例が、100m走の後半における速度変化だ。「後半、カール・ルイスが伸びた」というような実況コメントを耳にすることがあるが、実際にはカール・ルイスもウサイン・ボルトも後半は速度が低下している。他の選手の低下幅がより大きいため、相対的に伸びているように見えるだけだという。

100m走では60m地点付近で最高速度に達し、そこから先はスピードが落ちていく。最高速度に達するまでは地面を強く踏むことが有効だが、速度が落ち始めた後半も同じように強く踏み続けると足が後ろに流れてしまう。後半は足のピッチを高める走り方に切り替えた方がスピード低下を抑えられるといい、こうした知見はトップ選手の間では経験的に知られていたが、IoTの普及によって誰もが自分の走りを同じように分析できるようになったと為末は語る。

(参考)IoTはスポーツ界の”直感的な勘違い”を正す、元陸上選手・為末氏 – 日経クロステック

どのデータが重要かという新たな課題

為末の現役時代には取得できなかった血液分析など体内のデータも、現在では計測できるようになっている。アスリートに関するデータの量そのものは飛躍的に増えたが、その分「どのデータが重要なのか」という選別の難しさが新たな課題として浮上していると為末は指摘する。

データを取得できること自体はゴールではなく、膨大な情報の中から競技力向上に直結する指標を見極める視点が問われている。この課題意識は、現在為末が東京大学で取り組む研究テーマにも通じている。数値化されたデータが増えるほど、何を見て何を見ないかという取捨選択の判断力が、選手やコーチに新たに求められるようになっている。

「ゾーン」という最後の未知領域と身体感覚の変容

為末は、アスリートのデータ活用における次の大きな挑戦として「ゾーン」と呼ばれる究極の集中状態の解明を挙げている。オリンピックのような大舞台で高いパフォーマンスを発揮する選手の中で何が起きているのかは、依然として解明されていない領域だという。

為末自身、世界陸上で初めてメダルを獲得したレースでは、体が勝手に動き出し、周囲の歓声が小さくなって自分の足音だけが大きく聞こえるという感覚を経験している。時間の感覚が変容し、音の感覚も普段とは違って聞こえるという主観的な共通点があり、普段は別の情報処理に振り分けられている脳のリソースが競技に集中して配分される状態ではないかと為末は解釈している。

緊張は直接コントロールせず身体を制御する

ゾーンと並んで為末が語っているのが、緊張との向き合い方だ。緊張は頭の中で起きる出来事であり、それ自体を直接コントロールしようとしてもうまくいかないと為末は言う。

その代わりに再現性があるのは、ゆっくり話す、声を低くする、上がっている肩を意識的に下げるといった、身体や動作の側からアプローチする方法だという。感覚や気持ちに直接働きかけるのではなく、行動を変えることで結果的に状態を整えるという発想は、ゾーンに向けた準備の考え方とも共通している。

ウェアラブル端末で自分だけの「勘違い」を正す

為末が語るように、感覚だけに頼ると自分の動きについて思い込みが生まれやすい。GPSランニングウォッチを使えば、この「勘違い」を数値で確認できる。

後半の失速を「感覚」ではなく数値で捉える

Garmin Forerunnerのようなランニングウォッチを装着すると、ピッチ(ケイデンス)やストライド、接地時間が自動で記録される。為末が指摘したカール・ルイスの例と同様、「まだ踏めている」という感覚と実際の数値には差が出ることが多い。

Garmin Connectでレース後半のデータだけを切り出す

アプリ上でレースや練習の後半区間だけを抜き出して見ると、ピッチが落ちているのか、接地時間が伸びているのかを区別できる。どちらが原因かによって、次に取るべき対策は変わってくる。

原因が絞れた部分だけをドリルで直す

ピッチの低下が原因なら後半を意識したピッチアップドリル、接地時間の悪化が原因なら補強トレーニングというように、数値で特定した課題だけをピンポイントで練習に反映させる。

よくある質問

IoTの普及でスポーツ分析はどう変わったのか

実験室でしか取れなかったデータが競技場というリアルな環境で取得できるようになり、実際の試合や練習に近い条件での分析が可能になった。為末はこれによって選手やコーチが抱きがちな「直感的な勘違い」を正しやすくなったと語っている。

100m走の後半でスピードが落ちるのは本当か

トップスプリンターであっても100m走では60m付近で最高速度に達し、後半は速度が低下するのが実際のところだ。他の選手の低下幅がより大きいために「伸びている」ように見えるだけだと為末は説明している。

データが増えることでどんな課題が生まれるのか

血液分析など体内のデータまで取得できるようになった一方で、どの指標が競技力向上に直結するのかを見極める難しさが増している。データの量そのものよりも、選別と解釈の視点が重要になっている。

ゾーンの状態は意図的に作り出せるのか

為末は意図的にゾーンへ入ることには懐疑的で、入眠の準備に近いものだと説明している。ゾーンそのものを直接コントロールするのではなく、そこに至るまでの準備を整えることが再現性のあるアプローチだとしている。

まとめ

  • IoTの普及により、実験室でしか取れなかったデータが競技場のリアルな環境で取得できるようになった
  • 100m走の後半はトップ選手でも速度が低下しており、相対的に伸びて見えるだけだと為末は説明する
  • 血液分析など体内データも取得可能になった一方、どのデータが重要かという選別の課題が生まれている
  • 「ゾーン」は時間感覚や音の感覚が変容する主観的な共通点があるが、意図的な再現は難しいとされる
  • 2026年4月から東京大学先端科学技術研究センター教授として、身体データを通じた研究に取り組んでいる

AIによる動作解析の実践例は以下の記事でも紹介している。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業にてメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。
現在は独立し、About The New株式会社を設立。教育コンテンツの研究・開発を行い、スポーツの知見を活かした人材育成プログラムを提供している。

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