予選で結果を出せず「チームに迷惑をかけた」と自分を責め続けた東京五輪から4年、同じプールに世界選手権のメドレーリレーで入賞という結果を持ち帰った選手がいます。中央大学水泳部・イトマン東京所属の池本凪沙選手です。
池本選手の歩みから見えてくる結論は、記録を伸ばす鍵がフォームの改造よりも先に「思考の転換」にあったという点です。本記事では、東京五輪での挫折からパリ五輪、そして2025年世界選手権シンガポール大会でのメドレーリレー入賞に至るまでの歩みを紹介し、企業の若手人材育成に活かせる視点を解説します。
東京五輪「予選9位」の悔しさが池本凪沙の出発点
2021年の東京五輪、池本選手は中央大学1年生で競泳女子4×200メートル・フリーリレーの第3泳者として出場しました。結果は予選9位。本人にとっては「ネガティブなことを考えすぎて、不安要素が強くあった」試合だったといいます。
「こういうタイムで泳げなかったら」「これで結果が出なかったら」と自分を追い込みすぎ、目標タイムにも自己ベストにも届かず、当時は「チームに迷惑をかけた」と振り返っていました。東京五輪後もタイムが伸び悩む時期が続いたといいます。
(参考)パリ・オリンピックで大輪の花を 競泳女子フリーリレー 水泳部・池本凪沙選手(法4) – 中央大学
イトマン東京コーチと選んだ「楽しむ」への思考転換
伸び悩みを打開するきっかけになったのが、所属するイトマン東京のコーチとの対話でした。「パリまでの3年間は試合を楽しむ」「大舞台では笑顔でポジティブな気持ちでレースに挑む」という方向へ思考回路を変えたことで、気持ちの切り替えが上手になり、不調を乗り越えられるようになったといいます。
この変化が自信につながり、2023年の世界水泳(福岡)とアジア大会(杭州)を経験するなかで、大舞台に照準を絞って調子を合わせられるようになりました。福岡での世界水泳では、日本チームに送られた熱い声援によって「不安がかき消され、自信に変わった」経験もあったといいます。安定してタイムを出せるようになったのは、この精神面の成長があったからこそだと本人は語っています。
Q. 池本凪沙選手はどのように東京五輪後の不調を乗り越えましたか?
所属先のコーチと相談し、「結果を気にしすぎる」思考から「試合を楽しむ」という思考へ切り替えたことがきっかけです。この転換により気持ちの整理が上手になり、2023年の世界水泳・アジア大会で安定した結果につながりました。
一本歯下駄トレーニングで鍛えた下半身、1日10km超の練習量
思考面だけでなく、身体づくりにも大きな変化がありました。東京五輪後は、足の前半分しかない一本歯の下駄を両足に履き、重りを手にしながらスクワットを繰り返すトレーニングを1年間継続し、下半身を強化しました。これを基礎に、現在はベンチプレスやリフトなどのウエートトレーニングを行い、身体をさらに鍛え上げています。
練習で1日に泳ぐ距離は10キロを超えるといい、地道な練習量の積み重ねが、精神面の成長と両輪になって記録の安定を支えています。東京五輪当時のコーチからは「沈む感じで重そうに見える」と指摘されていた泳ぎも、身体の使い方や力の発揮の仕方が分かってきたことで、現在は軽やかな泳ぎに変わったといいます。
Q. 池本凪沙選手はどんなトレーニングをしていますか?
東京五輪後の1年間、一本歯下駄を履いたスクワットで下半身を強化しました。現在はベンチプレスなどのウエートトレーニングを継続し、1日10キロを超える距離を泳ぎ込んでいます。
世界選手権メドレーリレー入賞までの歩み
思考の転換と地道な練習を積み重ねた池本選手は、2025年の世界水泳選手権(シンガポール)で女子4×100メートル・メドレーリレー7位入賞という結果にたどり着きました。下の図は、東京五輪から世界選手権入賞までの主な転機をHuman Soarが時系列で整理したものです。

図:東京五輪の挫折から世界選手権入賞に至るまでの主な転機
これまでの主要大会での成績を振り返ると、次のような歩みになります。
- 2019年 世界水泳選手権(韓国・光州)出場
- 2021年 東京五輪 女子4×200メートル・フリーリレー第3泳者として出場、予選9位
- 2023年 世界水泳選手権(福岡)・アジア大会(杭州)出場、安定したタイムで大舞台を経験
- 2024年3月 代表選考会 女子100メートル自由形2位(54秒20)、200メートル自由形4位(1分58秒51)、派遣標準記録には届かず個人種目の出場はかなわず
- 2024年7月 パリ五輪 女子4×200メートル・フリーリレー代表として出場
- 2025年 世界水泳選手権(シンガポール) 女子4×100メートル・メドレーリレー7位、女子4×200メートル・フリーリレー8位、混合4×100メートル・フリーリレー7位
出典:中央大学「HAKUMON Chuo」および中央大学スポーツプロモーションの公表内容をもとにHuman Soarが集計
(参考)世界水泳2025 村佐達也さん(総合政策1年)が銅メダル獲得/池本凪沙さん(2025年法卒)リレー入賞 – 中央大学
個人種目「世界の壁」に挑む次の4年
パリ五輪出場が懸かった2024年3月の代表選考会で、池本選手は女子100メートル自由形で2位(54秒20)、200メートル自由形で4位(1分58秒51)となり、派遣標準記録を上回れず個人種目での出場はかないませんでした。日本女子にとって「世界の壁」が最も高いといわれる自由形で、東京五輪以前から個人種目での挑戦を目標に掲げてきた池本選手にとって、悔しい結果だったといいます。
「選考会で全力のパフォーマンスをする難しさ、個人種目で出場する厳しさを改めて感じました」と振り返る一方、「この悔しさをバネに、パリの次の4年後は個人種目でも出たい」と決意を新たにしました。リレーでは「海外の選手についていこうとしてオーバーペースになると後半の泳ぎに響く」ため、「自分のレーンだけを見ていこう」と考えているといいます。周囲と比較せず自分のペースを守るという姿勢は、目標達成までの期間が長い挑戦に向き合う際の一つの考え方です。
Q. 池本凪沙選手は個人種目でオリンピックに出場したことがありますか?
2024年3月の代表選考会で100メートル・200メートル自由形とも派遣標準記録に届かず、個人種目での五輪出場はまだ実現していません。本人は「パリの次の4年後は個人種目でも出たい」と目標を掲げています。
大学生アスリートとしての両立、応援が力になる理由
池本選手は中央大学法学部に在籍しながら競技を続ける学生アスリートでもあります。「中大の名前を背負って大舞台に出場するからには、結果を出したい。中央大学の名前を世界に広めたい」と、大学の名を背負う覚悟を語っています。
また、東京とパリで大きく異なった点として観客の存在を挙げ、「歓声は力になり、自信につながる要素だ」と話しています。誰かに応援されることが自信となり、良い結果に結びつくという実感は、組織のなかで若手が声援やフィードバックを得ることの重要性にも重なる視点です。コンディションを整えながら大舞台に臨む姿勢は、松元克央選手の自信の再建法の記事や、北島康介選手の筋トレ習慣の記事にも共通する要素が見られます。栄養面での工夫については大橋悠依選手の貧血克服食の記事も参考になります。
Q. 池本凪沙選手はなぜ観客の声援を重視しているのですか?
2023年の世界水泳福岡で受けた熱い声援によって「不安がかき消され、自信に変わった」経験があったためです。東京五輪は無観客に近い状況だったこともあり、パリ以降は声援がパフォーマンスを支える要素になっていると語っています。
まとめ|挫折からリレー入賞に至る4つのポイント
- 記録の伸び悩みを打開したのは、フォームの改造より先に「楽しむ」という思考の転換だったこと
- 下半身強化のトレーニングと1日10km超の練習量が、思考転換と両輪で記録の安定を支えたこと
- 個人種目で目標に届かなかった悔しさを、次の4年への具体的な目標に変換したこと
- 観客の声援や大学への帰属意識など、周囲との関係性が本人の自信につながっていること
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