公式戦のチケットは早々に完売しているのに、翌シーズンの会員継続率やアプリの利用率が思うように伸びない――スポーツ関連企業のマーケティング担当者から、こうした相談を受ける機会が増えました。ファンエンゲージメントは「来場者数」という結果指標だけを追うと早い段階で頭打ちになります。会員ID・公式アプリ・LINE公式アカウントといった行動データを起点に施策を設計しているクラブほど、来場と継続の両方で成果を伸ばしています。
本記事では、Jリーグ・B.LEAGUE・プロ野球球団が公表している実際の施策と成果を整理したうえで、企業のマーケティング担当者・経営者が自社の顧客戦略に応用できる視点を、判断フローの形でまとめます。
ファンエンゲージメントの成果は行動データで測る
「ファンエンゲージメントを高めましょう」という掛け声だけでは、現場は何から着手すればよいか分かりません。まず押さえておきたいのは、国もスポーツ市場の拡大を政策目標として掲げているという背景です。
スポーツ庁は第3期スポーツ基本計画のなかで、スポーツ市場を拡大し、その収益をスポーツ環境の改善に還元してスポーツ参画人口の拡大につなげるという好循環を政策目標に掲げ、スポーツ市場規模を5.5兆円から15兆円へ拡大する目標を掲げてきました。2025年4月にスポーツ庁と経済産業省がまとめた「スポーツ未来開拓会議」のとりまとめでは、2025年の期限を迎えるにあたり、遅くとも2030年までの15兆円達成を目指す方針に改められています。スタジアム・アリーナ改革やスポーツ界とのオープンイノベーションを支援の柱としており、国としてもスポーツを地域経済を動かす投資先として位置づけていることが分かります。
企業から見れば、こうした政策の追い風があるうちに、ファンとの関係構築を「単発のプロモーション」ではなく「継続的なデータ基盤づくり」として動かすほど、連携や露出の機会を得やすくなります。次章では、実際にどのような施策がどの程度の成果につながっているのかを具体的に見ていきます。
同とりまとめは、スポーツ市場規模の推計が日本政策投資銀行の「スポーツGDP」をもとにしており、スポーツ産業の経済効果のすべては捉えきれていない点に留意が必要だと述べています。あわせて、データやデジタル技術を活用した取組が広がる一方で、多様なスポーツデータを蓄積・利活用する基盤は十分に整っていないことを課題に挙げ、ライトファンや新たなファンの獲得が重要だとも位置づけています。会員データを自社で持つことが、そのまま競争力になる局面に入っていると読み取れます。
(参考)スポーツの成長産業化(第3期スポーツ基本計画) – スポーツ庁
(参考)スポーツ未来開拓会議 ~今後のスポーツの成長産業化を見据えた、当面の取組等についてのとりまとめ~(2025年4月) – スポーツ庁・経済産業省
Jリーグ・B.LEAGUE・プロ野球球団に見る施策と成果
ファンエンゲージメントと一口に言っても、施策の中身も測っている指標もクラブによって異なります。ここでは、公式の発表資料から実際の施策と成果を集計し、比較できる形に整理しました。
| 主体 | 主な施策 | 規模・成果 |
|---|---|---|
| Jリーグ(公益社団法人日本プロサッカーリーグ) | JリーグID・公式アプリ「Club J.LEAGUE」 | JリーグID累計445万件(2024年末)、MAU93.4万(2023年7月・前年比131%)、大規模プロモーション施策で総来場貢献約104万人(2023年実績) |
| B.LEAGUE(公益社団法人ジャパン・プロフェッショナルバスケットボールリーグ) | LINE公式アカウント・LINEミニアプリ | LINE友だち数837万人(2025年9月時点)、2023-24シーズン総入場者数約452万人(3シーズン前比3.5倍)、グッズ販売のデジタル整理券利用率93% |
| 福岡ソフトバンクホークス | 公式ファンクラブ「クラブホークス」の会員限定特典・招待施策 | 2025年5月に会員数が過去最多を更新(具体的な会員数は非公表) |
Jリーグ・B.LEAGUE・福岡ソフトバンクホークスの各公式発表をもとにHuman Soarが集計。数値はいずれも各発表時点のもの。
JリーグIDと公式アプリで来場を可視化し複数チャネルで呼び戻す
Jリーグは2017年に導入した共通ID「JリーグID」を軸に、認知から定着までの顧客体験を全60クラブで一貫して管理しています。JリーグIDのアカウント数は2019年末の約160万から2024年末には約445万まで拡大し、公式アプリ「Club J.LEAGUE」は累計ダウンロード数111万・シーズン中の平均アクティブ率35%(2023年3月時点)を記録しています。
2023年シーズンは、テレビCM・大規模招待・デジタル広告を組み合わせた大規模プロモーション施策を年3回実施し、延べ応募者数約183万、新規JID獲得数約24万、離反復活JID数約43万という結果につながりました。単発の集客イベントではなく、IDに紐づくデータをもとに「来場していない層」「離反した層」を狙い撃ちできる設計にしている点が特徴です。
(参考)J.LEAGUE SEASON REVIEW 2023|2023シーズン to Cマーケティング戦略 – 公益社団法人日本プロサッカーリーグ
B.LEAGUEはLINEで友だち837万人を集客動線に変えた
B.LEAGUEは開幕(2016年)と同時にLINE公式アカウントを開設し、リーグ・各クラブ・マスコットキャラクターの3層で運用を続けてきました。友だち数はリーグ全体で837万人、B1〜B3クラブの総友だち数は177万人(いずれも2025年9月時点)に達し、チェアマンの島田慎二氏は「友だち数837万人は年間入場者数の約2倍に当たる規模」と説明しています。
単に友だちを増やすだけでなく、LINEミニアプリで飲食店のモバイルオーダーやグッズ販売のデジタル整理券を導入し、発行した整理券の93%が実際に利用され、来場者アンケートでは満足度80%台という結果を得ています。行列という体験のマイナス要因を解消したことが、リピート来場につながっている好例です。
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(参考)わずか3年で入場者数3.5倍!B.LEAGUEの「ココロ、たぎる。」LINE活用戦略 – LINEヤフー株式会社
福岡ソフトバンクホークスは会員限定特典でロイヤルティを底上げする
プロ野球の球団施策は、アプリやIDのような大規模なデータ基盤よりも、既存会員へのロイヤルティ強化に重心を置く例が目立ちます。福岡ソフトバンクホークスは公式ファンクラブ「クラブホークス」の会員数が2025年5月に過去最多を更新したと発表し、記念として会員限定の特別チケット販売やペア招待キャンペーンを実施しました。
会員でなければ参加できない企画を継続的に用意することで、「入会するメリット」を可視化し、離脱を防ぐ設計になっています。会員数そのものは公表されていませんが、チケット・グッズ・イベントの特典を会員限定で束ねる手法は、予算規模の大きくない企業でも応用しやすい施策です。
(参考)クラブホークス会員数 過去最多突破 感謝祭! – 福岡ソフトバンクホークス株式会社
Q. ファンエンゲージメントとは何ですか?
ファンエンゲージメントとは、観戦・購入だけでなく、会員登録やアプリ利用、SNS投稿などを通じてファンがクラブや企業と継続的に関わる状態を指します。来場者数のような単発の指標ではなく、行動データの蓄積そのものが目的になります。
Q. Jリーグの公式アプリの効果はどの程度ありますか?
「Club J.LEAGUE」は累計ダウンロード数111万・シーズン中の平均アクティブ率35%(2023年3月時点)を記録しています。あわせて共通ID「JリーグID」を軸にしたキャンペーンで、2023年は総来場貢献約104万人という成果が報告されています。
自社に合う施策を選ぶ3段階の判断フロー

Jリーグ・B.LEAGUE・プロ野球球団の事例はいずれも参考になりますが、そのまま自社に持ち込んでも噛み合いません。予算規模もファンとの接点の数もクラブごとに異なるためです。ここでは、上記の事例を踏まえてHuman Soarが整理した「施策を選ぶ3段階の判断フロー」を紹介します。
ステップ1|動かしたいファン層を1つに絞り込む
Jリーグが2023年に「認知未利用層」と「離反層」を重点セグメントとして明確に切り分けたように、まず動かしたいファン層を1つに決めることが出発点です。新規獲得・離反層の呼び戻し・既存客のリピート化では、有効な施策も追うべき数字もまったく異なります。すべての層に同じ施策を打つと、予算だけが分散して成果が見えにくくなります。
特にBtoB色の強い企業がスポーツイベントに関わる場合、社内で「とにかく認知を広げたい」という声と「既存の取引先との関係を深めたい」という声が同時に出やすく、目的が曖昧なまま施策会議が進みがちです。最初にどの層を動かすかを1つに絞ることで、後工程の判断がぶれなくなります。
ステップ2|自社が持つ会員基盤とチャネルを棚卸しする
次に、自社がすでに持っているファンとの接点を棚卸しします。メールマガジンの登録者リストはあるか、LINE公式アカウントは運用しているか、会員証はデジタル化されているか、といった具合に、Jリーグの「JリーグID」やB.LEAGUEの「LINE公式アカウント」に相当するものが社内にすでにあるかを確認します。
ゼロから会員基盤を作ろうとすると初期投資が大きくなりがちですが、既存のメールリストやSNSアカウントを土台にして、B.LEAGUEのようにLINEミニアプリなど比較的低コストで導入できる仕組みを組み合わせる選択肢もあります。自社の現状を正しく把握してから、追加投資が必要な部分を見極めることが重要です。
ステップ3|来場者数以外の中間KPIを設定する
最後に、来場者数だけに頼らないKPIを決めます。B.LEAGUEがデジタル整理券の「利用率93%」を追ったように、来場の前段階で成否を判断できる指標を持つことが重要です。会員登録数、アプリやLINEのアクティブ率、クーポンや整理券の利用率などは、いずれも来場日を待たずに週次・月次で確認できます。
来場者数は天候やチームの成績にも左右されるため、施策そのものの評価がぶれやすい指標です。中間KPIを別に持つことで、「施策自体はうまくいっているが、外部要因で来場者数が伸びていない」といった切り分けができるようになります。
Q. ファンエンゲージメント施策のKPIは何を見ればよいですか?
来場者数だけでなく、会員登録数・アプリやLINEのアクティブ率・クーポンや整理券の利用率など、来場前に確認できる中間指標を持つことが有効です。来場者数は天候や試合結果にも左右されるため、施策単体の評価がしにくいためです。
ファンの来場頻度で施策を分ける|Jリーグ観戦者調査2025のコアとライト
来場頻度の高い層(コア)と低い層(ライト)では、施策の狙いも追うべき数字も別物です。Jリーグが2025シーズンに実施した観戦者調査は、この区分で結果を分析しており、企業が顧客を分けて考えるときの参考になります。
調査はJ1・J2・J3の全60クラブを対象に、2025シーズンの開幕期、ゴールデンウィーク期、夏休み期、終盤期の計4回実施され、総回答者数は延べ191,686人でした(4回分の回答数の合計であり、実人数ではありません)。分析ではコアを「2024〜2025年のスタジアム観戦回数が4回以上」、ライトを「同期間に3試合以下」と定義しています。レポートによると、スタジアム体験の満足度は観戦頻度や区分を問わず高い水準にあります。
| 区分 | Jリーグの定義(2024〜2025年の観戦回数) | 企業が置く中間KPI(本記事の整理) |
|---|---|---|
| コア | スタジアム観戦が4回以上 | 継続率・1人あたり来場回数・アプリのアクティブ率 |
| ライト | スタジアム観戦が3試合以下 | 2回目の来場率・ID/LINEの登録率・特典の利用率 |
※区分の定義と調査概要は「Jリーグが提供する2025シーズン観戦者調査レポート」(KPMG・2026年7月公表)による。中間KPIの列は本記事の整理。
(参考)Jリーグが提供する2025シーズン観戦者調査レポートを公開 – 公益社団法人日本プロサッカーリーグ(2026年7月31日公表)
(参考)Jリーグが提供する2025シーズン観戦者調査レポート – KPMG(2026年7月公表)
コア層は離脱を防ぐ|継続率と来場頻度を追う
すでに通っているコア層は、満足度が高いからこそ「去らせない」ことが最優先です。追う数字は継続率や1人あたりの来場回数、アプリのアクティブ率で、新しい会員を増やす施策より、既存会員の体験を損ねない運営の質が成果を左右します。
前章のJリーグのように、アプリ上のIDで来場履歴を持っていれば、来場間隔が空き始めた会員だけに声をかけるといった個別の働きかけもできます。
ライト層は2回目の来場をつくる|登録と初回特典を追う
観戦回数が少ないライト層は、満足しても次の来場につながらない点が課題です。1回目の来場時にIDやLINEへ登録してもらい、会員限定の特典を用意して2回目の来場理由をつくることが、追うべき数字(2回目の来場率・登録率・特典の利用率)の出発点になります。
福岡ソフトバンクホークスの会員限定特典やJリーグの離反復活の取り組みは、ライト層・離反層をコア層へ育てる設計として読むと、自社の施策に置き換えやすくなります。区分ごとの施策設計は、スポーツマーケティングの全体像と合わせて検討すると、予算配分の根拠を整理しやすくなります。
Q. ファンエンゲージメントのコア層とライト層は何で分けますか?
Jリーグの観戦者調査では、2024〜2025年のスタジアム観戦回数が4回以上をコア、3試合以下をライトと分けています。企業が自社で使う場合も、来場や購入の回数といった行動データで区切るのが基本です。区分ごとに追う中間KPIが変わるため、施策の設計前に決めておくと評価がぶれません。
施策を単発イベントで終わらせないための注意点
ここまで見てきた施策に共通するのは、単発のキャンペーンではなく「継続して測定できる仕組み」として設計されている点です。導入時にありがちな失敗パターンを2つ押さえておきます。
1つ目は、キャンペーン終了と同時にデータの取得も止めてしまうことです。Jリーグの大規模プロモーション施策のように、応募時にID登録を必須にする設計をしておかないと、せっかく集めた見込み顧客の情報がキャンペーン後に活用できなくなります。2つ目は、成果指標を来場者数だけに固定してしまうことです。前章のステップ3で触れたように、中間KPIを持たないまま施策を評価すると、天候や試合結果といった外部要因と施策の効果を切り分けられません。
いずれも、施策を単発の企画として捉えるのではなく、会員データを蓄積し続ける仕組みの一部として位置づけることで避けられます。
マーケティング担当者・経営者が最初の90日で動くべきこと
ここまでの内容を踏まえ、マーケティング担当者や経営者が実際に社内で動き出すための具体的な進め方を2つの観点から整理します。
予算をかけずに始められる最初の一手
いきなり専用アプリを開発する必要はありません。B.LEAGUEがLINEミニアプリを選んだ理由が「新たなアプリのダウンロードを求めず、既存のLINEで完結させる」ことだったように、自社もすでに保有しているメールマガジンやSNSアカウント、既存のLINE公式アカウントを起点にするのが現実的な第一歩です。まずは既存チャネルの登録者数・開封率・クリック率を可視化し、どのチャネルが最も反応が良いかを把握するところから始めます。
そのうえで、福岡ソフトバンクホークスのように「登録者・会員限定の特典」を1つ用意し、既存チャネルの登録メリットを明確にすることで、大きな投資をせずにエンゲージメント施策の土台を作れます。
社内でKPIを合意形成する進め方
新しい中間KPIを導入する際は、経営層や営業部門から「それが売上にどうつながるのか」と問われる場面が必ず出てきます。ここで有効なのが、スポンサー活動のROIをどう計測するかという視点です。データに基づいて効果を説明できれば、来場者数だけに頼らないKPIへの社内合意を得やすくなります。
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スポンサー領域では、女子スポーツやeスポーツなど新しい市場でもデータに基づく効果測定が広がっており、女子スポーツスポンサーシップ市場の成長やeスポーツスポンサー市場の拡大も、ファンエンゲージメントを重視する企業にとって参考になる動きです。選手個人の発信力を活用する場合は、アスリートの個人ブランディングとSNS活用の観点も合わせて検討するとよいでしょう。
Q. 予算が限られる企業でもファンエンゲージメント施策は始められますか?
始められます。福岡ソフトバンクホークスの会員限定特典のように、新しいシステムを作らず既存の会員制度やLINE公式アカウントに特典を1つ追加するだけでも効果があります。まずは既存チャネルの登録者数と反応率を可視化することが最初の一歩です。
まとめ|ファンエンゲージメントは仕組み化できる
ファンエンゲージメントは、話題づくりのための単発イベントではなく、行動データを蓄積し続ける仕組みとして設計することで、来場者数以外の形でも成果を確認できるようになります。最後に本記事の要点を振り返ります。
- Jリーグは共通ID「JリーグID」と公式アプリで、来場していない層・離反した層を狙い撃ちする施策を展開し、2023年は総来場貢献約104万人という成果を報告している
- B.LEAGUEはLINE公式アカウント・LINEミニアプリで友だち837万人を獲得し、デジタル整理券の利用率93%など「行列の解消」を軸に満足度を高めている
- 福岡ソフトバンクホークスのように、会員限定特典を1つ用意するだけでも、予算をかけずにロイヤルティを底上げできる
- 自社で施策を選ぶ際は「動かしたいファン層」「使えるチャネルの棚卸し」「来場者数以外の中間KPI」の3段階で判断する
- KPIの社内合意には、スポンサーROIのようなデータに基づく説明が有効になる
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