健康経営のROI測定|投資対効果を算出する4つの手順

健康経営のROI測定と投資対効果の算出手順を解説する記事のアイキャッチ画像 スポーツウェルビーイング

健康経営のROI測定でいちばん多い失敗は、施策を始めてから「効果をどう出そう」と考えることです。ROIは、施策前のベースラインを取っていなければ原理的に算出できません。逆にいえば、測定の成否は始める前の30分で8割が決まります。

この記事では、健康経営のROIを投資対効果として算出するための計算式、金額換算できる効果指標、そして着手から報告までの4つの手順を順に整理します。数字を作ることではなく、経営会議で疑われない数字にすることが目的です。

  1. 健康経営のROI測定が2026年に避けられなくなった理由
    1. 大規模法人部門は365法人の増加にとどまった
    2. 中小規模法人部門は3,289法人増|認定の希少性が下がった
    3. 合計26,850法人|認定は前提となり効果の説明が競争軸になった
  2. 健康経営のROI計算式と分母に入れる3つのコスト
    1. 人件費は概算でよいので必ず入れる
    2. 外部委託費は請求書ベースで確実に取る
    3. 設備・環境費は減価償却の扱いを先に決める
  3. 効果を金額に換算する3つの指標|分子の作り方
    1. アブセンティーイズムは最初に着手する
    2. プレゼンティーイズムは自己評価でよいので定点で取る
    3. 医療費と離職コストは遅れて動く指標として扱う
  4. 健康経営のROI測定を進める4つの手順
    1. 手順1|健康課題の特定
    2. 手順2|ベースライン測定
    3. 手順3|投資と効果の記録
    4. 手順4|金額換算と報告
  5. スポーツ施策のROIが他の健康施策より測りやすい理由
    1. 参加ログが自動で残るのでベースラインを作りやすい
    2. スポーツ庁の認定制度が外部からの評価も同時に作る
    3. 働き盛り世代の実施率の低さが伸びしろになる
  6. 報告相手で変える|ROIの見せ方と補う指標
    1. 経営会議には3年分の推移を必ず添える
    2. 現場には金額ではなく参加率と工数で話す
    3. 投資家向けは指標の定義をそろえることが優先
  7. まとめ|健康経営のROI測定で外せない5つの要点

健康経営のROI測定が2026年に避けられなくなった理由

認定を取るだけでは差がつかなくなったからです。健康経営優良法人の認定数は年々増え、「認定されているかどうか」では他社と区別がつかない水準に達しました。

部門 健康経営優良法人2026 健康経営優良法人2025 増加数
大規模法人部門 3,765法人 3,400法人 +365法人
中小規模法人部門 23,085法人 19,796法人 +3,289法人
合計(Human Soar 算出) 26,850法人 23,196法人 +3,654法人(+15.8%)

出典:経済産業省「『健康経営優良法人2026』認定法人が決定しました」(2026年3月9日公表)。合計欄と増加率は、公表された両部門の法人数を Human Soar が単純合算して算出したもので、経済産業省が公表した数値ではありません。

大規模法人部門は365法人の増加にとどまった

大規模法人部門は3,400法人から3,765法人へ、増加幅は1割程度です。この部門は健康経営度調査の回答が前提で、すでに取り組んでいる企業が中心のため、伸びしろが小さくなっています。上位500法人の「ホワイト500」に入るかどうかが実質的な差になりました。

中小規模法人部門は3,289法人増|認定の希少性が下がった

中小規模法人部門は19,796法人から23,085法人へ、1年で3,289法人増えました。取引先や金融機関に見せる材料として認定を取る企業が増えた結果、認定そのものの説明力は落ちています。ここから先は「何にいくら投じて、何が変わったか」を語れるかどうかが分かれ目になります。

合計26,850法人|認定は前提となり効果の説明が競争軸になった

両部門を合わせると26,850法人で、前年から3,654法人(15.8%)増えました。第10回となる2026年の制度は、2016年度の創設から10年で完全に定着したといえます。だからこそ、投資対効果を自社の言葉で説明できる企業が少数派のまま残っており、そこが差別化の余地です。

(参考)「健康経営優良法人2026」認定法人が決定しました – 経済産業省

Q. 健康経営のROIはどのくらいの期間で出せばよいですか?

算出そのものは1年で可能ですが、判断には3年分を並べてください。初年度は立ち上げ費用が集中して数値が悪く出るため、単年で打ち切ると効果が出る前にやめることになります。欠勤日数のように早く動く指標と、医療費のように遅れて動く指標を分けて見るのが実務的です。

健康経営のROI計算式と分母に入れる3つのコスト

ROIの計算式は「(効果額 − 投資額)÷ 投資額 × 100」で、難しいのは式ではなく分母の定義です。何を投資額に含めるかを先に決めないと、翌年に比較できません。

分母に入れるコスト 具体例 集計しやすさ
人件費(社内) 健康経営担当者の工数、研修や運動プログラムに参加した従業員の就業時間 工数記録が要る。最初は概算でよい
外部委託費 産業医・保健師の追加契約、セミナー講師料、健康アプリの利用料 請求書から取れる。最も確実
設備・環境費 運動スペースの整備、スタンディングデスク、食堂メニューの改善費 減価償却の扱いを先に決めておく

出典:経済産業省「健康投資管理会計ガイドライン」(2020年6月12日策定)の考え方をもとに、Human Soar が中小規模法人でも記録しやすい3区分へ整理したもの。ガイドライン本体の区分そのものではありません。

人件費は概算でよいので必ず入れる

社内の工数を分母から外すと、ROIは実態より良く出ます。経営会議で最初に突かれるのがここです。担当者の月あたり従事時間と参加者の延べ時間を平均時給で換算するだけで十分で、精度より「毎年同じ方法で出す」ことのほうが重要です。

外部委託費は請求書ベースで確実に取る

産業医の追加契約やアプリ利用料は、請求書から機械的に集計できます。分母のうち最も争いが起きにくい部分なので、まずここから記録を始め、翌年に人件費を足す進め方でも構いません。

設備・環境費は減価償却の扱いを先に決める

運動スペースの整備費を初年度に全額計上すると、初年度のROIだけが極端に悪くなります。耐用年数で按分するのか初年度に一括計上するのかを最初に決め、以後は変えないでください。途中で方法を変えた数値は、経営会議では比較に使えません。

(参考)「健康投資管理会計ガイドライン」について – 経済産業省

効果を金額に換算する3つの指標|分子の作り方

分子にあたる効果額は、健康状態の改善そのものではなく「改善によって減った損失」で作ります。金額に落とせる指標は実務上3つに絞れます。

効果指標 測り方 金額への換算
アブセンティーイズム(欠勤・休職) 勤怠システムの欠勤日数・休職日数 削減日数 × 1人あたり日額人件費
プレゼンティーイズム(不調のままの出勤) WHO-HPQ など自己評価式の質問票を定期実施 改善率 × 対象者の年間人件費
医療費・離職コスト 健保組合のレセプトデータ、退職者数と採用単価 事業主負担分の差額、採用・教育費の削減額

出典:指標の分類は Human Soar が実務で使う3区分に整理したもの。アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムの定義は経済産業省「健康投資管理会計ガイドライン」に準拠しています。

アブセンティーイズムは最初に着手する

勤怠システムに既にデータがあるため、追加調査なしで前年比が出せます。欠勤が年間で何日減ったかに1人あたりの日額人件費を掛けるだけなので、経理部門との合意も取りやすい指標です。まずここだけでROIを出し、翌年以降に他の指標を足してください。

プレゼンティーイズムは自己評価でよいので定点で取る

不調を抱えたまま出勤している状態は勤怠データに表れません。質問票で「健康な状態を100としたときの直近4週間の出来」を答えてもらう方式が一般的で、絶対値の正しさより同じ質問を同じ時期に繰り返すことに意味があります。年2回、健診と同じタイミングで実施すると回収率が安定します。

医療費と離職コストは遅れて動く指標として扱う

医療費の変化が出るまでには数年かかるため、単年のROIに組み込むと施策の評価を誤ります。離職コストも同様で、採用単価と教育費を掛け合わせた金額を毎年同じ方法で記録し、3年目以降に効果として読むのが現実的です。人的資本投資の開示と指標をそろえておくと、二重に集計する手間がなくなります。

Q. プレゼンティーイズムの数値は主観なのに信用されますか?

同じ質問票を同じ時期に繰り返していれば、変化量は十分に判断材料になります。経営会議で問われるのは絶対値の正確さではなく、前年と同じ条件で測っているかどうかです。質問票の名称・対象者数・実施月・回収率を数値と一緒に出せば、主観であることは弱点になりません。

健康経営のROI測定を進める4つの手順

ここまでの分母・分子を、実際に回す順番に並べます。手順は4つで、順序を入れ替えると後戻りが発生します。

健康経営のROIを測定する4つの手順を示したロードマップ図。健康課題の特定、ベースライン測定、投資と効果の記録、金額換算と報告の順に進む

全体で最短でも12か月かかります。期初に手順1と2を終わらせ、期末に手順4を回すスケジュールが最も組みやすい形です。

手順1|健康課題の特定

健診結果・ストレスチェック・勤怠データを並べ、自社で金額に効いている課題を1〜2件に絞ります。網羅しようとすると指標が増えすぎて、どの施策が効いたか分からなくなります。「40代男性の運動習慣」のように対象を絞るほど、後の測定が楽になります。

手順2|ベースライン測定

施策を始める前の欠勤日数・自己評価の生産性・医療費を数値で押さえます。ここを飛ばすと、後からどれだけ丁寧に測っても差分が出せません。最低限、直近12か月の欠勤日数と対象者数だけは確保してください。

手順3|投資と効果の記録

費用を人件費・外部委託費・設備費の3区分で記録し、効果指標を同じ期間で取り続けます。記録の担当者を1人決め、月次で更新する運用にすると年度末の作業が消えます。ウェルビーイング施策の設計と同じ台帳で管理すると、施策ごとの効率も見えるようになります。

手順4|金額換算と報告

効果を金額に直してROIを算出し、分母と分子の定義・対象者数・集計期間を添えて経営会議に出します。数値だけを出すと必ず定義を問われるため、1枚目に定義、2枚目に結果という構成にしてください。

あわせて読みたい健康経営にスポーツプログラムを導入する手順と効果測定の方法›

スポーツ施策のROIが他の健康施策より測りやすい理由

運動系の施策は、参加記録が自動的に残るためROIの分母・分子がそろいやすい領域です。健診の受診勧奨やセミナーと比べると、測定の手間が明らかに小さくなります。

施策タイプ 参加データの取りやすさ 効果指標との結びつき
運動プログラム・スポーツイベント 参加者名簿・歩数・利用ログが自動で残る 欠勤日数・自己評価の生産性と同じ対象者で突き合わせられる
食事・栄養の改善 食堂利用は取れるが、社外の食事は追えない 健診数値に表れるまで時間がかかる
メンタルヘルス研修 受講者は取れるが、効果の帰属先が特定しにくい ストレスチェックの集団分析と紐づけるには設計が要る

出典:施策タイプごとの測定しやすさは、Human Soar が支援現場での運用を踏まえて整理したものです。公的機関が公表した比較ではありません。

参加ログが自動で残るのでベースラインを作りやすい

運動プログラムは、参加者名簿や歩数アプリの利用ログがそのまま対象者リストになります。参加者と非参加者で欠勤日数を比べるという、最も説明しやすい形の比較が組めるのが強みです。

スポーツ庁の認定制度が外部からの評価も同時に作る

スポーツ庁は、従業員の運動機会づくりに取り組む団体を「スポーツエールカンパニー」として認定しています。令和4年6月3日からは認定団体のPRロゴマークをハローワークの求人票に表示できるようになりました。ROIの分子に採用面の効果を入れたい企業にとって、測定可能な接点が増えたことになります。

働き盛り世代の実施率の低さが伸びしろになる

スポーツ庁の世論調査では、成人のうち20代から50代の週1回以上のスポーツ実施率が全体平均より低い状態が続いています。対象者の現在地が低いほど、施策後の改善幅は大きく出ます。運動施策のROIが他の施策より出やすいのは、この伸びしろの差によるところが大きいといえます。

あわせて読みたいスポーツエールカンパニー2027|認定基準・申請方法・メリット›

(参考)スポーツエールカンパニー – スポーツ庁

Q. スポーツ施策だけでROIを語ってよいのでしょうか?

施策単位でROIを出すこと自体は正しい進め方です。健康経営全体を1つのROIにまとめると、どの施策が効いたか分からず翌年の判断材料になりません。施策ごとに分母と分子を分けて算出し、全体の投資額は別に管理するほうが、予算配分の意思決定に使えます。

報告相手で変える|ROIの見せ方と補う指標

同じ数値でも、誰に出すかで添える指標が変わります。ROIだけを一律に配ると、相手によっては判断材料になりません。

報告相手 主に見る数値 あわせて出す指標
経営会議・取締役会 ROI(%)と投資額の絶対値 3年分の推移、翌年の追加投資額と想定効果
人事・現場マネージャー 部署別の欠勤日数と参加率 参加率が低い部署の要因、運用にかかる工数
投資家・取引先 人的資本開示の指標との対応 認定の取得状況、開示している指標の定義

出典:報告相手ごとの整理は Human Soar によるもの。人的資本の開示項目については各社の有価証券報告書の記載区分を参照しています。

経営会議には3年分の推移を必ず添える

単年のROIは、立ち上げ費用の計上タイミングで大きくぶれます。3年分を並べると、初年度のマイナスが2年目以降に回収されていく形が見えるため、継続の判断がしやすくなります。翌年の追加投資額と想定効果をセットで出すと、その場で予算まで決まります。

現場には金額ではなく参加率と工数で話す

部署のマネージャーにROIの%を出しても行動は変わりません。自部署の参加率と欠勤日数、そして運用にかかる工数を出したほうが、翌月の打ち手につながります。金額換算は経営層向けの言語だと割り切ってください。

投資家向けは指標の定義をそろえることが優先

人的資本の開示では、数値そのものより定義の一貫性が見られます。健康経営で使っている指標と開示項目の対応表を作り、集計方法を変えないことが重要です。女性の健康課題への対応のように対象を限定した施策も、開示上は同じ枠組みで説明できるようにしておくと整合が取れます。

まとめ|健康経営のROI測定で外せない5つの要点

健康経営のROIは、計算式より前の準備で決まります。最後に要点を整理します。

  • ROIは「(効果額 − 投資額)÷ 投資額 × 100」。難しいのは式ではなく分母の定義
  • 分母には人件費・外部委託費・設備費の3区分を入れ、翌年も同じ方法で出す
  • 分子は欠勤の削減から着手し、プレゼンティーイズムと医療費は後から足す
  • 施策を始める前にベースラインを取る。ここを飛ばすと後から算出できない
  • 全社を1つのROIにまとめず、施策ごとに分母と分子を分ける

ご質問・ご相談はお気軽にどうぞ

お問い合わせはこちら →
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業でメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。

2025年5月に About The New株式会社 を設立。スポーツの現場で培われた知見を組織開発・人材育成の文脈に翻訳し、研修・チームビルディング・イベントの企画運営を行っています。

「知識を得る」で終わらせず「行動が変わる」ところまでを設計することを大切にしています。ご相談は contact@aboutthenew.co.jp まで。

コメント

タイトルとURLをコピーしました