アスリート社員とは|企業が雇う前に決める労務と税の扱い

アスリート社員とは|企業が雇う前に決める労務と税の扱い スポーツ人材

地元で競技を続けている選手を、社員として迎えたい。そう考えて話を進めると、すぐに細かい疑問が出てきます。遠征や合宿の日は出勤の扱いにするのか。練習中にけがをしたら労災になるのか。大会の賞金や個人のスポンサー料は、本人がそのまま受け取ってよいのか。引退したあとは、どうなるのか。

アスリート社員とは、企業と雇用契約を結び、社員として給与を受け取りながら競技を続ける選手のことです。法律上の言葉ではなく、特別な制度があるわけでもありません。雇う以上は、労働時間、労災、契約の期間といった、ふつうの社員と同じ決まりがかかります。そのため、競技のどこまでを仕事として扱うのかを、雇う前に書面で決めておくことが要になります。

この記事では、日本オリンピック委員会(JOC)の調査と、厚生労働省や国税庁の資料をもとに、雇う前に決めておくことを整理します。紹介するのは一般的な取扱いです。労務は社会保険労務士や弁護士に、税務は税理士に確かめてください。

アスリート社員とは社員として雇われて競技を続ける選手

アスリート社員は、会社の社員でありながら、現役の選手として競技を続ける人です。代表的な入口が、JOCの就職支援の制度「アスナビ」です。JOCは、2024年3月現在で約230社が400名近くの選手を採用したと公表しています。

JOCは、スポンサーとの違いを次のように説明しています。スポンサーは広告や宣伝のために契約金を出す広告主ですが、アスナビは選手を「社員」(正社員や契約社員)として採用してもらう制度なので、企業は広告主ではなく雇用主になる、という説明です。

働き方はふつうの社員と同じにはなりません。JOCは、競技の活動が優先されるので、通常の従業員と同じ勤務時間は確保できないとしています。また、月々の給与や賞与とは別に、競技の活動にかかる費用を企業が負担したり補助したりしていると案内しています。スポーツに関わる人材の全体像は、スポーツ人材とはの記事で整理しています。

(参考)アスナビ──現役アスリートの就職支援 – 日本オリンピック委員会

(参考)アスナビ よくある質問 – 日本オリンピック委員会

Q. アスリート社員の給料はどう決まりますか?

会社の規定どおりに決まる例がほとんどです。JOCは、月例給や賞与は雇用主の規定に沿って支給されることが多く、一般の従業員と変わらないと説明しています。これとは別に、海外の大会の参加費やコーチへの委託料などの競技活動費を企業が負担していて、その額は競技や種目によって数十万円から数百万円まで幅があるとされています。金額の相場を示した公的な資料は見当たりません。

雇用契約かプロ契約かで会社の義務が変わる

会社に所属している選手が、すべて社員というわけではありません。契約の形によって、会社が負う義務が変わります。おおまかな違いを表にしました。

契約の形 会社の立場 会社にかかる主な決まり
雇用契約(アスリート社員) 雇用主 労働時間の管理、労災保険、社会保険、就業規則
業務委託(いわゆるプロ契約) 仕事の発注者 契約書で決めた報酬の支払い。労働者にあたるかは実態で判断される
スポンサー契約 広告主 契約書で決めた協賛金の支払いと、肖像やロゴの使い方

選手との契約の形と会社の立場(法令と通達、JOCの説明をもとにHuman Soarが整理。個別の判断は専門家に確認)

行政の通達は、企業に所属して競技をする人を「いわゆる企業スポーツ選手」と呼び、そのなかには、労働契約にもとづく人と、プロ契約の選手が混ざっているとしています。どちらにあたるかは、契約書の名前ではなく、仕事の実態で判断されます。

つまり、契約書を「業務委託」としていても、会社が出社の日や練習の内容を指示し、ほかの社員と同じ規程で月給を払っていれば、労働者と判断されることがあります。反対に、雇用契約を結ぶなら、次の章から説明する決まりがすべてかかります。

(参考)運動競技に伴う災害の業務上外の認定について(平成12年5月18日 基発第366号)の写し – 全国労働安全衛生センター連絡会議

(参考)労働基準法 – e-Gov法令検索

JOCの調査では受け入れ企業の83.6%が満足と答えている

アスリート社員を受け入れた61社へのJOCの調査結果の図解。正社員として雇用が78.7%、事業場外みなし制が67.2%、総合的に満足が83.6%。課題として今後も採用したいが54.1%、評価の目標なしが37.7%

受け入れた企業の実際を知る手がかりが、JOCが2026年7月に発表した「アスリート採用企業の意識調査2026」です。アスナビを通じてオリンピック競技の選手を採用した131社が対象で、68社が回答しました。以下の数字は、選手がすでに入社している61社のものです。

総合的な満足度は83.6%でした。雇用の形は正社員が78.7%、契約社員や嘱託社員が21.3%です。労働時間の管理では、67.2%が「事業場外みなし労働時間制」を、11.5%がフレックスタイム制を使っていました。

一方で、課題も読み取れます。今後も採用したいと答えた企業は54.1%にとどまり、JOCは、費用の負担や組織の体制、将来のキャリアへの配慮から、採用の人数を増やすことには慎重な企業が多いとまとめています。仕事でも競技でも評価の目標を置いていない企業が37.7%ありました。

この調査は、アスナビで採用した企業だけが対象です。選手の全員がすでに引退したり退職したりした企業は、対象から外れています。うまくいかなかった企業の声が入りにくい調査だという点は、割り引いて読んでください。アスナビで採用した企業の顔ぶれは、下の記事で紹介しています。

あわせて読みたいアスリート採用企業13社|アスナビ実績で見る採用メリット›

(参考)アスリート採用企業の意識調査2026 – 日本オリンピック委員会

Q. アスリート社員は引退したあとも会社に残りますか?

会社の設計によります。全日本空輸は、引退した選手がほぼ全員、退職せずに社業に専念しているとJOCの事例で述べており、選手としての支援の期間を原則5年としています。NECは、女子バレーボールとラグビーの選手の9割以上が、引退後も社員として会社に残っていると公表しています。JOCの調査では、支援の期間の目安を設けている企業が75.4%でした。

アスリート社員を雇う前に決める5つのこと

アスリート社員の競技中のけがが労災と認められる条件を、場面、条件、会社が整える書類の対応で示した図。大会への出場は出張か出勤の扱いと会社の費用負担、日々の練習はさらに練習計画が要る

雇用契約を結ぶなら、次の5つを、採用の前に書面で決めておきます。どれも、あとから決めようとすると本人との話がこじれやすい項目です。

競技の時間を労働時間としてどう扱うか

厚生労働省のガイドラインは、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」としています。会社が練習や遠征を仕事として命じているなら、その時間は労働時間です。就業規則にどう書いてあるかではなく、実態で決まります。

JOCの調査で67.2%の企業が使っていた事業場外みなし労働時間制は、労働基準法が、事業場の外で働き、労働時間を算定しにくいときに限って認めている仕組みです。厚生労働省の通達は、グループで動いていてそのなかに時間を管理する人がいる場合などは、この制度を使えないとしています。会社のコーチやマネジャーが帯同する合宿は、これにあたる可能性があります。多くの会社が使っているから問題ない、とは言えません。制度を選ぶ前に、社会保険労務士に相談してください。

(参考)労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン – 厚生労働省

(参考)改正労働基準法の施行について(昭和63年1月1日 基発第1号・婦発第1号) – 厚生労働省

(参考)労働基準法 – e-Gov法令検索

(参考)副業・兼業の促進に関するガイドライン(令和4年7月改定) – 厚生労働省

けがが労災になる条件を書類で整える

競技中のけがが労災になるかどうかは、その競技が会社の業務として行われたかで決まります。2000年に出された労働省の通達は、大会への出場について、出張または出勤として扱われていることと、旅費などを会社が負担し本人の負担でないことを条件に挙げています。競技団体が費用を負担する場合も含まれます。

練習については、これに加えて、会社があらかじめ決めた練習計画に従っていることが条件です。計画とは別に、本人が自分の意思でする運動は、対象になりません。会社が整えておくものは、大会や合宿の出張命令、旅費の規程、時間と場所と内容を書いた練習計画の3つです。実際の認定は、労働基準監督署が個別に行います。

ここで気をつけたいのは、労災の場面では業務だと言い、労働時間の場面では本人の私的な活動だと言う、という使い分けはできないことです。競技を業務として命じるなら、その時間の管理も会社の責任になります。

契約の期間と引退したあとの扱い

契約社員として「オリンピックまで」と区切って雇う場合は、期間の決まりに注意が要ります。労働基準法は、期間を決めた労働契約を原則3年までとしています。更新を重ねて通算5年を超えると、労働契約法により、本人が申し込めば期間の定めのない契約に変わります。

「競技を引退したら契約を終える」という運用は、更新を期待させていた場合などに、雇い止めとして争いになることがあります。引退したら社業に移るのか、契約を終えるのかを、採用のときに書面で決めておきます。引退したあとの配置の考え方は、下の記事で扱っています。

あわせて読みたい引退後のアスリート社員の活かし方|企業の人材活用法›

(参考)労働基準法 – e-Gov法令検索

(参考)労働契約法 – e-Gov法令検索

評価と昇進の基準をほかの社員とそろえる

評価の物差しも、先に決めておきたい項目です。労働政策研究・研修機構の雑誌に載った2017年の論文は、企業スポーツのチームへの調査から、仕事の時間や研修の内容をほかの社員と変えても、引退3年後に会社に残る割合は必ずしも悪くならないが、昇給や昇進の基準を変えると悪くなる、という結果を報告しています。著者は探索的な分析だと断っており、調査は2014年度のものです。

現役のあいだは仕事の時間を減らしてよいが、評価の仕組みは同じ土俵に乗せておく。そう読める結果です。JOCの調査で37.7%の企業が評価の目標を置いていなかったことと合わせると、目標を本人と話し合って決めるところから始めるのがよさそうです。

(参考)企業スポーツ選手の労働と引退後のキャリアとの関係性(日本労働研究雑誌 2017年11月号) – 労働政策研究・研修機構

個人のスポンサー収入と肖像の扱い

選手には、個人のスポンサー料や講演料など、会社の外から入る収入があります。厚生労働省の副業と兼業のガイドラインは、労働時間のほかの時間をどう使うかは基本的に労働者の自由だとしたうえで、会社が制限できる場合として、仕事に支障がある場合や、競業で会社の利益が害される場合などを挙げています。届け出の手順と、自社と同じ業種のスポンサーをどう扱うかを、就業規則で決めておきます。

肖像の使い方にも決まりがあります。JOCのパリ2024大会のガイドラインは、選手を雇っている所属先も「個人スポンサー等」に含めています。選手村が開く日から閉会式の2日後までは、事前に確認書を出し、前から使っている広告の素材に限るなどの条件を守る必要があり、活躍へのお祝いのメッセージのように大会を思い起こさせる発信はできないとされていました。雇用主であっても自由に使えるわけではありません。くわしくはルール40とはの記事にまとめています。

(参考)労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン – 厚生労働省

(参考)副業・兼業の促進に関するガイドライン(令和4年7月改定) – 厚生労働省

(参考)パリ2024オリンピック競技大会 大会参加者の肖像使用に関するガイドライン – 日本オリンピック委員会

(参考)運動競技に伴う災害の業務上外の認定について(平成12年5月18日 基発第366号)の写し – 全国労働安全衛生センター連絡会議

Q. アスリート社員が練習中にけがをしたら労災になりますか?

競技が会社の業務として行われていれば、労災と認められることがあります。2000年の労働省の通達は、大会への出場が出張または出勤として扱われ、旅費などを会社が負担していること、練習の場合はさらに、会社があらかじめ決めた練習計画に従っていることを条件にしています。計画とは別に本人の意思で行う運動は対象になりません。認定は労働基準監督署が個別に行います。

アスリート社員の報奨金と賞金は出どころで税の扱いが変わる

選手が受け取るお金は、誰から何の対価として受け取るかで、税の扱いが変わります。ここも一般的な取扱いの紹介で、個別の判断は税理士に確かめてください。

オリンピックの報奨金で非課税になるのはJOCなどから出るもの

所得税法は、オリンピックやパラリンピックで特に優秀な成績を収めた人に、JOCや日本パラスポーツ協会、その加盟団体から交付される金品のうち、財務大臣が指定するものを非課税としています。会社が自社の選手に出す報奨金は、この条文の対象に入っていません。会社が出す場合の扱いは、支給の前に税理士に確かめてください。

(参考)所得税法 – e-Gov法令検索

大会の賞金は雑所得になる例を国税庁が示している

国税庁は、会社員がマラソン大会に出て賞金を受け取った場合の質疑応答事例を公表しています。この事例では、主催者から受けた1位の入賞賞金と記録更新の賞金は雑所得、別の団体から受けた褒賞金は一時所得にあたるとされています。賞金だから一時所得、と決めつけることはできません。

会社が負担する遠征費やコーチ料、用具の費用を、どの勘定で処理するかを直接示した国税庁の資料は見当たりません。業務として命じた遠征の旅費は、通常必要と認められる範囲で非課税になる出張旅費の考え方が手がかりになりますが、線引きは税理士と決めてください。

(参考)マラソン大会の賞金・褒賞金の課税関係 – 国税庁

アスリート社員を採用する3つの経路

現役の選手を社員として迎える経路は、大きく3つあります。

JOCのアスナビは無料で使える

アスナビは、企業と現役のトップ選手を引き合わせる制度で、JOCは無料だと案内しています。選手の登録は競技団体を通じて行われます。JOCによると、採用した企業は上場企業と非上場企業がほぼ半々です。問い合わせのあと、説明会、面談、選考へと進みます。

(参考)アスナビ──現役アスリートの就職支援 – 日本オリンピック委員会

(参考)アスナビ よくある質問 – 日本オリンピック委員会

自治体が企業と選手を引き合わせる事業

都道府県が窓口になる事業もあります。群馬県の「アスリート・ジョブサポートぐんま」は、競技を続けながら県内で働きたい選手と、選手を社員として受け入れて競技を支える県内の企業を引き合わせています。対象は、県内に本社か事業所があり、採用した選手の競技に配慮できる企業です。

(参考)群馬県アスリート就職支援事業「アスリート・ジョブサポートぐんま」 – 群馬県

実業団の登録は雇用の形を確かめてから

陸上の選手を迎えるなら、実業団の登録も関係します。日本実業団陸上競技連合の登録規程は、企業チームを、選手と企業のあいだに労働契約または準委任契約があるチームと定めています。雇用でなくても登録はできますが、その場合は、この記事で説明した労働時間や労災の前提が変わります。

障害のある選手を雇う場合は、障害者雇用の制度も関わります。民間企業の法定雇用率は2026年7月から2.7%になり、対象は従業員37.5人以上の企業に広がりました。勤務の時間が短い契約にすると、雇用率への数え方が変わることがあるので、ハローワークに確かめてください。受け入れの事例はパラアスリートを雇用する企業の事例で紹介しています。

(参考)登録規程(令和2年2月8日改訂版) – 日本実業団陸上競技連合

(参考)障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について – 厚生労働省

まとめ|アスリート社員は競技のどこまでが仕事かを先に決める

アスリート社員は、特別な制度ではなく、ふつうの雇用の上に成り立っています。要点を振り返ります。

  • アスリート社員は、雇用契約を結んで給与を受け取りながら競技を続ける選手で、企業は雇用主になる
  • 契約書の名前ではなく実態で労働者かどうかが判断され、雇用なら労働時間や労災の決まりがかかる
  • JOCの調査では満足度は83.6%だが、今後も採用したい企業は54.1%で、評価の目標がない企業が37.7%ある
  • 労災は、出張や出勤の扱い、会社の費用負担、練習計画がそろっているかで判断される
  • 報奨金や賞金の税は、誰から何の対価として受け取るかで変わる

検討を始めるなら、まず、遠征と合宿と日々の練習のうち、どこまでを会社の業務として命じるのかを書き出してみてください。それが決まると、労働時間の管理も、労災の備えも、費用の負担も、同じ線に沿って決められます。そのうえで、就業規則と契約書の案を社会保険労務士に見てもらうと安心です。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業でメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。

2025年5月に About The New株式会社 を設立。スポーツの現場で培われた知見を組織開発・人材育成の文脈に翻訳し、研修・チームビルディング・イベントの企画運営を行っています。

「知識を得る」で終わらせず「行動が変わる」ところまでを設計することを大切にしています。ご相談は contact@aboutthenew.co.jp まで。

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