アスリートへの誹謗中傷は、大会の期間中、とくに競技が終わった直後に集中します。JOCとJPCが東京2025世界陸上でSNSを調べた結果、誹謗中傷の疑いがある投稿の65.5%が大会期間中に出ており、内容は外見や能力を否定する侮辱がいちばん多くありました。削除を求めても消えたのは約3割にとどまるため、選手を雇う企業や協賛する企業は、見つけたときの保存、相談先、契約、発信の設計、本人のケアの5つを先に決めておくことが大切です。
応援している選手の名前で検索したら、心ない言葉が並んでいた。所属選手のSNSに、試合の翌朝から攻撃的なコメントが続いている。そんなとき、会社として何ができて何をすべきかが決まっていないと、対応が後手に回ります。ここでは公的な報告書の数字をもとに、企業の備えを整理します。
アスリートの誹謗中傷は大会期間中に集中する|65.5%が大会中

JOCとJPCは2025年度から、アスリートを誹謗中傷から守る事業を共同で進めています。東京2025世界陸上では、出場選手とスタッフの計119人を対象に、AIと人の目でSNSを見張りました。AIが誹謗中傷の疑いありと検知した4,919件のうち、3,219件(65.5%)が大会期間中の投稿でした。
日別にみると、いちばん多かったのは9月16日の823件です。報告書は、誹謗中傷が競技の終了直後に集中する傾向があるとしています。被害は特別な選手だけの話でもありません。2025年2月にJOCとJPCの強化指定選手に聞いたアンケートでは、回答した992人のうち109人(11%)が誹謗中傷を受けたことがあると答えています。
大会のたびに同じことが起きると分かっている以上、企業も大会の前に準備しておくことができます。選手が試合に出る日程を把握し、その前後に誰がSNSを確認するのかを決めておくだけでも、初動が早くなります。
(参考)アスリート等に対する誹謗中傷対策事業に関する報告書 – 公益財団法人日本オリンピック委員会・公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会
Q. アスリートへの誹謗中傷はなぜ大会のときに増えるのですか?
試合を見た人の反応が、結果が出た直後に一斉にSNSへ向かうからです。JOCとJPCが東京2025世界陸上で調べた結果では、誹謗中傷の疑いがある投稿の65.5%が大会期間中に集中し、報告書は競技終了の直後に集中する傾向があるとしています。
アスリートへの誹謗中傷の内容は侮辱が最多|5つの型
東京2025世界陸上で誹謗中傷の疑いがあると判定された投稿(Yahoo!ニュースのコメント欄を除く491件)を、報告書は型ごとに分けています。半分以上が侮辱型で、次いで差別・偏見型、性的な中傷が続きます。
| 型 | 件数 | 主な中身 |
|---|---|---|
| 侮辱型 | 260件 | 外見・能力・人格を否定する言葉 |
| 差別・偏見型 | 114件 | 出身・国籍・属性を理由にした表現 |
| 性的中傷・セクハラ型 | 72件 | 身体や容姿を性的な対象として扱う投稿 |
| 名誉毀損型 | 13件 | 事実を挙げて社会的な評価を下げる投稿 |
| 分類不明 | 57件 | 否定的な意見や皮肉など、違法かどうかの判断が難しい投稿 |
出典:JOC・JPC「アスリート等に対する誹謗中傷対策事業に関する報告書」をもとに Human Soar 作成。ほかにプライバシー侵害型1件、風評被害型1件があった
侮辱型|外見や能力を否定する言葉
もっとも多いのが、具体的な事実を示さずに相手をおとしめる投稿です。容姿へのからかいや、能力や人格を決めつけて否定する言葉がこれにあたります。1件ずつは短くても、数が集まると選手への負担は大きくなります。
差別・偏見型|出身や国籍を理由にした攻撃
出身地や国籍、人種などを理由に相手を排除しようとする投稿です。報告書は、人種に触れただけで削除を求めるのではなく、排除しようとする意図や侮辱の強さを見て判断する必要があるとしています。そのうえで、国へ帰れと迫るような投稿は、すぐに削除を求めるべき重大なものと位置づけています。
性的中傷・セクハラ型|身体を性的な対象として扱う投稿
競技中の画像や映像の一部を切り取って性的な意味を付ける投稿などがこれにあたります。報告書は、画像や動画を伴う投稿は広がりやすく選手への影響も大きいため、削除を求めるかどうかを比較的広く判断するのが相当だとしています。
名誉毀損型|事実を挙げて評価を下げる投稿
「◯◯をしていたらしい」のように、事実のような話を挙げて選手の評価を下げる投稿です。件数は13件と多くありませんが、うわさとして広がると、選手だけでなく所属する企業や協賛する企業の評判にも影響します。
分類不明|批判との線引きが難しい投稿
競技の内容への厳しい意見や皮肉など、違法かどうかをすぐには決められない投稿も57件ありました。報告書は、こうした投稿が多いときは削除を求めても状況が根本から良くなるとは限らないとしています。この場合は、投稿を消すことより選手本人を支えることが中心になります。
(参考)アスリート等に対する誹謗中傷対策事業に関する報告書 – 公益財団法人日本オリンピック委員会・公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会
Q. アスリートへの誹謗中傷にはどんな例がありますか?
いちばん多いのは、外見や能力、人格を否定する侮辱です。東京2025世界陸上の分析では491件のうち260件が侮辱型で、次いで出身や国籍を理由にした差別・偏見型が114件、性的な中傷が72件でした。
アスリートの誹謗中傷に使える制度|削除の申出と侮辱罪
誹謗中傷への法的な手段は、投稿を消してもらう手続きと、書いた人の責任を問う手続きの2つに分かれます。どちらもここ数年で制度が変わっているので、企業の担当者も最新の形を押さえておく必要があります。
大手SNSには削除の申出への対応が義務になった
2025年4月1日に、これまでのプロバイダ責任制限法が改正され、情報流通プラットフォーム対処法になりました。総務大臣が指定した大規模なプラットフォーム事業者には、被害を受けた人からの削除の申出を受け付ける窓口を設け、すばやく判断して結果を知らせることなどが義務付けられています。2025年4月にはGoogle(YouTube)、LINEヤフー、Meta(Facebook、Instagram、Threads)、TikTok、Xの運営会社が指定されました。
削除の申出の仕方が分からないときは、総務省が委託して運営している違法・有害情報相談センターに相談できます。ただし、JOCとJPCの東京2025世界陸上の取り組みでも、弁護士の確認を経て削除を求めた287件のうち、実際に消えたのは98件(約34%)でした。申し出れば必ず消えるわけではない、という前提で動く必要があります。
(参考)インターネット上の違法・有害情報への対応(情報流通プラットフォーム対処法) – 総務省
(参考)特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律 – e-Gov法令検索(デジタル庁)
侮辱罪は2022年に重くなった
侮辱罪は2022年7月7日に法定刑が引き上げられました。それまでは拘留または科料だけでしたが、1年以下の懲役もしくは禁錮、または30万円以下の罰金が加わりました。2025年6月1日に懲役と禁錮が拘禁刑にまとめられたため、現在は1年以下の拘禁刑などになっています。
書いた人の責任を問うには、投稿者を特定する手続きが必要になることがあります。報告書は、プロバイダが接続の記録を残している期間が限られるため、見つけた段階で早めに動くことが被害の拡大を防ぐことにつながるとしています。スポーツ界のルールの変化はスポーツ基本法の改正ポイントでも整理していて、2025年の改正では暴力や誹謗中傷を防ぐ節が設けられました。
Q. アスリートへの誹謗中傷は犯罪になりますか?
内容によっては侮辱罪や名誉毀損罪にあたります。侮辱罪は2022年7月7日に重くなり、現在は1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金などが科されます。一方で、競技の内容への批判や意見は違法とは限らないため、個別の投稿の判断は弁護士に確認してください。
アスリートを雇う企業・協賛する企業が備える5つのこと

アスリートを社員として雇っている企業や、選手に協賛している企業は、選手を守る側に立てます。何かが起きてから考えるのではなく、次の5つを平時に決めておくと、慌てずに動けます。
①見つけたらすぐ保存する
誹謗中傷を見つけたら、まず投稿のURL、内容、投稿された日時、アカウントの情報を保存します。投稿は本人に消されることがあり、消えてしまうと削除の申出も法的な手続きも難しくなります。JOCとJPCの取り組みでも、疑いのある投稿はこれらを記録して証拠にしてから、弁護士が判断しています。
保存の担当者と保存先を決めておけば、選手本人がつらい投稿を何度も読み返さずにすみます。画面の撮影だけでなく、URLと日時を文字で残しておくことも大切です。
②相談先を先に決めておく
JOCとJPCの強化指定選手であれば、2025年3月に設けられた共同の相談窓口を使えます。それ以外の選手の場合は、削除の申出の仕方を違法・有害情報相談センターに相談するか、弁護士に依頼することになります。
どの窓口を使うかは、選手が強化指定を受けているかどうかで変わります。所属選手ごとに使える窓口を一覧にしておくと、その場で調べる時間がなくなります。スポーツ分野に強い法律事務所はスポーツ法務の比較記事で紹介しています。
(参考)アスリート等に対する誹謗中傷にかかる対応について(2025年3月25日) – 公益財団法人日本オリンピック委員会
③契約に誹謗中傷のときの扱いを書く
協賛やアンバサダーの契約には、選手の不祥事で契約を解除できる条項がよく入っています。誹謗中傷の被害を受けたことが、この「評判を傷つけた」に当たると読まれないよう、被害者としての立場を守る書き方にしておきます。
あわせて、弁護士の費用をどちらが負担するか、誰が窓口になるかも決めておくと、いざというときに話が早く進みます。条項の書き方は、法務の担当者や弁護士と相談して決めてください。
あわせて読みたいアンバサダー契約とは|スポーツ選手と結ぶ企業の確認点と報酬›
④選手を起用した発信は反応まで設計する
企業の広告やSNSで選手を起用すると、応援の声と一緒に否定的な反応も集まりやすくなります。JOCとJPCの報告書も、啓発の広報そのものが炎上の危険と結びついていたことを知見として挙げ、出演者への十分な説明と承諾、特定の人に批判が集まらない構成、広報と見張りを一体で運用することが重要だとしています。
企業の発信も同じです。投稿の前に選手本人と起こりうる反応を話しておき、公開後の数日はコメント欄を誰が確認し、どんな投稿なら非表示にするかを決めておきます。
(参考)アスリート等に対する誹謗中傷対策事業に関する報告書 – 公益財団法人日本オリンピック委員会・公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会
⑤本人の心のケアを先にする
削除を求めても消えない投稿は残ります。批判の範囲にとどまる投稿は、そもそも削除の対象になりません。報告書も、削除の要請は万能ではなく、メンタル面の支援を含めた選手への直接の支えを組み合わせる必要があるとしています。
JOCとJPCのアンケートでは、誹謗中傷を受けたら相談窓口を「利用したい」「状況によっては利用したい」と答えた人が約95%以上にのぼりました。社員の選手であれば、産業医や外部の相談窓口など、社内の仕組みにつなげられるようにしておきます。
あわせて読みたいアスリート社員とは|企業が雇う前に決める労務と税の扱い›
Q. 企業がアスリートの代わりに削除を依頼できますか?
投稿によって権利を侵害されたのは選手本人なので、削除の申出は本人が行うのが基本です。企業が本人に代わって手続きを進める場合は、弁護士に依頼するのが確実です。強化指定選手であれば、JOCとJPCの相談窓口に弁護士と連携した支援があります。
アスリートの誹謗中傷対策のまとめ
アスリートへの誹謗中傷は、起きる時期も中身もある程度わかっています。企業が選手と関わる形ごとの全体像はスポーツ人材の活用パターンにまとめています。この記事の要点を振り返ります。
- 誹謗中傷は大会期間中、とくに競技の直後に集中する(東京2025世界陸上では65.5%が大会期間中)
- 中身は侮辱がいちばん多く、差別・偏見、性的な中傷が続く
- 大手SNSには削除の申出への対応が義務になったが、削除を求めても消えたのは約3割
- 侮辱罪は2022年に重くなり、現在は1年以下の拘禁刑などが科される
- 企業は保存・相談先・契約・発信の設計・心のケアの5つを平時に決めておく
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