スマートスタジアムとは|スポーツ施設の導入例と企業の入り口

スマートスタジアムとは|スポーツ施設の導入例と企業の入り口 スポーツビジネス

取引先のクラブから「うちのスタジアムもスマートスタジアムにしたいので、何か提案してほしい」と言われる。社内の会議で「スマートスタジアムに自社の製品を入れられないか」と聞かれる。調べてみると、Wi-Fiの話をしている会社もあれば、キャッシュレスの話をしている会社もあり、何を指す言葉なのかがつかめません。

スマートスタジアムは、通信とデータを土台にして、来場者の体験と施設の運営を変える技術を入れたスタジアムやアリーナを指す言葉で、国が定めた定義はありません。国内の施設の発表を並べると、入っている技術は通信、キャッシュレス、アプリの3つが中心でした。企業が関わる入り口は、技術を納めるほかに、実証実験、命名権や協賛との組み合わせ、運営への参加があります。

この記事では、国の資料と、施設やクラブ、技術を提供した企業の公式の発表だけをもとに、言葉の意味、国内10施設と海外3施設の例、企業の入り口、導入前に確かめる点を整理します。発表の内容は、2026年10月11日に確認したものです。

  1. スマートスタジアムとは通信とデータで観戦と運営を変える施設
    1. 国の資料にはスマートベニューの説明が1つある
    2. NTTグループと楽天では同じ言葉の中身が違う
    3. スマート・ベニューは多機能型の施設を指す別の言葉
  2. 国内の導入例は通信とキャッシュレスとアプリが中心
    1. 通信の整備は高密度Wi-FiからWi-Fi 7と5Gへ進んだ
    2. 完全キャッシュレスは2019年の楽天の2施設から広がった
    3. 顔認証の入場と価格変動チケットは各1施設で確認
    4. 実証実験はSAGAアリーナと神戸で公表されている
  3. 来場前から退場後まで技術が入る場面は4つに分かれる
    1. 来場前は座席の見え方と飲食と駐車場の不安を減らす
    2. 入場はチケットレスと生体認証で列を短くする
    3. 観戦中は注文と支払いと混雑の表示で待ち時間を減らす
    4. 退場後は周辺の店と次の来場につなげる
  4. 海外の代表例は提供企業が公式パートナーになっている
    1. トッテナムは2019年の開場から完全キャッシュレス
    2. SoFiスタジアムは開業前に2,500台超のWi-Fi 6を発表
    3. リーバイス・スタジアムは2026年にアプリを作り直した
  5. 企業の入り口は技術の提供から運営への参加まで4つある
    1. 技術やサービスを納める
    2. 実証実験から始める
    3. 命名権や協賛と組み合わせる
    4. 運営に加わりデータを使う
  6. 導入前に確かめる費用と通信と個人情報の3点
    1. 費用は効果と比べて入れるものを選ぶ
    2. 通信は試合の日とそれ以外の日の差を見込む
    3. 顔の画像とデータは同意と掲示の扱いを決めておく
  7. まとめ|スマートスタジアムは言葉の中身を確かめてから提案する

スマートスタジアムとは通信とデータで観戦と運営を変える施設

スマートスタジアムの技術を、サービス、データ、通信の3つの層で示した図。アプリやキャッシュレスはデータと通信の層の上に載る

スマートスタジアムは、Wi-Fiや5Gなどの通信を整え、そこで集まるデータを使って、観戦の体験と施設の運営を変えていくスタジアムやアリーナのことです。図のように、来場者がふれるアプリやキャッシュレスなどのサービスは、データと通信の層の上に載っています。

スポーツ庁と経済産業省のガイドブックも、キャッシュレスやチケットレス、混雑の表示といったサービスを支えるものとして通信の設備を挙げ、通信は地域のデータを集める基盤の役目を持つと説明しています。ただし、この言葉の中身は発表する会社によって違います。先に、国の資料と企業の発表での使われ方を確かめます。

国の資料にはスマートベニューの説明が1つある

スポーツ庁と経済産業省が令和7年6月に出した「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>」の全文を調べたところ、「スマートスタジアム」という語は1回も使われていませんでした。国が定めた定義は、確かめた範囲では見つかっていません。

近い説明があるのは、スポーツ庁の委託事業の報告書(令和5年3月)です。報告書は「スマートベニュー」を、「運用の効率性や観客の体験価値の向上を目指したスタジアム/アリーナ全般を指す」と説明し、通信環境を充実させる取り組みや、アプリで観客の満足度を上げる取り組みが当てはまるとしています。これは調査の中での用語の説明で、制度上の定義ではありません。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

(参考)令和4年度スポーツ産業の成長促進事業「スポーツ×テクノロジー活用推進事業」委託事業成果報告書(令和5年3月) – スポーツ庁

NTTグループと楽天では同じ言葉の中身が違う

NTTグループは2016年6月の発表で、目指すスマートスタジアムの姿を説明しています。インターネットに快適につながるスタジアムを出発点に、ICT(情報通信技術)でヒト・モノ・コトがつながる仕組みをつくり、観戦に来た人の関心をスタジアムの周辺の地域にまで広げる、という内容です。

同じ年の7月、JリーグはDAZN、NTTグループと「スマートスタジアム事業」の協業契約を結びました。Jリーグの発表は、J1クラブのホームスタジアムをはじめとするスタジアムのWi-Fi環境の整備や情報サービスの提供を含むICT化の事業だと説明しています。契約の期間は2017年から2026年までの10年間でした。

一方、楽天グループが2019年1月に発表した「スマートスタジアム構想」は、スタジアムの完全キャッシュレス化を指していました。NTTドコモは有明アリーナの発表で「スマートアリーナ」という言い方をしています。提案や打ち合わせでこの言葉が出たら、相手が通信の話をしているのか、決済の話をしているのかを先に確かめると、話がかみ合います。

(参考)NTTグループによる「スマートスタジアム」サービス 第一弾(2016年6月24日) – NTT

(参考)Jリーグ、DAZN、NTTグループ 「スマートスタジアム事業」協業契約締結(2016年7月20日) – Jリーグ

(参考)楽天グループ、完全キャッシュレスの「スマートスタジアム構想」を発表(2019年1月10日) – 楽天グループ

(参考)報道発表資料 有明アリーナでの新たな体験を実現する「高密度Wi-Fiサービス」を提供開始 – NTTドコモ

スマート・ベニューは多機能型の施設を指す別の言葉

よく似た言葉に「スマート・ベニュー」があります。スポーツ庁の資料では、日本政策投資銀行の名前を添えて、スタジアム・アリーナ改革の「目指す姿」として使われています。中身は、単機能型から多機能型へ、行政主導から民間活力の導入へ、郊外の立地から街なかの立地へ、低い収益性から収益性の改善へ、という方向です。

こちらは施設のあり方と経営の話で、通信やアプリの話ではありません。資料や提案書で2つの言葉を混ぜると、相手に違う内容が伝わります。スポーツ界のデジタル化の全体は、下の記事で扱っています。

あわせて読みたいスポーツDXとは|3階層構造・事例・課題を解説›

(参考)スタジアム・アリーナ改革について~これまでの検討状況と今後の関係府省連携の方向性~(令和元年11月) – スポーツ庁

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

Q. スマートスタジアムとは何ですか?

スマートスタジアムとは、Wi-Fiや5Gなどの通信とデータを土台に、来場者の体験と施設の運営を変える技術を入れたスタジアムやアリーナのことです。国が定めた定義は確認できず、NTTグループは通信と映像サービス、楽天グループは完全キャッシュレス化を指して使っています。スポーツ庁の委託事業の報告書(令和5年3月)は、近い語の「スマートベニュー」を、運用の効率性や観客の体験価値の向上を目指したスタジアム・アリーナ全般と説明しています。

国内の導入例は通信とキャッシュレスとアプリが中心

国内で、施設の運営者、クラブ、技術を提供した企業の公式の発表から内容を確かめられた10施設を表にまとめました。入っている技術で多いのは、通信(Wi-Fiと5G)、キャッシュレス決済、アプリの3つです。施設の名前は発表の時点のもので、数字は発表した企業が示したものです。

施設(発表時の名前) 入れた技術 発表した企業 開始・発表 公表されている数字
NACK5スタジアム大宮 高密度Wi-Fi、映像の配信、公式アプリ、周辺の店のクーポン NTTグループ 2016年7月2日から試験提供 記載なし
エスコンフィールドHOKKAIDO 完全キャッシュレス、アプリ、サイネージ、演出照明 三井住友カード、パナソニック 2023年3月の開業に合わせて導入 決済端末 約500台、サイネージ 約600台、照明354台
長崎スタジアムシティ 5G、Wi-Fi、専用アプリ、キャッシュレス決済 ソフトバンク、ジャパネットホールディングス 2022年12月に連携を発表、開業を伝える記事は2024年10月 記載なし
有明アリーナ 高密度Wi-Fi、5G NTTドコモ 2022年8月20日の開業から 60席あたりに1つのアクセスポイント
IGアリーナ IOWN、ミリ波の基地局、Wi-Fi 7、公式アプリ 愛知国際アリーナ、NTTドコモ 2025年7月13日に開業 最大収容人数1万7千人
楽天生命パーク宮城 完全キャッシュレス 楽天、楽天野球団 2019年の開幕戦から順次 記載なし
ノエビアスタジアム神戸 完全キャッシュレス 楽天、楽天ヴィッセル神戸 2019年の開幕戦から順次 記載なし
東京ドーム 顔認証の入場と決済、完全キャッシュレス パナソニック 2022年3月から 実証実験での認証率99%以上
福岡 ヤフオク!ドーム 価格が変わるチケット 福岡ソフトバンクホークス、ヤフー 2019年1月25日から販売 対象は約1,500席
SAGAアリーナ ローカル5Gでの映像伝送(実証実験) サガテレビほか3社 2023年12月18日に発表 上り最大450Mbps

国内10施設の発表内容(出典:各社の公式発表。2026年10月11日に確認。数字は発表した企業によるもの)

通信の整備は高密度Wi-FiからWi-Fi 7と5Gへ進んだ

確かめられた中でいちばん早い例は、大宮アルディージャの本拠地、NACK5スタジアム大宮です。NTTグループは2016年7月2日の試合から、スタジアムの全面にアクセスポイントを置いた高密度Wi-Fiを試験的に提供し、同じ年の9月には、多くの人のスマートフォンへ映像を一斉に届ける仕組みと公式アプリを加えると発表しました。

2022年8月に開業した有明アリーナでは、NTTドコモが5Gに加えて、60席あたりに1つのアクセスポイントを常設しました。同社はこれを国内最高水準の密度としていますが、根拠は2022年8月18日時点の同社の調べです。2025年7月に開業したIGアリーナでは、ドコモのミリ波の基地局とWi-Fi 7が入りました。

長崎スタジアムシティでは、ソフトバンクが施設の全体と周辺に加えて、スタジアムとアリーナの中にも5Gの基地局を置き、専用のアプリから使える無料のWi-Fiを提供しています。9年のあいだに、通信の中身はWi-Fiだけの整備から、5GとWi-Fiの組み合わせへ変わってきました。

(参考)NTTグループによる「スマートスタジアム」サービス 第一弾(2016年6月24日) – NTT

(参考)NTTグループによる「スマートスタジアム」サービス 第二弾(2016年9月23日) – NTT

(参考)報道発表資料 有明アリーナでの新たな体験を実現する「高密度Wi-Fiサービス」を提供開始 – NTTドコモ

(参考)「IGアリーナ」が2025年7月13日にグランドオープン!(2025年7月2日) – 愛知国際アリーナ・NTTドコモ

(参考)日本初が詰まった「長崎スタジアムシティ」。長崎に誕生したのはスタジアムと一体となった “街” だった(2024年10月11日) – ソフトバンクニュース

完全キャッシュレスは2019年の楽天の2施設から広がった

楽天グループは2019年1月、楽天生命パーク宮城とノエビアスタジアム神戸で、チケット、飲食、グッズの支払いを、現金に代えて原則すべてキャッシュレスにすると発表しました。2019年の開幕戦から順に始めるという内容です。

2023年3月に開業したエスコンフィールドHOKKAIDOについて、三井住友カードは2022年12月、球場の中の全店舗の販売と取引をすべてキャッシュレス決済にすると発表しました。決済端末を合わせて約500台、球場を含むFビレッジのすべての店舗に置くという内容です。長崎スタジアムシティも、ソフトバンクの2024年10月の記事によると、すべてキャッシュレスの決済を採用しています。

(参考)楽天グループ、完全キャッシュレスの「スマートスタジアム構想」を発表(2019年1月10日) – 楽天グループ

(参考)ES CON FIELD HOKKAIDOを完全キャッシュレス化!(2022年12月6日) – 三井住友カード

(参考)日本初が詰まった「長崎スタジアムシティ」。長崎に誕生したのはスタジアムと一体となった “街” だった(2024年10月11日) – ソフトバンクニュース

顔認証の入場と価格変動チケットは各1施設で確認

顔認証で入場する仕組みを公式の発表で確かめられたのは、東京ドームです。パナソニックは2022年3月、巨人戦で顔認証の決済を3月2日のオープン戦から、顔認証の入場を3月25日の公式戦から始める予定だと発表しました。認証率99%以上という数字は、同社が2021年3月から行った実証実験の環境での値です。

需要に応じてチケットの値段が変わる仕組みは、福岡ソフトバンクホークスとヤフーが2019年1月に発表しています。福岡 ヤフオク!ドームのオープン戦で、約1,500席を対象に「AIチケット」として売り出しました。スポーツ庁の委託事業の報告書は、リーグで使われている技術の例に入場時の顔認証を挙げていますが、施設ごとの公式の発表で確かめられる例は多くありません。

(参考)東京ドームでパナソニックの顔認証技術を活用した入場・決済サービスが運用開始(2022年3月1日) – パナソニック

(参考)福岡ソフトバンクホークス、ヤフーがリアルタイムで価格変動する「AIチケット」を2019年オープン戦より販売! – 福岡ソフトバンクホークス・ヤフー

(参考)令和4年度スポーツ産業の成長促進事業「スポーツ×テクノロジー活用推進事業」委託事業成果報告書(令和5年3月) – スポーツ庁

実証実験はSAGAアリーナと神戸で公表されている

常設ではなく、実証実験として公表されている例もあります。SAGAアリーナでは、サガテレビが佐賀県に協力し、NECネッツエスアイなど3社と組んで、ローカル5Gで映像を送る実験を行いました。2023年12月の発表は、上りで最大450Mbpsの通信速度を確かめたとしています。

ノエビアスタジアム神戸では、神戸大学、デンソーテン、楽天モバイルが、試合の後にスタジアムに残った時間に応じてポイントを付けるアプリを試しました。国のガイドブックは、この実験で、来場者がスタジアムに30分ほど長くとどまる効果が見られたと紹介しています。売上や来場者数がどれだけ増えたかという数字は、今回確かめた各社の発表には載っていませんでした。

(参考)SAGAアリーナでのローカル5G実証実験のNEWS RELEASE(2023年12月18日) – サガテレビ・ブロードバンドタワー・NECネッツエスアイ・FLARE SYSTEMS

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

Q. スマートスタジアムの日本の事例にはどこがありますか?

公式の発表で内容を確かめられる国内の例には、NACK5スタジアム大宮(2016年、NTTグループの高密度Wi-Fi)、エスコンフィールドHOKKAIDO(完全キャッシュレスとアプリ)、長崎スタジアムシティ(ソフトバンクの5GとWi-Fi)、有明アリーナとIGアリーナ(NTTドコモ)、東京ドーム(顔認証の入場と決済)などがあります。入っている技術は、通信、キャッシュレス、アプリが中心です。

来場前から退場後まで技術が入る場面は4つに分かれる

スマートスタジアムの技術が入る場面を、来場前、入場、観戦中、退場後の4つの時期に分けて並べた図

スマートスタジアムの技術は、来場者の動きに沿って、来場前、入場、観戦中、退場後の4つの場面に入ります。国のガイドブックは、来場者の体験の価値を高める取り組みを「場面」ごとに7つに分けています。ここでは、それを技術の入る順に4つにまとめ直しました。

ガイドブックは、こうした取り組みで来場者に渡せる価値を2種類に分けています。混雑のような嫌な体験を減らすことと、楽しみを増やすことです。自社の技術がどちらに効くのかを言えると、提案の説明が短くなります。

来場前は座席の見え方と飲食と駐車場の不安を減らす

来場前の場面で挙げられているのは、座席からの眺めを写真や動画で先に確かめられる仕組み、当日の飲食物を先に注文できる仕組み、駐車場を先に予約できる仕組みです。ガイドブックは、エディオンピースウイング広島で、座席からピッチがどう見えるかを公式サイトで確かめられる例を紹介しています。

値段が変わるチケットも、買う時点で働くので来場前の技術です。先に紹介したホークスの例では、座席からの眺めを確かめながら買える画面と組み合わせて、1席ごとに値段を変えられるようにしていました。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

(参考)福岡ソフトバンクホークス、ヤフーがリアルタイムで価格変動する「AIチケット」を2019年オープン戦より販売! – 福岡ソフトバンクホークス・ヤフー

入場はチケットレスと生体認証で列を短くする

入口では、チケットや持ち物の確認で列ができます。ガイドブックは、手続きを簡単にする技術の例として、顔や指紋などの生体認証を挙げています。米国のアリーナで、ポケットの中身を出さずに通れる探知機を入れた例も載っています。

国内では、北海道ボールパークFビレッジのアプリが、観戦の予約から入場、支払いまでをアプリの中で済ませられ、チケットレスで入場できると紹介されています。東京ドームの顔認証の入場も、この場面の技術です。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

(参考)東京ドームでパナソニックの顔認証技術を活用した入場・決済サービスが運用開始(2022年3月1日) – パナソニック

観戦中は注文と支払いと混雑の表示で待ち時間を減らす

施設の中では、売店とトイレの混雑が課題になります。ガイドブックは、好きなタイミングで受け取れるモバイルオーダー、電子決済や無人の決済、自分の席までの道順やトイレの混み具合をアプリで確かめられる仕組みを挙げています。待ち時間が減れば、施設の中を回る時間が増えるという考え方です。

IGアリーナの公式アプリでは、アリーナの中の飲食店にモバイルオーダーで注文できます。NACK5スタジアム大宮の、スマートフォンへ映像を届ける仕組みは、嫌な体験を減らすのではなく、楽しみを増やす側の技術です。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

(参考)「IGアリーナ」が2025年7月13日にグランドオープン!(2025年7月2日) – 愛知国際アリーナ・NTTドコモ

(参考)NTTグループによる「スマートスタジアム」サービス 第二弾(2016年9月23日) – NTT

退場後は周辺の店と次の来場につなげる

試合が終わると、大勢の人が同じ駅へ向かいます。ガイドブックは、周辺の飲食店の混み具合をスマートフォンで見られるようにすることや、周辺の店で使えるクーポンをチケットの特典にすることを挙げています。神戸の、残った時間に応じてポイントを付けるアプリの実験は、この場面の例です。

後日につなげる仕組みもあります。Fビレッジの公式アプリは、施設の利用や飲食の金額の1%がマイルとしてたまり、来場の回数に応じて特典を受け取れます。ガイドブックは、試合の直後に次回のイベントの情報を届けることも勧めています。協賛で得た権利をこうした場面でどう使うかは、スポーツ協賛のアクティベーションの考え方が参考になります。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

海外の代表例は提供企業が公式パートナーになっている

海外の3つのスタジアムの公式の発表を見ると、通信やアプリを提供した企業が、クラブや施設の「公式パートナー」の肩書を持っています。技術を納めることと協賛が、1つの契約の中に組み込まれている形です。

トッテナムは2019年の開場から完全キャッシュレス

英国のトッテナム・ホットスパーは、新しいスタジアムで最初のプレミアリーグの試合を行う前の2019年4月1日、クラブの公式サイトで、スタジアムは完全にキャッシュレスで、現金は一切受け付けないと案内しました。

2026年9月2日には、HPEとの提携を広げると発表しています。HPEはクラブの公式のパートナーで、スタジアムは屋外にWi-Fi 7を入れる世界で最初の施設の1つになる見込みだとしています。チケットレスの入場、キャッシュレスの支払い、アプリ、道案内を支える通信をつくり直す、という説明です。

(参考)Top 5 – key information ahead of visiting the new stadium(2019年4月1日) – Tottenham Hotspur

(参考)Club expands partnership with HPE to transform digital fan experiences(2026年9月2日) – Tottenham Hotspur

SoFiスタジアムは開業前に2,500台超のWi-Fi 6を発表

米国のSoFiスタジアムでは、開業前の2019年10月31日に、Ciscoが公式のITネットワークサービスのパートナーになったと発表しました。発表には、スタジアムに2,500台を超えるWi-Fi 6のアクセスポイントを置くこと、映像と案内表示の仕組みでおよそ2,500の画面を動かすことが書かれています。

これは開業の前に出された計画の発表です。開業した後に、通信がどれだけ使われたかという実績は、今回は確かめていません。

(参考)Hollywood Park Partners With Cisco To Create World-Class Technology Showcase(2019年10月31日) – Cisco

リーバイス・スタジアムは2026年にアプリを作り直した

米国のサンフランシスコ・49ersは2026年4月9日、公式のデジタルコンサルティングのパートナーであるPwCと作った新しいアプリを公開しました。生成AIのチャットボットが、最寄りのトイレへの道順などを案内します。

本拠地のリーバイス・スタジアムで使われてきた、モバイルチケット、駐車場、支払い、売店での引き換えの機能は、新しいアプリでも引き続き使えるとしています。通信の整備が済んだ施設では、アプリの中身を入れ替えることが次の投資になっていると読めます。

(参考)49ers Launch Innovative Mobile App with Support from Digital Consulting Partner PwC(2026年4月9日) – San Francisco 49ers

Q. スマートスタジアムの海外事例にはどこがありますか?

公式の発表で確かめられる海外の例には、2019年の開場から完全キャッシュレスの英国のトッテナム・ホットスパー・スタジアム、Ciscoが2,500台を超えるWi-Fi 6のアクセスポイントを置くと発表した米国のSoFiスタジアム、2026年4月に49ersがPwCと新しいアプリを公開した米国のリーバイス・スタジアムがあります。3つとも、技術を提供した企業が公式パートナーの肩書を持っています。

企業の入り口は技術の提供から運営への参加まで4つある

施設の運営者を中心に、クラブ・主催者、技術の提供企業、協賛企業、来場者が渡すものと受け取るものを示したスマートスタジアムの関係図

企業がスマートスタジアムに関わる入り口は、公式の発表で確かめられた範囲で4つあります。技術やサービスを納める、実証実験から始める、命名権や協賛と組み合わせる、運営に加わってデータを使う、の4つです。

図は、施設の運営者を中心に置いて、関係者が何を渡し、何を受け取るかを整理したものです。技術を提供する企業は通信や決済や機器を納め、導入や実証の場を得ます。協賛する企業は命名権などの契約を結び、施設の名前や自社の製品を体験してもらう場を得ます。クラブや主催者は興行と来場者を連れてきて、会場と設備を使います。来場者は支払いと、同意したうえでのデータを渡し、待ち時間の少ない観戦を受け取ります。

ガイドブックは、日本では施設の所有者とイベントの主催者が分かれていることが多く、設計や名称などのハードの面は所有者が、コンテンツなどのソフトの面は主催者が担うことが想定されると書いています。通信の設備の話は施設の側へ、アプリや演出の話はクラブの側へ、と提案の相手が分かれることがあります。施設を運営する会社の顔ぶれは、スタジアム・アリーナの運営企業10社の記事で確かめられます。

技術やサービスを納める

いちばん分かりやすい入り口は、自社の技術を納めることです。NACK5スタジアム大宮では、Wi-Fiの構築、映像を届ける仕組み、アプリの制作を、NTTグループの中の別々の会社が受け持ちました。エスコンフィールドHOKKAIDOでは、決済端末を三井住友カードが、照明とサイネージをパナソニックが納めています。

発表に名前が出ているのは大手の企業が中心です。中小企業が単独で納めたという公式の例は、今回は見つけられませんでした。元請けになる通信会社や機器メーカーの発表から、どの会社がどの部分を受け持ったかを読むと、自社が入れる場所の見当がつきます。

(参考)NTTグループによる「スマートスタジアム」サービス 第一弾(2016年6月24日) – NTT

(参考)NTTグループによる「スマートスタジアム」サービス 第二弾(2016年9月23日) – NTT

(参考)ES CON FIELD HOKKAIDOを完全キャッシュレス化!(2022年12月6日) – 三井住友カード

(参考)北海道ボールパークFビレッジでのパートナーシップ契約締結の報道資料(2022年7月20日) – ファイターズ スポーツ&エンターテイメント・パナソニック

実証実験から始める

常設の前に、実証実験として入る道があります。東京ドームの顔認証は、2021年3月から関係者の入場と来場者の決済で試し、2022年に本格的な導入へ進みました。SAGAアリーナのローカル5Gの実験は、地元の放送局が県に協力し、通信と機器の3社と組んで行っています。

神戸の実験は、大学とメーカーと通信会社の組み合わせでした。どの例も1社だけではなく、施設やクラブ、自治体、大学と組んでいます。実験の結果を数字で発表している点も共通しています。

(参考)東京ドームでパナソニックの顔認証技術を活用した入場・決済サービスが運用開始(2022年3月1日) – パナソニック

(参考)SAGAアリーナでのローカル5G実証実験のNEWS RELEASE(2023年12月18日) – サガテレビ・ブロードバンドタワー・NECネッツエスアイ・FLARE SYSTEMS

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

命名権や協賛と組み合わせる

技術の提供と、命名権や協賛が同じ発表に入っている例があります。ソフトバンクは2022年12月、長崎スタジアムシティの通信を整えることと合わせて、2024年から2028年までのスタジアムの命名権を得ると発表しました。スタジアムの名前は「PEACE STADIUM Connected by SoftBank」です。

パナソニックは、Fビレッジとパートナーシップ契約を結び、照明やサイネージを納めるとともに、ベンチに近い観戦スペースのラウンジに自社の名前を付けました。そこでは同社の製品を体験できます。技術を納めた場所が、そのまま自社の製品を見せる場所になっています。企業を招く席の使い方はスポーツホスピタリティの記事で、施設の命名権に応募する手順は下の記事で扱っています。

あわせて読みたいネーミングライツ募集の読み方|スポーツ施設に応募する企業の手順›

(参考)ジャパネットとソフトバンクが長崎スタジアムシティプロジェクトで連携(2022年12月19日) – ソフトバンク

(参考)北海道ボールパークFビレッジでのパートナーシップ契約締結の報道資料(2022年7月20日) – ファイターズ スポーツ&エンターテイメント・パナソニック

運営に加わりデータを使う

4つ目は、施設の運営そのものに加わる入り口です。NTTドコモは、有明アリーナの管理と運営の権利を持つ企業の集まりの一員で、国のガイドブックの表では、その中での役割が「ICT推進」と書かれています。IGアリーナの開業も、運営会社とドコモが一緒に発表しました。

ドコモは有明アリーナについて、Wi-Fiにつなぐ時に得る性別や年代などの属性と、Wi-Fiの使われ方のデータを、施設の運営とマーケティングに今後使っていくと発表しています。属性は来場者の事前の同意にもとづいて得るもの、という注記が付いています。ソフトバンクも長崎で、人の流れのデータを分析して混雑を表示することを目指すと発表しました。協賛する企業の側から見ると、こうしたデータを自社の施策に使えるかどうかが、契約の前に確かめる点になります。スタジアムの整備が国の政策の中でどう位置づけられているかは、日本のスポーツ業界の課題をまとめた記事で扱っています。

(参考)報道発表資料 有明アリーナでの新たな体験を実現する「高密度Wi-Fiサービス」を提供開始 – NTTドコモ

(参考)「IGアリーナ」が2025年7月13日にグランドオープン!(2025年7月2日) – 愛知国際アリーナ・NTTドコモ

(参考)ジャパネットとソフトバンクが長崎スタジアムシティプロジェクトで連携(2022年12月19日) – ソフトバンク

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

導入前に確かめる費用と通信と個人情報の3点

国の資料が、導入の前に考える点として書いているのは、費用の選び方、通信の容量と運用の体制、個人情報の扱いの3つです。導入の費用や回収までの年数について、目安を示した公的な資料は見つかりませんでした。

費用は効果と比べて入れるものを選ぶ

ガイドブックは、来場者の体験を高める取り組みを「すべて導入しなければならないというものではない」と書いています。多くは導入に一定の費用がかかるので、用意できる資金の中で何に取り組むかを選ぶことが大切だ、という説明です。

ICTについても、設備やサービスの契約に大きな費用がかかるとしたうえで、導入の効果と、初期の投資と維持管理の費用を比べて、必要なものを選ぶよう求めています。提案する側は、機能の多さよりも、どの場面のどの不便を減らすのかを1つに絞って示すほうが、この考え方に合います。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

通信は試合の日とそれ以外の日の差を見込む

通信の設備は、試合の日とそれ以外の日で必要な量が大きく違います。ガイドブックは、試合の日の通信量に合わせて設備を持つと、ふだんは使わない容量を抱えることになり、整備と維持の費用が余計にかかると指摘しています。外から機材を持ち込んで一時的に増やす方法もあるので、大きな容量が要る催しの回数を踏まえて決めるよう勧めています。

運用の体制も課題です。通信には固定の回線、携帯電話の回線、Wi-Fiがあり、提供する企業が分かれます。ガイドブックは、不具合が起きた時に原因を突き止めにくくなるので、全体を取りまとめる運用事業者を立てることや、事業者どうしが連携する体制が必要だとしています。

(参考)スタジアム・アリーナ改革ガイドブック<第3版>(令和7年6月) – スポーツ庁・経済産業省

顔の画像とデータは同意と掲示の扱いを決めておく

顔認証やカメラでの混雑の把握は、個人情報の扱いが関わります。個人情報保護委員会が令和5年3月に出した文書は、顔の特徴のデータを個人識別符号として扱い、施設の中に掲示する事項の例として、運用する主体、利用の目的、問い合わせ先などを挙げています。

この文書が直接の対象にしているのは、駅や空港のように、事前に本人の同意を得にくい場所で、犯罪の予防や安全の確保のために使う場合です。事前に同意を取って入場に使う顔認証は直接の対象ではありませんが、文書は、対象に当たらない場合も内容を参考にできるとしています。来場者の数え方や人の流れの分析にカメラを使う場合は、経済産業省と総務省の「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」が、商用の目的で配慮する点をまとめています。

ここで紹介したのは、公的な資料に書かれている一般的な内容です。スタジアムの顔認証を名指しした公的な指針は見つかっていません。個別の仕組みが法律に合うかどうかは、弁護士や個人情報保護委員会の相談窓口で確かめてください。

(参考)犯罪予防や安全確保のための顔識別機能付きカメラシステムの利用について(令和5年3月) – 個人情報保護委員会

(参考)「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」の公表(令和4年3月30日) – 総務省

まとめ|スマートスタジアムは言葉の中身を確かめてから提案する

スマートスタジアムという言葉は、発表する会社によって指すものが違います。提案の前に確かめる点を振り返ります。

  • 国が定めた定義は無く、NTTグループは通信と映像、楽天グループは完全キャッシュレスを指して使った
  • 国内10施設の発表では、通信、キャッシュレス、アプリが中心で、顔認証の入場と価格が変わるチケットは各1施設
  • 技術は来場前、入場、観戦中、退場後の4つの場面に入り、嫌な体験を減らすか楽しみを増やすかで役割が分かれる
  • 企業の入り口は、技術の提供、実証実験、命名権や協賛との組み合わせ、運営への参加の4つ
  • 費用、通信の容量と運用の体制、個人情報の扱いは、国の資料が導入の前に考える点として挙げている

次の一歩は、提案したい施設について、運営者とクラブ、すでに入っている通信会社の発表を読み、4つの場面のどこが空いているかを確かめることです。球場の看板など、技術以外の関わり方の費用はスタジアム広告の料金の記事にまとめています。

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About The New株式会社 代表取締役 森永 昂
執筆者
About The New株式会社 代表取締役 森永 昂

新卒で東証プライム上場の社会人教育・コンサルティング企業に入社し、人材育成・組織開発に従事。その後、別企業でメディア・プラットフォーム事業の責任者を務める。

2025年5月に About The New株式会社 を設立。スポーツの現場で培われた知見を組織開発・人材育成の文脈に翻訳し、研修・チームビルディング・イベントの企画運営を行っています。

「知識を得る」で終わらせず「行動が変わる」ところまでを設計することを大切にしています。ご相談は contact@aboutthenew.co.jp まで。

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