実務で成果を出した人を管理職に任命し、研修も受けてもらった。それでも本人が現場の仕事を抱えたままになる。スポーツのコーチング学が示す、選手から指導者への移行を支える考え方を使い、任命から最初の半年で役割を移す手順を設計します。
対象となるお客さま
- 新任管理職研修を行っているのに、現場の行動が変わらないと感じる人事・人材開発の担当者
- 実務の成果が高い人を管理職に任命した事業責任者
- 新任管理職の相談相手を任された先輩管理職
よくあるお悩み
- 研修の後も、新任管理職が現場の仕事を抱えたままになっている
- 本人が「自分でやったほうが早い」と言い、部下に仕事が渡らない
- 任命した後に、上司や人事が何を確かめればよいか決まっていない
課題|新任管理職の52.9%は、時間の7割以上を実務に使っている
管理職に任命されても、仕事の中身がすぐに変わるわけではありません。ラーニングイノベーション総合研究所が2025年5月20日〜7月17日に管理職531名へ行った調査では、1〜3年目の課長クラスの52.9%が、自分の時間の70〜100%を実務(プレーヤー業務)に使っていると答えました。
同じ調査で、新任管理職の悩みは「部下の育成」が52.2%で最も多く、次が「自分のマネジメント知識の不足」の42.6%でした。後者はほかの層より17ポイント以上高く、新任の層に特徴的な悩みです。
経験を重ねれば実務が減るとも言えません。4年目以上の課長クラスで実務が7割以上の人は60.2%で、新任より高くなっています。同じ人の変化を追った調査ではありませんが、時間に任せるだけでは移行が進まない可能性を示しています。
(参考)管理職意識調査(役割・悩み編)(2025年9月25日発表) – ラーニングイノベーション総合研究所/ALL DIFFERENT株式会社
原因|実務の成果で任命し、任命後の移行を本人に任せている
本人の意識の低さだけでは説明できません。実務を続けること自体は、多くの職場で避けられないからです。産業能率大学総合研究所とHR総研の「ミドルマネジャーの人事実態調査2023」(人事・教育部門の担当者331名が回答)で、課長が実務を持たずマネジメントに注力できていると答えたのは2.1%でした。問題は実務があることではなく、何を残して何を手放すかが決まらないことです。原因は次の3つです。
- 任命の理由と任せる仕事が違う:実務の成果を理由に任命すると、任せる仕事は人を通じて成果を出す仕事に変わります。本人がこれまで評価されてきた行動と、これから求められる行動がずれます。
- 手放す仕事と渡す先が決まっていない:どの仕事を誰に、いつまでに渡すかが決まっていなければ、急ぐ場面ほど自分で片づけてしまいます。
- 研修の後に、現場の場面を一緒に見る人がいない:部下の資料をどこまで直すかのような迷いは、研修の後に現場で起きます。相談相手が決まっていないと、本人の判断だけで進みます。
同じ「ミドルマネジャーの人事実態調査2023」で、課長が強化すべき能力の1位は「部下を育成する力」(66.5%)でした。一方、産業能率大学総合研究所が2019年に上場企業の課長714人へ行った調査では、実務を兼ねる課長の約6割が、実務がマネジメント業務に支障をきたしていると答えています。求める役割と実際の時間の使い方のあいだに、ずれがあります。
スポーツ知見|コーチング学では、実績のある選手でも指導は別の技能として育てる
スポーツでも、実績のある選手を指導者に任命することは広く行われています。Blackett らの研究(Routledge の書籍『Athlete Transitions into Retirement』所収、2021年)は、英国の男子ラグビーユニオンとサッカーの現役・元エリート選手15人に、12か月の間に2回ずつ聞き取りをしました。15人のうち13人は、選手として所属したクラブから最初の指導の職を打診されており、応募も面接も求められていません。ところが移行は滑らかではなく、指導者らしく権威を示そうとすると、自分を偽っているように感じた人もいました。
Chroni らの研究(Sport in Society、2020年)は、ノルウェーのウィンタースポーツで引退後すぐ指導者になった6人に聞き取りをし、移行の中に「もう選手ではなく、まだ指導者でもない」(no longer and not yet)という時期があることを報告しました。競技経験は無駄になるわけではありません。英国のオリエンテーリングの指導者84人を調べた Leeder と Beaumont の研究(Journal of Adventure Education and Outdoor Learning、2023年)では、競技経験が技術の知識や相手への共感を育てていました。そのうえで同研究は、経験がそのまま指導に移ると決めつけられないとして、経験者と組んで現場で学ぶ形を提案しています。
支える側の研究もあります。Chroni らが8競技の競技団体の担当者10人に聞いた研究(International Sport Coaching Journal、2021年)では、支援は安定した滑り出し、職能の開発、心身の健康の3つに整理され、採用時・初期・継続と時期で分かれていました。決まった標準はないとも述べています。
育成の枠組みも、指導を選手の延長として扱っていません。国際コーチングエクセレンス評議会(ICCE)などの International Sport Coaching Framework をもとに作られた欧州版の枠組み(2017年)は、指導者の仕事を6つに整理し、訓練を受けたメンターによる支援を現場で学ぶ有効な方法として挙げています。メンターは同じ競技の人でなくてもよいとしています。日本スポーツ協会の公認資格も、コーチングスタッフのコーチ1と、監督やヘッドコーチなどの責任者として指導計画を担い、コーチの成長も支えるコーチ2を分けています。
(参考)Going from athlete-to-coach in Norwegian winter sports(2020年) – Sport in Society 23(4)
(参考)公認スポーツ指導者制度 – 公益財団法人日本スポーツ協会
ただし、試合と仕事は同じではありません。指導者と違い、管理職は人事評価や労働時間の管理、予算など、会社の制度と法令に関わる権限と責任を持ちます。また、これらの研究の対象は選手から指導者になった人や競技団体の担当者で、少人数の聞き取りが中心です。会社員で確かめたものではなく、支援の効果を比べたものでもありません。そこで、制度や法令に関わる仕事は手放す対象から外して別に学び、移行の進み具合は自社の数字で毎月確かめます。
解決策|最初の半年を3期に分け、役割の移行を手順にする
新任管理職研修はやめません。研修で学んだことを現場で使うために、任命の後の半年に手順を加えます。期間は目安です。
- 任命〜30日|役割を言葉にする:本人と上司で「役割の移行表」を作ります。方向を決める、働く環境を整える、関係を築く、仕事の場を設計する、状況を読んで判断する、学び直して他者の成長を支える、の6つについて、今の状態と半年後の状態を書きます。6つは指導者の仕事の枠組みを、管理職の言葉に置き換えたものです。
- 31〜90日|実務を手放す:抱えている仕事を「残す・任せる・やめる」に分け、任せる先、期日、確認の方法を決めます。「自分にしかできない」と書いた仕事には、その理由も書きます。評価や労働時間の管理など、管理職が担う仕事は別枠にします。
- 91〜180日|本人が自分で回す:任せた仕事の確認を減らし、部下との1対1の面談や計画づくりの時間を予定表に固定します。
この間を通じて、他部門の先輩管理職が伴走します。人事評価をしない立場の人が、実際の場面を1つ取り上げて本人と話します。あわせて本人・上司・人事で月次レビューを行い、実務に使った時間と手放しの進み具合を確かめて、次の月に変えることを1つ決めます。
進め方|今期の新任管理職で半年試してから、次の任命に組み込む
全社の制度を先に変える必要はありません。まず今期に任命した新任管理職の数名で試し、手順が現場で使えるかを確かめます。
診断では、任命の基準と研修の内容を確認し、対象者の仕事を書き出して時間の使い方を把握します。設計・試行では、役割の移行表と手放しリストを本人と作り、先輩管理職に伴走の手順を伝えたうえで、半年のあいだ月次レビューを続けます。定着では、結果を踏まえて様式を直し、次の任命と研修の予定に組み込みます。
期間は目安です。Human Soarは様式の用意、聞き取り、伴走者への説明、初回の月次レビューの進行を担います。御社には対象者と伴走者の決定、任命の基準と研修内容の共有、月次レビューの時間の確保をお願いします。
成果物|次の新任管理職にも使える4つの手順書
どれも御社の職種と任命の時期に合わせて、一緒に作ります。任命の時点で、本人と上司が最初に使うのが「役割の移行表」です。6つの仕事について今と半年後の状態を書き、上司と本人の認識をそろえます。
31日目からは、本人が「手放しリスト」を使います。仕事ごとに残す・任せる・やめるを決め、任せる先と期日を残すので、上司も進み具合を確かめられます。先輩管理職には「伴走の手順」を用意します。話す頻度、取り上げる場面の選び方、助言の範囲、人事へつなぐ場面を決めたものです。
人事が中心になって使うのが「月次レビューの手順」です。見る数字と話す順番を決めておくので、担当者が替わっても同じ進め方で続けられます。
期待できる効果|本人・部下・人事の3つが変わる
本人は、何を残して何を任せるかを自分で説明できるようになり、部下と話す時間を予定に入れやすくなります。部下は、任される仕事の範囲と期日が分かり、判断を経験する機会が増えます。人事は、研修の後の変化を数字と記録で確かめられるので、次の研修や任命の基準を見直す材料が得られます。
見る数字は「実務に使う時間の割合」です。任命時と半年後の本人の記録を比べます。もう1つ「手放しリストのうち任せ終えた仕事の数」を見ると、移行が止まっている場所が分かります。スライド下のセルフチェックで2つ以上当てはまれば、任命後の手順を見直す時期です。
Human Soarからのコメント
新任管理職が実務に戻るのは、本人にとって成果の出し方が分かっている仕事だからです。スポーツの研究でも、選手としての経験がそのまま指導に移るとは決めつけない見方が示されています。手放す仕事を決め、相談できる人を置き、毎月確かめる。研修の後の半年を、本人任せにしない形に変えていきます。
よくあるご質問
Q. 新任管理職研修はやめたほうがよいですか?
やめる必要はありません。研修は知識をそろえる場として役立ちます。このプログラムは、研修で学んだことを任命後の半年で現場の行動に移すためのものです。研修の内容と時期を確認したうえで、手順をつなげます。
Q. 先輩管理職が忙しくて、伴走の時間が取れません。どうすればよいですか?
実際の場面を1つ取り上げて短く話す形にし、時間を決めて予定に入れます。頻度は月に2回30分を目安に、御社の状況に合わせて決めます。1人の先輩が多くの新任を抱えないよう、最初に人数の上限も決めます。
Q. 実務を手放すと、部門の成果が落ちませんか?
一度に手放せば落ちるおそれがあります。そのため、影響の小さい仕事から順に任せ、確認の方法と期日を決めます。顧客への影響が大きい仕事は残す判断もできます。実務をなくすことではなく、残す仕事を選ぶことが目的です。
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